10周年記念特別号 前編

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経営コラム SOLID AS FAITH 10周年記念特別号
『ソリアズ的オーナー経営者論概説 前編』
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目次
1 ご挨拶
2 オーナー経営者の生態(1) F工業社長インタビュー
3 オーナー経営者像の記録
4 オーナー経営者の生態(2) K食品株式会社役員インタビュー
5 オーナー経営者のソリアズ的モデル像
6 あとがき 「今そこにいるクライアント企業経営者」
7 『ソリアズ的オーナー経営者概説 後編』予告

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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの上
お読みになることを、心よりお勧め申し上げます。
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1 ご挨拶

みなさま、こんにちは。10周年記念特別号前編を担当致します市場真理子と
申します。前回、9周年記念特別号と200話記念号でも登場しましたので、ご
存じ戴いている方もいらっしゃるかもしれません。私は、昨年独立し、市川の
下でカバン持ちの修行を行なったものです。30歳という年齢で独立した私に、
研修講師やコーチの仕事はすぐに見つからず、その間、同業で独立した周りの
人が、1年満たずに仕事を変えていく姿を多く見てきました。そんな中、私は
師匠である市川の仕事を“まねび”、中小零細企業を対象に企画業務請負業の
一端を少しずつ担当させて戴くようになり、現在に至ります。

私がこの1年で学んだことの1つに、「大企業と中小企業の違い」がありま
した。3000人規模の会社で勤めていた私は、自分のモノサシで世の中を見、ビ
ジネス書を読み、人と関わってきました。ところが、市川について回って出会
う中小企業では、今までの自分の価値観が覆されることばかり。例えば、オー
ナー社長の存在と個性。中小企業の社員の仕事観。そして、組織の形と一人一
人の社員の経営資源としての重要性。

実は、私は市川を初めて紹介された時、ソリアズを一気に読み、随分大げさ
に魅力的に中小企業経営者を描くんだなと、エッセンスのみを掴もうとする読
み方をしていました。ところが、実際に中小零細企業を回るにつれ、大げさな
表現などではなく、むしろ余りある特徴や魅力を語るには、文章では書ききれ
ないかもしれないと思うほどの、大企業と中小企業の違いを垣間見ることとな
りました。また面白いことに、最近かつての古巣でお世話になった社長に挨拶
に行ったところ、大企業の(雇われ)社長とはこのような役割の人だったのか
と、新鮮に見えるということもありました。

「市場さんは独立して1年でなぜ企業数社と契約ができているのですか?」。
私が最近頂く質問です。決して順風満帆というわけではありませんが、確か
に契約して戴いている企業様の数は増えています。大企業が4分の1、中小企
業が4分の3という割合です。なぜかと振り返ってみると、市川から大企業と
中小企業の違いを教わり、失敗をしながら少しずつ対応を変えてきたためかな
と思い当りました。私も市川と同じく人と組織の面から現場を改善することを
生業としていますが、大企業と中小企業では仕事の際に見る視点も、提案の仕
方も、全く異なります。例えば、提案をする際、大企業ではまず組織の業務を
見て、社風を知る手がかりを集めます。それから、依頼のあった部署の状態を
よく観察します。改善点があったら、社風に合わせた文体と体裁で提案書を作
成しますが、この際に依頼のあったポジションの担当者様が上層部に向けて提
案のしやすい内容にまとめます。場合によってはご担当者様が私に代わって社
内で提案を通して戴けるよう、シナリオを用意することもあります。

同じ提案についても中小企業ではとことん経営者と話をします。経営者の望
む方向はどこなのか。その経営者は何を実現すると、価値を感じて戴けるか。
経営者そのものが社風であり、規範であると教わりましたので、経営者の人物
から会社を見ていきます。その場の会話で案件が決まることもあり、後から問
題に対する仮説を固めていくために、現場の社員や幹部社員にヒアリングをす
ることも多いくらいです。そのため、提案書は文章が多めのレポートタイプで、
経営者が蓋をしておきたいと仰るような現状を書きだすような内容です。

このように、市川に教わった手法を実践しつつ、実際に行動をしてみて、市
川が言っていた大企業と中小企業の違いを肌で感じるようになりました。この
視点なくしてはおそらく今のようにお仕事を戴くことはできなかったとつくづ
く思っております。そこで、今回は私自身がもっと深く知りたいと思い、周り
の方からも知りたいという声を戴く、大企業と中小企業の比較、中でも中小企
業の経営者像を、市川のソリアズに出てきた社長像や中小企業像は本当にその
通りなのか。探ってみたいと思います。どうぞ、お楽しみください。

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2 オーナー経営者の生態(1) F工業社長インタビュー

今回、ソリアズに出てくる中小企業の社長像を検証するにあたり、まずは実
際に市川のいう中小零細企業の社長に会い、生の声を聞いてみることから始め
ました。ソリアズには、「スナックでホステスの股に手を入れていても、頭の
中は全部会社のこと」、「社長は変人だ」というような記述が多く見られます。
そこで、私が仕事でお世話になっており、市川のモデルとする規模と組織構成
の中小零細企業の社長にインタビューを致しました。

■F社長インタビュー  F工業(製造業)社員数29名

F工業は創業50年を迎える製造業。東京都足立区にあるいわゆる町工場で
す。私がこの会社で師匠である市川が行なっている勉強会の一端を任され、女
性で店舗運営をした経験を活かして職場の多能化を進めています。F工業に通
い始めた当初はなかなか名前を覚えて戴けませんでした。聞けば特に女性の名
前を覚えることや、自社の女性社員でも親しく話すことすらあまりないという
社長。市川の勉強会を見学したり、自分の勉強会の準備のためにF社の現場に
通うようになり、社長とお話する機会も増えました。

「市場さんは、うちの女性社員についてどう思う?」
「市場さんは、この方法で本当にいいと思っているのかい?」
「市川さんは勉強会について前にこんな風に言ってたけど、私は違うと思うん
だよ。市場さんはどう思う?」

師匠のカバン持ちで何とか経験をかき集めているとはいえ、数か月前まで大
企業でOLをしていた人間です。社長とじっくり話すことも初めて。経営につ
いて聞かれても、言葉に詰まってしまい、市川の受け売りと、自分の少ない知
識を絞り出して必死に答えていたことを思い出します。師匠の市川が加わって、
何時間でも社長とのやりとりは続くのでした。

F社長はそれまで私が思い描いてきた社長像とは全く違う人物でした。毎日
制服を着て、社員と一緒にフォークリフトを操り、機械を動かし、65歳を超え
た今でも現場で動き回っていらっしゃいます。営業などの社外取引を工場長に
任せているため、現場で働き、社員を怒鳴り、休憩時間はたばこを吸いながら
社員と話をされています。私が通い始めて間もない頃、会社の入口のシャッタ
ーを取り外している場面に遭遇しました。聞けば、社長が大型の機械を購入し
たけれど、大きすぎて入らないので、入口の準備をしているとのこと。その大
きさにも驚きましたが、事前に機械購入の話を聞いていなかったので、いつの
間に決まったのかとあっけにとられました。

「なんだか今年は少しお金が余ってるっていうんでね、機械を買うことにした
んですよ」。
さらりと言ってのける社長。年間粗利の数分の一の投資をするのに、このよ
うな決め方をするのかと、返す言葉もありませんでした。工場長によると、長
年経営してきた、社長のカンが頼りなのだとか。私が勤めていた業界の中でも
動きの早いクレジットカード会社においてさえ、決定までにたくさんの書類と
承認が必要で、最後の会議で承認されても、実行されないこともありました。
その意思決定の流れとかけ離れているため、社長のカンという点に面白さを感
じたのでした。

今回、社長とお話するにあたり、最初は普段通りのやりとりから始まりまし
たが、改めて聞いて印象に残ったのは「経営は苦しいよ」という言葉でした。
現場に入り込んでいる私は、時に社長は自分の思うがままに走り、社員を容赦
ない言葉で怒鳴り、意思決定もカンで行なうほどの強い意志の持ち主だと思っ
ていました。しかし、「小さいころから工場を見てきた。油のにおいにまみれ
て育って、部品がおもちゃだった。家の手伝いで高校もろくに通えず親から引
き継いだ会社だけれど、私の代で仕事の内容を町の板金屋から自動車会社の下
請けに切り替えて、ここまできた。やりたくてやってきたことではない」とい
う言葉は、私には想像もできない重みがあります。「経営者になって30年、
ずっと悩み続けている、家族との時間もなかったし、本当にやりたかったこと
も、学校に行くことも諦めた」。

社長の本棚には、経営の本だけでなく、仏教の本、宇宙の本、化学の本、人
生論など、たくさんの本が並んでいます。市川によると、社長はそれを何度も
何度も読んでいるそうです。市川が黙って開いた裏表紙には、繰り返し読んだ
日付と感想がいくつも書いてありました。中にはコーチングの本もあり、コー
チの資格を持っている私に質問された後にも再度目を通されていることがわか
りました。時に自らも外部セミナーに参加し、社員に勉強会を受けさせようと
市川を呼んだのも社長です。従業員の教育に力を注いでいらっしゃるのかと思
うのですが、「社員は半分以上、入れ替える必要がある」と明言されることも
あります。「あと10年で日本一の企業にしたい。そのためには、今の社員では
やっていけないかもしれない」。会社を守りたいという気持ちと、不安とが入
り混じり、時に矛盾しているようにすら聞こえる社長の言葉。それもやはり、
「経営は苦しいよ」という言葉が、全てを言い表しているような気がして、私
はただ、あいづちを打つことがやっとでした。

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3 オーナー経営者像の記録

ここで改めて、創刊10年のソリアズの中で、私が印象的に感じた中小企業
社長像を振り返ってみたいと思います。面白いことに、その表現は遡るにつれ
てストレートかつ行動そのままを描いており、最近になるにつれて抽象的で心
理を描くようになっているようです。それはこの10年間に出会った社長によっ
て市川のデータが豊富になったということもあり、また市川自身も経営者とな
って気持ちがよく分かるようになったためかもしれません。

第46話 『陶酔の営み』
経営者にインタビューをすると、酒やギャンブルに手を出していない人がか
なりいることに気付く。それは、経営が自分のみならず、家族の生活までもを
賭して行なうものだから、これ以上に酔いしれるものなどないという洞察を行
なっている。「一日24時間、365日が社長だから。スナックでホステスの股に
手を入れていても、頭の中は全部会社のことだから、酔ってなんかいられるわ
けないだろ」。印象的な社長の言葉が紹介されている一話。
この言葉を使うと、多くの経営者に非常に共感を持たれる。今や私の殺し文
句にもなっている。

046 陶酔の営み

第62話 『情熱の用途』
前項の『陶酔の営み』に並び、初期のソリアズに登場する印象的な社長像。
70歳を過ぎて、後継者も見つからないままに、十年以上続けてきた人材紹介会
社。寝袋を事務所に持ち込んで仕事をし続けるなど、寝食を忘れて仕事の没頭
する典型的なソリアズ的オーナー経営者像。
その社長が、事務所で倒れた現場に居合わせた市川。ソリアズの本文は、自
分の満足できる質の仕事を追求してきた老社長を、「持続不可能な最高の成果
を目指し続けて、この会社は自らの未来を潰してしまった」と冷徹に切って捨
てるように描写する。私が修行時代に市川が何度か強調していた「ゴーイング
・コンサーン」の、オーナー経営者にとっての意味の重たさを実感できる一話。

062 情熱の用途

第98話 『適正設置義務』
ソリアズの第100話発行を記念して企画された三話連続シリーズ『XYZの
彼方』の第一話。発行原稿を読み返すと、クイズとして読者に提示されていた
シリーズの共通テーマは、『クビ切りの回避と動機付けの限界』。この難題に
挑む経営者の姿が、第98話『適正設置義務』と第100話『諸悪の根源』に登場す
る。
第98話に登場するのは、大手DPチェーン店の会長。組織をなぜ大きくする
必要があるのかと問われた会長は「小さな組織では、人の種々の才能を活かす
職掌・職位が不足する。いろいろな能力を活かすために組織を大きくし、活躍
の場を潤沢に用意するのが経営者の義務」と答えた。市川によると、そのDP
チェーンにFC店は原則的に存在せず、すべて社員によって運営されていると
いう。経営上の負担やリスクは、想像を絶する。それをやってのけた会長の厳
しい信条を本文は賞賛するも、「希少性が高」いと述べ、オーナー経営者の一
般的経営判断とは認めていない。

098 適正設置義務 =XYZの彼方=

第106話 『黄金分配律』
株主が外部に散在する上場公開企業と異なり、オーナー経営者の率いる企業
は利益を増大させる必要が直接的には存在しない。その考えてみたら当り前の
事実を、複数の経営者の肉声で確認できる興味深い一話。「利益を出して税金
に持っていかれるぐらいなら、俺から見て一所懸命やっている社員に還元して、
申告利益を圧縮する」と公言するオーナー経営者。さらに、「会社は誰のため
にあって、俺は一体何のために今苦労してるんだろう」と悩む若き後継者が登
場し、本文中、市川は、損益計算書を眺めて、誰に多く払うか考えてみるべき
だと言う。
利益向上、業務改善、人事評価方針、決算時の損益計算書作成業務など、多
くの分野において、オーナー経営者率いる中小零細企業では、そのあり方が大
手企業とは異なることが垣間見られる。それは、まさにオーナー社長が文字通
り、会社を色々な意味で私物化していること。

106 黄金分配律

第109話 『無用の発見』
本文の後半に至って突如、運転免許試験場で配布されるテキストを制作・出
版している会社の社長が登場する。この社長が幾ら努力してよい冊子を作ろう
とも、交通事故は減少しない。社長は、自社の存在意義などないと懊悩する。
事業はほぼ独占。売上維持も会社維持も難しくなくなった時、自分の事業への
取り組みの客観的な価値を探し始めがちなオーナー経営者の典型的な姿が描か
れている。
「儲かって安定すると、頭が暇になって、理念だの自社の存在意義だの、ロク
なことを考えなくなる」と市川は嘲笑うように言うことがある。私はこのよう
な感覚にまだ共感できないで居るが、第109話を読むと、自社の価値さえ卑下
してしまう社長の根深いコンプレックスのような心理に気づく。

109 無用の発見

第137話 『審美の芽生え』
人材紹介会社から博士号を持つ技術者の履歴書を見せられて、中国人女性と
結婚したことと、その結婚のタイミングが納得できないと、採用を見送る化学
会社の社長がいきなり冒頭に登場する。個人のプライベートの部分と仕事の能
力を分離して考える風潮が強くなっている今、読み返すと違和感が湧いてくる
話。
俄かには信じ難いことに、本文はこの社長の判断を、社長の「美観」の一部
として扱い、「それを支える美的センスを知り集められることが楽しく感じら
れる」と締め括っている。しかし私自身も、社長がこのような独自の価値観に
よって組織運営にあたる場面を見かけるようになってきた。
先述の第106話『黄金分配律』が、オーナー経営者の「結果の私物化」であ
るなら、こちらの化学会社社長の例は「プロセスの私物化」と言う風に表現で
きるかもしれない。

137 審美の芽生え

第175話 『余命の堆積』
中小企業経営者はそもそもどれほどの野心や夢を持って社長になったのか。
市川の周りには、仕事をしていたらなんとなしに役回りがきた。独立すること
になって仕事が増えてきたので、社員を雇っただけという社長が多いという。
ちっぽけな生業の形にすぎないと、理念や方針を持ち合わせていない社長が多
く、後付けで作る社長もいれば、そのままの姿勢を貫き、それがそのまま方針
となっている会社も、理念や方針を考えることすらしない社長もいる。しかし、
会社は永続する「法人」であり、育てる価値があるものではないかと問う。
なしくずしに、順序が来て社長になった人。それから経営を実際に行なう社
長という存在。だからこそ、理念や方針を聞き出して一緒に歩む私のような仕
事が成り立つのだと、つくづく感じている。

175 余命の堆積

第194話 『大義の実感』
中小企業の社長が日本経済を下支えしているか。そのような大義を掲げて
日々会社を切り盛りしているか。大企業で働く人には、中小企業経営にダイナ
ミックさや手ごたえを見出し、ヒーロー像を重ねる人すらいるという。しかし、
実際社長に聞いてみれば、それどころか自分の人生を下支えすることに必死で、
経済のニュースすら見る時間もない。それほど経営は泥臭く、ヒーローを語れ
るほど美しい話ではない。
独立し、一人で企画から研修の実施、一方で請求書の発行まで全部行ない、
自分の時間で人に会いにいけるようになった私に対し、或る人は「勝ち組やな」
と言った。しかし、到底そうは思えないほど、心理的な不安も大きい。個人事
業主の私がこんなあり様であれば、経営者のそれは到底想像もできないと思う。

194 大義の実感

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4 オーナー経営者の生態(2) K食品株式会社役員インタビュー

Tさんは大企業から中小企業に転職をされた経験をお持ちで、大企業勤務時
代には多くの中小企業経営者やベンチャー企業と取引をしていた方です。中小
企業を見るのに、中からの視点で大企業と比較できる方を探し、お話しを伺い
ました。私はよく中小企業の学生向け会社説明会を請け負う際、中小企業で働
くことはどれだけ魅力的かを語ります。それは、社長のすぐ近くで仕事ができ
て、意見が通りやすい(もちろん、社長との信頼関係が重要ということもお伝
えします)、大企業に比べて部署が少なく、異動もないので働きやすい、一人
で多くの仕事を担当できるダイナミックさがある、などとお伝えします。実際
に働いている方にとってはどうなのか、特に、社長のすぐ近くで仕事をされて
いるTさんにお話を伺いました。

■T様  K食品株式会社(食品卸売業)社員数80名

初めてお会いしたTさんは金融系大企業で働いていらっしゃったということ
に納得の、物腰の柔らかさと、静かな語り口が印象的でした。しかし、お話が
進むにつれて大企業で働き、大企業社員として中小企業経営者を多く見てこら
れ、さらに中小企業取締役として社内を見てきた経験を分かりやすく、熱心に
語って下さいました。Tさんが働くK食品は創業して約30年、或る食材に特
化した卸売業で業界ナンバーワンのポジションを保持し続ける企業です。社長
はもともと食品業界大手企業に勤めていたのですが、この食材に出会って起業
し、現在まで経営を続けていらっしゃいます。

まず、中小企業とはどのような会社かと質問をすると、「99.9%一人の人に
よって成り立つ会社ですね」とすぐに、明確な言葉でTさんは回答して下さい
ました。自分は取締役だけれど、役員も平社員もない、社長だけを見てみんな
が仕事をしている、それが中小企業だとおっしゃいます。それでは、私も知る
F工業株式会社のように、社長が怒鳴ったり、一人で決断したり、大企業と比
べて役員は大変ですね。市川さんはメールマガジンで、そういう経営者を「変
人」と称することもあるんですよ。言葉を挟んで質問を続けると、「確かに、
そういう社長が多いとは思います。うちの社長に限って言えば、話はよくして
くれます。いい人だし、いい人であろうともしています。だから業績が伸び悩
むとも言えますね」。

周りを気遣いながら、お話されます。さらに「でも、変人という点は分かり
ますね。会社を起こして経営し続ける、そのエネルギーは変人にならなければ
続きませんよ」厳しい外部環境にあっても異常なくらい楽観的であったり、儲
けが入るとポーンと払ってしまうところなど、普通の人とは違う判断や考え方
をしてこそ、経営者でいられるというのが、Tさんの見解でした。

それではと、他の中小企業社長とは少し違うというK食品の社長についてよ
り質問を重ねていくと、Tさんは具体的に指摘して下さいました。「人の言う
ことは聞きません、私のような外部から入ってきた人間であっても、一度聞い
たとしても、すぐに忘れて自分の考えを進めます」。それはなぜかと伺うと、
社長が今のビジネスを一番分かっているから、他人の意見を聞くという気がな
いのでしょうね、とばっさり。例えば、ある時期、他業界に参入しようという
アイデアを思いついた際、また、通販事業に進出しようとされた際。あまりの
唐突さに危機感を覚えたTさんが、準備が必要であることや、一般的な経営理
論とかけ離れていることを伝えようとしても、なかなか聞きいれられず、結局
は決断に踏み切り、撤退することになったということです。Tさんの話は続き
ます。
「経営感覚がないんです。強みを活かす、そこに資源を投入するという基本の
理論すら分かってくれない。まして、ランチェスターやポートフォリオなんて
言っても、ぽいっと捨てられてしまいますからね」。

「家族的でウェットな人間関係はなじんでいる人には居心地がいいでしょうね。
異文化の人をなかなか受け入れないので、私のような外人部隊は打ち解けられ
ませんけれども」と中小企業で働く魅力について説明して下さいます。私が学
生達に伝えている中小企業の魅力は、Tさんにとっては苦痛のようです。
「会社が伸びるというのは、トップ次第だと思うんです。または社員が自律し
ていること。でも一人の人間のために働かされている中小企業の社員は野心や
自律性なんて、なかなか持てませんよね。持っていたら他に行きますよ。そも
そも、創業社長が何で会社をやっているかと言えば、自分の野心のため、だか
ら、人に関心もないんでしょうね。中には、社員の使い方がうまくて、急成長
している会社もありますよね。それこそ、社員の心をつかむことに長けた社長
で、みんな社長のためになんて働くけれど、実際は長時間労働であったり、過
酷な労働環境の中でも如何に労力を使いきるかということに注力した結果だと
思いますよ」。

Tさんにとって、自社の社長は他に競合他社のいない食材という金脈を掘り
当てた人。そこから30年ひた走ったけれども、思いついてすぐに実行してき
たアイデアは失敗し、本業で稼いだ貯金をすり減らしている。それでも利益が
出ているのは、掘り当てた金脈が良かったし、その後もなぜか運に恵まれてな
んとか続けてきているから。不思議なくらい運の強い方だと言います。ただし、
昔は電話一本で仕事が取れたので、営業の経験がなく、引きも切らない需要に
こたえ続けてここまできたため、経営感覚や人の意見を取り込んで事業を発展
させるといったバランス感覚を持ち合わせていないというのが、結論でした。

大企業と中小企業を比較してみても、事業を起こすことを覚悟し、他者の反
対を押し切って人に頼らず創業した社長は似たような傾向があり、それは実際
に中小企業で働いてみて改めて強く認識したそうです。また、そのように創業
してきた社長も、当初は多くの失敗をし、それを無駄にしないように人生を賭
けて学習してきた結果、年齢を重ねるにつれて決断が的を射るようになってく
ることに、多くの中小企業の社長を見てきて気付いたと言います。翻って自社
の社長を考えると、掘り当てた金脈があまりに安定していたため、大きな痛手
を負うこともなく事業を続けてこられたので、学ぶ機会が少なかったのではな
いかということでした。

私が今まで見てきた中小企業社長の方々には、共通点も相違点もあります。
会社の運命まで決める相違点の幾つかが少し見えたような気がしました。

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5 オーナー経営者のソリアズ的モデル像

市川と話をしていると、中小企業社長の心の中を熟知しているような答えが
返ってくることが、よくあります。例えば、「それは、社長が人の話を聞かな
いんじゃなくて、もともと人に関心がないんだよ」、「社員が好きなんて、後
付けで言っていること。何かの本でも読んだあとの受け売りじゃないのかな」
といった具合です。また、市川がよく言う「自分の想定する社長像と比べると」
という表現も気になります。想定する社長像とは。市川自身があちこちで書い
ているように、市川の頭の中には中小零細企業のオーナー社長のモデル像が存
在しています。市川は、その像と重ね合わせるように、現実のクライアント企
業のオーナー経営者を見ているようです。そこで、そのモデル像の特徴を聞き
出し、再構成して、ソリアズでは珍しい小説風にまとめてみました。

■フィクション ソリアズのモデル経営者 S印刷 S眞一社長

「そろそろ引退を考える歳なんでね。市川さん。でもうちの倅には、まだこの
S印刷を任せられる度量がないんですわ」。
S印刷社長、60歳。名前は眞一。都内の高校を卒業し、印刷工場で働いてい
たものの、35歳で起業して以来、一貫してS印刷を引っ張ってきた人物である。
社員は現在20人、妻が経理をしており、一人息子の洋一が営業部長をしてい
る。市川との出会いは、創業20年の年に、唯一の先輩と呼べる社長に紹介さ
れ、それ以来定期的に案件を依頼している。経営は景気の波を受けながらも、
つきあいのある銀行の担当者や税理士から言わせれば、とても安定している方
だという。

けれど、彼は思う。
「銀行屋の言うことは信頼できない。いい時だけうまい言葉を並べ立てるが、
これ以上経営が傾けば、どうだ。すぐに連絡もしなくなるような連中だ」、
「税理士なんて、数字合わせで申告書類を作るだけのことだろう」、「今まで
色々な本を読みあさってきた。そもそも俺は学校で理論を習ったわけでもない、
資格なんてものも持っていない。だからこうして、寝る間もなく家にも帰らず
に働いてきた。経営に答えなんてない。ただ毎日考えて働くだけだ」

眞一の生活は文字に並べてみるとシンプルである。起業してこの方、会社と
家の往復、たまに行くゴルフは付き合いで、それ以外に趣味と呼べるものもな
い。ギャンブルはしない、酒は弱い。煙草だけは、ヘビーがつくほどの愛煙家
である。結婚しても家族という単位で物事を考えることはなかった。仕事をす
ることが家族のため、世の中のためになる。決して努力家ではないし、こんな
生活をしたかったわけでもない。なぜ社長という役割を選んだのか。「それは、
俺以外にいなかったからだ」しょうがない。努力をする以外に、やる方法がな
い。だから、寝ずに働いた。それでも、生き残りをかけて、今後を考えるよう
になって、経営に対しても人生に対しても諦念が湧いた頃、市川に出会った。

市川はよくしゃべった。言葉で表現するタイプの人間らしい。3時間ほど話
しただろうか。眞一は話の中に出てきた言葉が引っ掛かった。「オーナー社長
の経営観といっても、孤独・不安・猜疑心による迷いですから」。嫌な言葉だ
と思う。けれど今まで抱えてきた心の中の曇った部分を言い当てられたように
感じた。一般的なオーナー社長もそうだと聞いて、安心したような、救われな
いような、複雑な心境になった。

眞一は思う。俺は、人は信じない。かつて起業をするといった自分に、会社
の同僚はもちろん、家族も反対しかしなかった。「きっと失敗する」、「お前
がやることじゃない」。何度言われたか分からない。ようやく軌道に乗ってき
て、信頼できそうなパートナーが見つかった時、まんまと騙されたこともある。
だから人を信じない。社員なんて、もっと信じられない。信じて何かいいこと
があるのか。人は楽をしたがる。動物なんだから当然だ。だから、甘い顔をす
れば、働かなくなる。眞一が頼れるのは、自分のカンと行動だった。しかし、
ふと考えると、最後の最後に自分や会社を助けてくれたのも人だった。それを
言葉で表現する人間が現れた。それもコンサルタントのように下手な共感をす
るわけでもなく、ただ話をするだけだった。「自分も一応超零細企業の経営者
なので」。彼は言った。

市川に出会ったことで、不安や猜疑心といった気持ちが晴れやかになったわ
けではない。S印刷は今日も眞一を中心に組織が回っている。迷いの末の、市
川の言う差別化と機動性をぎりぎり維持しながら。時に夜中のアポにさえ飄々
と現れる市川に相談し、眞一は、社長として結局、一人で決断を下さなくては
ならないから。

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6 あとがき 「今そこにいるクライアント企業経営者」

今回、中小企業の社長像を探究してく中で、もともと私が思い描いていた中
小企業経営者像、例えば、やりたいことを実現しているから、やりがいを感じ
ていて、会社は自分のものという意識が強いのではないか。一人で経営してき
たから、理念が頭にしっかりと出来上がっていて、他の人の意見は必要ないの
ではないか。という思いが砕かれる結果となりました。しかし、一人で創業し、
変化し続ける外部環境の中で経営を続けてくるという流れを考えると、経営者
の持つ不安や不信感、答えというより意見を聞いてくれる拠り所を求めるとい
うことも必然であると思うようになりました。

「起業社長に必要なのは儲かる仕組みを作ること。経営力より起業力が必要で
あり、そのために何度もばかげたことやはずかしいことを繰り返すためには、
タフな精神力が必要となってくるのです。そのため、初代社長は変人、二代目
社長はバランス人と言えるでしょう」ある本で読んだ内容ですが、至極納得が
いくまとめであると思いました。初代社長に必要なのは、儲かるかどうかの嗅
覚や皮膚感覚と、結果を求めて突き進む行動力であり、他人に理解を求めるこ
となんて難しいのかもしれません。

市川によれば、企業の成り立ち方も多種多様になり、大学や大学院卒、大企
業出身の社長が増えている現在、本特別記念号に描いたような中小零細企業の
オーナー経営者は徐々に減っているということです。体感値でも、人生の全て
を賭けて事業を起こす、汚いことでも何でも手を出す覚悟をしてまで、事業を
推し進める社長が少なくなってきているようにも思えます。しかし、まだまだ
星の数ほどある中小零細企業を見る時、孤独や不安の中で拠り所を求めつつも、
全身全霊で事業を支えるオーナー経営者モデルには、単に一つの経営者の雛形
と言う以上の重さがあります。

そして、そこにこそ、手を伸べ、手を離さないことをテーマに、コーチング
の考え方をも取り込んで、中小零細企業の現場を支援しようと考えている「現
場監督」の私の仕事場があるのです。

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7 『ソリアズ的オーナー経営者概説 後編』予告

後編は、切り口とタッチを大きく変更して、
前編と同じテーマを、具体的に掘り下げます。
11月末日発行予定です。ご期待ください。

【予告】


書き溜められた零細店舗オーナーのソリアズへの想い。
クライアント発行メルマガに転用されるソリアズ。
クライアント経営者の日々の言葉にさえ漏れ出るソリアズ。
大手向け経営論・大手向け新手法を読み解き、検証結果を一斉羅列。
200話以上の中から、ついに選ばれるタイトルベスト20。

次号 ソリアズ的オーナー経営者概説:
後編!

さぁ~て、来月末も、サービスぅ、サービスぅ!
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☆長文にお付き合い戴き、ありがとうございます。今後とも、当メールマガジ
ンのご愛読を賜れますようお願い申し上げます。
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発行:
「企業から人へのコミュニケーションを考える」
合資会社MSIグループ 代表 市川正人
※10周年記念特別号前編文章構成  市場真理子

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