15周年記念特別号 =Congenital Auto-cruisers=

=================================
経営コラム SOLID AS FAITH 15周年記念特別号
= Congenital Auto-cruisers =
=================================
Congenital Auto-cruisers 目次


第1章:忘れがたい書籍(1) =学びの世界観=
第2章:忘れがたい書籍(2) =人生の構造=
第3章:構造主義の悦楽
第4章:受動意識仮説の衝撃
第5章:仮説の検証
第6章:催眠技術との出会い
第7章:催眠領域の拡張
第8章:組織経営の再構築
第9章:応用制御作業
あとがき

=================================

 
 ご愛読を戴いている当コラム『経営コラム SOLID AS FAITH』(通称“ソリア
ズ”)も創刊から15年が経ちました。今まで12周年記念特別号から14周年記
念特別号までの三号連続で、私とソリアズの両方をよく知る提携事業者の人々
に、その専門性を活かした内容の切り口から中小零細企業の経営を分析して戴
いたり、ソリアズの分析をして戴いたりしてきました。15周年記念特別号では、
11周年記念特別号以来、4年ぶりに自分で全編を構成しようと思い立ちました。

 14周年記念特別号では、山口佳織氏が、ソリアズのみならず、私の仕事の原
材料である書籍とその主要著者についての分析結果を紹介していました。その
中で言及されている10人の主要著者のうち、私が彼女からインタビューを受け
て、文章が掲載されているのは5人しかいません。残った5人は内田樹、神田昌
典、勢古浩爾、前野隆司、松本道弘です。これらの人々をまとめて一気に紹介
しつつ、何か面白い読み物を作れないかと考えたのが15周年記念特別号の企画
の発端です。

 そこで、前野隆司が2004年に発表した衝撃の受動意識仮説を軸に、今、研究
がどんどん進む“無意識の科学”も横目に見ながら、人間の営みとしての経営
がどのように変わって行くのかを考えてみることとしました。

 無意識は“氷山の水面下の部分”のような、意識でコントロールできない巨
大な暗黒領域…。そんな稚拙なイメージしか持っていなかった私が、実は意識
など錯覚の類に過ぎないと知り、無意識こそが人間のすべてだと知ったときの
驚愕は計り知れませんでした。

 無意識に人間はどのような対処をし得るのか。コントロールができない無意
識が人間のすべてならば、人間はどうやって思考や言動を行なっているのか。
そんな疑問の答えになんとなく迫ってみました。そして、その答えをベース
に、経営のいくつかの場面で何が為し得るかも、ちょっとだけ考えてみた内容
です。9章にも及ぶ長文の読後には、受動意識仮説を知ったときの私のように、
眩暈のようなぐらぐらとした感覚に引きずり込まれるかもしれません。ご覚悟
下さい。それでは、無意識の世界の入口に一歩踏み込んでみてください。
 
=================================
☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの上
お読みになることを、心よりお勧め申し上げます。
=================================
第1章 忘れがたい書籍(1) =学びの世界観=

「大山倍達はかつて考えた。「バレリーナが空手をやれば恐ろしい」と。(中
略)白帯の頃は、「術」でも「道」であってもさほど違いは目立たない。差が
あらわれるのは英語の力が有段者の域に達した場合である。術は「殺人語」に
なり、道は「活人語」に発展するからである」。
 英語術と英語道。こんな文章が載っている英検一級受験指導書『松本道弘の
英検1級突破道場―英検1級から黒帯への道』。著者、松本道弘は子供の頃から
「英語を道としてとらえて」きて、映画館で洋画を見るときにも、その英語を
諳んじられるように何度も緊張して観たと言う。

 20歳になって上京してほどなく訪ねた彼の英語道場。その合宿に参加して、
「語彙力を伸ばすために単語集を暗記しようとしても、なかなか上手く行かな
い」と相談した私に、彼は驚きの回答をした。
「例えば歴史の話がしたいなら、日本語でいいから、歴史をよく勉強すること
だ。そうすれば、どんな語彙を知るべきか自ずと分かる。英語は生きていて、
日々刻々と変化するコミュニケーションの手段だ。目的が決まらないのに、手
段を選ぶことはできない。何を話すか決まらないのに、語彙は増やせない」。
(第8話『虹を追う者』)

 彼は私の英語学習のイメージを悉く破壊した。英語の世界観と言うよりも、
“英語を学ぶという行為の世界観”だと思う。そして、それは何を学ぶにも同
じだと気づくのに、時間は掛からなかった。ソリアズでも、第8話『虹を追う
者』、第124話『快い問い』、第152話『動機の圧搾』、第235話『適正在庫維
持』と多くの号に登場するほどに彼の教えは、学びの本質に迫っていたと思
う。

 インプットを増やし、自分の中で知識を熟成させ、自分のものとして“潜在
意識”の中に定着させること。第152話『動機の圧搾』で描いた教訓。それが
なぜそうであるのかに思い至る余裕は当時の私にはなかった。
 
 ただ、今でも、オーナー経営者が人生をかけた中小企業経営は、間違いなく
「道」に見える。そんな組織の現場を見ると、溶接工場の溶接機械にも、パチ
ンコ店の釘調整の盤面にも、美化製品会社の立場で見る駅のホームのゴミ箱に
も、積み重ねられた「道」が透かし見える。
 
=================================
第8話『虹を追う者』
 http://tales.msi-group.org/?p=45
第124話『快い問い』
 http://tales.msi-group.org/?p=176
第152話『動機の圧搾』
 http://tales.msi-group.org/?p=205
第235話『適正在庫維持』
 http://tales.msi-group.org/?p=360
=================================
第2章 忘れがたい書籍(2) =人生の構造=
 
 独立して数年たった頃、立ち読みをしてやたらに面白い本を見つけた。軽妙
な語り口が滑稽で、何度も笑いながら読み返した。思い出すだけで電車の中で
笑い出してしまうほどで困った。その本は勢古浩爾の『ぶざまな人生』。50代
以降の読者に捧げるとされたこの本には、冒頭で延々と「人間の人生」と「自
分の人生」の関係が述べられている。

「「人間の人生」はすべてを入れる器である。なんでもありうる人生である。
(中略)それは、わたしたちが理不尽を理不尽のままに納得し諦めるための人
生である。これがなるようになり、なるようにしかならない人生の正体であ
る。(中略)「自分の人生」は意志である。自分でしかありえぬ人生である。
その意志によって、自分の人生は、死ぬまで、つぎからつぎへと繰り越され
る。人間の人生と自分の人生は縒り合わされている。これが、一生懸命生きる、
と言うことの意味である」。

 西洋の金持ちが説く“成功の哲学”はどうも胡散臭い。前向きに生きること、
ビジョンや夢を持つことは、悪くない。しかし、それが人生においてどれほど
の意味を持つのか。病気や怪我で寝たきりだったり、命を落としそうになった
ことが何度もあったりした私は、訝しく思う。

「「人間の人生」は、おおむね否定的なものとして現出するが、底抜けに肯定
的でもありうる。いずれにしても運命的である。「人生は無常」「人生は四苦
(生、老、病、死)である」から、「人生はバラ色」「生きているって何て素
晴らしいんだ」までのすべてを平気で呑み込む器である」。
「それでもなお意思し、努力し、選択し、決断する。求めよ、さらば与えられ
ん、ではない。「求めよ」にだけ有効な人生である。「与える」かどうかのカ
ギは、「人間の人生」が握っている」。

 どんな成功哲学よりも、どんな人生論よりも、説得力のある人生観を勢古浩
爾の本で得た。笑いながら『ぶざまな人生』を何度も読み返した。何度読み返
しても、咀嚼には深すぎて、一度もコラムに採用できなかった。

 彼の後の名著『日本人の遺書』は、御巣鷹山墜落事故で亡くなった人々が直
面した理不尽極まりない「人間の人生」の終末を的確に素描していた。やっと
私は勢古浩爾の人生観のほんの欠片を、ソリアズに採り込み、第305話『あし
たあらんこと』に纏め上げられた。

=================================
第305話『あしたあらんこと』
 http://tales.msi-group.org/?p=511
=================================
第3章 構造主義の悦楽
 
「最近、市川さんの言っていたビジネス・コミュニケーションの定義を凄く実
感しますよ。「相手の行動に好ましい変化を起こすこと」でしたよね。自社サ
イトのページも、商業文の手紙も、お客さんとの商談も、毎週の営業会議も、
そのための投資。相手の行動が変わるっていう結果がなきゃ駄目だとね。こう
いうのを一つひとつ違うビジネス・スキルとして捉えない所が、市川さん的な
んですよ」。
 数年の付き合いのある若手社長から言われた言葉。

 人生の構造は、理不尽なことばかりの「人間の人生」と自分の意志に基づく
「自分の人生」の撚り合わせ。ビジネス・コミュニケーションは、理不尽極ま
りない「人間の人生」のうち、外部の社会構造の中の結節点である、自分以外
の人間に対して行なう、ささやかな「自分の人生」からの抵抗。
 
 ところが、「相手の行動に好ましい変化を起こすスキル」は、相手に学びを
与えて、その行動に変化を促すプロセスであって、マニュアル通りに進む手続
きはほとんどなく、相手やTPOによって臨機応変な対応が求められる。滑らか
な仕事の流れの一部に組み入れようとすると、対応パターンが考えもなく自ら
繰り出されるぐらいにしなくてはならなくなる。武道や茶道のような、“膨大
なインプットを重ねて、アウトプットの技を磨き続ける世界観”が察せられた
瞬間に、ビジネス・コミュニケーションの「道」の構造が姿を現す。
 
 中小零細企業のビジネスの実践的コミュニケーションの在り方を企画するこ
とを仕事と定義してみてから14年。「相手の行動に好ましい変化を起こす」プ
ロセス上に幾重にも横たわるパラメータの構造を見抜き、その都度、そこを這
い回り擦り抜ける方法を考えることが仕事だとやっと実感できるようになった。
 
 そんな折、内田樹の『下流志向』で気付いた構造主義について知ろうと、同
著者の『寝ながら学べる構造主義』を買ってみた。人間社会と人間自身に強い
影響を与えている、構造的要因を仔細に描いた知の巨人たちの足跡が、素人で
も飽きずに読めるように書かれていた。言葉によって規定される認識と思考。
国家によって操作される身体構造。親族関係や贈与関係によって予め決められ
ている行動原則。鏡像段階によって形成される自己認識。これら以前に本人の
意思とは関係なく、遺伝的に決められていること、本能的に決められているこ
となど。
 
 それらが明らかになった今、「自分の人生」などほとんど幻想だと分かる。
『1984』の支配階級によって齎される管理社会など来なくても、折り重なった
“構造”が遥か以前から人間を予め決定していたのだった。
 
「道」的な世界観の学びの道程は、多分、広範で強靭な“構造”による初期設
定を塗り替える、概して多くの手間と時間を要するプロセスのこと。閃いた得
心の悦楽に浸る。一方で、躊躇なく儲けという結果を要請する実践的ビジネス・
コミュニケーションの深遠さと困難さに否応なく思い至り、暗澹たる気分にな
る。

=================================
第4章 受動意識仮説の衝撃
 
 受動意識仮説を知ったのは、全くの偶然だった。書店で前野隆司の『脳はな
ぜ「心」を作ったのか』の目次に眼を通して、その衝撃の主旨が分かった。前
から四分の一ぐらい読み進んだ頃に描かれる、1980年代の米国UCSFの神経生理
学者のリベット教授の実験から、本の内容は急展開を始める。リベット教授は
「頭蓋骨を切開したある被験者の随意運動野に電極を取り付け、人差し指を曲
げる運動に対する運動準備電位を計測した」。
 
「運動準備電位とは、読んで字のごとく、運動の準備を無意識に始めるときの
脳内の指令信号だ。(中略)だから、脳内に運動準備電位があがってからしば
らくすると指が動き始めることになる」。

 この実験の結果の驚きで、前野隆司の文章も口語に変わる。
「奇妙なようだが、心が「動かそう!」という「意図」を「意識」するよりも
前に、「無意識」のスイッチが入り、脳内の活動が始まっているというのだ。
心が「動かそう!」と思うのがすべての始まりなのではなく、それよりも前に、
無意識下の脳で、指を動かすための準備が始められていると言うのだ。そんな
ばかな」。

 詰まる所、意識は、何一つ決めてもいなければ、判断もしていないと前野隆
司は言う。すべては無意識が行なっている。意識はその結果をみて、自分がや
ったこと、自分が決めたことだと錯覚の中で満足しているだけだと。MITのミ
ンスキー教授は、「心」とはたくさんのエージェントからなる社会だと表現し
ていると紹介し、このエージェントを前野隆司は「小人」と呼んでいる。小人
達の活動は多岐に渡っている。

 朝起きてテレビを見ながら出勤前の身じたくをしている場面。天気予報を見
て、「あ、今日は傘を持たなきゃ」と考えるのは「意識」。同時によくみても
いないカップをつかんで、紅茶を飲めるのは「無意識」による複雑な運動制御
の結果と思っていた。
 
 この本の考えは決定的に違う。本の中盤に描かれているシンプルなイラスト
がそれを示している。多岐に渡る活動を小人達が山中の川上で行なっている。
小人達の姿など全く見えない。山のあちこちから流れ出した清水が徐々に合流
して下流に至る。その川べりに腰掛けて流れを観ている人物が「意識」だ。

「「私」は、川の下流で、流れ込んでくる情報を見ている。そして注目すべき
特徴的な流れに注目し、そのすべてを自分がやったことであるかのように錯覚
している、というわけだ。川の途中がどうなっているのか、細かいことは知ら
ないが、何が原因で何が起こったのか、という大雑把な物語の内容は把握して
いる。細かなことは、よきにはからえ、だ」。

 人間は意識的な決定などしない。すべては決定したと思っているだけのこ
と。無意識が勝手に決めている。では、無意識の決定はどうやって決まってい
るのか。

=================================
第5章 仮説の検証
 
「自由意思とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の大部分は、環境や刺激によ
って、あるいは普段の習慣によって決まっている」。
 書店の平積みになっていた書籍『脳には妙なクセがある』を開いたら、いき
なり目に飛び込んできた言葉。著者の池谷裕二は、数々の脳に関する実験結果
を素人にも分かり易く説明した上で、この結論に至っている。

 右利きの人にモノを指さすように依頼すると、ほぼ100%右手の人差し指で
指す。「左右どちらかで指して下さい」と依頼すると、利き腕の指の使用率は
60%に下がる。さらに、その際に右脳に頭蓋外部から磁気刺激してみた。する
と、20%にまで下がった。このとき、本人達は、自分の意志で左手を選んだと、
きっちり信じ込んでいる。ハーバード大学のパスカル=レオン博士らの実験。

 こんな実験もある。モニターに様々な映像や単語を出して見せて、よいもの
と悪いものの判断を、右・左の手に持ったスイッチを押し分けることで反応し
て貰う。それなりのスピードで行なうと、反射的な反応によって押し分けを行
なうことになる。このときの映像や単語の中に、選挙や住民投票のネタなどを
入れておくと、被験者が既に到達している選挙や住民投票の結果を高い確度で
測定できると言う。本人に尋ねても、「まだ、決めていない」と本気に考えら
れていることが、実際には既に決まっていることをイタリアのパドヴァ大学の
ガルディ博士らは示したと言う。

 反射の定義を「脊髄反射のような単純な反射ばかりではなく、その場面にお
いて惹起される限定的で自動的な応答全般」としておいて、著者はこう結論付
ける。
「どうせ無意識の自分が勝手に決めてしまっている」。
 
 脳が正しい反射をするか否かは、本人が過去にどれほどよい経験をしてきて
いるかによって決まる。だから、「よく生きること」は「よい経験をするこ
と」。すると、「よい癖」ができ上がる。「頭がよい」のは「反射が的確であ
る」ということ。だから、「ヒトの成長」とは、よい経験をして、反射力を鍛
えること。

 意識が辛うじてできるのは、無意識が処理したこと全体のほんの一部に対し
て、「タグ付け」するような作業。巨大な無意識の処理アルゴリズムは、環境
や刺激、習慣や経験などによって決まっている。これらの要素に酷似したパラ
メータ・セットが思い出される。黎明期の構造主義が、人間を決めるとした要
素群、まさにこれらだ。

=================================
第6章 催眠技術との出会い
 
「意識を失う学生への対処」と題された紙を、私が非常勤講師を務める大学で
手にしたときの驚きは今も覚えている。講義のストレスに耐えかねて、受講中
に突如、意識を失う学生が、“発生”する事態の説明にあまりに驚き、ソリア
ズの第158話『よくとぶヒューズ』として、ストレスに弱い若者について考え
る文章を書いた。

 6年間の非常勤講師稼業で履修学生数はのべ4000名以上。その間に件の“意
識消失学生”は発生しなかったが、てんかんの持病を持つ学生二人が、いつも
どおり服薬をしているのに、突如発作を起こしたことが各々1回あった。

 講義の学生評価は常に学内トップ。満足度は極端に高い。学生は真剣に講義
を聴いている。年度によっては、一クラス300人を超える受講生が、チャイム
が鳴っても立ち上がらないのは、その熱心さ故だと思っていた。しかし、それ
は学内でも非常に特異な状況だと私の担当教授が教えてくれた。彼が何度か講
義を見学してから、異例のビデオ撮りが毎回行なわれることになった。日本の
大学に行ったこともなかった私は、その事態の異常さを理解していなかった。

 仕事でセミナー講師をお引受けしたら、今度は、鉛筆を床に落としてもぼー
っとして拾わないセミナー参加者が現れた。商談をしていても、「聞いている
と話に引き込まれてしまうね」と、相手から反応が返ってこない場面が時々起
き始めた。第351話『曇天の霹靂』に描いたように、漠然とした自分なりの手
法をなんとなく動機付けセミナーの類に適用すると、手応え感は以前以上にあ
る。しかし、違和感は収まらない。「なんとなくね、変な感じなんだけど…」
と知人に話して回った。

 そして紹介された人物、吉田かずお氏は、77歳で日本における実践的催眠術
の第一人者。催眠歴は半世紀以上。私のセミナーの状況を撮ったDVDを見て、
電話で私に言った。「この受講者たちは催眠状態にある。見たこともない手法
だが、これはどこの流派か」。

 催眠は全く知らない。演芸としてもほとんど見たことがない。マジックの一
種ぐらいの認識だった。糸に釣った50円玉を揺らすのを見ていると、催眠術者
の思うままにされると言う“芸”。そんな私の極端に貧困な催眠のイメージを
吉田かずお氏の薦めた幾つかの書籍は大きく変えた。

『読むだけでやせる―驚異の催眠ダイエット』は、その内容の半分を催眠の原
理や基礎的手法などについて費やしている。著者の松岡圭祐は催眠パフォー
マーから作家に転進した異才の人。私も含めた催眠超初心者の目線で、催眠術
に関する疑問を解消していく。
「催眠はこの「理性」の領域の検閲をなくしてしまうので、言葉による暗示が
直接「本能」の領域に飛び込むようになります。(中略)そして、本能そのも
のを変革させてしまうことが可能となります」。

 この「理性」を「意識」、「本能」を「無意識」と読み替えると、催眠技術
は無意識に直接書き込みを行なう技術の集大成と言うこと。別に50円玉を振っ
て見せなくても良いどころか、声ではなく、本の中にある特定の物語の文字情
報で「無意識」に食欲を抑制するコマンドの書き込みさえできる。

 受動意識仮説を知ってから、切望していた「無意識の制御方法」が唐突に眼
前に現れた。
 
=================================
第158話『よくとぶヒューズ』
 http://tales.msi-group.org/?p=211
第351話『曇天の霹靂』
 http://tales.msi-group.org/?p=696
=================================
第7章 催眠領域の拡張

「誰でも好きなことをしたり、ゆったりとくつろいだりすれば、その心地よさ
に酔いしれることでしょう。心地よさを感じたなら、トランス状態に入ってい
るといっても過言ではありません。(中略)酒にしろ麻薬にしろ、このトラン
ス状態に入るために用いるようなものです。(中略)催眠術は薬とかアルコー
ルなどに頼ることなく、このトランス状態に心理を誘導するもので、人為的な
技術です。そして、催眠によって発生したトランス状態を催眠状態といいま
す」。
『読むだけでやせる…』は、日常生活の中でも発生しているトランス状態(他
書では変性意識状態)の人為的に起こされたものを催眠状態と呼んでいる。つ
まり、変性意識状態において、無意識は外部から直接アクセスが可能であるこ
とになる。

 多数の催眠関係の書籍を出している林貞年の『催眠術のかけ方』には、変性
意識状態の類型が図示されている。「驚愕」から「思考停止」に至るグルー
プ。「熱中」から「忘我」に至るグループ。「愛」から「エクスタシー」に至
るグループなどなど。無意識が無防備に表面化している状態がこれらなら、そ
の状態に暗示を書き込めば、実質的な催眠技術は成立することになる。50円玉
の振り子もペンライトも必ずしも要らない。吉田かずお氏はこれらをひとまと
めにして“催眠状態”と定義している。

 吉田かずお氏の書いた『実践催眠誘導技法 TEXT』によれば、催眠は運動支
配、感覚支配、記憶支配の三つが可能とある。火事場の馬鹿力のような、筋肉
が潜在的に持つ最大限の力を躊躇なく出させることもできれば、銃弾で撃たれ
ても痛みを感じなくすることも可能だ。厭なことを思い出させず、認識も変え
られるので、「職場が楽しくて仕方ない」と書き込めば鬱などいきなり解消す
るという。意識が覚えていない詳細な目撃証言を無意識から引き出すこともで
きる。

 内田樹の『日本霊性論』の中にスティーブ・ジョブズのスタンフォード大学
での有名なスピーチの一部が引用されている。
「あなたの心と直感は、あなたが本当は何になりたいかをなぜか知っている」。
 直感は、実は意識が勝手に“説明がつかないもの”としている無意識の働き
の結果と理解できる。禅に凝っていたスティーブ・ジョブズは自分の無意識の
中に蓄積されたものを垣間見られたのだろう。参禅も間違いなく変性意識状態
への入口だ。
 
 明治末期に禅に凝った平塚雷鳥は、『催眠術の日本近代』(一柳廣孝著)に
よると、禅の体験による“精神集注”の状態を「催眠術による“完全な催眠状
態”」と「接吻の“恍惚”」に似ていると書いている。女性のセクシャリティ
が抑圧されていた時代に、変性意識状態の事例三つの中に接吻を含めているこ
とに驚かされる。そして、日常性において、接吻と並んで催眠術の方が、参禅
よりも一般的だったことにも、驚かされる。
 
 接吻で変性意識状態になるなら、女性の性的オーガズムも間違いなく、その
一種だろう。ピンク映画の時代から女性の恍惚をカメラで追い続け、70歳を過
ぎても尚現役で女性からも支持される作品を多数世に送り出した代々木忠監督。
彼が書いた『つながる』に詳しい。実は代々木監督は往年吉田かずお氏から催
眠を学び、今も交流を続けている。
「本当にいいセックスをしてオーガズムを体験すると、これが同じ女の子かと
思うくらい顔つきが変わってしまうのだ。感情もうまく出せないまま、人によ
っては苦痛さえうかがえる顔が、自分を縛っていたものから解放されると、菩
薩のような表情に変わる」。

 心と直感。無意識はそこにあって人間のすべてを決めている。自分が何にな
りたいかを熟知し、自分の末裔のためになる遺伝子を言祝ぐ無意識は、様々な
小人が発生して喚き犇きあっている脳内社会ではなかったか。

 その小人達が顕現する変性意識状態でなら、小人達に人為的に働きかけられ
る。そして、その変性意識状態は、日常の中に既に長時間存在し、催眠術以外
の方法論でも導き出せるらしい。目的も方法論も様々に組み合わせられる広義
の“催眠技術”は、三つの強大な直接的支配機能を持つ、最も効率的な人間制
御技術の集大成であるように見える。
 
=================================
第8章 組織経営の再構築

「天才棋士羽生善治の思考を描く『先を読む頭脳』を繰り返し手にしてみる。
不慣れな場所に行くには、目的地と言う目標を決め、地図などを見て、道順を
逆算する。一方、慣れた行き先なら、いきなりどの道を行くか判断できる。熟
達者や上級者は目標設定からの逆算のプロセスなしに、いきなりあるべき行動
がとれる。確かにこの対照は周囲に多々存在する」
「目標や夢を意識して、そこから逆算しないと行動を起こさないと言うのは、
『順算と逆算』の考え方から言うと、何かにおいて未熟な初心者だからと言う
ことになりはしませんかね」と私はゆっくり言った」。
 
 第248話『彷徨予防』に書いた「順算と逆算」の考え方。目標設定だの実現
したい夢の設定などの動機付けは、社員を「まともな職業人」と看做していな
い可能性を示唆している。社員がプロの職業人なら、その無意識の中で小人達
が整然と与えられた課題に答えを用意することだろう。デザインやプログラミ
ングのような仕事でさえ、豊富なインプットを自分にした上で、達人的判断が
求められる。各々の職掌における「道」が形成されるはずだ。
 
 目標や夢の設定は、組織がやらせたいことを、対象者の中の小人達が反撥し
ないように、手っ取り早く、彼らが受容れやすいものに置換しただけではない
のか。汎用性が高い方法論だが、置換によって、仕事の本質は見失われてい
る。だから、逆算の非効率も多々発生する。「サービス型の接客はマニュアル
で誰もができるようになるが、ホスピタリティ型の気遣いは、一定の量と質の
訓練が要る」と語った優秀な接客マネージャーの一言を思い出す。
 
 アプローチされる側の客も、無意識によって突き動かされている。
「お客は、そういった観点からチラシを眺めていないから。それじゃ、どうい
う観点で眺めているか?要するに、商品品質以前の問題。お客は、チラシをパ
ッと見たコンマ数秒で、じっくり見るか見ないかを決定する。しかも、それを
感情で判断している。(中略)このように、(中略)好き嫌いで、判断してい
るのである」。
 神田昌典による伝説の書『あなたの会社が90日で儲かる!』(通称“ピンク
本”)の中の一節。エモーショナルな判断はコンマ数秒で為される。

 これでは、客に考えて答えてもらうアンケートもヒアリングも意味をなさな
い。マニュアルの対応も追いつかない。セールス・トークの合理的なメリット
説明も全く歯が立たない。結局、小人達の合議に振り回される客に対応するの
は、制御され訓練されたこちら側の小人達でしかないのだろう。

=================================
第248話『彷徨予防』
 http://tales.msi-group.org/?p=388
=================================
第9章 応用制御作業

「あなたが話す相手は、みんな、あなたを歓迎している。あなたに会えてとて
も嬉しくて、相手は思っていることをちゃんと言えない。あなたはそんな相手
にどんどん優しく教えてあげたくなる」。
 私から催眠技術の可能性を聞いたIT系企業の営業担当者が、元SEのキャリ
ア故か、今尚、商談相手との会話に強いストレスを感じていると吐露するので、
本人の快諾を得て、私は暗示を書き込んでみた。吉田式の暗示パターンをまる
まる口真似しただけで、周囲の人間も驚嘆する変化が起きた。

『ヒトラー演説 熱狂の真実』を読むと、ヒトラーが演壇の下に広がる集団に
対して行なったのは、実質的な催眠技術による、無意識への“書き込み作業”
だったことが分かる。

「この本を読むと、たとえば、株主総会の前に、集まった株主にスピーチを聞
かせて、投票結果を企図通りに調整したりすることもできるし、リストラした
い社員を集めて、社外のキャリアに強い関心を抱くように仕向けることも原理
的には可能ですね。そういうことをビジネスとして請け負っている催眠術師と
言うのはいるんでしょうか」。
 私が吉田かずお氏に聞くと、そんな話は聞いたことがないと彼は応えた。

「ただ、そのような仕事を長年手掛けて、それがちゃんとできる人間がいると
したら、催眠術師だと自分で認識していなくても、実質的に相手に書き込みを
しているので、そういうことができていると考えるべきだな。そういうあんた
だって、何の流派かよく分からない手法で暗示をかけているじゃないか」。

 以前、見込み客の中に、催眠技術を用いた幼児教育を行なうプレスクールの
オーナーがいた。“勉強が楽しくて仕方がなくするプログラム”下で学ぶ生徒
の絵日記には、幼稚園を休んだ日の説明文に、「溶連菌に感染したようです」
ときちんと漢字を使って書かれていた。

 催眠技術で連想することを人に尋ねると、大抵、催眠ショーか心理カウンセ
リングの手法のようなことしか出てこない。今となっては医業が催眠治療の分
野を絡め取って法整備を始めているらしい。しかし、催眠技術の裾野は呆れる
ぐらいに広がっていて、潜在的にはほとんど無限の応用分野が既に成立してい
る。無意識こそが人間のすべてなら、それを統べる術は、世の中に広く根付い
ているのが当然なのだと思い至った。

=================================
あとがき

『Congenital Auto-cruisers(先天的自動操縦装置)』と題した特別号の内容
は如何でしたか。ここまでお付き合い戴けて心より御礼申し上げます。9章に
わたる“無意識”の自覚の道程をお楽しみ戴けたのであれば幸甚です。

「無意識の塊」としての人間の言動に関心が湧いてからどれぐらい経ったのか
正確には分かりません。最近読んだ、MENSAメンバーの中野信子が著した『脳
内麻薬』は、『脳には妙なクセがある』同様に、脳に関する新発見から人間の
本質をあぶり出し、“無意識”と言う言葉を繰り返し用いています。

『「超常現象」を本気で科学する』ではUFOも幽霊も、すべて“無意識”の産
物として説明されます。そして、著者石川幹人はこう結論付けます。
「現在の科学的探究は、良くも悪くも「意識の科学」です。意識のうえで知覚
し、思考し、経験した内容を集大成しているものです。ところが、本書で見て
きたように、無意識には独自の目的や願望、思考や想像がありそうです。(中
略)無意識の内容を集大成した「無意識の科学」を探求する道を進むことで、
新しい研究の地平が大きく広がるにちがいありません」。

 凡百の催眠術師がショーだの前世占いだのの商売に腐心しているうちに、無
意識は科学の焦点分野の一つに躍り出てしまったように感じます。
 
 そんな話を色々な人にしているうちに、『しあわせ仮説』と言う本を薦めて
戴きました。無意識に働き掛ける方法論として、瞑想、認知療法、ドラッグの
三つが挙げられていると言います。変性意識に働きかける総合的な技術を“催
眠技術”と吉田流に定義すると、明らかにこれらは“催眠技術”です。

『ヒトラー演説…』に描かれている煽動、『レッド』に描かれる連合赤軍の学
生達の狂気、そして各種のカルト教団などの洗脳プロセスなど。これらを見る
と、先述の三つのタイプとは異なり、さらに一般に知られる催眠にも含まれな
い、“催眠技術”が存在することに気付きます。ビジネスへの応用が容易で、
本人の合意をほとんど必要とせず、比較的大規模な集団に対して一定以上の効
果を広く上げられる“催眠技術”です。

 神田昌典による伝説の名著、通称“ピンク本”の重要な教え「悪徳業者を見
習え」に従い、弊社には“催眠技術”の広い裾野のどのような分野でも掬い取
り、合法の範囲で弊社サービスに組み入れる用意があります。“無意識”の構
造が科学によって解明されればされるほど、“催眠技術”の市場価値は上がり
続けることでしょう。人類は歴史上多分一度たりとも、構造が分かったものを
弄繰り回すことなく捨て置くことができなかった筈ですから。

 クライアントである事業主にとって「望ましい変化を対象者に起こすための
ビジネス・コミュニケーションのあり方を企画する」弊社事業も、14年目にし
てようやく、かなり有効で汎用性高いコア・コンピタンスらしきものを得られ
つつあるものと感じています。

=================================
参考書籍・言及書籍一覧(登場順):
■『松本道弘の英検1級突破道場―英検1級から黒帯への道』 松本道弘著
■『ぶざまな人生』 勢古浩爾著
■『日本人の遺書』 勢古浩爾著
■『下流志向』 内田樹著
■『寝ながら学べる構造主義』 内田樹著
■『1984』 ジョージ・オーウェル著
■『脳はなぜ「心」を作ったのか』 前野隆司著
■『脳には妙なクセがある』 池谷裕二著
■『読むだけでやせる―驚異の催眠ダイエット』 松岡圭祐著
■『催眠術のかけ方』 林貞年著
■『実践催眠誘導技法 TEXT』 吉田かずお著
■『日本霊性論』 内田樹著
■『催眠術の日本近代』 一柳廣孝著
■『つながる』 代々木忠著
■『先を読む頭脳』 羽生善治・伊藤毅志・松原仁共著
■『あなたの会社が90日で儲かる!』 神田昌典著
■『ヒトラー演説 熱狂の真実』 高田博行著
■『脳内麻薬』 中野信子著
■『「超常現象」を本気で科学する』 石川幹人著
■『しあわせ仮説』 ジョナサン・ハイト著
■『レッド』 山本直樹著
=================================
※ ご注意!!
 サーバのエラーなどで読者登録が解除されてしまった方がいらっしゃる様子
です。当メルマガ通常号は毎月10日・25日に、周年記念号は毎年10月末日に休
まず発行しております。発行状況のご確認は上述の弊社ブログにて行なってく
ださい。
 また、まぐまぐからの連絡によると、一部フリーメール運営企業でサーバの
受信量規制を行なっているケースがあり、その場合は大幅にメールマガジンの
到着が遅れるとのことです。
「届かない」、「再送希望」などの連絡は、まぐまぐの窓口である
「magpost@mag2.com」に、メルマガID(#0000019921)、タイトル(『経営コ
ラム SOLID AS FAITH』)、購読アドレス、再送希望の旨を記載の上、メール
にてご連絡下さい。
=================================
発行:
「企業から人へのコミュニケーションを考える」
 合資会社MSIグループ(代表 市川正人)
下のアドレスにご意見・ご感想を頂ければ幸いです。
 bizcom@msi-group.org
このメールマガジンは、
インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して
 発行しています。
 (http://www.mag2.com/ ) 
通常号は毎月10日・25日発行
 盆暮れ年始、一切休まず まる15年。

マガジンID:0000019921 (ナント、たった5ケタ)
★全バックナンバーはまぐまぐのサイトで掲示されております。
 http://blog.mag2.com/m/log/0000019921
★講読の登録・解除はこちらのURLでお願いします。
 http://www.msi-group.org/SAF-index.html
=================================