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経営コラム SOLID AS FAITH 25周年記念特別号
= 中小零細企業と日本の生産性 =
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ご挨拶
第一部:「自虐的“日本はもうダメだ論”」の裏側
第1章:生産性の計算方法
第2章:日本の生産性の実態
第3章:日本の経済成長と生産性
第4章:日本の低生産性・低経済成長性の潜在的根拠
第5章:日本の企業の低生産性の背景要因
第6章:日本の物価と賃金
第7章:日本の労働者のエンゲージメント
第二部:中小零細企業の生産性
第8章:中小零細企業の低生産性
第9章:サービス業の低生産性
第10章:地方経済の低生産性
参考図書・記事紹介
あとがき
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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウト
の上お読みになることを、心よりお奨め申し上げます。
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☆注意:本メルマガは企画・原稿作成などのどの段階においても、生成AI
を利用しておりません。現実に即したナマの着想・文章表現などお楽しみ
ください。
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ご挨拶
信じられないことですが、このメルマガを1999年10月31日に創刊してから
四半世紀が経ちました。その間、世界全体でも日本でも中小零細企業だけ
で見ても、色々な変化がありましたが、創刊当時まだ物珍しかったメルマ
ガという媒体のままで、四半世紀も読者の方々にご愛読賜りながら続けて
来られたことは大きな驚きです。ご愛読を賜っているあなたに深く御礼申
し上げます。
25周年に当たりテーマを何にしようかと考えて参りましたが、「自虐的
“日本はダメだ論”」があまりに世の中を席巻していて、それにまず着目
致しました。日本には確かにダメな点が多々ありますが、諸外国、特に他
の先進国で総合的に日本より優れている国が見当たりません。「自虐的
“日本はダメだ論”」を耳にするたびに、一部同意することもあるものの、
その主張の大半には疑問が湧くことが多いのです。
さらに、特にこの「自虐的“日本はダメだ論”」のテーマが経済、経営、
雇用などの分野に及ぶとき、多くの場合、中小零細企業が槍玉に挙げられ
ます。生産性を下げているのも中小零細企業。地方経済をダメにしている
のも中小零細企業。オーナーが独善的にコンプライアンス無視の経営をし
ているのも中小零細企業。ブラック労働を強いるのも中小零細企業。
「早々にそうした中小零細企業は無条件に淘汰されて潰れて消えてなくな
るべき」という暴論を真顔で唱える政治家や政府関係者が登場することま
でありました。
日本が世界でダントツに優れているとは思えないものの、総体的にはかな
りいい線を行っている国であろうと考えられます。他の先進国を見習うべ
きという意見の背景には、多くの場合、考えなしの「他の先進国は進んで
いて日本は遥か後塵を拝している」という認識があります。その認識を一
旦捨てて、現実の“他の先進国”が日本よりも遅れている場面も多々ある
という認識の下に、日本とそこに数多存在する中小零細企業の実際を、世
の中で話題になる「生産性」関係のネタを多めにしながら概観してみるこ
とを今回の25周年のテーマにしてみました。
必ずしも今流行りのエビデンスを揃えた議論になっていませんが、各種参
考図書の著者の実感・体感をベースに考えていきたいと思います。
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第一部:「自虐的“日本はもうダメだ論”」の裏側
「低い」、「低い」と言われる中小零細企業の生産性の議論の背景には、
殆ど妄想と言ってもいいような「他の先進国」だの「OECD主要加盟国」だ
のと日本全体の比較論があります。中小零細企業の生産性の問題を考える
前に、その背景的な議論のおかしな点を考えてみたいと思います。
生産性に関する考え方の多くは参考書籍の一つ『生産性 誤解と真実』に
拠っています。第二部は殆ど全部が『生産性…』の内容から中小零細企業
の生産性の実態を考える内容となっていますが、第一部は生産性の算出方
法などの原理を中心に『生産性…』を用います。
それではここでよくある「自虐的“日本はもうダメだ論”」の事例の一部
について具体的に考えてみましょう。
家電製品やスマホなどの市場ばかりを見て、多くの日本メーカーが世界市
場から追い出されたという言説は実質的な嘘です。『シン・日本の経営
悲観バイアスを排す』を読むとよく分かりますが、日本の製品は今や生産
に高い技術力を必要とする製品が主となっています。半導体の素材や製造
装置などを含め、そうした世界市場の多くは日本企業によって独占されて
いると言っても良いぐらいの状態です。2019年に半導体素材3製品の韓国
に対する輸出規制の強化を行なっただけで、(実際に輸出を止めた訳では
全くないのに)発生した大騒ぎを見ても、日本の存在感が分かります。
少子高齢化が進んでいるのは日本だけではありません。合計特殊出生率で
みても先進国でも人口減少を意味する状態の2未満が殆どで、欧米でも日
本よりやや高い程度が殆どですが、2019年の調査で1.27のイタリアなど日
本より低い国も存在します。韓国に至っては過去数年1を下回る他国にな
い状態です。
人口減少や労働力不足について、日本は移民を受け入れていないから米国
やEUのように人口維持ができないという議論もありますが、これも正しく
ありません。日本は2024年段階で200万人もの在留外国人を受け入れてい
ます。そのうち80万人が中国人で、その人口規模は鳥取県、島根県、高知
県、徳島県、福井県の各々の人口を上回り、山梨県や佐賀県に匹敵してい
ます。
米国の5000万人規模には遠く及びませんが、スイス、オランダ、スウェー
デンなどと受け入れ絶対数ではほぼ同等です。全人口1億人余りの国とし
て考えると少なめですが、全く受け入れがないような言説は誤りです。日
本の移民政策の特徴である、移民の中でも難民受け入れがごく少数である
ことなどが、こうした誤解の原因でしょう。
欧米の難民受け入れ政策の背景には、長く続いた悪辣な植民地支配・奴隷
制度の被害地域に対する贖罪の意義も大きく、日本にはそのような背景が
ない以上、難民受け入れの必要性が薄いとも考えることができます。
『ドラゴン桜』でも言われていますが、国民に対する教育は落伍者を極力
少なくするのが目的で、多くの人々を捨て置いてジョブズやザッカーバー
グや昔ならエジソンの様な奇人変人の才能を伸ばすためにあるのではあり
ません。飛び抜けて優秀な生徒のために飛び級制度ぐらいは用意した方が
よいかもしれませんが、全員一律の学校教育もそれを羨望している国々は
多数あります。[参考:ソリアズ第49話『コアの形成』]
よく「フィンランドの教育を見習え」という意見を耳にしますが、2023年
にフィンランド教育文化省が過去数十年に亘る教育制度を省みて「学力低
下が近年激しく大失敗だったと認める」という主旨をレポートにまとめて
います。
また、格差は先進国では日本がダントツの最低レベルです。赤字の大手企
業のCEOが退職時の報酬で数十億円を貰ったりするようなことも起きませ
んし、国内のほんの数人の資産の合計が半分以上の国民の総資産額と同じ
などという馬鹿げた状態も起きません。『格差は心を壊す 比較という呪
縛』をペラペラめくるだけで、登場するグラフの中で日本が常に端の方に
いることが一目で分かります。
これでどうして「日本はもうダメだ」という話になるのか全く不思議です。
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☆第49話『コアの形成』 http://tales.msi-group.org/?p=90
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○第1章:生産性の計算方法
生産性の測り方には原理的に以下の三種類があります。
●労働生産性
生産性と聞くと多くの人々が思い浮かべるのが労働生産性。労働者1人
1時間当たりで生み出された付加価値額。付加価値額は…
「付加価値額=営業純益(営業利益-支払利息等)+人件費(役員給与+
役員賞与+従業員給与+従業員賞与+福利厚生費)+支払利息等+動産・
不動産賃借料+租税公課」
で計算できるとされていますが、上の式を見ても分かる通り、この値は粗
利に近似しています。
●資本生産性
機械設備や店舗そのものなどの資本ストック1単位当たりの付加価値額
です。例えば、よく国際比較の中で日本の農業の生産性が低いと言われる
ことがありますが、労働生産性は低いのですが、土地面積当たりの収量は
多い傾向があり、土地生産性を資本生産性と捉えると日本の農業の資本生
産性は高いことになります。管理会計の面で見ると、資本生産性はROAな
どと相関が高い数字であることが分かります。
●全要素生産性(TFP: Total Factor Productivity)
労働生産性と資本生産性を見比べる時、現実の活動が労働と資本の両方
を用いて行なわれている以上、どちらかだけで生産性を測るのは一面的な
ものにしかなりません。先述の農業では労働生産性は低くても資本生産性
は高く、逆に電力や鉄道といった装置型の産業では、労働生産性は高く、
資本生産性は低くなりやすい傾向があります。こうした状況で、総合的に
生産性を評価するのに用いるのがTFPです。
指標としては、通常「TFP上昇率」の形で用いられ、付加価値額の伸び
率から、労働投入量の伸び率と資本投入量の伸び率を引いて算出します。
例えば、前年から今年の比較で付加価値額が5%伸びた企業があったとしま
す。同じ期間に労働投入量は3%伸び、資本投入量は6%伸びたとします。生
産に当たっての労働と資本の貢献度合いの割合は国全体のTFP上昇率の計
算で各々3分の2と3分の1とされているので、それを適用すると、
TFP上昇率は…
5%-(3%×2/3)-(6%×1/3)=1%
となります。このように計算するTFP上昇率は企業の組織単位でも国単位
でも計算することができます。
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○第2章:日本の生産性の実態
日本の生産性が低いという論説がありますが、『生産性…』で見ると、
必ずしもそうではありません。二つの期間での比較が行なわれているので、
そのTFP上昇率の数値を抜粋します。
■1990年-2007年
日本:0.6
ドイツ:1.2
イギリス:1.5
米国:1.1
■2009年-2016年
日本:1.2
ドイツ:1.2
イギリス:0.3
米国:0.6
という結果になっており、『生産性…』の著者が「IT革命の時期」と呼ん
でいる1990年-2007年の期間に大きな上昇率を記録した国々が鈍化する
ケースが多く、横ばいとなっているドイツ、そして二倍に数値を増やした
日本が際立っていることが分かります。
両期間の最後の年が2016年ですので、やや古いデータとなっていますが、
「失われた20年(/30年)の間に日本だけがどんどん遅れを重ねた」など
の話が全くの嘘と分かります。
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〇第3章:日本の経済成長と生産性
第2章で紹介した国単位のTFP上昇率は、国のマクロ経済全体の付加価値で
ある実質GDP成長率から、「労働投入時間(労働者数×平均労働時間)の
増加率×労働の寄与度(2/3)」と「資本ストックの増加率×資本の寄与
度(1/3)」を差し引くことで産出されます。TFP上昇率が国内総生産
(GDP)の伸び率と密接な関係があることが分かります。
こうした数式による表現を待たずとも、総人口が減り、労働人口も減ると
き、生産性を上げて行かねば、GDPが減る大きな要因ができることは、か
なりアバウトな理屈ながら、簡単に想像できます。
そして、「日本のGDPの伸び率が先進国諸国に比べて低い状態であるのは
事実で、それは(先述の通り)GDPの伸び率と密接に関係する生産性の伸
びが非常に少ないからだ」という理屈がよく聞かれます。
確かに日本のGDPの伸び率が他の主要国に比べて低いのは間違いありませ
ん。そしてGDPの伸び率がTFP上昇率と密接な関係があるのも間違いありま
せん。しかし、第2章で見た通り、日本のTFP上昇率は全く低くないのです。
これはどういう絡繰りでしょうか。その答えの一端に言及しているネット
記事を見つけました。
『知ってはいけない、世界の《残酷な常識》日本人は知らない…スイスが
じつはヨーロッパの人たちから嫌われている理由「アルプスの少女ハイジ」
とは程遠かった』という2024年8月の記事で、作家の川口マーン惠美と国際
マネジメントの研究者である福井義高教授が対談しています。以下は福井
教授の発言です。
[以下抜粋↓]
実はGDPを用いた豊かさの国際比較は、それほど簡単なものではありませ
ん。市場為替レートを用いるか購買力平価を用いるかでも違いますし、そ
もそもGDPは社会の豊かさを測る指標としては問題が多い。たとえば、国
内治安維持コストはGDPに加えられています。
したがって、コストをかけずに秩序立った社会を維持している日本に比べ、
他国のGDPは相対的にかさ上げされるわけです。
各国とも社会に大きな変化が生じたとされるコロナ禍より前の治安状況を、
国連が公表しているデータから計算してみました。2018年の人口当たり強
盗件数は、スイスが日本の14倍、ドイツが31倍、アメリカは61倍。2019年
の人口当たり受刑者数は、スイスとドイツが日本の2倍、アメリカが16倍
です。
シンガポールも日本と同様に犯罪は少ないのですが、人口当たりの受刑者
数は日本の5倍です。もちろん、刑務所維持コストはGDPにカウントされま
す。コストをかけずに安心して暮らせるという日本のすばらしさはGDPに
反映されるどころか、逆にマイナス要因になるのです。
やはりGDPに加えられている医療費にも同じようなことがいえます。OECD
が公表しているデータでみると、日本は世界で最も高齢化が進んでいるの
に、2022年の医療費はGDPの11.5%で、ヨーロッパ諸国と同程度、比較的
高齢者が少ないアメリカは16.6%で断トツの世界第1位です。
しかし、平均寿命をはじめ、各種健康指標で日本が最高水準であることは
世界的にも認められています。一方、アメリカのコロナ前の平均寿命は日
本より5~6年短く、健康指標も芳しくない。比較的コストをかけずに国民
が健康に暮らしているという日本の良さもGDPに反映されません。
また、社会保障支出を除くと、日本の財政規模は欧州諸国に比べると小さ
い。GDPの構成要素である政府サービスの価値はかかった費用と同額と定
義(!)されているので、この点でも日本のGDPは相対的に小さくなりま
す。
[以上抜粋↑]
この記事を読むと、社会の状況が悪くなり、余計なコストがかかるように
なればなるほどGDPが伸びるということが分かります。また、軍事費が伸
びてもGDPは成長するのです。考えてみると当たり前のことです。
また、福井教授の発言の冒頭でも触れられている購買力平価による調整の
他、GDPの国際比較はインフレ率や為替レートにも大きく左右されます。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングのネット資料『日本の名目GDPを抜
いたドイツを取り巻く経済環境』では、ドイツのGDPが伸びた要因が以下
のように説明されています。
[以下抜粋↓]
2023 年にドイツが日本の米ドル建て名目GDPを抜いた最大の理由は、ドイ
ツのインフレが日本以上に深刻だったことにある。ドイツの2023年のGDP
価格指数は前年比6.6%上昇と日本(当社予測では同3.7%上昇の見込み)に
比べて高く伸び、これがドイツの名目GDPを膨らませるドライバーとなっ
た。さらに、2022年に比べると対ドルで3%ほどユーロ高が進んだことも、
ドイツの米ドル建ての名目GDP を膨らませる要因となった。
同時に、日本が2 年連続で大幅な円安となったことも、ドイツが2023年に
日本の経済規模を追い抜くうえで大きな要因となった。いずれにせよ、人
口が日本の3 分の2 程度のドイツが日本の経済規模を追い抜いたわけだが、
このことはドイツにとって、必ずしも前向きな意味合いを有していない。
むしろ、ドイツが経済運営の基本としてきた物価の安定が崩れた結果であ
ることを考慮すれば、後ろ向きの意味合いが強い。(中略)
ここで国際通貨基金(IMF)が公表する実質的な経済力を示す購買力平価
ベースのGDP(二国間の財・サービスの物価の差を考慮したGDP)を確認す
ると、まだ日本がドイツよりも規模が大きい状況であり、今後もその状況
は続くと予想されている。
[以上抜粋↑]
勿論、最近のドイツ経済の場合に限った説明文章なのですが、この説明だ
けを読めば、まるでGDPが伸びる方が悪い結果であるように見えます。指
標に表れるGDPの成長が必ずしも社会にとって望ましい変化を反映してい
るものではないことが非常によく分かります。
GDPの一つの経済指標としての意義は大きいものの、その内容がどのよう
なものであるかを踏まえてその成長率を考える必要があります。
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○第4章:日本の低生産性・低経済成長性の潜在的根拠
第2章・第3章で日本の生産性の実体と経済成長の内実を述べてきました。
前者では「決して低くない」という結論ですが、ドイツと並べる時、ダン
トツとは言えません。後者では数値を見れば低い結果であるのは間違いあ
りません。こうした日本の生産性・経済成長性の“芳しくなさ”について
元日銀副総裁の岩田規久男氏が納得の論点を一つ、その著書『「日本型格
差社会」からの脱却』で説明しています。
[以下抜粋↓]
景気が悪いときの衣料品店の店員の行動を想定してみよう。店員は来店す
る人がいないので、暇を持て余している。たまに客が来ると、その人が探
しているものを聞いて、説明し、あれこれ勧めるが、その客は買わずに
帰ってしまう。そこで、店員は客が試着した洋服をたたんで、元の場所に
戻したりして、店の飾りつけを整えたりする。店員が8時間店にいて、売
れた洋服の額は1万円でしかない。この売上高を労働時間8時間で割ると、
1時間当たりの労働生産性は1250円になる。
一方、景気が良くなり来店者数が増え、店員は8時間忙しく働いて、1日の
売上高が10万円になったとしよう。(中略)とくに日本の労働生産性の国
際比較にはほとんど意味がなく、それが上がった下がったと一喜一憂しな
いことである。
[以上抜粋↑]
このあまりに単純明快な論点がどこまで日本の生産性と経済成長の数値に
影を落としているか分かりませんが、確実にこうした点も影響のある要素
と考えられます。あまりにすっきりと分かる議論だったので、当コラムの
第541話『三分の理』の主要モチーフにもなっています。[参考:ソリアズ
第541話『三分の理』]
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☆第541話『三分の理』 http://tales.msi-group.org/?p=2506
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○第5章:日本の企業の低生産性の組織内要因
短期的且つ部分的な視点で考える時、国内企業の生産性が海外に比べて低
くなる要因が幾つか考えられます。
一つは大手から中堅企業・中小企業までもが取り組む新卒採用です。諸外
国には存在しない制度で、職業人として全く使い物にならない状態の人材
を社内でまともな社会人・組織人となるよう育成する制度です。短期的な
視点からなら、能力が低い人材を敢えて雇って使おうとしているのと同じ
ですから、生産性が上がる訳がありません。
このマイナス面ばかりに着目する議論が散見されますが、この結果、日本
では若年者の失業率がダントツに低くなっています。海外では失業した若
者が麻薬や売春、その他の重犯罪行為に走りやすいことを考え合わせると、
日本企業全体が取り組む壮大な社会貢献システムとしてみることができる
のです。こうして実現した治安もよく安定した社会でビジネスができる恩
恵を巡り巡って国内企業は甘受しています。
もう一つはメンバーシップ雇用による社内でのジェネラリスト養成の人事
システムです。ジョブ型の方が優れているという議論がよく聞かれますが、
海外でも多くのジョブ型雇用が矛盾を呈してきています。端的に言うと、
ジョブ型雇用においては、企業側が人材育成によるキャリアの引上げを図
らないので、スキル向上やキャリア価値の引上げはすべて自己責任になり
ます。言わば、意識の高い人材には有効な仕組みですが、多くの“普通の
人々”には機械のような無味乾燥な同じ報酬の同じ仕事が待っているだけ
です。元々機械のように決められた仕事を人間にさせているので、労働の
機械による置き換えも原理的に容易になります。
日本企業は社内の人材の能力を本人が意識していなくても半自動的に伸ば
す仕組みを持っているとも考えられ、ここでもまた、日本企業は自社社員
の個々人のスキルを伸ばし続けることで、個々人の人生の選択肢を増やし、
社会貢献をしているとみることができるのです。そしてそのコストを負担
している分、当然生産性は下がるはずです。
さらにもう一つ、製造現場以外でも実質的なゼロ・デフェクト体制の経営
が基本として認識されていることも大きな原因と考えられます。例えば正
確無比な電車の定刻発車体制一つを見ても、それが分かります。これはこ
うした社会インフラに関わる職場のみならず、多くの職場に見ることがで
きます。たとえば、「メールを送っても、重要なことは電話で一言確認す
るのがマナー」などというのも、情報伝達のデフェクトをゼロにするため
の行動ですが、短期的に生産性を押し下げる効果があるのは間違いありま
せん。
しかし、こうした配慮や緊張感を持った仕事の進め方が普及・浸透してい
るため、各種の日本の製品・サービスの品質の高さは実現されています。
短期的な生産性を犠牲にした日本企業の競争力維持の恒常的な取り組みと
考えることができるのです。
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第6章:日本の物価と賃金
不思議なことに海外のマーケティング論では差別化という概念があまり登
場しません。「レッド・オーシャンとブルー・オーシャン」とかいう変に
写実的な名称の理屈で「多くの競合が犇めく市場は儲からない…」という
話などもありますが、ではレッド・オーシャンの市場に居たらどうすると
いう話になると、日本では「棲み分ける」(≒「差別化する」)とか「市
場の勝てる小さい部分を切り取る」などの対策が出てくると思われます。
少なくとも多くの場合中小零細企業の生きる道はそこにあります。
ところが欧米発の経営論では、上の様な戦略を考える前に、多くの場合、
二つの選択肢しかありません。「他社買収で自社シェアを大きくして競争
を減らす」か「撤退する」です。レッド・オーシャンの中の多くの企業が
このいずれかの戦略を採用すると、市場の企業数はどんどん減って行きま
す。すると寡占市場や独占市場が生まれます。
古典的で強烈に支配的な経営論にSCP理論というものがあります。大雑把
に書くと、もともと古典経済学の“完全競争市場”の理論をそのまま経営
に適用させたものです。“完全競争市場”は「参入障壁もない市場で無数
の小規模事業者が全く差別化の余地もない商品・サービスを売り続けてい
る」状態のことです。これでは儲かりません。
この市場のどこを変えて儲けられるようにするかという話になります。日
本企業の多くは、上の定義の中の「全く差別化の余地もない商品・サービ
ス」だからダメなのだと考えて差別化を図ります。しかし、欧米の多くの
企業経営者は定義の中の「無数の小規模事業者」だからダメなのだと考え
て、買収を重ねて「無数」でもなくして「小規模」でもなくするのです。
この結果、起きることは全く違います。日本の場合は棲み分け他市場はも
とより小さくなりがちですし、企業規模も急に大きくはならないので、
各々の企業の売上も利益も低いままになります。しかし、多様な商品や
サービスの選択肢が市場に存在するので消費者には多くの選択肢が生まれ
ます。その中で高付加価値の商品は高くなるでしょうが、大手が普及させ
るコモディティ的な商品は廉価で生き残りますので、競争が激しい中で、
エンド・ユーザーには非常に望ましい市場が発生します。
一方で欧米の場合は真逆です。M&Aを重ねて短期的には濡れ手の粟の売上
上昇が望めますし、長期的には寡占・独占状態を形成しますから市場でや
りたい放題になって行きます。極端な例で思考実験してみましょう。
お客はどうしても買いたい商品・サービスに対し、自分しか売り手がいな
ければ普通は価格を吊り上げたくなります。製品開発やマーケティングの
努力も根本から要らなくなります。その結果、売上も利益もガッチリ確保
できる一方、エンド・ユーザーには低品質の商品・サービスを高く売りつ
けることで不利益を強い続けることになるのです。[参考:ソリアズ第498
話『犍陀多の未来』]
こうして物価はどんどん上がって行きます。その売上や利益は株主にまず
還元され、それを実現した経営者に日本の中小零細企業経営者の報酬の数
百倍・数千倍の報酬が支払われることになります。割を食うのはエンド・
ユーザーでB2Cなら一般消費者です。株主や経営者に還元を優先し、職業
別組合が煩いので労働者にはおこぼれを分け与えます。これが一般労働者、
特に単純労働系の人々の賃金が上がらず、多数派の人々は平均賃金の上昇
など全く体感できずに暮らすようになる絡繰りです。
よく「諸外国の賃金はどんどん上がっているのに日本は全然ダメだ」とい
う話を聞きますが、二つ抜け落ちている論点があります。一つは「平均賃
金」なので国民全体の賃金が一様に上がっている訳ではないことです。格
差がどんどん広がっている以上、むしろ平均以下の人々は増えています。
もう一つは上のような構造なので、賃金が上がる以上に物価はもっと上が
っているということです。日本が長くデフレを続けている間、多くの先進
国ではインフレがずっと続いてきました。現在でも毎年5%などのインフレ
が嵩じた状態が続いている国々が存在しています。そう言った国々の人々
の多くは賃金の上昇率以上の物価高騰を経験しているのです。賃金は上
がっても多くの人々がそれでも間に合わない物価上昇に喘ぎ苦しむ状態の
方が、日本の現状に比べて間違いなく「ダメ」でしょう。「消費者に多様
な選択が残らない」どころか、食うや食わずやの人々が急激にその割合を
増やすことになるのです。
余りにその数が無視できなくなってきたので、他国では色々と対策が打た
れています。ちょっとした犯罪でも刑務所に入れたり、富裕層の慈善活動
のネタにしたり、年金よりも少ないようなベーシック・インカムで「皆が
幸せに暮らせる社会」を謳ってみたりしている背景には、こうした社会構
造があるのです。
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☆第498話『犍陀多の未来』 http://tales.msi-group.org/?p=1993
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第7章:日本の労働者のエンゲージメント
米国の政治学者イングルハートは世界価値観調査を数年ごとに行なって
います。その結果は視覚的に分かりやすい図にまとめられています。
■『動的な「イングルハート-ヴェルツェル図」』
https://wvs.structure-and-representation.com/content1.html
各国の価値観を比較する一つの軸が「伝統的価値(前近代社会)」vs「世
俗-合理的価値(近代社会)」です。これは「伝統的価値というのはたと
えば権威や伝統的な家族の価値観を尊重し、宗教/親子関係を重要視する
一方で、離婚/妊娠中絶/安楽死/自殺を否定するような価値観。世俗-
合理的価値というのはこれらにとらわれない価値観が想定されている。」
と説明されています。
驚くべきことに、日本はこの軸の「世俗-合理的価値(近代社会)」側に
極端に寄った価値観になっており、調査年にもよりますが、ほぼダントツ
一位の状態を続けています。日本人は特定の価値観に縛られにくい人々と
いうことが言えます。つまり、会社の理念やヴィジョンなどにも心酔しに
くい人々です。端的に言うと「ああであってもよく、こうであってもよい」
人々が主流なのです。だとしたら、職場でのエンゲージメントも、欧米諸
国での測り方では全く比較にならないでしょうし、測ったところで高くな
らなさそうに思えます。
また、最近話題になっているセロトニン・トランスポーターの遺伝子の話
も重要です [参考:ソリアズ第443話『閑居の本質』] 。やる気や快適さ
を作り出す脳内物質セロトニンを運ぶ能力を決定する遺伝子の構成は、世
界の地域によって異なり、日本人はセロトニンを運ぶ能力が世界最低レベ
ルで、セロトニンの脳内濃度が上がりにくいようなのです。その結果、不
安になりやすく幸福感を得にくい可能性が非常に高いと言われています。
単純に言うと世界一ハッピーになりにくい人々ということです。日本で鬱
や自殺が多いのは、これが原因と言う仮説もある一方で、日本人は幸福が
感じられないから、何とか幸せになろうと努力を続ける傾向が強いと言う
解釈もあるようです。これを防衛的悲観主義と呼ぶことがありますが、常
に満足せず、努力を怠らない姿勢ということです。[参考:ソリアズ『21
周年記念特別号 前篇』]
このように考えると、日本人労働者のエンゲージメントが高くなる方が不
思議です。一定の価値観に心酔することも少なく、盛り上がりにくい人々
です。どちらの特徴も世界でダントツというぐらいに際立っているので、
こうした要因を無視して他国と単純に比較した結果がアテになる訳があり
ません。
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☆第443話『閑居の本質』 http://tales.msi-group.org/?p=1316
☆『21周年記念特別号 前篇』 http://tales.msi-group.org/?p=1997
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第二部:中小零細企業の生産性
第一部では日本全体の生産性の議論を中心に「自虐的“日本はもうダメだ
論”」について考えてみました。続く第二部では生産性が低いことを根拠
とした「中小零細企業悪玉論」について、考えてみたいと思います。
まず、中小零細企業の生産性についての評価の結論は、残念ながら「低い
ケースが多い」と言わざるを得ません。大手企業の側も個々の企業で見る
と生産性にはかなりばらつきがあるのと同様に、中小零細企業においても
生産性は個々の企業でバラバラです。ですから、一概に中小零細企業すべ
てが低生産性企業群であるということは全くありません。ただ第二部の第
8章から第10章で『生産性…』の内容に従って見ていく通り、中小零細企
業には低生産性となりやすい要因が幾つか存在しています。その結果、中
小零細企業は大手企業に比べて低生産性となりやすいと考えることは妥当
でしょう。
第5章では新卒採用制度が生産性を犠牲にして若年者の雇用を創出してい
ることや、メンバーシップ型雇用が生産性を犠牲にして人々のスキル向上
やキャリア構成に貢献していること、さらに、ゼロ・デフェクト志向の経
営方針が生産性を犠牲にして商品・サービスの品質を高く維持し、企業の
競争力の源泉となっていることなどを説明しました。このように生産性と
並んで尊重されるべき他の評価軸が企業にはあります。
同様に、中小零細企業が一般に低生産性になりがちということを踏まえて
も尚、それを残しておくべき最大の理由は、(社会人・組織人教育もセッ
トにした)雇用の確保でしょう。雇用の確保はすなわち社会の安定そのも
のです。その役割を中小零細企業が担っていると考えられます。
このように言うと、中小零細企業ではなく、中規模企業や中堅企業は零細
企業群よりも生産性が高いので、零細企業群が淘汰され、そこで働いてい
た人々が中規模企業・中堅企業に転職すれば、全体として生産性は向上す
るという説を唱える「識者」と称する人々がいます。原理的には正論です
が、そのようなことはほとんど起きないでしょう。理由はいくつかありま
す。
当コラムの第579話『ネオテニー以前』の前半を以下に抜粋します。
[以下抜粋↓]
また年に一回の中小企業診断士登録更新研修に参加することになった。
2023年8月の或る土曜日。経産省の偉い方は「中小企業の成長経営の実現
に 向けた研究会」の中間報告書について説明していた。この会は成長企
業の創 出の支援策を検討したのだという。
「地域の中小企業が『100億企業』(売上高100億円以上の企業)など中堅
企業に成長するとき、高いレベルで外需獲得、域内経済牽引、賃上げに貢
献。経済成長を実現する上で、こうした成長企業の創出が必要」と配られ
た資料に明言されている。現在、売上高100億円以上の企業は国内に1.4万
社存在し企業数全体の0.4%に過ぎず、過去10年以上遡っても、売上高1~
10億円から 100億円超に成長した企業は178社しかないと資料は述べる。
違和感が湧く。消費が飽和しレッド・オーシャンだらけの日本で売上
100億円を上げようとすれば、高い確率で海外市場を目指さねばならない。
その際、相応に高い確率で消費地である海外に拠点を作り、いつか販売の
軸も製造の軸も海外に移る。国内からこうして海外に広がっていく企業群
が増えても、トリクルダウン理論によって日本経済は広く遍く潤うのだと、
グローバリズム信者は言い続けてきたが、それは虚妄と判明している。
100億円企業ともなれば中小企業というよりも中堅企業以上と考えるべ
きと経産省の管理者も述べた。超巨大規模の多国籍企業群とローカルの中
小零細企業に挟まれた中堅企業のマーケティング戦略は困難を極める。超
巨大規模の企業群には弱者の戦略を、中小零細企業群には強者の戦略を同
時並行で採用しなくてはならない。組織の内部も人数が増えれば、徐々に
階層化が進み、機動的な動きができなくなってくる。多様な顧客に向き合
わねばならなくなると、そのニーズも把握しにくくなってくる。結局中小
零細企業の基本戦略である高い顧客満足度と高い機動性の両者を失ってい
く。
[以上抜粋↑]
「零細企業群から淘汰され、そこで働いていた人々が中規模企業・中堅企
業に転職すれば、全体として生産性は向上するという説」が実現しように
も、まず、中規模企業・中堅企業が世の中にそれほど存在し得ません。第
578話に書いた通り、その規模の企業経営が事業規模別で見るなら最も不
安定で維持しにくいものだからです。[参考:ソリアズ『20周年記念特別
号』]
その結果、「過去10年以上遡っても、売上高1~10億円から100億円超に成
長した企業は178社しかない」事態で、「売上高100億円以上の企業は国内
に1.4万社存在し企業数全体の0.4%に過ぎず」という数字が示す通り、結
果として生き残った中規模企業・中堅企業も圧倒的な少数派なのです。こ
れでは例えば10人程度の組織規模以下の零細企業群を全て廃業させてその
人員を全吸収するなど到底無理です。
さらにもっと無理筋の理由があります。それは、多くの場合、中小零細企
業で働く人々は、それ以上大きな企業規模で働くことができなかった人々
であることです。多様な理由によって、相応に大きな組織規模の企業に入
社できなかったか、一旦入社しても適合できなかった人々が中小零細企業
で働いているケースが非常に多いのです。
つまり、これらの人々にとって、中規模企業・中堅企業は現在の職場の代
替になり得ないことが分かります。これらの人々に対して雇用を提供し、
社会を安定させること。そしてそれらの働き手の人々の能力を向上させ、
豊かな人生の礎を築くこと。これが中小零細企業の大きな存在意義なので
す。
そして、もう一つの大きな存在意義があります。それは、大手・中堅企業
の汎用的な商品・サービスでは満たされず、しかし、小さな市場しか形成
できないニーズを満たすことです。端的に言うとニッチな市場ニーズを満
たすことです。市場の小ささの理由は、例えば専門家しかわからない高度
な商品・サービス提供ということもあるでしょうし、特定地域の人々や特
定の障害などの状態の人々向けの商品・サービス提供もあるでしょう。単
に採算に中々乗らなそうなので大手が手を出さない市場もあると思います。
社会の多種多様な価値観やニーズに多種多様なソリューションを用意する
のが中小零細企業のもう一つの大きな存在意義なのです。
当然ですが、こうした市場に対応すれば生産性を上げていくのは至難の業
ですが、可能な限り生産性向上を図らなくてはなりません。しかし、それ
が他の企業群に比べて遅い歩みであったとしても、淘汰されて消えるのが
当たり前と考えるのは非常に狭量であると評してよいでしょう。
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☆第579話『ネオテニー以前』 http://tales.msi-group.org/?p=3472
☆『20周年記念特別号』 http://tales.msi-group.org/?p=1681
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○第8章:中小零細企業の低生産性
『生産性…』の中で中小零細企業の生産性が総じて低いと断じている文章
はありません。しかし、「企業の生産性を規定する要因」の説明において
以下のように説明しています。
[以下抜粋↓]
企業間・事業所間での生産性の違いは、規模の経済、範囲の経済、労使関
係、経営の質など様々な要因から生じる。
[以上抜粋↑]
耳慣れない「範囲の経済」は事業多角化のことと説明されています。事例
として、コンビニが商品販売だけではなく、各種のサービスなども併せて
提供することで、生産性が上がることなどを紹介しています。
上の生産性の違いの主要因の最初は「規模の経済」です。中小零細企業の
場合、事業規模も組織規模も小さいのですから、生産性が低いのはデフォ
ルトと考えるべきでしょう。
『生産性…』は、このような説明の後に、規模の経済や範囲の経済、労使
関係などよりも、最近の研究で「経営の質」の方がより重視される要素と
説いています。それは非常に理解できますが、中小零細企業の場合、オー
ナー経営者がどこまで「経営の質」という切り口を理解し重視しているか
はピンキリで、大手企業よりも膨大に多い企業群全体で均して考えれば、
経営の質は総じて低いと言わざるを得ないでしょう。
それは経営者の経営力そのものにも拠りますし、中小零細企業の「5ナイ」
と呼ばれる、ヒト・モノ・カネ・技術・情報の5つのリソース全部が乏し
いような経営状況に拠るとも考えられます。いずれにせよ、こうした理由
で中小零細企業の生産性は総じて低くなると、『生産性…』の説明内容を
基に推察することができそうです。
実は、これらの論点以外にも中小零細企業の生産性が低めになる宿命的な
要因があります。それは中小零細企業の生き残り戦略の基本が「機動性」
×「お客様満足」だからです。
機動性を高く維持しようとすれば、頻繁な方針変更や事業変更が発生しま
す。安定していた事業をその都度細かく変更することを余儀なくされます
から、当然、生産性は下がります。また、お客様満足は突き詰めていくと
お客様個々に対する個別対応に行き着きます。つまり、汎用性の高い一つ
の解で多くのお客様を満足させることは難しいので、個々バラバラで多様
なお客様に対峙して、各々に適切な解を提供することになりますから、こ
こでも生産性は引き下げられることになります。
おまけに、残念ながら中小零細企業に集まる人々は、総じて人材の職業的
能力・資質において乏しいことが多いので、ここでもまた、生産性引き下
げが起きるでしょう。対処の為に大手企業以上に育成体制を充実させれば、
改善効果は固定・蓄積されて生産性は後に向上して行くでしょうが、短期
的には育成活動そのものが生産性を下げることになります。
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○第9章:サービス業の低生産性
海外の多くの先進国に比べても、日本の消費が飽和していることはよく知
られています。店舗の中の商品の多種多様さや、商品を手に入れる流通
ルートの多種多様さが世の中を覆い尽くし、「“モノ消費”から“コト消
費”へ」などと言われて数十年経ち、消費の軸はサービスに移っています。
B2Cのサービスの場合、生産・消費が同時同所で起きるので、どうしても
物理的な広域のサービスが難しく、事業規模は小さくなりがちです。つま
り、中小零細企業にサービス業が多くなりやすいと言えます。組織規模が
小さくなれば総じて生産性が低くなるのは第8章で見た通りです。
ただ『生産性…』では、サービス業の生産性は一般に製造業に比べて低く
なる統計情報が多いものの、実際にはサービス業の生産性が諸々の要因か
ら低く見積もられる構造があり、それを是正するとサービス業の生産性が
製造業に比べて極端に低いということはないといった結論を提示していま
す。
一般にサービス業はそのビジネス・プロセスの中で「ヒト」の要素が大き
くなりやすく、それが中小零細企業であれば、質の高い人材を揃えるのが
相応に困難ですから、生産性が低くなる要因はそれなりに揃っています。
そうしたデフォルトの低生産性体質を踏まえた上で、経営の質を上げ、と
りわけICT活用や機械化の推進も含めて生産性改善に取り組むべきでしょ
う。
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○第10章:地方経済の低生産性
地方経済の低生産性も『生産性…』には、「集積の経済性は生産性向上の
源泉の一つであり、特に、サービス経済化、グローバル化が進行する中、
大都市立地の優位性が強まっている」とかなり明確に書かれています。
ムダ取りの訓えの中に、「移動・運搬のムダ」というものがありますが、
地方経済の場合、モノの調達にも完成商品の配送にも、時間コストや移動
コストが嵩みがちです。働き手の通勤や業務上の移動なども同様です。単
純なこうした点だけ見ても生産性が低くなる要素が簡単に見て取れます。
この対策として考えられるのは、情報産業のように時間コストや移動コス
トが無視でき易い事業を多く立ち上げることがあります。IT系企業の誘致
やコールセンター誘致がその具体例と言えます。
『生産性…』では都市部と地方を対比しているのではなく、集積の有無で
議論を進めています。それならば地方経済にも集積を築けば、生産性は改
善することになります。最近では国際経済のデカップリングが進行し、中
国から引き揚げてきた製造業の企業群が国内に新工場や物流拠点を築いた
りしていますし、世界的有名半導体メーカーの工場などが国内に誘致され
ていて、それらの多くは東名阪から離れた地域で行なわれています。
しかし、ただ巨大工場や物流基地を誘致するだけでは、その単体の規模の
大きさ故に個別の生産性は高いでしょうが、単に時間コストや移動コスト
が大きく膨らむだけに終わります。
巨大工場や物流基地を含むビジネス・プロセスの極力多くがその地域内で
完結し、結果的に、時間コストや移動コストが平均で圧縮されるような仕
組みが必須となることでしょう。また、現実の誘致の事例を見ると、用地
買収などによる地価高騰が地元の既存経済を歪めたり圧迫したりするよう
な問題を生み、地方経済にとっては必ずしもプラスになっていないような
ケースも存在するようです。インフラ整備と同時に、諸々の法整備なども
必要となるのかもしれません。
日本では政令指定都市クラスには、名義上、大手企業が多く存在すること
がありますが、「支社経済」と呼ばれるように、小規模な支社や事業所が
存在するだけであることが多いです。地方経済は中小零細企業の塊とさえ
言えます。そんな中に、大工場などを誘致して局所的な生産性向上が図れ
ても、既存の膨大な数の中小零細企業の生産性向上も積極的に図られるよ
うにならねば、地方経済と都市部経済の差は広がるばかりであることが分
かります。
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参考図書・記事紹介
[参考図書]
■『生産性 誤解と真実』
https://amzn.to/3NGczPc
■『ドラゴン桜』シリーズ
https://amzn.to/3Yl8lld
■『シン・日本の経営 悲観バイアスを排す』
https://amzn.to/3Af0o9a
■『真説・企業論 ビジネススクールが教えない経営学』
https://amzn.to/4hhedVd
■『格差社会で金持ちこそが滅びる』
https://amzn.to/3Yj7vW6
■『「日本型格差社会」からの脱却』
https://amzn.to/3Ahk7F5
■『格差は心を壊す 比較という呪縛』
https://amzn.to/3BYUI3y
■『世界のニュースを日本人は何も知らない』シリーズ
https://amzn.to/4e08u31
■『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』
https://amzn.to/4eUiaO7
■『西洋の自死―移民・アイデンティティ・イスラム』
https://amzn.to/3BZ3cHY
■『引き裂かれるアメリカ 銃、中絶、選挙、政教分離、最高裁の暴走』
https://amzn.to/4feIORk
■『いま、日本が直視すべきアメリカの巨大な病』
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■『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか 増補改訂版』
https://amzn.to/3UpTWTp
■『ドイツはなぜ日本を抜き「世界3位」になれたのか…』
https://amzn.to/3AbmERg
[参考ネット記事]
■『移民問題とは?難民との違いや日本と諸外国の移民政策を知ろう』
https://x.gd/D5CWU
■『”フィンランド教育は失敗だった”、
とフィンランド政府が公式に認めました』
https://note.com/yasemete/n/n9dcde19252c8
■『知ってはいけない、世界の《残酷な常識》日本人は知らない…
スイスがじつはヨーロッパの人たちから嫌われている理由
「アルプスの少女ハイジ」とは程遠かった』
https://gendai.media/articles/-/134961
■『動的な「イングルハート-ヴェルツェル図」』
https://wvs.structure-and-representation.com/content1.html
■『日本の名目GDPを抜いたドイツを取り巻く経済環境』
https://x.gd/XM9Yd
■『ハーバードの学生が
訪日研修で真っ先に向かった「意外すぎる場所」とは?』
https://diamond.jp/articles/-/347476
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あとがき
このコラムが創刊してから四半世紀が過ぎました。漸く辿り着いたという
感慨も特になく、普通にルーティン作業で自分の考えをまとめて書き連ね、
今に至っています。今回のテーマは巷間で議論が喧しい生産性です。と言
っても、中小零細企業での具体的な生産性向上策をまとめるのではなく、
世の中の生産性議論に打って出るだけの内容です。
「GDPの伸びが悪い」と言って、中小零細企業を中心に日本の企業群の生
産性が悪いからだと言い募る話を聞きますが、ネット記事の『ハーバード
の学生が訪日研修で真っ先に向かった「意外すぎる場所」とは?』を読む
と、ハーバードのMBA修了を目指す学生が…
「一般的に米国企業は生産性が高いと思われていますが、それはアップル
やアマゾン・ドット・コムなどごく一部の巨大企業に限った話であって、
中小企業の生産性はそれほど高くありません。中小企業の生産性を向上さ
せるために威力を発揮するのが、日本企業のオペレーションモデルだと思
います。」
と言っています。不採算部門を売却するなどという大手のやり口は脇に除
けて、具体的な方法論を無理矢理まとめると、多分、「従業員の教育全
般」、「ムダ取り、5Sなどの改善手法の徹底実践」、「ICT活用・機械化
の推進」、「産業集中地への移転」ぐらいが中小零細企業の生産性向上策
であろうと思われます。
このうち「ムダ取り、5Sなどの改善手法の徹底実践」、「ICT活用・機械
化の推進」の二つは「従業員の教育全般」をセットで行なわなければ成立
しません。特に後者は、導入したシステムや装置がブラックボックス化し
ては、単にその使い手がシステムや装置の起動・駆動装置になり果てるだ
けです。慎重に導入しないとすぐ訪れる陳腐化の対応もできなくなり、ビ
ジネス・プロセスの硬直化を招きます。導入判断をするのも使い回すのも
従業員である以上、その育成がセットにならねばならないのです。
こうしたことは、考えてみれば当たり前のことですが、現場と管理者、経
営層が分断されて、ジョブ型雇用の下、叩き上げたキャリアの人間は存在
しない組織群では、現場レベルの生産性改善など発想が難しいのかもしれ
ません。
「日本人の賃金も上げろ」の声が大きくなって、生産性改善は中小零細企
業でも待ったなしになってきました。今回の記念特別号がそのような取組
みを冷静且つ合理的に進めていく一助になれば幸いです。
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様子です。当メルマガ通常号は毎月10日・25日に、周年記念特別号は毎年
10月末日に休まず発行しております。発行状況のご確認は弊社ブログで行
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発行:
「組織と人のコミュニケーションを考える」
合資会社MSIグループ(代表 市川正人)
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(完)