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経営コラム SOLID AS FAITH 18周年記念特別号 vol.1
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全体目次
vol.1
はじめに
第1章 消えて行く大手企業
第2章 死すべき技術 ~師匠と弟子の問答集~ 前編
第3章 就労観の変化と組織運営
第4章 ポスト・ワーク・ライフ・バランス 『これからの生活』
vol.2
第5章 死すべき技術 ~師匠と弟子の問答集~ 後編
第6章 ソリアズの中のICたち
第7章 IC向け生命力テスト
第8章 零細企業とICの未来
あとがき (市川正人)
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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの上
お読みになることを、心よりお勧め申し上げます。
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はじめに
ソリアズをご覧の皆様、ご無沙汰しております。このたび18周年記念特別号
の執筆を担当します、キラ店格Laboの吉良悠子と申します。「サービス店舗専
門の店舗診断屋」として事業を展開すべく、市川の下でステルス弟子として修
行を始めたのが2年前。通信教育形式で細々と弟子修行を続けて参りましたが、
本年5月にえいやっと仕事を辞め、本格修行に入りました。
市川の歴代弟子の中で、最年長で修行を開始した筆者が今や市川にとって頭
の痛い存在であることは容易に想像できます。新卒で入社した大手外資系IT企
業でシステムエンジニアとして働いていたのは、もはや8年も前。出産を機に
退職し、誘われるままに親戚の診療所を手伝い始めた理由は、当面は育児を優
先したいし何より融通が利きそうだから。医療事務・受付としてお陰様で社会
との接点は持ち続け、大企業とは全く違う小さな職場を肌身で感じる機会に恵
まれました。
限られた人数でいかに効率よく、患者様にとって心地よく業務を回していけ
るか、経営者である院長と同僚と日々試行錯誤するのは面白くやりがいがあり
ます。システムを相手にしている時には得られにくかったお客様からのありが
とうの言葉を直接いただく機会も多く、精神的にも健全な職場。給料が悪かっ
たわけでもありません。しかし、その職場を手放し、敢えて修行、そして個人
事業主としてやっていくといういばらの道を選びました。
何故わざわざいばらの道を選んだか。結論から申します。恥ずかしながら、
それがいばらの道であることに全く気付いていなかったからです。愚かな話で
す。修行を、個人事業主でやっていくということを、完全になめていたのです。
正直、今とても苦しんでおります。40歳を手前に、なぜこんなこともできな
いのだろうか…と、自分のビジネススキル(ヒューマンスキル)のなさを思い
知らされる毎日。9年間一流企業と呼ばれるところで働いていたはずなのに…。
ブランクで忘れてしまっただけなのか? 初めからそんなスキルは習得しない
ままきてしまったか? おそらく後者が正解です。
大企業と中小零細企業で求められるスキルは明らかに違います。また企業で
雇われて働くことと、個人事業主としてやっていくためのスキルもまた違いま
す。本質的に考えてみれば、敬意をもって周りの人たちと接し、その仕事を期
待している人を喜ばせるために何をすればいいかを追求するという意味で同じ
はずです。しかし、それができなかった時の許容レベル(自分へのインパクト)
が明らかに違います。
大企業にはいくらでも替わりがいますし、フォローをしてくれる人もたくさ
んいます。特に筆者が勤務していたのはまだまだ失敗が許された20歳代だった
というのもあると思いますが、求められるアウトプットを出し続けている限り、
多少の態度の悪さは見逃してもらえていました。
そもそも、態度が悪かったかもしれないというのは今振り返ると気付けるこ
とで、その当時はそんな風には全く思っていませんでした。時代が違うという
のもあるかもしれませんが、完全に環境に甘えていたのだと思います。もしか
すると、その程度の小さな歯車としてしか会社で働けていなかったのかもしれ
ません。とにかく大企業という会社の信用に守られていたのです。
ところが、個人事業主となるとそういうわけにはいきません。信用を築くの
は自分自身で、その信用を失うような何かがあれば、それはそのまま自分に降
りかかってきます。誰も守ってはくれません。もう誰にも甘えられないのです。
自分が選んだ道がそういうことだったことにやっと気が付き、今までのある意
味悠々自適な暮らしに後ろ髪を引かれながらも、やると決めた以上やると覚悟
を決めて、修行の日々を過ごしています。
習慣を変えることは容易なことではありません。先日、知人が癌を患いまし
た。幸い手術で根治し転移も認められていません。彼女は今食生活を始めとす
る生活習慣改善に取り組んでいます。彼女の栄養指導の先生によると、人の細
胞が入れ替わるには3~4か月かかるそう。年末には私も弟子修行を卒業する予
定です。この文章を執筆している現在、私に残された修行期間はあと3ヶ月
ちょっと。残された期間で、私の細胞の隅から隅まで個人事業主として生き抜
いていけるためのものに入れ替えていかなくてはいけません。
前置きが長くなりました。本稿では、筆者が弟子修行の中で学んできたこと
を「中小零細企業経営の発見」という切り口でまとめていきます。テーマは
「IC」。ICとは「Independent Contractor」のことで日本語では独立請負人、
独立業務請負人などと訳されます。どこの企業にも属さず、いままで培ってき
た経験や能力を活かし、特に専門性の高い仕事を企業(注文主)と業務単位で有
期の契約を結んで仕事をしている独立した個人のことをそう呼びます。契約関
係がアバウトなケースが多いものの市川がそうであり、私が目指すのもICです。
これからは本当の意味でのIC化が進み、プロ意識を持って、仕事量をコント
ロールしながら、働く人々が増えていくだろうと市川は言います。先日流行り
の書籍『LIFE SHIFT』を購入しました。人生100年時代と言われ始め「教育→
仕事→引退」では終われず、生涯に2つや3つのキャリアを持つ、マルチステー
ジの人生を選択する生き方が主流になると書かれていました。今その予定のな
いあなたもいつかICとして働く日が来るかもしれません。
本稿第1章~第5章までは、IC化が今後進んでいくという市川の主張の裏付け
となる社会的背景と中小零細企業の経営の在り方について言及します。ICを重
要な選択肢として獲得した人生のあり方についても考えます。第6章以降、実
際にICとして成功するために必要となる姿勢や心掛けをソリアズ及び筆者の弟
子修行経験から学んだことをまとめます。稚拙な文章ではありますが、お楽し
みいただければ幸いです。
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第1章:消えて行く大手企業
『グローバリズムという病』の著者である平川克美氏は、グローバリゼーショ
ンとグローバリズムを区別する。グローバリゼーションとは、「利潤を生み出
す差異を嗅ぎ分ける商品経済の拡大への自立的な運動のこと」。平たくいう
と、地球規模で原料や人件費といったインプットを安く調達し、大量に生産す
ることで競争力のあるアウトプットを作り出し、さらに、それらをより高くよ
り多く売れるところへ国境を越えて運んで売る。こうして利益を追求する動き
である。
この動きは文明の進展や民主主義の発展に伴う自然なプロセスの総体のこと
で、グローバリゼーションは、大量輸送、高速移動が可能になって以来、人々
の行動範囲が飛躍的に拡大する中で、科学や文明が進展するごとく自然の流れ
で発達していった。
一方、グローバリズムは、市場原理を国民国家の原理に優先させようとする
大企業・多国籍企業の生き残りの戦略であり、国民国家という障壁に対抗する
ために株式会社というシステムが作り上げたイデオロギーであると平川氏は批
判する。
国民国家の原理を支える母語も関税も、固有の商習慣も、市場原理にとって
は障壁にすぎない。グローバリズムの進展によって利益を得るのは、もともと
超国家的な存在として登場した多国籍企業の関係者、あるいは超国家的な取引
によってビジネスを行っている金融資本家。グローバリズムを推進する側の彼
らの母語が共通言語として採用され、都合よく決められたルールがグローバル
標準となる。ローカル・ルールや、ローカル言語が支配的であった国家や地域
は、最初からハンデを負わされることになる。
富めるものがより裕福になることによって、露が大木から滴り落ちて枝下の
雑草にも注がれるように、貧乏人にも恩恵があるということをトリクルダウン
効果という。グローバリズムはその正当性としてトリクルダウン効果を主張す
るが、それは絵に描いた餅であって、実際にはそのような話はどこにもない。
さて、ここで日本に生まれ海外進出しているグローバル企業に目を向けてみ
る。彼らはいずれ日本からいなくなると考えた方が自然であると市川は言う。
日本の法人税が高いからではない(実際日本の法人税は他の国と比べて取り立
てて高くはない)。すでに多くのグローバル企業は人件費を下げるため生産拠
点を海外に移している。人口減少で定常型社会となった日本は市場としての魅
力は少ない。
グローバリズムが台頭する世界で経済合理性を追求しながら競争し続ける宿
命に置かれている大企業にとって日本に事業の拠点を置き続けるメリットはも
はやない。今度も彼らの商品やサービスは日本でも最低限売られ続けられるだ
ろうし、多くの企業は今まで築き上げた顧客の信頼を失いたくないという理由
で本社を日本に置き続けるだろう。しかし、その実態はいつ日本から出ていっ
てもおかしくない状況なのである。
中堅企業の今後はどうだろう。社員200人~500人程度。会社としてある程
度規模を大きくし、ランチェスターの戦略では強者の法則を使わねばならない
程度に国内シェアも獲得したが、販路拡大を始めとする海外進出は諦めている
ような中堅企業。
国内市場は頭打ちで売上は上がらない。競争は激化し、グローバル化した大
手企業と零細企業に挟み撃ちをされ淘汰される可能性が最も高い。AIや3Dプリ
ンターといったテクノロジーの発展が脅威になるかもしれない。向き合わねば
ならない脅威が多い割に、優秀な人材が少なく、組織も中途半端に大きく機が
読めない。
さらに面倒なことに、豊かになったこの国では、ありとあらゆる面で豊かさ
を保障しようと法律の整備が進む。情報セキュリティ、マイナンバー、ダイバ
ーシティはニュースのネタになっているが、使用者責任に始まり、製造物責任、
安全管理責任、衛生管理責任、さらに二酸化炭素排出量などの環境対策責任、
地震や台風などへの防災対策責任などなど、コンプライアンスの名の下に企業
に課せられた責任はコストに形を変えてどんどん積みあがっていくばかりだ。
自転車の二人乗りは危険だと普通は知っていてやらない。それは常識の範囲
だろうと思われていたが、その常識が当てにならないとなると、法律化され絶
対に守らねばならないルールとなる。企業経営に圧し掛かる責任も同じように
どんどん増えている。グローバル化した企業は本社や製造拠点をこの国におか
ないことで網の目から逃れられる。中堅企業こそがこの波に飲まれ、どんどん
経営の柔軟さを失うことになる。実は彼らこそ今後の日本で生き残るのが益々
厳しくなる。
最後に社員10人程の零細企業を想像してみて欲しい。基本的に彼らの市場は
終始ローカルである。組織のコンパクトさゆえ、その時々の状況に応じて機敏
に変化し続けられるという強みを備えている。目の前のお客様のニーズにきめ
細やかに対応し満足させることを徹底的に追求し、ファンを大切にして事業を
継続する。小さな市場で絶対的な地位を確立してしまった彼らが、強みを生か
し凡事徹底すれば、競争も少なく、もはや人口減少も脅威にはならない。
大手企業が海外へ流れ、中堅企業が淘汰されれば、日本経済の主流となるの
は正しい努力を続けた零細企業だろう。大学新卒者の就職といえば、極一握り
のエリートが海外のグローバル企業を目指し、大部分は零細企業へ入社、もし
くは就職はせず零細企業のパートナーとして初めからICになる。そんな選択肢
がデフォルトになるのも、それほど先のこととは思えない。
さて、以上が市川の日本社会の今後に対する読みであるが、ソリアズ読者の
皆さんはどうお考えになるだろうか。ご自身の置かれた立場から一歩離れ、今
一度見渡してみるのも面白いかもしれない。
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第2章:死すべき技術 ~師匠と弟子の問答集~ 前編
-改めて経営が死すべき技術であるとは、どういうことでしょう。
「そうですね、中小零細企業の経営の本質が凡事徹底っていいますよね。とい
うことは、人々が当たり前に物事を考え、当り前にそれを実行すると、組織運
営は勝手に進むことになります。これは組織統制としてのマネジメント技術が
徐々に不要になるということ同じです。だって、統制しなくとも当り前にでき
ちゃっているんですから。当たり前のことを徹底するだけのことでよいのなら、
本来、ありとあらゆる経営の学説などは必要なくなるんじゃないかって思うん
です」
-「死すべき技術としての経営」というのは「組織統制」のことなのですね。
「その通りです。アメリカの第二代大統領であるジョン・アダムズも、「統治
だけは三、四千年前からほとんど進歩していない」って言ってたらしいです。
あ、政治の統治っていうのは組織の統治、つまり組織統制のことですね」
-なぜ組織統制は進歩しないのでしょう。
「極端な話ですけど、根本的に役に立たない技術だからってことだと思います
よ。私が「死すべき技術」の考え方を知った増田悦佐氏の本には、特定の技術
の社会に対する働きかけ方を二分類してあるんですよ。一つが警察型で、もう
一つが消防型です。警察がどれほど技術を進歩させても、大抵、凶悪で悲惨な
犯罪は警察のノーマークの人間が起こすので、起きた事件の後処理はできても、
発生を食い止めることに殆ど貢献しない。発生が減るには、豊かで誰もが不足
なく暮らしているような社会になるしかないってことらしいです。これに対し
て…」
-消防型は予防ができるんですか?
「そういうことだと説明されていますよ。ビルが高層化したら、エレベータの
避難の対策を講じるとか、消火器の性能をもっと向上させてとか、被害の拡大
を食い止めたり、発生そのものを食い止めたりと効果が出ているということじ
ゃないですかね。これなら、どんどん研究して進歩させることにみんな賛同し
ますよね」
-と言うことは、経営の技術は警察型と言うことを言っているんですか?
「そうなんですよ。増田さんがそう書いているんです。経営の技術と言うのは
本質的に発生した後の経営課題を後追いで解決するだけのことで、経営課題は
次から次へと発生するので、私がよくクライアントの社長さんと言うんですけ
ど、まさに「経営課題だけは売るほどある」感じになりますよね。じゃ、経営
課題はどうやったら発生が減るかと言えば、社員がみんな当り前の行動をする
人たちになるしかないってことなんだろうと、確かに言われてみれば思えるん
ですよ」
-警察の捜査や防犯のノウハウや技術を経営の技術、社会を会社の組織って考
えればいいってことですか!? 少し整理させてくださいね。えっと、だから、
経営というのは組織が理想的でないために発生する課題を統制するための技術
で、組織が理想的な状態になれば必要なくなる…ってことですね?
「そうです、そうです。私の好きなミンツバーグも「マネージャーは組織本来
の役割を果たしていず、組織の欠陥故に存在する」みたいなことを言っていま
すしね。組織がまともな人達によってまともに動けば、機能としての管理者や
経営者が要らなくなって、自律的に会社の個人も組織も組み合わさって動くよ
うになるってことだと思いますね。昔で言うところのボトムアップ型組織とか、
最近時々聞く創発型組織とか言うのは、原理的にこういうことだと思いますよ」
-でも、本当に経営がいらなくなるのでしょうか? とかなんとかいって、理
想の状態にはならないからやっぱり必要ってオチではないですか?
「いやいや、そりゃもちろん、人の多さ故に大手企業から経営を完全になくし
ていくことは無理でしょうね。でも、たとえば零細企業はどうでしょう。零細
企業になればなるほど、人間勝負です。そこにまともな人間が揃って当たり前
のことをきちんとしている。それって理想の姿ですよね。完璧な創発的組織と
か自律型組織になれば、やはり組織に経営は必要なくなると思いますよ。皆が
健康であれば医者が暇になるのと同じです」
-あっ、自動操縦型の組織ってやつですね。なんとなく分かってきました。ち
なみに、「当たり前」とか「まとも」という言葉が繰り返されていますが、具
体的にどのようなことでしょう。簡単そうでとてもレベルの高いことのように
聞こえます。
「そうですねぇ。言葉にしてしまうとそれほど難しいことではないんですよ。
全部がそうというわけではありませんが、基本は小学校で習うレベルのことだ
と思います。挨拶をする、お礼を言う、思いやりの心を持つ、悪いことをした
ら謝る、時間を守る、嘘をつかない、約束を守る、他人に迷惑を掛けない。本
を読んだら感想をまとめるとか日記をつけるとかと言った記録を付けて振り返
る習慣もそうかもしれません」
-なるほど、確かに原理としては小学生で習うレベルのことですね。でも、意
外と社会人でもできていないことはありそうです。気を付けねば…。あ、自分
のことです。すみません。話を戻しますが、零細企業において経営がいらなく
なるとどうなるのでしょうか。
「零細企業においては、あくまでも、みんなが当り前の行動をとるという前提
の話なら、社長も社員も区別なく一組織構成員になってしまいますよね。社長
にはオーナーとしての役割もありますけど、それも含めて、社長と社員が各々
やるべきことをきちんとやって役割を果たせば良いだけですから」
-会社全員がやるべきことをやる。具体的にはどんなことなんでしょう。
「たとえば、みんなが互いに互いの能力と作業の負荷の状況とかを把握しあっ
ていれば、勤務時間とかから出社することそのものまで、みんなで拘束しあう
必要さえなくなりますよね。だったら、労基法とかの労働条件に縛られること
さえ無意味になって雇用関係自体も根本から見直されると思いますよ。端的に
言うと、責任ある働き方である一方で自由な形態の働き方が実現すると思いま
す」
-社長や社員の働き方の自由度が増す…。さっきの組織の統制が要らなくなる
というのはなんとなく分かりましたが、会社全体の組織の方針とかは社長が決
めるってことですよね。どんな商品を作るかとか、どんな市場を追いかけるこ
とにするとか…。
「いえ。ステイク・ホルダーとか言いますけど、会社の利害関係者の中にはお
客さんもいる訳ですよ。だから、お客さんが求めることを先回りして考えるよ
うなことを、ここでもまた「当り前」にすれば、勝手に新商品も新規事業もで
きちゃいますよ。よく今までの商売に関係ない新規事業をいきなり始める会社
がありますけど、当然破綻するリスクが高いですよね。妥当な新規事業の始め
方は、既存のお客さんのところに行って、「今でも色々お買い上げいただいて
いますけど、もっと喜んでもらうには何をしたらいいですか」って聞いて回っ
た方が、間違いがありません。だから、社長じゃなくても、判断が半自動的に
できることなんです」
第5章『死すべき技術 ~師匠と弟子の問答集~ 後編』に続く
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第3章:就労観の変化と組織運営
新卒の就職先として大手企業の人気は依然として高いが、敢えて大手企業を
選ばない学生が増えているのもまた事実である。仕事に対する価値観が多様化
し、働くことに「お金」や「ステータス」以外のことを求める人が増える傾向
にある。
経営資源が乏しい中小零細企業にとっては優秀な社員を取り入れるチャンス
とも言えるが、そのためには「お金」や「ステータス」ではない働き手が求め
る別の形のものを提供し続けられる会社でなければならない。中小零細企業で
社員が生き生きと働き続けるために用意すべきものとは何か。本章では、ソリ
アズで幾度となく語られてきている中小零細企業が追求すべき社員の「動機付
け」の方法について言及する。
***
「結構いい給料を出してるんですけどね。すぐ辞めちゃうんですよね。」
たまたま居合わせた居酒屋のカウンターの斜向かいの席に座ってぼやくのは
零細設備会社を営むという社長。市川とクライアントであるH社長の話を横か
ら聞いていた彼は、一体どのようなお仕事をされている方なのですかと二人の
会話に割って入り、名刺交換を済ませた。
彼の話を聞けば自分の右腕となる人材に育てようと人を雇えどもなかなか定
着しないのだという。市川は彼のやり方では人が定着するはずがないと主張す
る。金で動機付けされた人間は、よりよい条件を他から提示されたら、やはり
金に釣られてそちらへ逃げてしまう。一緒にいたH社長も市川の話に大きく頷
く。市川との長年の付き合いがあるH社長には、市川が言おうとしていること
がすべて分かっている。その方法で、自らも零細企業ながら新卒採用を始めて
10年以上も大卒新卒者の採用・定着に成功しているからだ。
***
中小企業零細企業の働き手は、なぜそこで働き続けるのか。何が欠けると退
職しやすくなるのか。そのカギは遥か以前にハーズバーグが二要因説にまとめ
ている。「動機付け要因」と「衛生要因」。「動機付け要因」は、なければな
いで取りたてて不満ではないが、あれば人がどんどん動機付けされるもので、
非常に大きな喜びにつながるという要因である。
動機付け要因の具体的な例としては、自らが仕事を成し遂げること(達
成)、自身が認められ評価を上げること(承認)、仕事をすることや継続でき
ることに自らが満足を感じること(仕事そのもの)、責任を持たされること
(責任)、社会的に評価される地位に就けること(昇進)、仕事のスキルが向
上すること(成長)などが挙げられる。どれも目立ったコストを伴わないた
め、中小零細企業でも実現することは難しくない。
一方「衛生要因」は全く逆で、動機付けが一定以上損なわれるのを防ぐ効果
があるだけで、積極的に動機付けを上げる効果は望めない要因である。具体的
な例としては、賃金、広い意味で福利厚生なども含む付加給付、作業条件、経
営方針、職場の人間関係など、誰にでも同じ機会もしくは仕組みで提供できる
ものである。
大手企業では、社員が多いため一人ひとりを見ることが難しく、会社として
できる動機付けが衛生要因頼みになりがちである。しかし、それでは今日本中
の人々を駆り立てる「承認欲求」を満たすことはできない。その点、多くても
数十人単位の中小零細企業であれば、個々の社員に適切な動機付け要因をふん
だんに提供できるはずである。
筆者もH社長の会社に何度もお邪魔しているが、社員の皆さんの働くことへ
の意識の高さに毎度驚かされている。多能化が進み、まるでバスケットボール
でもしているかのように、社員同士がお互いの動きを見つつ、お互いを考えて
仕事をしている。与えられる仕事もチャレンジングな内容が多く、実際に採用
活動を主導しているのは2~3年目の若手社員という事実には目を見張った。
H社では、「多能化」が常に意識されている。個々の社員がより多くの業務
をこなせるようにすることだ。そして、誰がどう考えても無理なこと以外はお
客さんからの引き合いに一旦は対応しようとすることも鉄則だ。あと、社長も
市川も「昨日と同じ今日、今日と同じ明日を続けるのはダメだ」と繰り返し
言っている。
普通の人間でも、与えられた場でより役に立とうとするのは当たり前だし、
頼られていることを断らないようにするのも当たり前のこと。そして、段々と
努力して成長していくのも、言われるまでもなく、当たり前のことだと普通に
思う。そんな当たり前のことが会社でも行なわれているだけで、会社経営は成
り立つと市川は指摘する。
地域活動や配送などで外出することも少なくないH社長だが、社内では常に
社員のすぐそばで動きを気にかけ、適切なタイミングで感謝や労いの言葉掛け
をする。社員が自分の居場所をそこに感じ、仕事をすることでやりがいを見出
し、成長を実感できる機会が与えられ続ける環境を維持することができている。
なるほど、これなら社員が定着するのも不思議ではない。彼らはよく働く。
そこには売上目標もなければ、社是社訓の唱和もない。社員が互いに意識し
合って当たり前のことを当たり前にやり続ける。その自信が社員の言動に溢れ
ているだけなのだ。
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第4章:ポスト・ワーク・ライフ・バランス 『これからの生活』
ICは特に女性に合った働き方であると市川はいう。それは一体どういうこと
を意味しているのか。まずは女性の人生設計をテーマとしたソリアズのシリー
ズ『これからの生活』全7話から市川の主張を拾っていく。
***
【市川の主張1】家庭において子育ての手を抜かないことが何より重要である
■就職の面接試験で測られる“総合コミュニケーション能力”を身につけるた
めにも、子供の躾はしっかりするべきである。(『無敵のスペック =これか
らの生活=』(第370話)より)
■労働主体として生きていける大人に育てるためにも、子供には家事や仕事の
手伝いをさせるべきである。(『労働主体形成法 =これからの生活=』(第
371話)より)
【市川の主張2】「会社で働くこと」と「家事育児をすること」に優劣はない
■家で家事と育児を最良の状態で行なうことが、どこかの会社の社員になって
働くことに比べて、劣っていたり卑下したりすべきことではない。仕事は何を
やっても稼げるが、家事育児は代えが利かない。普通は代えが利かないことの
ほうが高価値だ。家事育児はFXも不動産も足元にも及ばない確実で高リターン
な投資だ。(『高リターンの追求 =これからの生活=』(第372話)より)
【市川の主張3】女性の社会進出や自己実現ブームにより人口減が進んだ
■女性の労働が増えてGDPにカウントされれば、短期的には経済成長はする。
しかし、長期的には減りゆく人口が確実にGDPを削り取る。人口減の原因は、
性別に関係なく蔓延した自己実現ブームと、女性の社会進出だ。(『あらぬ方
向 =これからの生活=』(第373話)より)
■以前は、考える余裕もなく生活する必要があり、昔ながらのルールやレール
に乗っかって、結婚して子供を作っていた。今は生活が豊かになり、人生に選
択肢が増え、自己の面倒を見るのが精一杯で、子供や子づくりの相手のことな
んか考えられない。(『自己実現の余地 =これからの生活=』(第374話)
より)
【市川の主張4】承認欲求を確実に満たしたければ女性は子供を産めばよい
■生まれた赤ん坊は無条件に自分達を愛してくれる。承認欲求を確実に満たし
たければ、子供を作って、その子供にきちんと向き合えばよいのである。
(『遺伝子の教え =これからの生活=』(第375話)より)
【市川の主張5】柔軟に働ける体制が取れたり、自営業だったりすれば何の問
題も起きない
■出産を機に一旦は企業の場を去らねばならない女性が家事育児を受け持つ方
が、継続的に勤められ、長く職業能力を連続的に蓄積させ得る男性がそうする
より経済合理的だ。しかし、職業能力が凄いレベルに達しているのが妻の方な
ら、出産明けからバリバリ働く方が、経済合理的。育て手が多くて、柔軟に働
ける体制で交代とかできれば、何の問題も起きないし、大体にして、家で働く
自営業とか棲み込みなら、ほぼ問題解決。詰まる所、三世代ぐらいの一族郎党
が職住接近してれば、問題は大幅緩和。それを大人二人以下の単位の家族で無
理に金で解決しようとするから面倒な状況になる。(『続・面白くなる設定
=これからの生活=』(第376話)より)
***
「私も修行を辞めて、もっと家のことをちゃんとやった方がいいのでしょうか。
最近いつもいっぱいいっぱいで子供達のこともいい加減になってしまっている
し…」
筆者がそう漏らすと、その考え方自体が既におかしいと市川に指摘されてし
まった。「仕事」と「仕事以外」の生活を分けて考えていることに違和感を覚
えるという。
「自営業なら子供を横に置いて仕事することだってできるよね。なぜわざわざ
診療所を辞めて大変な修行までして独立しようと思ったの?」
市川の主張を一見すると、子供を産んだ女性は家事育児に専念すべきともと
れてしまいそうだが、そうは言っていない。市川は「女性の社会進出=会社で
働くこと」のような風潮が不自然であると指摘する。「家事育児」と「仕事」
のどちらも社会活動であり生活の一部である。仕事をしているから子育てをい
い加減にしていいというものではない。何かを犠牲にして何かを取るではなく、
生活の一部である以上どちらもベストを尽くすべきだというのが市川の主張で
ある。
確かにそうであった。筆者はICというさらに融通の利く形態での働き方を選
んだ。もっと子供としっかり向き合いたいというのもICを志望した理由の一つ
である。今は慣れないことも多く、やること一つひとつに悩みが付きまとい、
仕事そのものをコントロールしているというより仕事に振り回されているよう
な状態だ。しかし、目指しているのは自分ですべてをやりくりできるICなのだ。
ICを選んだからこそできる子育ての仕方を追求しないのはもったいない。
その昔は当たり前だった生活の一部としての仕事。いつの間にか会社にいる
時が「ワーク」、それ以外が「ライフ」と単純に二分割してしまったところに
不幸の種があるのではと市川は言う。筆者がロールモデルにしたいと考える身
の回りの生き生き働く女性たちは、確かにご飯を食べるかのように仕事もして
いる。しかしワーカホリックとは違う。仕事そのものが当たり前の生活の一部
なのである。逆に子育ても家事にも学びやカイゼンを盛り込んで、楽で楽しい
ものに変えようとしている。
よし、これからはご飯を食べるかのように仕事をしていこう。分けて考える
必要はない。家事や子育ての中に仕事に繋がるヒントはあるし、その逆もある。
家事も子育ても仕事も生活の一部としてベストを尽くそう。きちんと躾けし、
子供の知的好奇心ともまっすぐ向き合い、彼らの学ぶ姿勢を育もう。仕事して
いる姿を子供たちに見せ、時には彼らも仕事に巻き込んでしまおう。どんどん
仕事も手伝ってもらおう。いい意味での公私混同だ。宿題を解く娘の横でPCの
キーボードを叩きながらそんな決意をするのであった。
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シリーズ『これからの生活』
■第370話 『無敵のスペック』
http://tales.msi-group.org/?p=762
■第371話 『労働主体形成法』
http://tales.msi-group.org/?p=764
■第372話 『高リターンの追求』
http://tales.msi-group.org/?p=767
■第373話 『あらぬ方向』
http://tales.msi-group.org/?p=770
■第374話 『自己実現の余地』
http://tales.msi-group.org/?p=773
■第375話 『遺伝子の教え』
http://tales.msi-group.org/?p=775
■第376話 『続・面白くなる設定』
http://tales.msi-group.org/?p=776
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です。当メルマガ通常号は毎月10日・25日に、周年記念号は毎年10月末日に休
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経営コラム SOLID AS FAITH 18周年記念特別号 vol.2に続く…
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