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経営コラム SOLID AS FAITH 14周年記念特別号
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目次
1 ご挨拶
2 推書の部
3 市川の仕事観がわかる 著者ベスト10…の半分(前編)
4 選書の部
5 市川の仕事観がわかる 著者ベスト10…の半分(後編)
6 編書の部
7 テキストの発掘 ?おわりに?
8 あとがき
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1 ご挨拶
ソリアズをご覧の皆様、こんにちは。13周年記念特別号に引き続き14周年
記念特別号も担当させていただくこととなりました合資会社アイソリューショ
ンの山口佳織です。前回は私の事業ドメインに直接関わる、中小零細企業にお
けるIT活用について言及いたしましたが、今回は趣向を変えてソリアズを通し
た市川像を明確にすることを目的とし、特別号を除く1号?310号を対象にテ
キスト・マイニングを行ないました。
テキスト・マイニングとは、文節や単語毎に区切った文字列の集計を行なう
ことです。私がテキスト・マイニングと出会ったのは、とあるデータ入力セン
ターの新規事業のアイディア出しと実施方法の検討を引き受けた際に、データ
はどのように活用されるのかを詳しく調べたことがきっかけです。通常、企業
で蓄積されているデータには、大きく分けて2種類あります。1つは売上など
原則数字のみで構成されている定量データと、もう1つがコールセンターの通
話履歴やアンケートのフリーアンサーなど、文章や文字列で表されている定性
データです。テキスト・マイニングは定性データを分析し、傾向を把握するた
めの手法として使われています。
テキスト・マイニングの身近な活用例としては、インターネットの検索エン
ジンが挙げられます。インターネット上に存在する無数のウェブサイトに書か
れている文章を検索エンジンが把握し、閲覧者の入力したキーワードが含まれ
るウェブサイトを探してきますが、これは世界中のウェブサイトをテキスト・
マイニングして活用している例です。そして、サイト運営側は、第224話『テ
キスト・ウィルス』にも書かれているように、閲覧者がどのような情報を求め
てサイトを訪れたのかを、検索キーワードの頻度などから分析します。
ソリアズの文面に対してテキスト・マイニングを行なうということは、いわ
ば市川の仕事に関する考え方が何を中心に構成されているかを分析することに
なります。早速ソリアズを一つのメモ帳にまとめて分析すると、『企業経営』、
『人材紹介』という当たり前の結果とともに、『本 読む』という第3の軸が
浮かび上がってきました。14周年記念特別号では、テキスト・マイニングの結
果、市川と関係性が深いとされているにも関わらず、意外にも今までのソリア
ズにおいて語られることのなかった本というテーマについてまとめてみました。
拙い文章ではありますが、ご笑覧頂けますと幸甚です。
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第224話『テキスト・ウィルス』
http://tales.msi-group.org/?p=330
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☆1?13周年記念特別号のバックナンバーはこちらでお読みになれます。
http://tales.msi-group.org/?cat=12
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2 推書の部
「ああ、それならこの本を読むといいよ。えーっと……ああ、あれだ」。市川
が口にした書籍名をアマゾンで検索し、メモを取る間もなく購入する。毎週訪
問しているクライアント企業に向かう途中で、矢継ぎ早に市川に案件の相談を
するのが習慣化している。全く違う業界のまったく違う案件や、全く違う企業
規模の案件の相談をしているにも関わらず、次々と書籍名を口にするので「な
んだか、ドラえもんみたいですね」と思わず言う。私の奇怪な例えに市川は怪
訝な表情を浮かべると「まあ、ドラえもんはたまに間違えて違う道具を出して
くることがあるけれど、俺はそうならないからドラえもんよりは精度が良いと
思うけどね」と真顔で返してきた。独立してから2,500冊ほどの本を読んでき
たという市川の頭の中には、四次元ポケットよりも高性能で整理された書籍イ
ンデックスが格納されているらしい。
ほどなくしてクライアント企業に到着し、会議室に向かう。訪れた幹部の方
との事前の打ち合わせに同席させていただくと、現状の営業の手法を変えてい
こうという話になった。「それでね、御社の営業担当の状況から考えると、今
の営業方法を変えていかないといけないと思うんですよ。この本にも書いてあ
る通りです」と、3冊くらい一度に鞄から取り出す。幹部の方が目の前に置かれ
た本を手に取ると「確かに……。これが一般的な考え方なんですね」と頷いて
いる。市川の主観的言説ではなく、客観的・一般的原理のソースとして書籍を
使っている様子を見て、書籍の効能を余すことなく仕事に活かす元師匠の姿に
感嘆しながら、見習わなければと気を引き締める。
ある日、業務分析をご依頼頂いた不動産物件を管理している会社に赴く。IT
導入に関わる典型的な中小企業の悩みを抱えていて、パッケージ・ソフトを何
度も購入し導入したが、結局使いこなすことなく終わってしまった過去が何度
もあるという。中小零細企業の仕事の形はお客様の要望に応じて時々刻々と変
わり、変化に対応できない限りITによる業務効率化は片手落ちになってしまう。
この会社も明らかにそのポイントが最大の問題点だった。部署毎に各々が業務
改善を試みて、部分最適が追求されるほどに、全体最適は遠ざかる。全体を見
る専任担当者がいないために意見を統一も儘ならない。自社には何が適してい
るのかを教えて欲しいという依頼だった。
会議室で待っていると、私とのやり取りを担当してくださっている勉強熱心
な女性が、ブックカバーのかかった本を持って現れた。「前回、山口さんに紹
介していただいた本、すぐに買って読みましたよ。本当に、うちの会社のこと
が書いてあるみたい。Accessができれば、今の悩みってほとんど解決できます
よね」と、私の顔を見るなり若干興奮気味にまくしたてる。紹介したのは『小
さな会社のIT担当者になったら読む本』という、まさに中小零細企業のIT活用
について書かれている書籍だ。今まで漠然と問題に感じていたことが言葉にな
り、すっきりしたと聞いて、元師匠流の書籍の使い方を試みた効果は高かった
ようだ。「その本を他の方にも貸してみたら、案外今回の話もスムーズに進む
かもしれませんね」と言うと、担当者の女性は「確かに、本に書いてあったら
みんな納得しますよね」と大きく頷いた。
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3 市川の仕事観がわかる 著者ベスト10…の半分(前編)
ソリアズでは、ある書籍の一部分について言及することは多々ありますが、
様々な分野の本を読んでいる市川がどのような作者に影響されたのかを紹介し
た号は未だかつてありません。14周年記念特別号を書かせていただくにあたり、
市川に10名だけおすすめの著者を選ぶとしたら誰かを尋ねたところ、内田樹、
増田悦佐、神田昌典、宮台真司、小室直樹、勢古浩爾、広瀬隆、ヘンリー・ミ
ンツバーグ、前野隆司、松本道弘を、悩んだ末に絞り込んで列挙しました。今
回はその中から私の興味が湧いた5名を選び、前編と後編に分けて、その5名
の著作がどのように市川に影響を及ぼしたのかをご紹介したいと思います。
【ヘンリー・ミンツバーグ】
ヘンリー・ミンツバーグの人柄を知ろうとウィキペディアで調べると、「異
色の経営学者」と書かれている冒頭部分が目を引きます。市川とミンツバーグ
作品との出会いは、市川がアメリカに留学していた時にオレゴン工科大学で履
修した産業心理学と組織心理学の授業です。担当していたポール教授がミンツ
バーグの大ファンで、授業の教科書に使っていたのです。
市川がミンツバーグに共感できるポイントは「今の課題の先を見ていること」
と「公平な目で日本企業を見ていること」の2点だそうです。一つの書籍の中
で生じた未消化な分野の疑問について次の書籍で論じてみせるなど、物事を深
掘りしていく姿勢に市川は共感します。また、アメリカの経営学者は得てして
日本企業の良さを認めたがらない傾向があると言いますが、ミンツバーグに関
しては優れた企業の事例に日本企業を数多く紹介するなど、公平な視点でもの
ごとを判断していると市川は感じるそうです。
ミンツバーグの戦略論は『ラーニング・スクール』と彼自身が『戦略サファ
リ』で名付けている流派です。企業の経営戦略を役員などの一握りの中枢とな
る人物が決めるのではなく、現場レベルの改善から創発的に生み出し、それが
組織全体の行動に反映されていくというタイプの組織のことを指しています。
中枢がないからこそ、どこかで分断されてもそれぞれが情報を持ち寄り判断す
ることで、大きな支障なく経営が行える点が強みと言われています。ミンツバ
ーグは「すべての戦略は学習行為の副産物」とし、トライ・アンド・エラーの
上で得たものが企業で共有・蓄積され、企業は何かに対して適応していくもの
だと述べます。その“何か”次第で形が変わるのが企業であると言います。
ミンツバーグの経営論は市川の組織観の軸になっています。ミンツバーグの
教えに忠実に人生観もセットにした人材教育を行なうことで、中小零細企業の
組織をミンツバーグの言う強い、つまり、優れて柔軟な組織に近づけるのが自
分の仕事だと認識していると市川は言います。多能化が進んで自律型社員が増
えた組織こそがミンツバーグの説にある創発型組織なのです。
【増田悦佐】
ソリアズの『応急処置』シリーズのテーマにもなった『死すべき技術として
の経営』。その中心に位置するのが増田悦佐の著書です。増田悦佐はミンツ
バーグとは異なる切り口で日本企業の素晴らしさを語っています。増田悦佐に
はアメリカで大学教授を務めた経験があります。増田悦佐はアメリカの中枢を
担うエリート人材が、自国を正当化するためにどれほど日本を低く評価してい
るかを冷徹に指摘していると市川は言います。
ミンツバーグは経営を主軸に置いた上で優れた事例として日本の企業経営を
描くのに対し、増田悦佐は日本という国について考えている結果、経営という
要素にも触れる形になっています。そしてその評価のポイントには、ミンツバ
ーグと増田悦佐でいくつも共通している部分があるそうです。
増田悦佐の著作には日本論を展開している本が多くあります。市川は増田悦
佐の書籍を通して日本論を学び、その内容と今まで学んできたものを照らし合
わせて、新しい気付きを得ていることも多いと言います。また、日本人が素晴
らしく優れているという民族主義的で盲目的な主張はせず、歴史的背景や環境、
教育、文化など、さまざまな要素を通じて日本が結果的に豊かになったと論じ
ており、社会の豊かさの源泉を探るツールとしても、市川は意識している様子
です。
増田悦佐の主張の中に、レッド・オーシャンこそ社会にとって望ましい市場
だというものがあります。競争が激しい方が、自社製品やサービスを改善して
いくためです。第325話『紅海の漕ぎ手』では『格差社会論はウソである』の
「経営学の始祖たちは、金利と利益は連動していると予測した」という一節に
触れています。元々日本人は今あるものをどうすればもっと良くなるか考え、
アメリカ人は考えることを放棄すると増田悦佐は言います。
このように、歴史的・文化的背景に裏付けられた日本論を、市川はリンクト
インにおける主張や、世の中の事象の背景認識の材料として使っているのです。
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■第325話『紅海の漕ぎ手』
http://tales.msi-group.org/?p=617
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4 選書の部
「じゃあ、会社を辞めて修行が始まるまでにこの本を読んで理解しておいて」。
まだまだ秋も深まる前の10月某日、会社員だった私に向かって市川は後日十
数冊の書籍を自宅に送ることを宣言する。その他に指定の3テーマについて自
分で書籍を選んで学習するようにと言われたが、今まで触れたことのない分野
だったのでお勧めの書籍を聞くと、いくつか候補の本を教えてくれた。次々と
仕事に当てはまった書籍をまるで飴玉か何かを渡すように紹介する市川。毎年
150冊前後の書籍を購入するというが、一体どのように購入する本を決めてい
るのだろうかと疑問に思い、「今度、本屋に行くときについて行っても良いで
すか」とお願いをする。
後日、上京したばかりの市川と待ち合わせをして浜松町にある大きめの書店
に立ち寄ると、新刊コーナーを一瞥したあと新書コーナーに向かう。常々、私
に対して「世間のトレンドを知るために、週に1度くらいは書店に行って新刊
コーナーを眺めた方が良いよ」とアドバイスをしてくださるので、今回軽く流
して見たのもそういった意図があってのことだろう。新書コーナーにたどり着
くと、検討する余地もなくある場所に向かう。
「このコーナーに、何かあるんですか?」と思わず聞くと「まあ、特に買いた
い本はないんだけど、新書では以前は講談社現代新書とか、最近はPHP新書と
かを買うことが多いんだよね。新書を買うか買わないかの判断の6割くらいは
出版社によるんじゃないかな」と本のタイトルを眺めながら言う。昨今の新書
ブームにより新書を取り扱う出版社は増えたが、それに比例して質が落ちてき
たそうだ。新書は他の書籍に比べて編集者の腕前が問われるため、歴史が深く
読者層を或る程度正確に把握している出版社が好きだという。確かにずらりと
並ぶ書籍のタイトルを読むと、市川が好みそうなものばかりだった。
暫く本を眺めていると、徐に市川がある本を手に取り、中身をめくり始めた。
懲りずになぜその本を手に取ったのかを聞くと「気になるテーマだったから」
とシンプルな理由を述べた。お客様の勉強会で話すようなテーマのものは勿論
のこと、市川が常に気にかけているテーマが幾つかあるという。教えを乞うと
「とりあえず書籍を買ってから」と、小脇に抱えていた数冊の本を持ちレジに
向かう。その後喫茶店に移動して、紙に書き出してくれた。
1.“日本文化論”的なことについて言及されている書籍
増田悦佐の書籍をはじめとして、今の生活に混ざりこんでいるアメリカの文
化の源流を知るために読んでいる。後述する小室直樹の多くの著作もこのジャ
ンル。
2.“若者論”について書かれている書籍
大学講師をやっていた頃から興味を持つようになったテーマで、10?20年後
に経済の中心となって働いているであろう人たちの価値観を学ぶ。最近では
『ケータイ小説的』などの例がある。
3.“女性論”について書かれた書籍
マーケティング屋として、自分で実感しにくい女性の考え方を知るために
『女女格差』、『オニババ化する女たち』のような書籍を読んでいる。女性誌
をたまに書店で立ち読みしていることもある。
4.“難しくない骨太戦略”系書籍
ランチェスターの法則に代表されるような弱者でも勝つ戦争・企業戦略系の
書籍を読み、企業経営をどのようにしたらいいかを考える。原書は少々難易度
が高いという。前述のミンツバーグも基本的にこのジャンル。
5.“貧乏にまつわる社会構造”について書かれている本
個人事業主や中小零細企業オーナー経営者は、壁一枚の向こう側には『貧乏』
があるところに常に立っているという市川。どのようにすれば貧乏サイドに踏
み込まなくてよいのかを読んで学習している。市川がソリアズで何度か言及し
ている橘玲の幾つかの著作などが含まれる。『下流志向』を最初に手にしたの
もこの分野への関心から。
6.“学問”系の書籍
そもそも論の物の見方の軸を作ったり、考え方が間違っていないかを確認す
るために、社会学や哲学の本などを読む。最近では、内田樹の原点を知るため
に、構造主義の書籍を読んだり、日本のマーケティングの原理を考える上で市
川が必須だと感じている記号論を学ぶため、ボードリヤールの解説本などを読
んでいる。
「たとえば最近、日本のアニメがアメリカで流行っていたりするでしょ。あれ
って昔から考えると本当に信じられないことなんだよね。元来アメリカって勧
善懲悪の世界だから、『NARUTO』みたいに“お互いの立場により、お互いの正
義が異なる”なんていう柔軟な思考ができるようになってきたんだろうね。日
下公人さんの『21世紀世界は日本化する』という本には、日本が文明先進国に
なり世界をリードするというようなことが書いてあるけれど、リードするとい
うより世界が日本に近付いてきている気はするよね。アメリカ人でもキリスト
教のデメリットをはっきり話す人も増えてきたし、戦争や原爆などの事も日本
の立場に立って話せる人が増えてきたから。こういうことを、日本文化論の本
を読んで感じられるようになったりするんだよね」。
メモを一通り読んで、経営系書籍以外の書籍も多く読んでいる理由を市川に
質問すると、日本文化論について例に挙げて解答してくれた。
「結局、市川さんの選ぶ本って人の本質とか、人の見え方に繋がる本が多いん
ですね」というと、「そんなの人を見る商売なんだから、当たり前でしょ」と
やや呆れ顔で返される。その後短期間ではあるが市川の案件に弟子として同行
させていただくこととなり、時に人間の良いところも悪いところも忌憚なく告
げる市川の姿を見てその時の言葉を実感するのであった。
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5 市川の仕事観がわかる 著者ベスト10…の半分(後編)
後編では、前編でご紹介しきれなかった3名の著者の方について、詳しくご
紹介したいと思います。
【小室直樹】
市川と小室作品との出会いは、市川が初の海外旅行でソビエト連邦旅行に行
く際に、ソ連の事をより知ろうと関連書籍を探しに書店に赴いたときのことで
す。インターネットも無い時代、当時市川が住んでいた小さな港町の書店には
ソビエトに関する書籍はその1冊しかなく、何の気なしに手に取り開くとあっ
という間に引き込まれたと言います。変人として有名な小室直樹は、第二次世
界大戦で日本が敗戦したことへの悔しさが学問を志すきっかけになり、敗戦の
原因を知り、どうすれば勝てる国になるのかをありとあらゆる観点から紐解い
た人物です。ソ連崩壊を10年以上も前から的確に予言し、天才と評されたこと
もありました。
そんな天才の小室直樹が“変人”と評される所以は、田中角栄の逮捕劇があ
った1976年に遡ります。ウィキペディアによると、テレビの生放送で討論中に
過激な発言をしてメディアから遠のいてしまい、その後は大手出版社からも出
版できないような状態になってしまい不遇の時代を迎えますが、細々と書籍の
刊行を続けます。それは、彼自身が日本人を啓蒙しないと“第二の敗戦をして
しまう”と強い危機感を抱き続けたためです。
小室直樹は敗戦の理由を知るために、宗教や文化などをすべて学び、多角的
に原因を突き詰めていったそうで、調査のために精読した本は数え切れず、あ
まりの本の多さに部屋から出られなくなったこともあるそうです。市川は弟子
時代の私に向かって「枝葉ではなく幹をつかむように」と繰り返し言いました。
表面的に出てきている事象一つひとつに対処するのではなく、根本的な問題や
理論を見るようにということですが、小室直樹作品のすべては、広い分野を知
り尽くした結果から“幹をつかんだ”論理展開が為されていると市川は評しま
す。
最終的に、日本が勝てる国になるためには西欧の持つ合理主義という枠を学
ぶことが必要だという考えに小室作品は貫かれていますが、市川は小室直樹の
書籍を通じて西欧を見る目を養ったそうです。
【広瀬隆】
2011年3月に発生した東日本大震災。福島の原子力発電所についての問題は
未だ尾をひいていますが、コメンテーターとして広瀬隆をテレビでご覧になっ
た方もいるかと思います。広瀬隆は原子力の危険性を説き、撤廃を声高に叫ぶ
反原発の活動家です。小室直樹作品との出会いと同様に、上京する直前に書店
で東京に関する書籍を探していたところ、市川は『東京に原発を!』という書
籍に出会ったそうです。本当に原発が安全なのであれば東京・新宿に作ればい
いと主張して実際に新宿駅で原発建立の署名を行なったそうで、当時の市川は
その主張に非常に衝撃を受けたと言います。
広瀬隆の説によると、原子力と言う人類では扱いきれない危険な技術を使い
続ける理由は、日本に原爆をつくる技術を保持しておきたいからだそうです。
そもそも戦後の各電力会社の役員クラスはA級戦犯の生き残りの方ばかりで、
電力会社は軍人を生きながらえさせるための隠れ蓑ではないかとの主張が述べ
られています。今でも日本がその気になれば数ヶ月で原爆が作れるというので
す。広瀬隆の著作群は、大まかに「原発の危険性」、「原子力産業の危険性」、
「原子力産業の黒幕」、「その他のテーマ(地球温暖化の虚偽など)」の4つ
に分類することができますが、出版後比較的早く絶版になる様子を見ると、そ
の過激な内容のために意図的に流通を制限されている可能性を疑ってしまいま
す。
「世の中の読み方が非常に優れている」と市川が評す広瀬隆ですが、ニュース
などに現れる、個々で見れば大したことのない氷山の一角のような事象をつな
ぎ合わせ、水面下で起こっている大きな事実や事象を炙り出すのが尊敬できる
と言います。細かな観察結果から的確に企業の状態を把握する、市川の会社の
見方に通ずるものがあります。「世の中で正しいと言われていることや流行し
ていることを懐疑的に見るようになったのも、広瀬隆の書籍を読んだ影響かも
しれないね」と市川は言っていました。仕事をする上でのものの見方に大きな
影響を及ぼしたのは間違いないでしょう。
【宮台真司】
宮台真司は社会学者で、東京大学在学中より小室直樹を師の一人として仰い
でいました。市川が最初に手に取った宮台真司作品は『制服少女たちの選択』
でした。手に取った理由はタイトルがエロスを感じさせたことと、上京するに
あたり都会の女性の生態への関心があったからだと市川は言っています。『制
服少女たちの選択』は、ブルセラを社会学の切り口から分析した書籍です。
市川が宮台真司の書籍から受けた大きな衝撃の一つに、通信の発達による規
制のできないアンダーグラウンドな領域の増加が挙げられます。今では出会い
系サイトを使うことで、匿名性が高く、素人であっても売春が可能な状態にな
っています。規制が緩くてもツールがなければそういったことは起こりません。
そのツールを作っていたのが、当時市川が勤めていた電電公社であることに愕
然としたそうです。売春などをあってはならないものとして取り締まること自
体が、アンダーグラウンド化を促進するという考え方も市川にとってとても新
鮮でした。
当時の、ブルセラはお金がなく困っている人たちがやむを得ず働く場所だと
いう世間一般の認識に対し、宮台真司は善悪以前に社会構造上、止む無く発生
してしまうと主張しています。そうした構造上発生してしまうものに対しては、
道徳を説いても意味がなく、幼少のうちに理屈抜きで教えるか、分別がつくよ
うになってから、自己選択の形をとったように思わせながら誘導して選ばせる
必要があることに、市川は宮台真司の書籍を通じて気付いたといいます。市川
が6年もの間、北海道の私大で行なったキャリア教育も、この考え方に貫かれ
ていることは、市川を知る人々の間ではかなり有名です。
市川の口癖に「人間の本質は変わらないが、適応はできる。事実は変えられ
ないが、認識は変えることができる」というものがあります。市川の『人材育
成のレポート』にも展開される趣旨そのものですが、宮台真司の書籍を通じて
得られたその考え方こそが、市川の就労観教育や勉強会の進行の仕方、クライ
アント社員との接し方などに幅広く反映されているのだと感じました。
【まとめ】
優れた書籍との偶然の出会いによって、市川は仕事や物事の見方を作り上げ
てきました。「人は経験の檻でしか行動できない」という言葉を、市川はこと
あるごとに口にします。市川が好む著者の傾向として、一般論に流されないこ
とと本質を見ていることの2つが挙げられます。今回のインタビューを行なう前
は、市川はその性格上、そういった書籍を好むと思っていたのですが、どうや
ら書籍の方が市川のものの見方を変えたと分かりました。そう考えて、改めて
驚かされるのは、書籍の質や難解さなどにほとんど左右されることなく、その
内容を仕事や人生観に反映させている市川の感受性の豊かさや、知的好奇心の
高さであると思いました。
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6 編書の部
今までのソリアズで取り上げられた書籍についてまとめようと思い、バック
ナンバーをすべて読んでみました。新しい方から遡って目を通すと、300話以
降はほぼ毎号、少なくとも2号に1回は具体的な書籍名が掲載されていること
がわかりました。ソリアズは市川がネタ帳にメモをしてから最短でも半年後の
発行になるため、2011年の年末頃から、書籍を読んではっとすることが増えて
きたと予想できます。それまでは、比較的実体験に基づいた内容が多く、経営
者の会話の中からソリアズのネタが生まれてくることが大きな比率を占めてい
ました。
ソリアズ全体を通して読んでいると、登場する書籍には4つのパターンがあ
ることが見えてきました。大半は「一度だけしか登場しない本」ですが、『斜
陽の樹影』、『思考の羽化』、『応急処置』などのシリーズを構成する「シ
リーズ化して深堀りした本」、橘玲氏の著作のように「短期間に2、3回登場
した本」、『マジで儲かる!5秒前』や『ピンク本』のように「時間を置いて
何度か登場する本」というような分類をすることが可能です。
この分類を念頭に置いた上でソリアズを読み返してみると、市川がどういう
本から強く影響を受けたのかがわかります。たとえば『下流志向』(内田樹著)
は、市川がソリアズでもクライアントの多くに紹介したと言及している通りで
すが、「シリーズ化」と「時間を置いて何度か登場」の2つの要素を持ち合わ
せているため、その切り口から見ただけでも市川に大きな影響を与えたという
ことを窺い知ることができます。逆に「一度だけしか登場しない本」は、自身
の主張に裏付けや説得力を増したい場合に使われているような書籍なのだと思
います。
一度しか登場しない書籍のジャンルは多岐にわたります。先述の第325話
『紅海の漕ぎ手』では、『応急処置』シリーズで触れた増田悦佐氏の日本文化
論に関する書籍『格差社会論はウソである』を取り上げています。市場金利と
企業の利益率の関係が説明され、企業の経営努力は、レッド・オーシャンを生
き残るための必然と述べられています。その次の第326話『厚い蹴上』では
『デフレ化するセックス』に触れたりと、一見すると脈絡のないジャンルの書
籍を読んでいますが、書かれている内容を読んでみると、人材育成の話を皮切
りに、どういった職種であっても最終的には承認欲求に至るという話の裏付け
として、この書籍が使われています。
ソリアズに登場しない書籍を含めると、2ちゃんねるの掲示板の記事がまと
められた書籍や、スピリチュアル系書籍、土地の歴史がわかる本など、本当に
いろいろな書籍に目を通しています。また、幼少期に「本を読んだら、必ずど
ういった内容か説明すること」と言われて育てられたためか、書籍の内容に関
して語っていただくと、大抵の本は深く理解した状態で話をしてくださいます。
市川流の本の選び方に基づいて読まれている書籍のジャンルの幅は広いですが、
最終的には市川の経営観に集約されていきます。「結局、人を見る仕事だから
ね」と言う市川。『脱兎見! 東京キネマ』が経営的切り口で書き綴られる映
画評であるように、書籍への言及も市川の観点で検証され、時にはその経営観
の微修正のための材料として使われているのだと気がつきました。
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■第325話『紅海の漕ぎ手』
http://tales.msi-group.org/?p=617
■第326話『厚い蹴上』
http://tales.msi-group.org/?p=621
■やたらに長い映画評『脱兎見!東京キネマ』
http://tales.msi-group.org/?cat=4
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7 テキストの発掘 ?おわりに?
テキスト・マイニングを進めることにより決まった今回の「本」というテー
マ。興味本位で本という言葉とセットでよく使われている語句を調べると、意
外にも「ピンク」という言葉が浮かび上がってきました。通称“ピンク本”は
神田昌典氏の著書『あなたの会社が90日で儲かる!』のことを言いますが、日
頃市川との会話でピンク本について言及されることはあまりないので意外に感
じましたが、市川は「今の事業の形があるのはピンク本のおかげ」だと言い切
ります。
営業を経験したことのない市川が日本商工振興会勤務時代に、新規事業とし
て後継者育成の高額セミナーを立ち上げることとなります。後継者育成のセミ
ナーは当時、社内の反対が非常に大きかったと言います。やるからには絶対に
失敗できない状況になり、最初は懐疑的だったピンク本のノウハウを根本的に
マスターしなくてはいけない状況になります。結果的に、ピンク本で言ってい
るダイレクト・マーケティングの根本を理解し、セミナー事業に適用すること
で成功をおさめることができたそうですが、そのときの成功体験が営業という
分野において市川に自信を与えてくれたと言っていました。
経営者の仕事は決断をすることだと、鞄持ちをしていた時代に繰り返し言っ
ていました。当時は何となくでしか理解していなかった私も独立後1年を迎え
経験を重ねるうちに“自分次第”という言葉に実感を覚えてきました。若さゆ
えに許される未熟と相談できる元師匠がいるからこそ危ういバランスの上で成
り立っているようなものですが、判断に絶対の自信がなくとも決めなければい
けない瞬間においてある種の心の拠り所となるような、自分自身の価値基準の
軸となる書籍を見つけることで第三者的な視点を得るという使い方ができるこ
とに気が付きました。
「一つひとつの本をもっと精読するようにしたほうが良い」、「書籍に書かれ
ていることを一度は疑ったほうが良い」と、本の読み方について市川から指摘
を受けることが何度もありましたが、14周年記念特別号のインタビューを通じ
て市川の指導の理由を私なりに咀嚼することができたように感じています。書
籍を読むことは、そこに書かれている知識や知恵を知ること以上に、氷山の一
角として顕在化している細かな事象をいくつも組み合わせることによって、埋
もれている全体像を短時間で正確に把握するための力を培う訓練だと思います。
本についての話を聞くことで、市川のものの見方のルーツを結果的に解き明か
すような内容になりました。それは、市川が書いたソリアズのテキストを発掘
することで、市川のテキスト(教科書)が顕わになっていく過程でした。ご覧
いただいた皆様に僅かでも楽しんでいただけたなら幸甚です。
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8 あとがき (市川正人)
先日、クライアント企業の会議室での勉強会を終えて、事務所の専務の席に
行くと、その後ろに大きなポリの箱があることに気付きました。中には書籍が
雑然と詰め込まれています。古本にでも出すのですかと尋ねた私に向かって、
専務は「何を言っているんですか。これ、みんな市川さんが薦めた本ですよ。
うちの連中がすぐ読めるように、こんな風においているんです」と、憮然とし
て応えました。驚いて、ポリの中に手を伸ばしてみると、確かに、私の札幌の
仕事部屋にもある本ばかりでした。
お仕事を戴くようになってから4年ほど。その間に話題になった書籍をきち
んと買い求めて読んで下さっていることにも、それを社員にも読むよう薦めて
下さっていることにも、感激しました。それと同時に、こちらの組織の知の体
系を形成する重大極まりないお仕事を頂戴している重責を否応無く再認識させ
られました。別の会社でも、或る日、いつものようにプロジェクトの部屋に何
気なく入ると、皆が囲むテーブルの上に、30冊ほどのビジネス書が積まれてい
ました。メンバーが一冊々々手にとって見ている風景に、たじろぎました。こ
れも私が薦めていた書籍群でした。
山口が今回の文章にまとめた通り、書籍は間違いなく、弊社のサービスの原
材料です。直接的に弊社代表やクライアント企業のビジネスのノウハウを提供
する書籍も勿論ありますが、相当な割合の書籍は寧ろ価値観や見識を提供する
タイプのものです。中小零細企業のオーナー経営者の心情は「孤独」・「不安」
・「猜疑心」と、サラリーマン時代最後の勤務先である、ビジネス誌の出版社
で学びました。そして、一般に言われる「不安」への“特効薬”である“知る
こと”は、残り二つにもそれなりに効くように思えます。
札幌の仕事部屋のあちこちに積み上げられた書籍の背表紙を見ていて、曽野
綾子の数冊に目が留まりました。今回の記念号では言及されていませんが、
『悪と不純の楽しさ』や『貧困の光景』が、第198話『数寄の理屈』、第219話
『時の結晶化』、第226話『天国の蛹』に登場しています。戦時下の理不尽で
厳しい勤労動員体験の中に“純粋な結晶のように輝いている幸福があった”と
語る曽野綾子の人生観は消化に時間がかかります。
専業分野を持つコンサルタントではなく、節操無くできることは何でも引き
受ける「萬請負業者」だからこそ、何でも仕入れて仕事に備えているのですが、
広範囲の書籍の内容は頭の中に堆積して、人の営みの潮流の行きつく先を朧気
ながら指し示してくれるように感じます。クライアント企業の幹部の方々は、
そのような観点を持ち合わせていることが、弊社の最大の差別化のポイントな
のだろうと、仰って下さいます。
幸いにして、この差別化のエッジを維持することは、それほど苦にならず続
けられます。出力先の媒体を増やさなければ、これからも質を損なうようなこ
とは無いものと思います。今後とも、よろしくお付き合いを賜れれば幸甚と存
じます。
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■第198話『数寄の理屈』
http://tales.msi-group.org/?p=258
■第219話『時の結晶化』
http://tales.msi-group.org/?p=317
■第226話『天国の蛹』
http://tales.msi-group.org/?p=338
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発行:
「企業から人へのコミュニケーションを考える」
合資会社MSIグループ(代表 市川正人)
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