576 随意の不便益 =ホルミシスの魅惑=

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経営コラム SOLID AS FAITH 第576号
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 ご愛読ありがとうございます。第576話をお届けします。

 2024年の最初の号から始まった3回シリーズ『ホルミシスの魅惑』の第2回で
す。前回は、ホルミシスという概念をシリーズ最初にご紹介するにあたって、
「精神的な痛みに極端に弱い若者群像」を主題にした映画『ぬいぐるみとしゃ
べる人はやさしい』をモチーフに取り上げました。

 遥か昔、テレビシリーズの『新世紀エヴァンゲリオン』でも話題となった概
念に「ヤマアラシのジレンマ」があります。「人間同士が互いに仲良くなろう
と心の距離を近づけるほど、互いに傷付けあって一定距離以上は近付けない」
状況のことを、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの寓話に登場する二匹のヤ
マアラシが互いに近づこうにも棘が刺し合うので近づけない状況から名付けら
れたものです。
 
 上手く人間関係を築くためには適切な距離を取ることが必要という訓えと解
釈できますが、その適切な距離を知るためには近づき傷つき合うリスクを覚悟
せねばなりません。また、その痛みを乗り越えてこそストロング・タイとも言
われる強固な関係性ができるとも考えられます。『ぬいぐるみとしゃべる人は
やさしい』に登場する大学生群のみならず、当コラムでは以前第535話『血塗
れの覚悟』でも、やはり映画『男の優しさは全部下心なんですって』の感想を
元に、若者の人間関係の在り方の問題を扱っています。タイトルはヤマアラシ
のジレンマを乗り越える覚悟のことです。
 
 こうした人間関係を深めることの「痛み」についてホルミシスの概念から理
解を進めてみたのが第1回でした。今号の第2回はホルミシスの概念を不便さに
適用してみます。敢えて不便を受け容れることで手に入れられるメリットにつ
いて考えてみました。ご意見・ご感想をお待ちしております。頂戴したご感想
などへのお返事の目標納期は5営業日!!

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■第535話『血塗れの覚悟』 http://tales.msi-group.org/?p=2415
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■『脱兎見! 東京キネマ』
 『男の優しさは全部下心なんですって』劇場鑑賞感想記事
  http://tales.msi-group.org/?p=2218
 『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』劇場鑑賞感想記事
  http://tales.msi-group.org/?p=2850
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その576:随意の不便益 シリーズ『ホルミシスの魅惑』(2)

 図書館業界に関わるクライアント企業がいた頃、多数の図書館業界の重鎮の
方々と会話する機会を得た。図書館業界はその学問があるほどに関連資料は多
く、業界の構造や課題が把握しやすい。業界人の認識は薄いものの、人口の急
減、ICT化の急激な進展、低読解力問題の顕在化など、社会全体の動態と図書
館業界の課題は深く結びついている。私がそれらを語れるようになると、重鎮
の方々が私との会話を歓迎してくれるようになった。

 業務の一環で語れるようになっても、私はずっと図書館から縁遠く、図書館
という空間を全く好きになれないままでいる。決して裕福ではない母子家庭で
母は私に本だけは買い与えてくれた。母は買った本を大切に読み返し、余す処
なく理解するように言った。そして内容の説明を聞きたいともよく言った。真
新しい本を丁寧に何度も読んで内容を咀嚼するのが、私の本との付き合い方に
なった。今も身銭を切った本ばかり咀嚼しつつ遅読する。

 私は乳児だった頃から高校時代に至るまでずっと病弱で、結核を始め多くの
伝染病に罹患してばかりで、多数の人が触れるモノに触れないことや多数の
人々がいる密閉空間に行かないことが絶対ルールだった。通院時にも待合室に
ある本には決して触れず、持参した本数冊を微熱に浮かされながら読んでいた。
そんな私にとって、見知らぬ人々が屯し、古く傷んだ薄汚い本が並んでいる殺
風景な場所が図書館だった。その話を重鎮達にして、「だから図書館は個人的
には大嫌いです」と告げると、皆絶句する。

「ああ。急ぐ時と中古ですごく古い本を買う時以外は、基本的に書店で本を買
うよ。まあまあ急ぐ時は大型店で買うけど、急がない本はまとめて地元の商店
街の書店のカウンターで頼んで取り寄せてもらってる。頼む時はアマゾンより
も検索機能が不便で書影が大きなサイトで個々の本の情報をプリントアウトし
て、それを束にして持って行って説明する」。

 或る日、クライアントの若手社員に私の本の入手方法を説明すると、呆気に
取られていた。スマホでワンクリックで本が家に届く時代に、馬鹿げていると
思われるのは当然だ。早く便利ではない代わりに、私は書籍の情報を何度も見
直すことになり、書店までの道程で街並みと人々を半強制的に認識し、書店の
面陳列作品を眺め、目に付いた本をすぐペラペラと捲り、他の客が買う本を知
り、店員から問屋や出版元の在庫まで教えてもらう。

「不便益」という学問領域を最近知った。「日常なにげないバリアをあえて作
り込んで身体能力を衰えさせないという思想のデイサービス」など、敢えて不
便を甘受して益を得ることを不便益と呼ぶらしい。科学技術は利便性を一つの
大きな目的にして発展してきたが、そこには私達が衰退し痴呆化する代償が潜
んでいたようだ。

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【MSIグループの仕入完了報告(抜粋)】

■『ルポ誰が国語力を殺すのか』 石井光太 著
■『弘兼流60歳からの手ぶら人生 増補版』 弘兼憲史 著
■『ナカイキしたい二人のためのロジカルセックス …』 牛山幸 著
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発行:「企業から人へのコミュニケーションを考える」
 MSIグループ 市川正人
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次号予告:
 第577話 『継続の損益』 シリーズ『ホルミシスの魅惑』
(2月10日発行)
 3回シリーズの最終回はホルミシスの概念を無味乾燥で、場合によっては、
苦痛を伴う反復練習に当て嵌めて考えてみます。

(完)