23周年記念特別号

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経営コラム SOLID AS FAITH 23周年記念特別号
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ご挨拶

第1章:読解力とは何か
第2章:背景にある世の中の読解力教育の現状
第3章:読解力がないと人間はどうなるか
第4章:AIとの差
第5章:中小企業の人材教育の役割
第6章:読解力向上策・勉強会の事例
第7章:海外の読解力

あとがき

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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの
上お読みになることを、心よりお奨め申し上げます。
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ご挨拶

 ソリアズ読者のみなさま。こんにちは。会社の萬屋 企画改善請負本舗の
奥田美幸です。通常号にて『萬屋日和』や『萬屋のもっと深く愛してい』で
登場しており、“色々な仕事を請け負っている市川の弟子”だと既にご認識
くださっている方もいらっしゃるかもしれません。
 
 2020年夏に独立してから、早2年が経過しました。師匠・市川に教えを請
いながら、市川同様、中小零細企業の経営支援を行なっています。市川の表
現を借りると、“ジャスサー”を飛び越え“アラサー”に復帰しましたが、
こんなにも知らない世界があったのかと日々学びと発見の連続です。

 昨年発行した22周年記念特別号に続き、大変ありがたいことに、23周年記
念特別号の本文を書く機会をいただきました。「残念な社長はこうしてでき
る!」をテーマにした昨年の22周年記念特別号は、市川との縁を繋げてくだ
さった元上司が感想を送ってくださったり、クライアントの社長様にお連れ
いただく飲食店の店主が伺うたびに(発行後数ヶ月にわたって)話題にして
くださったりするなど、多数の反響をいただきました。拙い文章にもかかわ
らず、それほど皆さまに共感していただけるテーマだったのだと実感しまし
た。お読みいただけたこと、改めて御礼申し上げます。

 今回のテーマは、「読解力」です。近年、読解力をテーマにする本が増え
ており、そのテーマの象徴とも言える、当コラムでも何度かご紹介した『AI
vs. 教科書が読めない子どもたち』(新井紀子著)は、発行部数30万部を
超えるベストセラーとなっています。書店にも「読解力」がタイトルに入っ
ている書籍が多数並んでおり、「読解力」に関心を持つ人が増えていること
を感じます。

 中小企業の社長様とお話する機会が多いなか、最近やたらと「できないや
つが多い」と聞くことが増えてきました。それらの理由を辿っていくと、い
ずれも「読解力」不足で説明できることがわかってきました。例えば、
「指示したことをその通りにできない」
「空気が読めていない言動が多い」
「他の社員やお客様ときちんとコミュニケーションがとれていない」
など、仕事をする上で基本的なことすらできない原因も「読解力」不足にあ
ると考えると辻褄が合います。
 
 そのことから、“社会人教育最後の砦”である中小企業に関わる身として、
社員の方々の「読解力」を伸ばし、強い組織に変えていくお手伝いができれ
ばと考えています。「自分でスキル・アップしようとしないやつは採用しな
い」と考える社長もいらっしゃいますが、残念ながらスキル・アップに意欲
的な人材が中小企業にくるのは非常に稀です。自社で既に働いている人材の
質を考えると、人材紹介会社などを利用して高いお金を払って連れてくるか、
採用にはお金をかけずに、入社してから徹底的に教育するかのどちらかしか
方法はありません。

 VUCAの時代と言われ、世の中の変化がますます激しくなっているなか、組
織も社員もその変化に柔軟に対応できなければ、会社として生き残るのは難
しくなってしまいます。「うちの会社には使えないやつしかいない」と言う
のは簡単ですが、現状を嘆くだけではなく、「使える社員」を増やし、変化
に強い組織を実現する必要が迫っています。

 オーナー経営者の皆さまにとっては少々耳の痛い話かもしれませんが、そ
のような想いから、今回は「読解力」をテーマにすることといたしました。
ぜひご笑覧ください。

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○第1章:読解力とは何か

 まず、「読解力」とは何か考えてみたいと思います。
 
 小学館が提供する『デジタル大辞泉』によると、「文章を読んで、その内
容を理解する能力」です。
 
 文部科学省のウェブサイトには、OECD(経済協力開発機構)が実施する
「生徒の学習到達度調査」であるPISA(Programme for International
Student Assessment、以下「PISA調査」)における読解力の定義は以下の通
りです。

「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参
加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力。文章や
資料から『情報を取り出す』ことに加えて、『解釈』『熟考・評価』『論
述』することを含む」
 
 私が以前執筆した『小さな会社の生き残り戦略~人材活用編~』では、
「読解力」を以下のように説明しています。

「単純に本を読むことだけではなく、むしろそれ以上にコンテキスト(文
脈)を読む力と広く解釈すべきである。コンテキストを読むとは、その場の
雰囲気を読む、相手の表情や感情を読むといった能力のこと」
 
 引用元によって定義は異なりますが、本文章においては、いわゆる、本を
読んで理解する力だけではなく、雰囲気や表情、さらにその場の話の方向性
といった「コンテキスト(文脈)を読む力」と定義することにします。
 
「読解力」が何を意味するかを定義づけしたところで、その特徴について
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』にある幾つかの事実関係を紹介し
ましょう。

●読書量と読解力は相関していない
 読書量が多いと読解力が自然と上がるように考えがちですが、実際にはそ
うではありません。読書習慣があり、多数の本を読んでいても読解力の低い
人が存在することが新井氏の実施した調査でわかっています。いくら多読を
していても流し読みであれば、「読解力」向上には繋がらないということで
しょう。
 
●子供時代の家庭の経済力と読解力はある程度相関している
 経済的理由によって援助が必要とされると判断された児童・生徒が受ける
就学補助の割合と読解能力値に強い負の相関があることが見つかりました。
経済力が低いと読解力も低い傾向があるということが推察されます。

●かなり意識的な努力をしないかぎり、高校以降読解力は伸びない
 読解力は殆ど高校卒業までに獲得され、特別な訓練の機会がない限り、そ
れ以降読解力が向上することは殆どないとされています。逆に言えば、高校
卒業後でも意識的に努力を重ねるなどすれば、向上の余地が残されています。
極端ですが、高卒の極道の妻から弁護士になった『だから、あなたも生きぬ
いて』の著者、大平光代のような例もあります。

 先述のPISA調査の結果が出るたびに、「読解力」が下がっていると話題に
なることが多いですが、「読解力」が年々下がっているというのは事実と異
なります。『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』において、著者の新井
紀子氏は、「日本の教育体系は、時代に対応して小さな変更は繰り返してい
ますが、大枠では変わっておらず、今の中高校生が前の世代の人々と比べ突
出して能力が劣るとは考えられません。つまり、中高校生の読解力が危機的
状況にあるということは、多くの日本人の読解力もまた危機的な状況にある
ということと言っても過言ではないと思われます。」と書いており、「読解
力」のレベルが大きく下がっているわけではないと述べています。むしろ読
解力が必要な仕事の構成比が上がっているため「読解力」不足が目立つよう
になってきたと解釈すべきでしょう。

 ICT化が進めば、単純な作業はどんどん機械化されてしまいます。現に銀
行の窓口係や電話販売員(テレマーケター)など、一定のルールに従った作
業や仕事はAIによってどんどん代替され、日本でも近い将来、働く人々の約
半数が今の仕事を失う危機に晒されるという説もあるほどです。機械に代替
可能な反復作業しかできない人は、仕事を失う可能性が高まっています。
「読解力」は今後生きていくために必須のスキルと言っても過言ではないで
しょう。

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○第2章:背景にある世の中の読解力教育の現状

 前章で読解力の定義や特徴についてご紹介しましたが、この章では読解力
教育を取り巻く社会環境について考えてみたいと思います。
 
●「我慢させる、強いる教育が悪」という考えが広がっている

 近年、ブラック校則が話題になっています。「ブラック校則をなくそう
!」プロジェクトなるものまであり、その運営団体いわく、ブラック校則と
は「一般社会から見れば明らかにおかしい校則や生徒心得、学校独自のルー
ルなどの総称」と定義されるもののようです。制服のスカートの長さや髪型
まで細かく決められていたり、携帯電話の学内での使用が禁止されていたり、
なかには下着の色の指定とそれをチェックするというルールや、地毛を黒髪
に強制的に染髪させるような規定も存在するようです。
 
 しかし、考えてみると、社会には一見意味や意義が分かりにくいルールが
たくさんあります。ブラック校則などは社会に出てよくある構造の訓練をし
ていると考えることもできるのです。社会に出て何かの組織に入ると、理不
尽だと感じられるものであっても、その組織で決められたルールを守らねば
なりません。与えられた環境の中で我慢し、自身が満足できる方法を考える。
決められたルール以外のことで自由にする。それが社会における現実の生き
方の基本でしょう。それができないと社会でやっていくことは困難であり、
その訓練として校則があると考えることもできるのです。
 
 上述の事例でもおわかりいただける通り、「耐え忍ぶこと=悪」、「我慢
させること=悪」という風潮が広がっています。読解力を上げるには、分か
らないものを分かろうとする忍耐が必要ですが、そのような風潮が我慢させ
る教育を委縮させ、「耐える力」が育たない状況を創り出しています。そう
いった考え方で育てられた若者が会社に入社して上司から少しでも“耐えら
れない”言動をされると、結果的に早期退職に至るなどのことが増えている
と推察されます。
 
 理由を問うことなく物事を受け容れるのは、「労働主体」の考えに基づい
た態度とも考えられます。当コラムでも何度か紹介している『下流志向 学
ばない子どもたち、働かない若者たち』(内田樹著)で言及されている「労
働主体」とは、与えられた役割を、目的や理由を気にせずにまず引き受け、
その全うのために努力する姿勢のことを意味しています。近年話題になった
アンジェラ・ダックワースの著書、『やり抜く力 GRIT(グリット)――人生
のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』の“GRIT”も、まさ
に我慢すること、耐え抜くことです。我慢することは悪いことだという考え
が一般的になってしまって、読解力を向上させるための教育が実現できてい
ないと考えることができます。
 
 また、一般的に、低学歴の方は大学に行く価値を認識していないことが多
く、その子供も低学歴になる割合が高いと言われています。特に地方におい
て低学歴の方の人口が増えると、それが固定化し読解力の引き下げ圧力が高
まると考えることができます。読み取り考えることを強いられる経験を親世
代がしていないため、子供達も強いられないまま育つという連鎖が発生する
ことになります。
 
 活躍しているスポーツ選手や、成功している社会人の方々は誰もが強いら
れる経験をしているのが現実です。強いられる経験なしに成功するのはまさ
に「天才」しかいないのでしょう。先述の『やり抜く力 GRIT(グリット)…』
はその天才であることの効果さえ疑っています。凡人の成功には強いられる
経験の積み重ねが重要です。それが読解力向上の重要な要素と考えられるの
です。
 
●スマートフォンの普及

 前項の通り、強いることが悪いことと考えられ、子供に我慢させないよう
にする状況が当たり前になってきているなかで、スマートフォンの普及も読
解力教育に大きな影響を与えている要因だと考えられます。

 例えば、紙製の本を読むことを考えてみます。本は携行しなければなりま
せん。読める機会やタイミングを普段の生活の中で或る程度計画的に見込む
必要が発生します。満員電車では本を開くこともできないかもしれません。
読み終える期限が決まっているのであれば大変です。計画性が必要になりま
す。それに対して、スマートフォンで電子書籍などを読む場合は自由度が全
く異なります。スマートフォンなら普段から持ち歩いていて、ほぼ常時手に
していることができます。LINEやメールのチェックなど他の用事ついでに読
むことも可能でしょう。紙の本のように携行を忘れてしまう心配も殆どあり
ません。いつでもどこでもスマートフォンさえあれば読むことができるため、
きちんと計画する必要が殆どなくなるのです。ニュースは嘗て新聞で読むも
のでしたが、より劇的な変化が起きています。
 
 映画の視聴も同じように考えられます。スマートフォンの普及以前は、映
画は決められた時間に上映館に行き、決められた時間座って観るものでした。
ビデオやDVDが販売されれば、レンタルして自宅で観ることもできますが、
それも自宅にデッキがないと観られません。レンタル期限までに自宅にいる
時間を考え、計画を立てねばなりません。今では、NetflixやAmazonプライ
ム、Huluなど定額制の動画配信サービスが多数あり、スマートフォンでいつ
でもどこでも簡単に鑑賞できます。適当な所で鑑賞を一旦やめて、またあと
で気が向いたら続きを見ることもできます。映画館に行ったり、レンタル
DVDを借りたりして観るのとは違い、計画を立てる必要がないのです。この
ように、スマートフォンによって、忍耐力や計画性が鍛えられにくくなって
いると考えることができます。

●核家族化の進行

 上述に加え、核家族が増えていることも、読解力教育に影響を及ぼしてい
ると考えられます。前々項で労働主体の人が減っているという話をしました
が、核家族化が進み、子供に家事をやらせる機会が減っていると考えられま
す。核家族でなければ、色々な人が子供の様子を見ながら何かの役割を与え
たりしますが、その機会も減っています。子供が一人でいることが増え、見
ている親がいないため、家事などを手伝わせることが少なくなりました。ス
マートフォンのゲームなどを我慢して、家事をさせられるような、「労働主
体」の姿勢を育てる機会が減っていると考えられます。
 
 100マス計算など子供の学力を上げる方法である「陰山メソッド」を提唱
した陰山英男氏(※)も、子供が朝ご飯を食べているのをちゃんと見ること
ができる親が減っていると指摘しています。基本的なことですが、朝食をと
ることさえ、子供には強いられることなのです。

 特定の地域では日本語の通じない外国人の親や子供が増えているのも読解
力教育に影響している要因の一つです。親が日本語を話せないため、読解力
教育に障害が生じていることも少なくありません。

 1章と2章の内容をまとめると、以下のように捉えられます。

 読解力自体はあまり変化していないが、AIの普及とともに、社会が求める
読解力のレベルが上がっている。読解力教育の体制はあまり変わっていない
ものの、「我慢は悪」という考えが広がり、教育の質は劣化傾向にある。そ
の結果、社会が要請する読解力と人々の読解力の乖離は広がる方向にある。
このように考えられます。
 
※「陰」の字は本来旧字表記

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〇第3章:読解力がないと人間はどうなるか

 ここまで読解力とは何かを考えてきましたが、読解力が欠落していると
個々人の人生においてどのような悪影響が出るのかについて、ご紹介したい
と思います。

●全知状態なので、新たなことを学ばない
 読解力が低いと、自分が読解できることしか無意識的に認識しないように
なります。分からないことが(認識でき)ない訳ですから、世の中で認識で
きることはすべてわかっていることです。「自分は何でも知っている」、
「知らないことはない」という状態のことを「全知状態」と呼ぶことにしま
す。最近、「若手社員のやる気が感じられない」、「スキル・アップしよう
とする意欲的な人がいない」といった話を聞くことが増えたように感じます。
若手社員はやる気がないわけではなく、知らないことがないと考えているの
で、スキル・アップする必要があるとも思っていないと想定すべきでしょう。
周りの仕事や学業が上手くいっている人を見ても、努力して学び得た結果そ
うなったのではなく、単に運が良かったのだと解釈していると考えられます。
 人生には運の要素があるのは間違いではありませんが、経験がないことを
成功させるには、知識を得たり、練習をしたりするなど、少なからず努力を
する必要があります。読解力の低い人は、“自分は何でも知っている”状態
なので、学ぶ余地の存在さえ見えなくなっているのです。
 
●表情さえ読み取れない
 ベストセラーとなった『ケーキの切れない非行少年たち』で著者の宮口幸
治氏は、少年たちの認知機能について、以下のように述べています。

「例えば、傷害事件のきっかけとして“相手が睨んできたから”という理由
をよく聞きます。少年院生活の中でも他の少年に対して“あいつはいつも僕
の顔を見てニヤニヤする”、“睨んできた”という訴えを本当によく聞きま
した。しかし、実際に相手の少年に確かめてみると、その少年を見てニヤニ
ヤしたり睨んだりしたことはなく、全く何のことか分からないといった状況
でした。」

 相手の表情を「怒っている/怒っていない」の二元論でしか理解できない
ことがわかります。それ以外の表情は読み取れていません。このような人々
は営業や接客の仕事だけではなく、多くの職種での就業に支障をきたすでし
ょう。

●世の中の見え方にも影響する
 読解力がある者同士なら、言葉で伝えられていなくても、空気を読むこと
でコミュニケーションが成立します。しかし、読解力の無い人は、きちんと
説明されていないことはなかったことと同じと認識します。仮に説明されて
もその内容がきちんと理解できていないこともあるでしょう。
 SNSを媒介にして各種の陰謀論が広く支持されたりするのも、低い読解力
でも分かりやすい説明にとびつく人が多いから考えることもできるのです。

●仕事をきちんとしない
 前項の「全知状態」で新たな学びを得ようとしないのと同様、実際には低
読解力が要因で仕事をきちんとできない人は増えていると考えられます。い
くつかの事例を挙げてみます。

▲マニュアルの内容をきちんと理解できない
 文章をきちんと読み取ることができないため、マニュアルの内容も理解で
きないことが頻繁に起こります。マニュアルの書かれていることをきちんと
実行できないのは、やる気がないのではなく、マニュアルを読んでも、書か
れていることがわかっていないのです。

▲メールの内容をきちんと理解できない
 マニュアルと同様に、メールの文章の内容をきちんと読み取れないことも
多いでしょう。全知状態なので、読んでわからない部分はなかったことにさ
れます。メールで依頼していたことにきちんと対応できていないのも、やる
気がないわけではないのです。

▲指示の意図が読み取れない
 口頭の指示も同様です。意図をきちんと読み取ることも困難です。「良い
ようにやって」や「考えてやってみて」などという曖昧な指示も、背景や主
旨が分からないと何をやればよいかわかりません。自分が分かっていないこ
とが何であるのか分かっていないために質問もできません。それ以前に、全
知状態なので指示も本来の意味とは違うものとして理解されていて、疑問も
湧かないかもしれません。

▲会議で空気が読めない
 表情を読み取ることさえ苦手な場合があるのですから、場の空気を正しく
読み取ることができないケースも多々発生します。「KY (空気の読めない)」
という言葉が流行ったことがありましたが、それも低読解力の人々が世の中
で目立つようになってきた結果と考えることができます。

▲思っていることを満足に表現できない
 自分へのインプットが乏しくなれば、アウトプットも貧相になります。読
み取ることができないため、自分の語彙が少なくなり、表現力が著しく劣っ
たものとなるでしょう。自分の思考を適切に表現することが苦手になってい
きます。読み取るのも苦手、表現するのも苦手なことから、周囲とのコミュ
ニケーションも適切にとることが難しくなります。

▲「わかっていない」と言われると「馬鹿にされた」としか思わない
「わかっていない」と言われると、全知状態のため「馬鹿にされた」と感じ
てしまいます。耐える力も弱くなっていますので、そのまま早期退職を決断
するケースもあるでしょう。

 少々極端なケースを考えてみましたが、読解力が低いとこのような人間に
なってしまうと考えられます。仮にこのような人材しか採用できなかったと
したら、事業は立ちゆきません。しかし、読解力教育は自社の事業のために
なるだけでなく、本人や本人を取り巻く社会のためにもなることがお分かり
いただけるでしょう。

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○第4章:AIとの差

 社会全体で読解力不足が意識されるようになっているのは、人々の読解力
が大幅に低下しているわけではなく、低読解力でもできる仕事が驚異的なス
ピードで減少しているため、読解力不足が相対的に目立つようになったこと
が原因と前述しました。

 その背景にはAIのできることが増えている状況があります。AIに代替され
る職業ランキングが話題になったことがありました。既に大手金融機関にお
いて事務作業の多くがAI化されて、数千人単位の人員が不要になると発表さ
れていたり、コンビニエンスストアやスーパーマーケットのレジが機械化さ
れ、レジ打ち係も削減されていたりするなど、決められたルールに従って反
復される作業はAIによってどんどん代替されています。先述した通り、日本
でも、近い将来、働く人々の約半数が今の仕事を失う危機に晒されるという
説もあります。
 
 フリーターと言われる人が増えているのも、読解力不足で求められる仕事
についていけなくなっているのが原因であるケースも非常に多いと考えられ
ます。本人が正社員にならない理由や仕事を辞める理由を述べていても、結
局は「狐と葡萄」の寓話の様に、職場の変化についていけない本来の理由を
無意識的に覆い隠そうとしているだけかもしれません。

 単純反復作業が得意なAIを含むシステム・機械には苦手なことがあります。
あくまでも演算装置ですので、新しいことを生み出すことができないのです。
具体的には、以下のようなAIの弱みが考えられます。
 ・既存の仕組みを変えるような創造的な案を作ることができない。
 ・人間の感情を理解し、共感したり寄り添ったりすることができない。
 ・大量データから定型的パターンを抽出した結果の作業しかできない。

 現実の組織の中のこれらの「できないこと」が人間の取り組むべき仕事で
す。具体的には以下のような6つの分類の仕事が考えられます。

(1)システム・機械の基礎技術を研究する仕事
 専門性の高い理系の技術者が行なうもので、イメージとしては大学の研究
室にいたり、企業の製品開発現場で試行錯誤を繰り返していたりするような
仕事です。詰まる所システム・機械の技術そのものを開発して商品化する仕
事です。常時仕事がありますが、専門性が高く、世の中全部で見てもかなり
少数の方々しか就けない仕事の領域でしょう。

(2)システム・機械技術の現場導入設計者などの仕事
 特定の現場やウェブサイトにシステム・機械の機能を導入する仕事です。
「新たな技術を導入するかどうか判断をする方」、「技術をどのように導入
するかを具体的に設計する方」、「技術導入を現実に行なう現場技術者的な
方」などの仕事に細分化できます。端的に言うとシステム・機械の技術を購
入して自社に当てはめる仕事です。大手企業なら社内の情報システム部門な
どに存在するでしょうが、中小企業の場合は、外部にアウトソースする機能
になることが多く、社内に常時必要な役割ではありません。

(3)導入されたシステム・機械の前工程の仕事
 システム・機械を上手く動かすために前処理をするという立ち位置の仕事
です。システム・機械は決まった形のインプットしか受け入れませんから、
それに合ったインプットや動作環境を用意する人が必要です。次にご紹介す
る(4)、(5)の仕事と同様、導入後常に必要ですが、余り付加価値の高い仕事
として認められません。特に、(3)と(4)は相応に人数が必要になるケースも
一応考えられますが、技術の進展に伴いシステム・機械による代替が徐々に
進むことでしょう。

(4)導入されたシステム・機械の周辺フォローを行なう仕事
 システム・機械に作業をさせつつ、何か問題が発生したりイレギュラーな
事態が発生したら対処したりするなど、システム・機械では対応できない細
かな事柄やその場限りの事柄に対応する処理係の仕事です。
 たとえば、道路工事の現場でユンボーなどの大型機械がメインの掘削など
を行なっている場面を考えてみましょう。その周囲には何人か作業員がいて、
アスファルトの破片を片付けたりするなどの周辺業務を行なっています。ビ
ル清掃の現場でも同じです。床清掃や壁面清掃は完全自動化が進みつつあり
ますが、細かな物品の清掃や工程が複雑な仕上げ清掃などは人間が行なって
います。この作業も導入後常に必要ですが、付加価値の高い仕事として認め
られることはなく、技術の進展により存在の必然性が徐々に減っていくでし
ょう。

(5)導入されたシステム・機械の作業結果をチェックする仕事
 システム・機械の作業結果を最終的に確認する仕事です。例えば、脳のCT
スキャン画像を診断する機能をワトソンは獲得したと新井紀子氏は著書で言
及していますが、その結果をそのまま鵜呑みにして、患者に向かって「ワト
ソンの診断結果に従って手術します」と伝える訳にはいきません。ワトソン
の判断をチェックして手術が必要と最終的な判断を下すのは医師の仕事とし
て残ります。端的に言うと、システム・機械の作業結果に対して責任を取る
仕事です。
 再び道路工事現場のユンボーのケースで考えると、ユンボーが工事をした
後の細かい後工程の作業は(4)の位置づけですが、工事の最終チェックをす
る現場監督がこの役割ということになります。導入後常に必要になるという
点で(3)、(4)と同様ですが、それらに比べると責任が重いので、それなりに
高い報酬が望めるかもしれません。ただ、たくさんの人数が必要ない仕事で
すし、相応の専門性や権威性が求められます。

(6)システム・機械では代替困難な、人間だけができる技術分野の仕事
 組織のビジネス・コンセプトに沿った付加価値を提供するために、的確な
コミュニケーションや気配りを伴うお客様対応の仕事の領域などがまず挙げ
られます。営業や接客の場面だけではなく、製造現場でも製造工程をカイゼ
ンしつつ多品種少量生産を行なう業務などはまさにこの分類の業務ですが、
製造現場の各種知識も合わせて膨大に必要になるでしょう。これが、今後の
小さな会社において大多数の人が行なうべき仕事の領域だと考えられます。
(厳密に言うと、この分類の中に職人的な知識や技術を要する仕事なども含
まれます。)
 場合によってはシステム・機械がらみの(1)~(5)の仕事を一部に含むこと
もありますが、本質的にシステム・機械が全く関与できない、多くの人々に
残された分野の仕事です。

 この6番目の役割にも専門性が或る程度必要となりますが、学究を伴うよ
うな高い専門性は不要でしょうから、多くの文系人材はこの道で人間として
付加価値の高い仕事を目指すことになるでしょう。

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○第5章:中小企業の人材教育の役割

 前章では、AIを始めとするICTの発達とともに人間にはどのような仕事が
残されるかを考えてみました。この章では、そのような“職業人”や“組織
人”を生み出す中小企業の社会的役割について考えてみます。

 まずは中小企業の実態について考えてみましょう。

 中小企業では残念ながら、読解力の低い人が大半であるという現実があり
ます。大手企業は求人力が高いので、多くの人々を選考でスクリーニングし、
読解力の高い人たちを採用することが可能です。大手企業に就職する上位層
の人は人気のある大手企業に取り込まれたままで、転職してもまた大手企業
に行くことが殆どです。中小企業の手の届く範囲にはなかなか現れません。
中位層の人々は人材派遣を利用するなどの大手企業に採用される選択肢が残
っていますが、多くの中位層以下の人々は中小企業に来ることになります。

 中小企業の来る人の中にも読解力の高い人は稀に存在しますが、大学の偏
差値で見えやすい新卒採用時の学生の質で言うと、中位層以下の人しか採用
できないのが一般的でしょう。中小企業では、自社に受けに来た中位層以下
の人たちのなかから、少しでも良い人がいたら採用することが限界と考えら
れます。

 中小企業に入社した社員の読解力レベルの実態がよくわかる事例として、
あるクライアント様において社長が従業員にお釣りの渡し方を教えたという
エピソードを紹介します。

 あるクライアント様入社一年目の中途社員・A氏が、会社での飲み会の後、
社長や社員数名での二次会に参加しました。終了後、一緒に参加した社員数
名はかなり酔った状態だったため、同じ方向に家があるA氏に、彼らをタク
シーで送り届けるよう社長がA氏にお金を渡しました。翌日、社長に言われ
ていた通り領収書とお釣りを持ってきましたが、「社長」と言いながら、領
収書もお札もぐちゃぐちゃに握った状態で手渡ししようとしてきました。社
長が「なに?」と聞くと、「これ…。おつり」とボソッと答えます。それに
対して、「何のお釣り?」、「 “です”は?」、「で、御礼の一言は?」
など問い質して、最終的に「昨日のタクシー代のおつりです。ありがとうご
ざいます。」と言うようにさせました。社会人経験がある中途採用の社員で
も、社長に対してまともな会話ができないのです。

 他にも、お金を返すときは封筒に入れるべきとか、「昨日は楽しかったで
す」など感想を言ったりすべきとか、直すべき要素はありますが、それ以前
の状態です。

 働いている社員もそうですが、自社のお客様にも低読解力の人が多いと考
えた方が良いでしょう。上述の会社では、読解力向上の教育の一環として、
丁寧な電話対応を徹底的に教育していますが、その会社のお客様企業の中で
そのような教育をしている所は多くありません。お客様ができていないから
と言って、自分たちもできなくて良い訳はありません。実際に電話対応を徹
底的に教え、新卒1年目の社員でも同じように受け答えができるようになっ
た後、その会社の電話対応を真似した取引先企業が幾つか現われたと聞きま
す。
 
 自社で読解力向上のための施策を進めると、読解力の高い取引先はその価
値を理解します。読解力を上げることで、良い商品・サービスを実現してい
るとわかれば、読解力が高く、レベルの高いお客様が集まってくるのです。
それは価格の引上げ余地や高成約率・高リピート率などの形を通して、利益
性向上に結びつきます。

 取引の場面だけではなく、たとえば新卒採用の場面においても、読解力向
上の結果はわかりやすく反映されます。社員を徹底して教育し、読解力のレ
ベルが上がってくると、徐々にそれを理解できる読解力の高い学生が多く集
まってくるようになるのです。このように中小企業で雇入れた社員の読解力
を上げるための教育を行なうことは非常に重要です。

“中小企業は社会人教育最後の砦”と言われるほど、中小企業での教育は非
常に高い価値のある社会貢献でもあります。市川が当コラム第3話『自販機
のある生活』で、こうした中小企業の社会貢献を称賛するビル・トッテン氏
の考えを紹介しています。以下、第3話からの抜粋です。

<『自販機のある生活』より抜粋>

 ビル・トッテン氏は、その著書で、日本のガソリンスタンドで働く若者を
賞賛している。全くの無人、または半無人状態のガソリンスタンドでは、望
むべくも無い清潔で行き届いたサービスが日本では受けられる。合理化・効
率化を推し進めて、無人のガソリンスタンドが並ぶかの地では、通勤途中の
OLまでもが男女平等とばかりに、スーツに落ちたガソリンの染みに舌打ちし
ながら給油している。
  
 しかし、トッテン氏が賞賛するのは、サービスの良さ自体ではない。企業
が若い人を教育し、その職場を確保している点であった。氏によると、合理
化追求の結果、こうした職場が無くなり、無職の若者が多くなったことが、
米国の治安悪化の最大要因であるという。端的にいうと、アメリカ人は、ガ
ソリンの価格などに見られる効率性追求の結果の代償として、カージャック
の危険に甘んじ、高い税金を払って無職者への福祉と刑務所の維持運営を実
現しているということになる。

<以上抜粋>

 上述の通り、中小企業の人材教育は、若者の雇用の機会と治安維持を実現
するほど高い価値があるものだとビル・トッテン氏は考えています。義務教
育や大学での教育を終えた後の多くの普通の人々を教育できるのは、中小企
業での育成プロセスしかなく、中小企業はまさに“社会人教育最後の砦”と
言えるのです。
 
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■第3話『自販機のある生活』 http://tales.msi-group.org/?p=40
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○第6章:読解力向上策・勉強会の事例

 実際に企業内で読解力を上げるためにどのような方法があるのか、いくつ
か私や市川、姉弟子の山口が取り組んできた事例をご紹介したいと思います。

1)読書会
 できないこと、知らないことについて本を読み解いて理解する読書会です。
社員がテーマ別に課題図書を読んで、その概要と感想をプレゼンすることで、
その書籍への理解度を深め、社会人として働く上で必要な考え方を理解する
ものです。社長の方針に沿った、働く上で重要な考え方を身につけていくこ
ともできます。

 実は私が今の師匠である市川に初めて出会ったのは、当時の職場の上司が
開いた人事部門のマニュアル作成プロジェクトでしたが、その後、市川の奨
めで読書会を行なうこととなりました。新卒で入った社員ばかりの職場で、
企業活動の評価を学ぶ「会社を知る本」、人間の考え方や生き方を学ぶ「人
間を知る本」、世の中の仕組みを学ぶ「社会を知る本」の三ジャンルの課題
図書を市川が指定して、参加者によるプレゼンを社内の朝会で行ないました。
 
2)新キャリア教育
“新キャリア教育”と題して、就労観(=働くことそのものや、その環境で
ある社会や会社のしくみについての知見と見方)を知った上で、それを部下
や後輩に教えられるようになる人を育成するプログラムです。「今話題の
“ワークライフバランス”を実現した働き方は長期的に見て人生に対するマ
イナスの影響が大きい」、「できる社員とはどういう働き方をするか」など、
どの会社においても共通する考え方を教えています。
 
3)課題解決型社内勉強会
 社内にある課題を解決するために必要な基本的な考え方をレクチャーし、
それを社内で実現するための方法を、社員を中心に案出し実践していく会で
す。会社の状況に合わせて実施するため、そのテーマはさまざまです。ある
クライアント様での事例を以下の通り紹介します。
 
 いずれも社員が中心となって進めた勉強会です。

<H社様での事例>
・営業活動:取引先情報の共有、会社の技術説明会の企画・準備
・ウェブサイト運用:ウェブサイト制作、アクセス解析の理解・実践
・展示会運営:新規開拓のための展示会出展の企画から当日運営
・新卒者採用活動:学校訪問、合同説明会運営から試験・面接の企画運営
・社内IT環境管理:社内のIT担当者の育成、RPA導入検討

 新しいことを学ぶ習慣を作り、その知識や技術で自社の組織を変えていく
ように社員を仕向けていくことが大事です。まさに“強いる”ことで、読解
力が向上し、変化し続ける組織ができあがっていきます。人数の少ない組織
だからこそ実現しやすく、その社員たちの読解力が上がることで会社の課題
を解決していくのです。

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○第7章:海外の読解力

 最終のこの章では、海外(主に米国)の一般の人々の読解力について考え
てみます。まず世界諸国の所得格差について考えてみましょう。

 まず、日本国内の格差が広がっていると言われていますが、海外の格差に
比べればないも同然です。不平等は社会にさまざまな悪影響を及ぼします。
社会の格差による具体的な変質について、『格差は心を壊す 比較と言う呪
縛』(ウィルキンソン、ピケット共著)に書かれた主要な論点を以下にご紹
介します。
 
▲格差が広がるとうつ病が広がる
 先進国において、うつ病と所得の格差の相関が見られます。うつ病のなか
でもその多くは躁うつ病の症状であり、自分自身に対する傲りといった症状
なども見られました。それらは他人との比較で得られる優越感や過剰な自尊
心、誇大妄想からくるものです。統合失調症も所得格差の大きい地域ほど発
症率が高いことがわかっています。研究者たちは不平等な社会ほど、社会的
な絆が失われ、社会階層間の区別が厳しくなることをその理由として挙げて
います。統合失調症の発症率と所得格差の相関を表す表を見ると、日本にお
ける所得格差と統合失調症の発症者数のいずれもかなり低いことがわかりま
す。

▲格差が広がると人々は自分が他人よりも勝っている資質を誇張する傾向が
ある
 心理学で言う“自己誇示バイアス”とは他人より自分が勝っている資質を
強調・誇張する傾向のことです。オーストラリアの心理学者のスティーブ・
ローナン博士が行なった「自己誇示バイアスと不平等の関連度を測るテスト」
で、自己誇示バイアスと所得格差には強い相関があると判明しました。博士
は「不平等な社会では、他人を打ち負かさなければならないという強い動機
が働く。こうした願望の表現の一つが、自己誇示バイアスが激しくなること
かもしれない。」と述べています。不平等が社会的評価への不安を高め、そ
の結果、私達は自分自身を実態より大きく見せかけようとしてしまうので
しょう。自己誇示バイアスと所得格差の相関を示すグラフにおいて、日本は
格差も自己誇示バイアスの程度も最も低い値を示しています。

▲格差が広がると不安によって甘いものを食べたくなる
 先進国において、中毒などの多くの心の病が所得格差と強く関連している
ことがわかっています。経済格差の大きい国や州(米国)ほど一人当たりの
カロリー摂取量が多く、肥満率が高くなっていることも判明しています。格
差を原因とする不安が強まると、飲食への衝動だけではなく、砂糖や脂肪を
多く含む不健康な食品を好んで口にするという証拠も大量に得られています。

▲格差が広がると買い物の中毒にもなる
 経済格差が大きい国ほど、買い物中毒になる人も多数いることが分かって
います。社会的な地位の維持のために、多くの品物を購入し、世間体を保と
うとします。広告主たちは、こうした不安心理に巧みにつけこんで、それを
市場ニーズとして膨らませていると著者らは指摘しています。

▲格差は社会全体の学力を低下させる
 所得格差は社会全体の教育水準にも悪影響を及ぼします。所得格差が大き
くなれば、社会階層を下るごとに、マイナスの影響が大きくなります。デー
タの示すところでは、所得格差と教育格差は相関関係があり、結果的に大半
の子供の学力低下を招いています。この教育格差は教育政策だけでは解決で
きないと論じられています。

▲生まれつきの能力差は格差に関係ない
 能力が社会的な地位を決めるのではなく、社会的な地位が能力や興味、才
能を決めると言う方が正しい解釈と考えられています。かつては、階級も遺
伝子で決まっているという考え方が当たり前でしたが、実際はそのようなこ
とはないことがわかってきています。

 格差解消が多くの社会的課題の改善をもたらすことがわかります。さらに
最近では、「反知性主義」という考えも特に海外では広がってきています。
内田樹編著の書籍『日本の反知性主義』では「反知性主義」について、以下
のように述べられています。
 
「反知性主義とは『知的な生き方及びそれを代表するとされる人びとに対す
る憤りと疑惑であり、そのような生き方の価値をつねに極小化しようとする
傾向』と定義される。」
 
 内田樹が著書『下流志向 学ばない子どもたち、働かない若者たち』でも
説明しているように、反知性主義の人々は、「無時間モデル」のなかに生き
ています。自分自身がこれ以上変わらないし、変わる必要がないと思ってい
る価値観のことです。読解力の高い人に見られる労働主体の考えとは真逆の
「消費主体」の特徴であると内田樹氏の『下流志向 学ばない子どもたち、
働かない若者たち』で説明されています。
 
 日本にも反知性主義を掲げる人々がいるようですが、欧米では社会格差の
拡大から、これらの考え方が広く浸透しつつあり、日本以上に危険な状況だ
とご理解いただけるかと思います。

 日本以上に、海外ではAIを始めとするICT技術によって人々の労働は代替
されていきます。「グレート・レジグネーション」という言葉もあるぐらい
に、職探しを諦めた人々も含む広義の「失業者」は急激に増えています。海
外で一般的な「ジョブ型雇用」という働き方には、その変化を助長している
側面があります。「ジョブ型雇用」について、当コラム21周年記念特別号で
市川は以下のように説明しています。

「ジョブ型雇用とは本人が望む仕事を契約によってずっとやり続ける雇用の
形です。そのように聞くと、好きな仕事ができて理想的であるように感じら
れます。しかし、新しい仕事にチャレンジする機会もありませんし、他部署
に異動することもありません。その結果、自分も知らなかったようなチャン
スを与えられて能力が伸びることもないのです。おまけに、その仕事が無く
なれば、社内異動はなく、会社を辞めるしかなくなります。当然、雇用は相
対的に不安定になりやすくなります。」

 日本と海外の働き方の違いを、「就“社”/就“職”」の違いと表現され
ることがありますが、海外のジョブ型雇用はまさに「就“職”」です。職種
に紐づいて採用されるため、予め契約された職種以外の業務を任されること
も、そのような契約外の業務スキルを求められることもありません。

 業務内容そのものもマニュアル通りです。簡単に作業ができるように細か
く作業がマニュアル化されていますので、社員はそれを覚えて仕事をこなす
だけです。そのため、日本企業で入社から半年、1年、2年ごとの区切りで実
施されるような定期的な研修もなく、昇格・昇給するには大学などで自ら必
要な知識を学んでから、転職することが前提となっています。外部機関で学
べるような知識・技術が重視されているので、企業独自のノウハウや暗黙知
を身につけるよう求められることもありません。

 そのような学ぶことも新たなチャレンジも求められない仕事の価値観が醸
成されるので、思考は「反知性主義」に偏りがちです。ジョブ型雇用の契約
の業務の中に、新たなことを考えるための知性を求める条項は見当たらない
のが一般的です。雇用されている限り“成長が強いられる”ことがないので
す。
 
 もちろん、欧米でも強いられ、耐えられるようになることの価値が知られ
ていない訳ではありません。たとえば前述のダックワースの著書がベストセ
ラーとなり、やり抜く力=「GRIT」が重要だと認識されています。しかし、
少なくともアメリカにおいては、「GRITが必要になるのはエリート階級の人
たちだけ」と考えられているでしょう。元々格差が広いので、本を読む習慣
がない大多数の人々はベストセラー書籍の存在さえ知りません。
 
 米国で格差が急激に広がり始めたのは1970年代と言われています。移民も
多く日本に比べ平均年齢も低い米国では、生まれたときから格差があるのが
当たり前で、格差がない社会を見たことがない人々が多いため、自分達の格
差社会の大きな弊害が理解されていないのかもしれません。

 総じて国民全体の読解力が低いと、国家全体で有効な労働者が減ってしま
うため、必要な労働力が確保できず、福祉制度で生活する人が急増します。
読解力向上は国家規模の課題であり、海外では日本以上にその不足が深刻な
のです。

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あとがき (市川正人)

 今から21年も前の3周年記念特別号の中の増刊第7号『存在の必然』の中
で、私は以下のように書いていました。

「人手を減らすための機械化ではなく、最初から機械と人とを使い分ける設
計。正社員採用の際の、「そんなことをあなたにやってもらう気はありませ
んよ。そんなことなら、ウチではパートさんやバイトの子達がやってるから」
などと言う台詞は、「あなたは人なんだから、機械と違うことしてくれな
きゃ」と言う台詞になる。その時、中途半端に機械のような人は、中途半端
に人間のような機械に、職を空け渡して行くことになるだろう。そんなプロ
セスを経て、人として働くことの意義が見直されて、研ぎ澄まされて行く。」

 そして、2019年の20周年記念特別号の前書きでもこの文章に言及して…

「2002年の3周年記念特別号の一部として発表した文章です。当時この文章
を読んでも、人と機械の共生など誰も想像していませんでした。「中小零細
企業でそんなことを考える日など、多分生きているうちに来ない」と多くの
読者の方々が仰っていました。17年経った今、最早誰も「想像」などしてい
ません。もう現実になりつつあるからです。」

と書いています。そして既に「なりつつある」ではなく、「なってしまって
いる」のです。その変化の波に中小零細企業も否応なく飲み込まれて行き、
社内の人間のICTリテラシーと読解力の両方の劇的な強化に邁進しなくては
ならなくなりました。反復性のある仕事、論理的な判断に基づいて行なわれ
る仕事、それらはどんどん人間から取り上げられていきます。その動かしよ
うのない現実が押し寄せる中、人間は何をやるべきなのかを根本から考え直
さなくならなくなっています。

 私の事業後継者の奥田美幸は中小零細企業の組織人の読解力教育が自分の
仕事の軸となると考えているようです。奥田が言う通り、“社会人(/職業
人/組織人)教育最後の砦”としての中小零細企業の網からさえ漏れてしま
った人々の多くは、既存の公的福祉や新たに登場するベーシック・インカム
によって糊口を凌ぐことになるでしょう。

 奥田が説く通り、海外の状況は日本以上に深刻です。“豊かな暮らし”の
カギが国民の平均的読解力レベルにあると見做される日も近いかもしれませ
ん。その時、読解力教育のノウハウをすでに社内に実装した中小零細企業は、
世界標準の優れた組織になるかもしれません。

 海外のような一部のエリート層に富が集中する歪んだ社会構造はじわじわ
と終焉に向かいます。それと並行して、今はあまり意識されていない一部の
エリート層に教育が集中する歪んだ状態も海外において見直されて行くこと
でしょう。相応の読解力をモノにして自律した“普通の人々”を世の中に多
数輩出する中小零細企業が、日本に数多く生まれると良いものと思っていま
す。

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■ 3周年記念特別号 http://tales.msi-group.org/?p=116
■20周年記念特別号 http://tales.msi-group.org/?p=1681
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<参考資料>

・『AI vs. 教科書が読めない子供たち』(新井紀子著)
・『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著)
・『下流志向 学ばない子供たち、働かない若者たち』(内田樹著)
・『やり抜く力 GRIT(グリット)
  ――人生のあらゆる成功を決める「究極の能力」を身につける』
 (アンジェラ・ダックワース著)
・『ケーキの切れない非行少年たち』(宮口幸治著)
・『人材育成のレポート』(市川正人作成)
・『格差は心を壊す 比較と言う呪縛』
 (リチャード・ウィルキンソン、ケイト・ピケット共著)
・『日本の反知性主義』(内田樹編)
・『小さな会社の生き残り戦略~人材活用編~』(奥田美幸作成)
・文部科学省「1 PISA調査における読解力の定義,特徴等」
 https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/gakuryoku/siryo/1379669.htm
・文部科学省発行『読解力向上プログラムの全体像(たたき台)』
 https://bit.ly/3SYRqAV
・ダイヤモンドオンライン(2020.4.8発行号)
 『日本の15歳が「読解力低下」!?OECD調査があぶり出す学校教育』
 https://diamond.jp/articles/-/233729
 
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