『シャーロック・ホームズ』

仕事の終わったあとの空き時間を丁度良く埋める形で上野の十年以上行ったことがないと思われる映画館で見てきました。

私や私以前の世代で好きなロックバンドをロック好きに尋ねると、ツェペリン派かディープ・パープル派に二分されているように思います。同じように、洋物の探偵小説にそれなりに蘊蓄のある人に尋ねると、シャーロック・ホームズを通っている人と通っていない人に分かれているように思います。

私はこの二つの二分法で行くと、前者では完全にディープ・パープル派で、レッド・ツェペリンは幾つかの代表的な曲を数曲知っているに過ぎません。後者の二分法では、非シャーロック・ホームズ派で、もともと探偵小説というジャンルをあまり読んでいず、中学校の頃に子供向けの厚い(=まあまあ字の大きい)アルセーヌ・ルパン全集を親が買い与えてくれたのをかなり読み込んでいました。あとは文庫本で出ていたアガサ・クリスティーを数作とか、そう言えばかなり嵌って居たはずの『思考機械の事件簿』と『隅の老人の事件簿』が書籍で読んだ所謂探偵小説や推理小説の類のほぼ全部です。つまり、シャーロック・ホームズの原作世界に関しては助手がワトソンというぐらいの知識しか持ち合わせず見に行きました。

それでも、この映画を見に行くことにしたのは、クライアントの薦めがまず一点と、最近、かなり興味深い動きをするロバート・ダウニー・ジュニアの出演に関心が湧いたこと、そして、原作に忠実に(既成の人口に膾炙しているイメージとは異なる)シャーロック・ホームズのイメージを構成したと評価されていることです。

ロバート・ダウニー・ジュニアは、古くは『レス・ザン・ゼロ』で良いなあと思っていたら、『チャーリー』でも切れる演技をきっちり見せてくれまして、一応注目する役者さんなのですが、如何せんコカイン中毒者で、芸歴が安定せず、勿体ない人と言うのが私の中のイメージです。それが最近、『アイアン・マン』で、おっと思わせてくれて、その第二作が準備されていると告知され始めています。

さらに、ここ最近の一番の注目は、『トロピック・サンダー 史上最低の作戦』への出演です。私はこの映画を見ていませんが、余りにも馬鹿らしく、執拗に映画館でトレーラーを見せつけられるだけでもう十分という感じです。そして、そこに登場する変な黒人のような男が、ロバート・ダウニー・ジュニアであることをかなり後になってから知りました。このイメージの落差を当然意図的に選択したのでしょうから、なかなかな面白さです。さすがに今尚、『トロピック…』は見たいと思いませんが、その線で見た時、少なくとも『アイアン・マン』よりも、ロバート・ダウニー・ジュニアが活き活きとしているようにこの映画では見えます。基本、『トロピック…』路線のはち切れ感があります。

シャーロック・ホームズの原作への忠実度という観点は、パンフを見ると、これでもかと言うぐらいに強調されています。特に、鹿打ち帽にケープの付いたコートをまとってパイプを加えた紳士然としたイメージを覆し、肉体派で観察力や洞察力以上に行動力が物言うような探偵スタイルとして描かれていることが、この映画の注目されている理由であるようです。パンフによれば、ホームズは、棒術・フェンシングに長け、さらにボクシングはプロ級の腕前で、おまけに何なのかよく分からない日本のバリツとか言う武術にも通じているという話が原作に出ているのだそうで、それを踏まえたら、プロデューサーや監督が、「こちらが正統派」としつこく主張するのも分かります。私が読んでいたアルセーヌ・ルパンも武闘に長け、毒を盛られて高熱にうなされても行動を止めないような超人的な体力の持ち主と言うことになっていましたし、PCもネットもない時代のヒーローが、その手の部分にも長けた所がなければ、やはり魅力に欠けるだろうという気がします。

「初歩的なことだよ。ワトソン君」などというような台詞ぐらいは、何となく私も知っていて、それぐらい、ホームズに対してワトソンは従者の如くのようなイメージがありましたが、今回のジュード・ロウ演じるワトソンは、ホームズ同様にアクティブで、どちらかというと対等なパートナーという感じです。最近ビデオで、『ジュード・ロウのファイナル・カット』を見ましたが、私は彼が演じる、(『ガタカ』の時のような)陰のある人物か、(『スカイ・キャプテン…』・『イグジステンズ』の時のような)苛烈な環境にある人物が好きです。今回のケースは、ほぼ後者のカテゴリーには入っているものと思います。

この映画を見て感じるのは、黎明期の科学に対する当時の社会の期待です。科学や科学技術に対する人々の期待は、無線技術も画期的な発明であったこの時代の方が、宇宙空間に人が踏み出す現在よりも余程大きいように感じられるのです。思い上がった考え方かもしれませんが、あの時代の技術に対してこの期待度の大きさが、何か不自然に感じられる時があります。

それであれば、むしろ、呪術や迷信が人々を支配している『スリーピー・ホロウ』や『ブラム・ストーカーのドラキュラ』・『ヴィドック』などの世界観の方が私は好感が持てます。私が子供の頃毎週欠かさず見ていた『事件記者コルチャック』と言う番組があります。ありとあらゆる伝説上の存在が各話ごとにアメリカの都市に出没し、それをコルチャックという新聞記者が取材しつつ結果的にその呪術世界の方法論を現代風に採用することにより解決していきます。今回の敵役は黒魔術を使うという貴族でしたが、その魔術がすべて科学的知識によって説明できるイカサマであることをホームズが明かします。この流れのストーリー展開が私にはやはりシンプルすぎるように感じるのです。アクション映画としても一応は楽しめますし、会話も小気味よく、ホームズの世界観を「忠実に再現」していると言うだけあって、十分、「普通に楽しい」映画でした。含みが残されている続編は映画館で見るかと思いますが、DVDまで買いたいようには思えない映画でした。