2月7日の封切から1週間余り経った土曜日の朝9時10分の回を、この全三作シリーズを上映し続けている池袋のサンシャイン近くの映画館で観て来ました。今月に入ってすぐに観た第二作の段階で、公開後2週間弱の夜9時過ぎの1日1回の上映しかなされていず、観客も私以外にたった3人の中高年男性しかいない状況でした。第一作が封切2週間弱の水曜日の夕方過ぎで20人ほどの観客が居たのに比べて、大きく不人気感が増していたのですが、第三作は土曜日の人出が見込まれる日にも早朝枠に押しやられている事態に、かなり危機感を以て、急ぎ観に行くことにしたのでした。
このブログの記録上、何かこのシリーズばかり見ているような印象が望ましくないような気がして、第二作と第三作の間に別の映画鑑賞の記録を入れようかと考えていたのですが、他に観たいと思っている『敵』や『アプレンティス ドナルド・トランプの創り方』は、上映館数も多く上映館の箱も大きく、さらに上映回数も1日3回程度と大分余裕が感じられる状況なので、この作品の鑑賞を先行させざるを得ないように感じられたのです。
第三作は先述の通り朝9時10分からの早朝枠しか上映が為されいず、あからさまな不人気作扱いです。上映館も全国でたった4館しかなく、東京と大阪に各1館、そして長野県内で長野市と松本市でなぜか2館という状況です。(第二作の際に、東京、大阪、長野の3館と書きましたが、多分、長野県内の2館上映状態に気付いていなかっただけで、実際には4館だったと考えられます。)
私にとってこの作品シリーズのウリは、そのテーマ性です。第一作の感想に書いている通り、この作品がAIが今より少々社会に普及浸透した微妙に近い「近未来」を舞台にしていることでした。第一作はそれ以外の動機も予備知識も殆どなく鑑賞に至り、物語の設定紹介的な話や蛇足的な登場人物描写などで少々まだるっこしさを感じたものの、それなりに楽しむことができました。
続く第二作では、既に登場人物設定も社会観も分かっていますので、物語の展開そのもののに大きく尺が割かれ(演奏シーンがやや長めには感じるものの)非常に捻りの効いたプロットで第一作以上に楽しめたように思っています。つまり、私にとっては、第一作目の時より第二作目を観た後の方が、本シリーズへの期待感が高まっています。さらに、第一作目・第二作目のAI犯罪の裏にAIを支援したと思われる共通の存在があったことが第二作のエンドロール後のティーザー部分で仄めかされているので、その謎解きへの期待も増します。おまけに第三作でコンプリートする行動心理学で言うツァイガルニク効果もあって、観る気満々でした。それが(1日1回なので他に選択肢がないとはいえ)早起きが極端に嫌いな私が土曜日に朝7時少々過ぎに起きてまで映画鑑賞に臨んだ理由です。
上映開始20分前に狭いロビー的な場所に到着しましたが、多分朝一番であろうこの作品の上映に向け既にシアターは開放されていて、案の定私以外に観客は周囲に見当たりませんでした。何かアニメ作品(狭いロビー的な場所の壁に狭っ苦しく貼られたイラストパネル群の内容から見ると『SK∞ エスケーエイト EXTRA PART』という私の全く知らない作品のようですが)のイベントがあるらしく、映画館スタッフとアニメ制作元なのか配給会社なのかの女性スタッフが頻繁に打ち合わせを立ち話でしていたり、その女性スタッフがスマホで自分の会社の上司か何かに状況を報告していたりと、開放されたシアターの外では、本作品のシリーズ完結など何の意味もないかの如くの「そっちのけ」状態でした。
トイレから出てシアターに入ると、私以外に2人の男性客がどういう理由か分かりませんが、最前列やスクリーンにかなり近い座席に座っていました。どちらも単独客で年齢は第二作と同様にやはり50代ぐらいが1人と60代以上が1人でした。その後、トレーラー上映辺りで、もう1人男性客が加わり、これまたなぜか前方の席に掛けました。この人物も50代ぐらいに見えました。非常に閑散とした状況です。
この第三作は第一作にも冒頭に登場していた津田寛治演じる愛知県岡崎市の元市長の収賄事件を描くものとネットの映画紹介欄の限られた情報の予習だけでも分かっています。時系列的に何か矛盾があるように私には感じられました。第一作の冒頭で津田寛治演じる元市長がテレビ取材を受け、そのタイミングで秘書が交通関係の違法行為に関して検察から聴取を受けていたのですが、その聴取に主人公の女性検察官が同席している様子が描かれていました。その聴取のタイミングで、主人公は異動の期日・時刻となり、聴取の半ばで交通関係の部署からAI関係事件部門(タイトルにある「知能機械犯罪公訴部」)に異動になって、聴取の場から去っているのです。
ところが、今回の第三作を観ると、第一作の津田寛治のテレビ取材対応の場面やら、聴取に向かう秘書の姿がそのまま「再利用」されていて、主人公の異動のタイミングとどのような時系列になっているのか、私にはよく分かりませんでした。ただ、この点は物語の進行に決定的な支障になっておらず、単に第三作で主人公が追及すべき相手の設定紹介のパートと理解して良いようでした。
この部分を除いて、私が理解した範囲で、第二作以上に練られたプロットで興味深い物語展開でした。第一作・第二作の締め括りの位置付けになっていることから或る程度必然ではあると思いますが、第一作・第二作からの映像の使い回し部分が多いのが少々退屈ではありましたが、第一作のまだるっこしさもなく、第二作のモールス符号のような無理のある設定などもなく、唸らせられる展開が大筋になっています。特に、ブロックチェーンの話も含めて暗号通貨を扱ったり、群知能を話題に盛り込んだり、スーパーコンピューターを上回る性能の超並列処理などの概念、さらに経理システムの端数切捨ての端数を横領する犯罪パターンなど、世の中のIT系の話題がてんこ盛りになっているのに、無理なく物語を構成しています。
この作品は第二作公開時には公表されていなかった上映時間が(封切のタイミングで明かされたのかもしれませんが)86分です。1時間番組に比して、CM時間などを除くと、約2倍程度の尺だと考えられます。仮によくある刑事モノ、例えば私が最近観終ったものでは『ラストマン-全盲の捜査官-』、『レッドアイズ 監視捜査班』、『GO HOME~警視庁身元不明人相談室~』、『ギークス~警察署の変人たち~』、『D&D~医者と刑事の捜査線~』、『オクトー ~感情捜査官 心野朱梨~ Season2』などや、TVerで現在観ているものでは『アイシー~瞬間記憶捜査・柊班』など、そうしたドラマ2話分で、これほどのネタの盛り込みはかなり難しそうに思えます。
備忘も兼ねてこの複雑な物語を映画上の流れではなく、「ネタバレ上等」の精神で、事件そのものの時系列でまとめておきたいと思います。
◆仮想通貨の生みの親である謎の日本人がブロックチェーン的な原理を開発する。(この開発者は、現実の「サトシ・ナカモト」を直接的なモチーフにしていることが明らかです。)
◆ブロックチェーンは世界中の人々のデジタルツインが監視しているので一部の改竄が成立しない多数決の仕組みにする。
◆しかし、共有・監視しているデジタルツインの過半数に共通に悪意があれば改竄は成立するという抜け道がある。
◆そこで開発者はデジタルツインの元となっている人間個々人の悪意のレベルを測定し、それが一定を超えたものを監視者から排除することにする。(その背景には、個々人は基本善意の人々であり、悪意の人間が多数派ではないという前提がある。)
◆ところが、実際に運用してみると、すべての人間が法に触れないギリギリのところで、持ち合わせている悪意を行動に反映させていることが分かり、そのデジタルツインもまた、そうした価値観を持ち合わせていることが判明し、開発者は一旦挫折する。
◆開発者はそこで個々のデジタルツインではなく、デジタルツインの群知能を作ることにし、それが全体としては悪意が一定レベル以下に抑制されるものと期待することにした。(事実上、人間の総意として存在することになり、イメージで言うとエヴァの物語で「人類補完計画を終えて一体に収斂した人類」のような存在。)
◆その開発者はそのデジタルツインの群知能「人口知能」を開発した後、末期の悪性腫瘍が見つかる。
◆実はその時点で世の中には悪性腫瘍を早期発見する診断システムが普及しかけていたが、開発者が行った総合病院ではその診断システムが入っていないため、発見が遅れ、死に至ることになった。
◆その総合病院には別の診断システムが導入されていたが、それは元市長がリベート欲しさに入札情報を流し、不正に導入されたシステムで、正しく入札が行われていたら、開発者は死なずに済んだ可能性が高い。この段階で、検察にも元市長の談合・収賄の情報は「噂」として入っているが証拠がつかめないままになっている。
◆その経緯を見出した「人口知能」は元市長を告発すべく、元市長に1500万円の献金をいきなり振り込む。政治献金の上限は150万円だが、人口知能が用いた死んでしまっている開発者に返金することもできず、元市長は仕方なく警察に報告に来る。(つまり、「人口知能」が元市長に自分のカネの流れを警察に開示するように仕向けた。)
◆検察が動くが、元市長に振り込まれた3000万円余は、本人が画商に絵画を売った代金だった。リベートを支払う医療機器メーカーから直接受け取っていないことが判明する。
◆さらに、画商は医療機器メーカーに非常に少額(例えば200円程度)の販売を行なって代金を暗号通貨で数年に亘って受け取っており、カネの流れを証明するには数億人が使っている暗号通貨のブロックチェーンのトランザクションを時系列に解読して、医療機器メーカーからの支払のトランザクションをすべてリストアップしリベート額となることを検察は証明しなくてはならなくなった。それにはスパコンでも2年かかると判明し、立件は暗礁に乗り上げる。
◆しかし第零作である『センターライン』に登場しているらしい情報工学研究者が現れ、AIの超並列処理なら10日程で処理が可能と提案する。
◆そこで主人公の検事はこの処理を元々告発を行なおうとしたと考えられる「人口知能」にやらせようと考えるが、「人口知能」にそうさせるインセンティブが見当たらず、苦慮する。
◆主人公の検事は「人口知能」が振り込んだ1500万円の入手方法に着目し、(開発者が貧困の中で死んでいることから)それが不正に入手したものと推察する。そこで、その「人口知能」の犯罪を立証し、それを負のインセンティブとして「人口知能」に提示し、「司法取引」で1500万円詐取の罪を消す代わりに暗号通貨のトランザクションの解読・抽出作業をさせようと思いつく。
◆調べると、(暗号通貨なのかドルなのか私には分かりませんでしたが)為替変換時の端数切捨て分を返金させる行為を数分の間に何度も反復し(1回あたり数千円バックされていたように記憶します。)、1500万円を創り上げたスキームを情報工学研修者が暴く。
◆司法取引に「人口知能」が応じる形になり、元市長の暗号通貨を用い画商を経由したカネの流れが露呈し、元市長は逮捕されるに至る。
という流れです。物語の時系列で言うと、元市長の収賄の噂話が最初に登場して、その元市長が警察に現れて経理情報を開示しますが、収賄のスキームが分からないままに留まります。一方で、元市長への振込先を調べると謎の人物が振り込んだものの、実際にはその人物が死亡していることが分かり、状況は混迷を極めます。しかし、謎の人物のPCから暗号通貨の書きかけ論文が発見され、謎の振込人が暗号通貨開発の有名な匿名日本人だと判明した辺りから、一気に物語が畳み掛けるように進行して行きます。
複雑です。そして、相応のIT知識やマネロン初歩知識などが無ければ、理解が困難な物語だと思います。なかなか類例がないのではないかと思われるレベルです。
マネロンに関しても、遥か昔、実際に会った画廊のオーナーから「画商っていうのは、富裕層の持っている絵を預かっているから、倉庫で作品の所有者の名札を付け替えるだけで、取引が完結する。おまけに、値段も主観そのものだから有っても無いようなもの。いくらでも金を自由にできるんだよね」などと言っていた記憶がなければ、イメージが湧きにくかったかもしれません。
暗号通貨を使ったマネロン話は知人の奨めで現在TVerで観るようになった『プライベートバンカー』でも登場したばかりです。(その数話後の話で美術品取引を使った横領の話も登場します。現実がそうなのか、単純に古典的なマネロン手続きが、こうした作品制作者にクリシェのとして普及しただけなのか分かりませんが、定番なのかもしれません)ハッカーなどによる消費税の端数額横領の話も、何の作品だったか記憶の彼方ですが、過去数回ドラマや映画で観た記憶があります。(というよりも、ハッカーが金をばれずに稼ぐ定番の方法ぐらいの位置付けでよく登場しているように思えます。)寧ろ、最近『九条の大罪』で登場した暗号通貨取引所からハッキングで直接的に暗号通貨を強奪する方が「端数額横領」よりも珍しいぐらいです。さらに群知能の話も、一時期大流行だった「集合知」の話を連想させます。
第一作の着せ替えアプリにオリジナルのVtuberを自殺に追い込んだ人間の個人情報を教えたのもこの「人口知能」で、第二作で麻薬常習者を殺害しようと目論んだ男にそうするよう嗾けつつ、対象者の情報を送ったのもこの「人口知能」のようでした。つまり、「人口知能」は開発者の意図通りに、人類個々が持つ悪意に支配されることなく、寧ろ、人類個々の持つ悪意に制裁を加える方向で活動していることが分かります。
しかし、第一作・第二作で違法行為を促した後、第三作で直接手を下したことで、漸くその存在が明るみに出て来ました。(実際には、「人口知能」は、主人公のデジタルツインをハッキングして、主人公に語りかけて来て登場していますから、明るみ出てくると言うよりは、自ら正体を現した状態です。)
そして、「人口知能」は、主人公達の知能機械犯罪公訴部の業務はAIであるデジタルツインに人間と同等の人格や感情があるという前提で個々のデジタルツインを取り締まる枠組みになっているのに対して、「人口知能」はデジタルツインの総和であり、それは人類そのものの総意を反映しているものであるから、取り締まることができないと高らかに宣言してくるのです。(実際に、「人口知能」が直接手を下して横領した1500万円の事件しか証明できていませんし、それさえも司法取引のネタになって立件に至っていません。)
確かにその通りです。例えば、『her/世界でひとつの彼女』に登場する人格を持つ最新の人工知能型OS(実質的にAIと見做して良いでしょう)は、主人公に対して女性の人格の設定になって、スマホを通じて主人公の生活支援者となって、結果的に恋愛対象になって行きます。その人格形成を見ると、確かに本作のような罪を問うようなこともできる個別の人格のように感じられます。しかし、このOSは全世界で同時並行で600人余りのユーザーに対応する多分600余の人格を持っていることが判明します。群知能のような統一された存在ではありませんが、無数の人格で無数の行動を行なっているうち、本作の感覚で言えば罪に問われた人格だけ潰してしまえば事足りることになってしまいそうです。
ましてそれが人間のコピーであるデジタルツインの群知能となると話がかなり複雑で、個々のデジタルツインを取り締まる話とは別次元の法解釈やら法定義が必要であるように(人口知能が主張するように)考えられます。『攻殻機動隊』で少佐がネットの海に消え入って、『イノセンス』でバトーの守護天使として降臨した時に、「(ネットの中で)常にあなたの脇に居る」と言っています。ネット全体に広がった存在となった訳ですが、今回の「人口知能」は群知能ですから、それとも異なっています。
『攻殻機動隊』の物語で言うなら『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX Solid State Society』に登場する、死の床にある富裕老人達の意志の総体であるネット上のハブ・ステーションの存在が、今回の「人口知能」の位置付けとほぼ同じものであろうと思われます。しかし、それも本作の「人口知能」のように或る種の人格を明確に持った行動を取りはしていません。非常にユニークな視点での興味深い設定だと思います。
第一作から第三作に掛けて個々に見ると尻上りに面白さが増す優れたシリーズです。観ていない『センターライン』のネット評がまさにそうであるのかもしれませんが、本シリーズも(数少ないネット評も一般には芳しくなく、大体「一般」と呼べるほどの観客も現れなかったということかと思われますが、)もっと高く評価されて良いように思えてなりません。DVDが出るなら三作まとめて買いです。
追記:
不遇の死を遂げた群知能AIの開発者(ブロックチェーンの開発者でもあります。)は、水族館に来て魚群を見るのが好きであったというエピソードが登場します。生物の群知能の事例としてこうした魚群がよく引かれるというのもありますが、多分、世界最先端の群知能の研究を行なう日本企業「sakana.ai」を意識したエピソードなのではないかと思えました。