204 互助の始まり =斜陽の樹影= 200話発行記念特別号 第五弾

=================================
経営コラム SOLID AS FAITH 第200話発行記念特別号 第五弾
=================================
目次
1 ご挨拶
2 築き上げられる関係
3 204話 『互助の始まり』 =斜陽の樹影(5)=
4 200話までの道のりを振り返る?今立つ場所?
5 あとがき (市川正人)
6 次号予告
=================================
☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの上
お読みになることを、心よりお勧め申し上げます。
=================================
1 ご挨拶

 先日、外食産業の方を対象とした「人材教育とサービスの極意」というパネ
ルディスカッションを聴講しました。“従業員教育で気をつけていること”と
いう誰もが関心を持つテーマに対し、どのスピーカーも異口同音に応えました。
とにかくよく話すこと、自分で考えて行動させること、クレド(会社の経営理
念や哲学)を順守させること、コンセプトから外れないよう導くこと。
 
 このスピーカーの方々が経営するお店に、私も飲食店トレーナー時代、調査
を目的に何度か行ったことがあります。若い従業員の素晴らしい気配りと個性
に富んだもてなしが印象的でした。飲食店の店長時代の類似した経験から、私
も従業員教育の鉄則は同様だと思っています。店舗の店長をしていた際、若い
アルバイトとよく衝突し、店のコンセプトに合わない行動をした場合は、何時
間でも話し合いをしました。怒られることに慣れていない若者が多く、話し合
いの最中は私を無視し続けたり、反抗し続けたりと、辞めてしまうだろうかと
思うのですが、不思議と皆、次の日もきちんと出勤し、少しずつ変わっていき
ました。
 
 今回の一連の記念号で特集している、内田樹著『下流志向』は働かない若者
の実態を紹介し、その対照的位置に師弟関係を置いています。伝統的な師弟関
係とは比較にならないまでも、飲食店の例や私の経験を振り返ると、ただの職
場の上下関係に留まらないつながりが、下流志向の若者たちを変える可能性を
持っているような気がしてなりません。
=================================
2 築き上げられる関係

 私は今年2月から3ヵ月間、「市川師匠」の下で、独立してコンサルティン
グの仕事をするための修行をしていました。当初から師弟関係と意識した訳で
はないものの、その関係を説明するには一番合っていると思い、周りの方に市
川を紹介する時には「師匠」という言葉を使っていました。以前にも複数人に
同様な関係で仕事を教えたことのある市川には、この言葉に対して多少の衒い
以上の違和感はなかったようです。
 
 市川に同行して遅めの食事をとりつつ、打ち合わせをしていた店に、市川の
新規クライアント企業の女性幹部が偶然お越しになったことがあります。「い
つも市川さんについて回って、熱心に話を聴いて、よほど市川さんのことがお
好きなんですね。お二人は良い雰囲気に見えますよ」と、恋愛関係を疑うよう
な言葉を頂戴したこともあります。勿論、私は市川をそのように見ていません。
長年のクライアント企業の方は皆ご存知ですが、市川が魅力を感じる女性のタ
イプは特定していて、私はその枠に掠ってさえいないことを知る人は多々居ま
す。ただ、周囲から見てこのように認識せざるを得ないほどに、市川からの
「価値観伝承」のプロセスは緊密な関係性を必要とするものなのかと、考え至
ります。
 
 修行をすると言って、市川の同行を始めてから極端に睡眠時間が減り、毎日
パソコンと書類の荷物を持って朝から晩まで移動して体重が減り、肌や髪がカ
サカサ・ボサボサになることもありました。そんな私を見て、友人や家族は心
配し、「そこまでして修業をする必要なんてあるの?」と、修行そのものを疑
問視することもありました。また、クライアント先でも場合によっては厳しく
私を叱咤する市川を知っている先方の担当者から、「これだけ叱られたり、お
客さんの前で貶されたりしても、それでも市川さんについてくる市場さんだか
らこそ、この師弟関係が成り立つんだなと思いますよ」と、称賛とも何とも判
断のつかない言葉を頂戴したこともあります。
 
 市川自身が「好きで師匠をやってる人なんているのか。弟子がいるから、師
匠が勝手に成立してしまう。それだけなんじゃないか」と言い出したことがあ
ります。それは、「世の中で、自分のことも含めてこれほど師弟関係らしきも
のが珍しくなってしまったのは、師と仰げるような人物が減ったからではない
か」と、私が言ったときのことでした。
「俺がそんな全人格的に尊敬できるような奴である訳がないだろ」と、吐き捨
てるように言っていた市川が妙に記憶に残っています。

 例えば誰かの講演を100人の人が聞き、感銘を受けて、そのうち何人かで
も聴講者が、聞いた教えに則って生きる決意をしたら、その人々はやはり「弟
子」になるでしょう。その時、壇上の話者は勝手に師匠になり、弟子の存在を
知る由もない。それでも師弟関係は成立していると思えなくもありません。

 市川の行きつけのバーのママがこの師弟関係を見て、楽しげに言います。
「市川さんは厳しいけれど教えるのが好きだからね」。私はその意見に納得し
頷きます。確かに、教えるのが好きでなければ、毎日夜中まで叱咤激励のメー
ルをしたり、時間を割いて仕事の進め方から、マーケティングの手法から、果
ては漢字の意味まで教えるという力は湧いてきません。改めて納得する私。し
かし、居合わせた市川は間髪を入れず、「こいつが阿呆なメールとかを送って
くると、どうせやるなら、きっちり自分で納得の行く所まで教えないと気が済
まなくなるだけですよ」とママにぶっきら棒に言うのでした。
 
 師弟関係で重要なのは、越えられない技を持っていることを弟子が認識し、
無限の尊敬を抱いていること。それは、その師の上にさらに続く、技の継承者
全てに対する尊敬でもあると、内田樹氏は説きます。私がなぜ“そこまでして”
市川について修行を行なっていたのか。特別号第一弾にも書いたように、初対
面の私に向かって、今まで聴いたこともない切り口で疑問を解き明かし、私に
衝撃を与えた市川の考えの背景や理論の基を追及したい、人の気持ちに刺さる
ような伝え方の技を得たいという、純粋にそれだけの想いと考えています。
 
 私が弟子として修業をしていますと人に伝えると、「今どき?」「独立して
仕事をするのに修行なんて必要なの?」などの反応が返って来ることがありま
す。その話を聞いた市川は、「いいじゃん。他人が思いも寄らないようなこと
を、やり遂げるのが差別化でしょ」と、決まってヘラヘラ笑うのでした。
=================================
3 その204:互助の始まり =斜陽の樹影(5)=

「市川さんに、もっとウチの仕事をしてもらうにはどうすればよいのですか。
料金レートを引揚げても構わないのですよ」。
 最近、仕事を沢山下さる新規クライアント社長から有難い詰問をされた。既
に同社内の案件は多数。これ以上時間投下しても、受け止める側の社員の頭と
力が飽和に近くなっている。それ以上に、こちらも他の既存クライアントの案
件進行に影響が出るので、受注できない。金の問題ではない。レートを引き揚
げて戴いても、他のクライアントに優先はしない。自分の収入が激減して困窮
した頃に思いを馳せる。

 個人が独立してから倒産廃業する確率の推移を年数単位でグラフにしたもの
を、ビジネス誌編集者の修行時代に見たことがある。無謀な計画の破綻が相次
ぐ一年目。頼りの人脈も失われ、独立時のノウハウも陳腐化する三年目。組織
を大きくしてゆく過程で、自立的に動く幹部が育たず行き詰まる十年目。そし
て、社会人として、組織人として衰えを悟り、後継者がいないままに終わり易
い三十年目。一と三の繰り返しで覚え易いそのデータに強く頷いた覚えがある。
 
 数年後、独立三年目が過ぎようとしていた頃、売上の六割を占めていた独立
当初からのクライアント企業の親会社の経営が大きく傾き、子会社のその会社
も事業構造を急遽大きく見直すこととなった。二ヵ月後の契約終了が申し渡さ
れる。人脈商売で独立の気概もなく頼まれるままに仕事をしていた状態で、す
ぐに増やせる仕事もない。何らの策も講じることができないままに二ヶ月が過
ぎ去った。上京の飛行機代とホテル代を支払うだけで、生活費は貯金を削る状
態が三ヶ月続く。
 
 自分の不徳の致す所で、上京さえ叶わなくなる日が近づいていると、案件中
止のお願いを、残ったクライアント企業二社の社長に各々報告した。一社の社
長が、折角始まった自社の変革の芽をそんなことで摘んでしまう訳には行かな
いと、いきなり料金の五割増を決めた。もう一社も、お客さえ増えればよいの
ですねと、顧客開拓に奔走を始めて下さった。そのような大事なクライアント
を金の多寡で量ることは絶対にできないと思っている。
 
 名著『下流志向』を読み進めると、リスクヘッジは丁半博打で丁半両方に同
時に賭けるようなもので、信用できるパートナーが必須とあった。収賄で捕ま
る人々の事例まで挙げて、「財産隠し」を他人の名義でする以上、信頼できる
他人が必要であると説く。リスク社会で生き延びることができるのは、それを
集団目標に掲げる相互扶助的な集団に属する人々のみであると。
 
 自分は相互扶助的な集団に属しているのか、自分がそれを形成しつつあるの
か。今尚分からないが、クライアントはその存在自体ではなく、その関係性こ
そが財産であると確信はしている。
=================================
4 200話までの道のりを振り返る?今立つ場所?

 ソリアズの111話から150話までを振り返ると、経営者の視点で企業を
見た結果、その文章には相対的に経営ネタやマーケティングネタが増え、市川
の経営全体を捉え、その本質に近づこうとする姿勢が垣間見えます。その後、
現在の仕事である“業務系対人コミュニケーション企画請負業者”として、企
業や組織の内部に入りこみ、人や組織の観察をじっくりと重ねて企画を練ると
いう経験を積んでいくうち、市川の中に、外部環境や内部資源の制約の下で動
く企業や組織の情報が蓄積されていきます。
 
 その過程で市川の中に形成されたのは、結局、立場や経歴は違えども人も企
業組織も本質は同じだという単純明快な原則のようです。この環境下ではこの
組織はこう変化するだろう。この人ならこんな考え方をして、こういう行動を
するであろう。仕事の上での判断がパターン化されていきます。

「読み」の精度が高ければ高いほどに、それ以外の解は存在しにくく、市川自
身が自縄自縛の状態に陥って行きます。クライアント企業の経営者が望む状態
の実現には、多くの犠牲が必要であることが分かり、それが無理である限り、
組織が変わらないことも読める。市川の多少の慢心も原因にあるでしょう。し
かし、仮にそのような「読み」が成立するなら、仕事の面白さが削がれるのが
必然です。今に至るソリアズにも、そう解釈すべき、市川が抱いている或る種
の無力感や虚無感が滲み出ている号が散見され始めます。一方で、その「読み」
は、経営者に流行の経営風潮、世の中の人が楽しいと言っていることに、市川
の言葉で言うなら「本当かよ」と言う、懐疑を持つことにも繋がります。ソリ
アズの文章にも或る種の厭世観のようなものが感じられることがあります。

 151話から200話を振り返ると、それまでの企業の経営者としての立ち
位置が徐々に変化して、世の中全体を冷静に見つめた、突き放したようにすら
感じられる文章が増えてきます。実際、読者の方々からも、文章が冷たい印象
になったという感想を戴くこともあるそうです。幾つか事例を見てみましょう。
 
第169話 『ヘイスタック・ネイル』
 経営課題を分析し、それに対する方策を施すこと。こんな当り前に感じられ
ることにさえ、懐疑の目が向けられています。経営課題が山積する中小零細企
業であるなら、どのような方策であろうと、何なりかの成果は生む可能性が高
いとの「暴論」が展開されます。
 http://tales.msi-group.org/?p=223&page=2
 
第182話 『花瓶の配達』
 市川自身のサービスに対する弱音とも取れる内容が珍しく展開します。「読
み」はパターン化しても、企業ごとの処方箋自体はバラバラです。自分が「あ
るべき」と考える処方箋に従って自分の役割のスイッチを、クライアント各社
を順次訪問する毎に、切替えることへの疲弊らしき文脈が存在する号です。
 http://tales.msi-group.org/?p=236&page=2
 
第191話 『猟師の常識』
 市川が愛読する小泉八雲の作品から二度目の引用ですが、前回の『かけひき』
(第62話『情熱の用途』)の引用とは異なり、自身の仕事の社会的意義を問
うものとして『常識』と言う短編を用いています。
「猟師は自らの生業故に、御仏を見ることも叶わず、悟り清らかな生活を送る
ことはないことを知っている。それでも、猟師は獣の命をひたすらに奪い続け
る。その生業が人様から求められ、そして自らを生かしていると知っているか
らである」
の文章を練りに練ったと市川は述懐していました。
 http://tales.msi-group.org/?p=246&page=2
 
 冷静な洞察は読者の皆様からの支持を頂戴することにも繋がり、市川による
と、
第171話 『砂山の運搬』
 http://tales.msi-group.org/?p=225&page=2
第180話 『短命の設計』
 http://tales.msi-group.org/?p=234&page=2
第184話 『正しい努力』
 http://tales.msi-group.org/?p=238&page=2

などは、クライアント訪問時のみならず、メールなどでも多くの好評を頂戴し
たとのことです。こうして、ソリアズは冷徹な洞察を徐々に獲得しながら現在
に至りました。今回の200話記念号は、その冷徹な視線が『下流志向』とい
う巨大なテーマに行き当たった結果であると解釈できます。
 
 次回は今回のソリアズ200話記念号のタイトルにもある『斜陽の樹影』の
謎解きも含めて、ソリアズの振り返り最終回として、含蓄のあるタイトルから、
200話までの歩みを振り返ってみたいと思います。
=================================
5 あとがき  (市川正人)

「弟子募集」と言う話を親しい人々に言っても、ここ数年のソリアズの展開な
どを知っている方が増えたせいか、「なんだそりゃ」と問われることは減りま
した。なぜ、そのようなことをするのかと言えば、一つは、単純に「社員を雇
っていないのだから、その代わりに」ということです。

 あとは、第61話『燃え盛る松明』でも紹介されている通り、お世話になっ
た人との約束が、弟子との関係性の発生を許容する直接の理由であるのも本当
です。それ以前に、第88話『欠落した遺伝子』にも書かれている通り、色々
な師と目せる人々からお世話になった分の何らかの還元をしなくてはと言う意
識も僅かにはあります。
 
 そして、クライアント企業の社長から「おまえ、自分も人を育てていないの
に、よくそんだけ相手に「人を育てましょう」とか力説できるな」と呆れられ
ることが多いので、やるなら中途半端なことなくと言うのも、市場真理子が
「師弟関係」が厳しいとことさら認識する理由かもしれません。
※クライアント企業のビジネスモデルによっては、人材育成を真っ向否定して
いることもあります。弊社の処方箋はクライアント次第です。為念。
 
 市場真理子の作成する文章が、過去のソリアズに映し出される私の変化や、
彼女との「師弟関係」を暴いていくに連れ、苦笑しながら、あとがきは何にし
ようと考えています。
 
 名著『下流志向』のインパクトは大きく、ソリアズと言う枠に流し込んでみ
たら6話分になってしまった経緯を以前お話致しました。その特別号の企画を
任せてみたら、市場真理子が、その内容の中でも「師弟関係」ばかりに着目す
るのには、当初辟易気味でした。しかし、今号も含めて5号分を読み返してみ
ると、悪くない着目点と認めざるを得ません。今回の号に描かれる私と彼女の
師弟関係を周囲で観察している人々の違和感は余程のものであったのか、それ
が彼女の「師弟関係」考察の強烈な動機になっているのなら、面白いと思いま
す。最終号の第六弾まで、テーマを維持すると彼女は言っていますが、これほ
どに「師弟関係」を彼女が執拗に穿り返してくれたことに、感謝したいと思い
ます。
 

参考:
ソリアズ第61話 『燃え盛る松明』
 http://tales.msi-group.org/?p=109&page=2
ソリアズ第88話 『欠落した遺伝子』
 http://tales.msi-group.org/?p=138&page=2

=================================
発行:「企業から人へのコミュニケーションを企画する」
 合資会社MSIグループ(代表 市川正人)
下のアドレスにご意見・ご感想を頂ければ幸いです。
 bizcom@msi-group.org
このメールマガジンは、
インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を利用して
 発行しています。
 (http://www.mag2.com/ ) 
毎月10日・25日発行 盆暮れ年始、一切休まず 9年目。
そしてとうとう200話突破!

マガジンID:0000019921 (ナント、たった5ケタ)
★全バックナンバーはまぐまぐのサイトで掲示されております。
 http://blog.mag2.com/m/log/0000019921
★弊社代表のコラムが色々満載。
 ソリアズのバックナンバーも各号の全文が読める新設ブログ。
 http://tales.msi-group.org/
★検索機能が便利。機能性を活かしたバックナンバー・サーフィンならこちら。
 http://cyblog.jp/saf-list.php
★講読の登録・解除はこちらのURLでお願いします。
 http://www.msi-group.org/SAF-index.html
=================================
6 次号予告
 200話記念号連続6回シリーズ連載の最終回となります次号では、今号に
引き続き、コラム 『斜陽の樹影』シリーズ第6話『変態の約束』をお送りし
ます。大学のシラバス作成という、学生との「契約」を通じて、「学び」の結
果を約束させる高等教育の在り方に疑問を投げかけ、「学び」の本質を考えま
す。
 また、私、市場の下流志向の考察では、アメリカ下層社会の教育現場での取
組みに着目します。下流志向が極端に進行したと考えられるアメリカの或る学
校で、生徒達を変えたものは何だったのか。その過程から下流志向対策を考察
してみたいと思います。
 ソリアズ200話までの歩みを振り返る企画では、今までのソリアズのタイ
トルを振り返り、市場が独断と偏見で、含蓄のあるタイトルをご紹介致します。
読者の皆さまは毎号のタイトルの意味はすでに理解していらっしゃる方も多い
と思いますが、毎回タイトルの真意の読み取りに苦戦し、玉砕を続けている私
の、発見の喜びの大きかったタイトルを選んで、込められた意味や想いをご紹
介致します。過去の号を思い出しつつ、どうぞお楽しみください。

(完)