202 危険手当 =斜陽の樹影= 200話発行記念特別号 第三弾

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経営コラム SOLID AS FAITH 第200話発行記念特別号 第三弾
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目次
1 ご挨拶
2 市場コラム『不可聴和音』
3 202話 『危険手当』 =斜陽の樹影(3)=
4 200話までの道のりを振り返る?始動の時代?
5 あとがき (市川正人)
6 次号予告
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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの上
お読みになることを、心よりお勧め申し上げます。
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1 ご挨拶

 みなさまこんにちは。ソリアズ200話記念号、全6回シリーズの第三弾を
お届け致します。

 小学校に勤めている知人から、授業中の生徒の様子を聞き、愕然とした事が
あります。ほとんど席に座っていることがない低学年の男の子。日常的に服を
脱ぎ、裸で教室を渡り歩く低学年の女の子。先生に対して暴力をふるい続ける
女の子。自分たちが通っていた「学校」というものと同じ見方はしない方がい
いと、彼女は憔悴して言います。何より、先生達が彼女同様疲労困憊し、教師
同士の人間関係にも悪影響が出ている現場も多いそうです。
 
 今回のソリアズ200話記念号では、内田樹著『下流志向』をテーマとして
取り上げています。学ばない子供たち、働かない若者たちというサブタイトル
から、子供や若者の姿のみを捉えているようですが、同著は子供や若者を取り
巻く学校、職場、家庭、社会という環境にも焦点を当てて分析を試みています。
多面的な検証を行なう『下流志向』を基に、今号でも下流志向についてコラム
をまとめてみました。市川によるコラム『経営コラム SOLID AS FAITH』と、
提携事業者である私、市場によるコラムの2本立てです。どうぞ最後までお楽
しみください。
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2 市場コラム『不可聴和音』

 日本の教育現場が荒廃しているといわれます。ずいぶん前からメディア、教
育の現場、社会全体から声が上がっているのに、国として一向に明快な改善策
は提示されていないという声もよく聞かれるところです。『下流志向』では著
者内田樹氏も、学ばない子供たちの現状を取り上げ、打開策のヒントとして師
弟関係をあげています。200話記念号の第三弾では、その師弟関係に焦点を
当て、学ばない子供と称される学生が集う教育現場の中で、師弟関係がどのよ
うに作用するか、考えてみたいと思います。どうぞお楽しみください。

『不可聴和音』

 私の叔父はオーボエ奏者で、中学、高校、大学、市民楽団で音楽を教える教
師でもあります。先日、叔父が20年近く前に教えていた、東京の中学校吹奏
楽部の年に一度の集まりに、私も参加させてもらいました。今はすっかり大人
になった生徒たちは、当時に戻ったかのようにはしゃぎ、当時の様子や、誰か
の失敗談、コンクールの思い出などを語り、お酒も入っていよいよ笑い声も高
まる一方。ここいらでちょっと叔父の武勇談なども聞いてみようと叔父の教師
ぶりについて質問すると、いやいや、それは恐ろしかった。運動部以上に厳し
い部活だったからね。朝練にはじまって1日7?8時間は練習してたよ。との
こと。生徒に説教するときは、授業中でも床にべたっとあぐらをかき、納得い
くまで話続ける。学生だからと一切妥協せず、求める音を追及し続ける。そん
な話を、辛かった思い出話として、笑いと共に語ってくれました。

 私の知っている叔父は、優しくて、面白くて、何より芸術家気取りで気前の
いいおじさん。演奏家としてはストイックな面があると、母から聞いていたま
したが、今回初めて、教師としての一面を知る事になりました。

 叔父の生徒の中には、音楽の道に進んだ方も多く、プロの音楽家や音楽評論
家の方もいらっしゃいました。そしてその道を選ばずとも、20年間変わらず
集まり続け、音楽を愛してやまない人たち。得もいわれぬ強い絆のようなもの
を目の当たりにし、思わず私は叔父にどんな思いで教えていたのかを聞いてみ
ました。すると、どの生徒にも感謝して教えているという意外な答えが返って
きます。教師として全力で向き合ったから、生徒も全力でぶつかってきてくれ
た。それは、現在教えている学生達に関しても同じこと。感謝する人がどんど
ん増える仕事だね。いつもの優しい笑顔で答えてくれました。
 
 私が大好きな落語の世界でも、様々な師弟関係があるようです。中には、弟
子がひたすら師匠の身の回りの雑用をこなし、その間に師匠の技を聞き覚え、
一人で練習を積み、師匠に自分の噺を聞いてもらえるのは2週間に1度きり。
その際も、禅問答のようなアドバイスが与えられ、弟子は頭を悩ませ七転八倒
するような思いで修業を積むことがあるといいます。その間、弟子の心の中で
は自分がなぜ落語を選んだのか、自分だったら師匠の噺をどうやって話すかと
いう想いがふつふつと煮えたぎり、それを溜めに溜めて、いざ高座にあがると、
一気に想いを昇華させ、自分ならではの技が開花していくのです。そして、そ
れは時に師匠の技とも全く違う、独自の芸となって現われることもあるのだと
いいます。

 叔父は還暦をとうに過ぎた現在も学生たちに対峙し、昔と変わらず厳しく、
全力で教え、コンクールで成績を残し続けています。皆の心を1つにしなけれ
ばできない音楽。そこに到達するのに、毎年異なる生徒、異なるレベルの対象
に教える事に、違いはないのだろうか。叔父に聞かなければと顔を上げると、
かつての生徒たちと、時間を共有したものしか分かち合えない満ち足りた笑い
が私を押し黙らせたのでした。
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3 その202:危険手当 =斜陽の樹影(3)=

 ファンド会社の知り合いに、人材ビジネスへの投資の意義を尋ねられた。
「業界のプレーヤーの浮き沈み激しいじゃない。ヒトは経営資源の中で、最も
ハイリスクだからだと思うんだよね。気分とかくだらないことで、パフォーマ
ンスは変わるし、いつ辞めるか分かったもんじゃないし。機械と違って取説は
ないし。金と違って低利でも勝手に増えるとか言う方法はないし。ただ、ロー
リスクには投資の旨みがない訳でしょ。じゃあ、ローリスク・ローリターンじ
ゃなくて、ハイリスクでハイリターンをってことなんだろうから、原理的には
良い投資先っちゅうことだよね。ただ、現状の業界は、リスクをとる人ばっか
に見えるけどねぇ」などと投げやりに応える。

 クライアント企業の社員に対して人材育成の有意性を説く時にも同じような
説明をする。
「ローリスクな仕事だと誰でもやるから、誰も高い報酬払ってくれないよね。
ローリターンな訳だ。じゃあ、ハイリスクはいつもハイリターンになるかな。
リスクって危なそうじゃん。例えば、ダイナマイト扱う作業あるよね。リスク
高そうじゃん。ハイリターンの報酬にあり付けるのは、ちゃんと扱える人だけ
だよね。素人がハイリターンだからって、火のついたダイナマイト持ってると、
そりゃドリフのギャグみたいには終わらないわな。じゃあさ、さっき説明した
けど、ヒトは訳分かんないことが簡単に起きるリスクの高い素材だとするじゃ
ん。それをきちんと扱える会社は、どうなるってことよ」。と言って、よだれ
を拭うしぐさをすると、皆にやりと笑う。

 読むたびに気付きのある名著『下流志向』では、リスク社会を「努力と成果
の相関が不確実な社会」と位置づけている。リスクをとるとは「見通し不確定
な冒険的計画に踏み出すこと」であり、リスク社会において最も重要なのは、
できるだけ巧みにリスクをヘッジすること、つまり、損失を出さないことだと
言う。リスク社会で生じる不利益を厚く負うことになっているのは、リスク社
会を認め、努力してもしかたがないと思っている人々で、あたかもそこがリス
ク社会でないかのように振舞う人々は、リスクをヘッジできている人々である
と。この記述に読み至ると、つい何度も反芻してしまう。

「だからさ、ダイナマイト扱うみたいに部下や後輩を扱おうや。どんな条件が
揃うと爆発するのかとか、普段はどういう風に保管するのがいいのかとか、徹
底的に勉強しなきゃ話にならんじゃん。それで、万が一爆発しても被害を最小
限に食い止める方法とか対策は、そりゃ、打つに良いだけ打つでしょ、普通。
でさ、それを毎日緊張してやってたら、参っちゃうから、ある程度はマニュア
ル化したり練習したりして、当り前にできるようになるってことにならないと
駄目だよね。でも、どうせ会社はどこもダイナマイトだらけなんだから、自分
達だって失敗はあるかもよ。それでも、勉強して、対策打って、当り前に実行
できる会社と、そうじゃない会社があったら、どっちが勝つか見えてるじゃん」。

 快勝は追わない。地味だが負けが込まない方法を見つけるのに、才能は余り
要らないと私は思っている。誰もが努力すれば勝てるからこその面白さを伝え
る仕事が増えている。
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4 200話までの道のりを振り返る?始動の時代?

 ソリアズの発行がスタートして第1話から第70話くらいまで、市川の中で
芽生え始めた独自の中小企業論はまだ確信には至らず、どうやら、世の中に数
あるビジネス書にある企業論は大手向けであり、世の中の多くの会社の現実と
は異なっているのかもしれないと気付き始めた時代でした。

 その後、第71話から第110話までを振り返ると、『商工にっぽん』編集
者時代に感じていた中小企業論が、人材紹介会社の契約社員として勤務した経
験を基に、確信へと変わっていく過程がわかります。中でもこの時期のソリア
ズで特筆すべき点は、人材紹介会社で多くの「人」を商品として扱った経験か
ら、企業を「人」という切り口で観察するようになったことでした。

 人材紹介会社で市川は、人材を仕入れてきて、各人のキャリアに値段をつけ、
企業の求人条件にマッチングさせて売るという一連の業務に携わっていました。
その中で、語弊を怖れずに言えば、人を売り買いするという考えは倫理的によ
くないとはいえ、「オーナー経営者から見て、機械を導入する際に値段や性能
といった条件で選ぶことと、履歴書から価値を見出して人材を調達することは
似ている」と考えるようになります。

 その反面、会社の事業展開や改善を目的に行う機械の購入と違って、人材の
調達は、多くの場合、企業が単純なマンパワーの不足に対応して求人を出すた
め、企業は自社の課題解決のための本質的な求人ニーズに気づいていません。
本来ならば、そこで人材紹介業者が、クライアント企業の方向性に合わせて、
人材ニーズを掘り起こし、見合った人を調達するべきなのですが、「履歴書運
び屋」と揶揄されることの多いこの業界では、求人スペックに合わせて、人材
を当て込んでいくという作業をしているに過ぎないという現実にも気付きはじ
めます。
 
 この経験を通して、市川は人材の質が企業にどう作用するかという観察をす
るようになり、次第に人から透かして見る企業観が醸成されていったのです。
その視点が反映されている特徴的な号を以下にご紹介します。

第73話『人の集う場所』
 企業のイメージやブランドに惹かれて就職を希望する人がいる。大手企業は、
汗を惜しんで安寧を求める人々に門戸を開いた結果、人の面から鈍化していく。
企業のブランドとは、長く苦しい過程を経て創り上げられるものであり、本来
企業が欲するべきは、その過程こそ仕事であるとして働ける人材なのではない
かと問いかける。
 http://tales.msi-group.org/?p=123&page=2

第79話『生活企画』
 あるアルバイトの斡旋会社では、携帯メールで仕事の紹介と同時に、稼いだ
金の遣い道まで案内している。自分の生活まで組み立ててもらう仕組みに、大
手企業の職すら捨てて群がる人々。がっちりとアルバイトをつなぎとめ、急な
案件にも迅速に対応することが強みの斡旋会社。一般の動機づけ理論とは別の
方向から、ライフプランまで他人に依存する人々の「労働力」と「支払った賃
金」を回収し続けるサイクルを提示した一話。
 http://tales.msi-group.org/?p=129&page=2

第89話『雲霞への対処』=智への分配(1)=
 戦後の頃と違い、自分の人生を過ごす選択肢が随分と増えた。それに従い、
選択肢が多すぎるという不幸に耐えきれないのか、検討もせずに、企業の面接
に夢遊病患者のように押し寄せる人々がいる。それら「選択肢過多による不幸」
を負う人々への対応として、無言で不採用にするのか、本人に現実を伝えるべ
きか、採用して教育すべきか、いずれにせよ、企業が新たなコストを負担する
時代になっている。
 http://tales.msi-group.org/?p=139&page=2

 実際、この時代のソリアズを市川が振り返っても、1話ずつ書きあげて世に
送り出したあと、4?5話連続して振り返ってみると、内容が人材ネタばかり
であることに気づき、反省したこともあるそうです。その後、市川は人材紹介
業から離れて、自ら事業を行うようになった環境の変化に伴い、人という切り
口から企業を見る視点は、次第に企業側から人を見るという視点に変化してい
きます。同時に、ソリアズにも人材、経営、マーケティングのネタが交互に並
ぶようになり、「企業と人との付き合い方」という新たな視点を蓄積していく
時代へと変化していきます。
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5 あとがき  (市川正人)

 6月の二回目の発行号である今号が皆様のお手許に届く頃、既に今年の半分
が終わろうとしています。光陰矢の如しとはよく言ったもので、歳を経るとそ
の速さは増すばかりです。200回突破の記念特別号のシリーズも、今回で前
半を終え、いよいよ次回からは後半に突入します。

 ソリアズの原稿は、まず一旦メモ書きで一話毎の構成がまとめられ、見返し
ては手を入れるうちに数ヶ月が過ぎます。その後、その構成に従って、文章を
実際に作成します。作成された原稿も常時10程度はストックがありますので、
それから約半年寝かされ、読み返す都度、何らかの推敲が為されます。名著
『下流志向』を初めて手にしたのは既に一年以上前。新宿通り沿いの紀伊国屋
の壁に取り付けられた巨大な垂れ幕に、大きな文字で『下流志向』と書かれて
いたのが、印象的でした。
 
 日々の企画作業に根底からの見直しを迫るような「説」が力強く展開されて
いる内容に惹き込まれ、そのときに考えたことが、ソリアズの原稿の形で結実
していきました。当初、シリーズ化の予定はありませんでしたが、読み込むう
ちに、書けることがどんどん増え、シリーズ化を決断し、さらにそれが未曾有
の6話連続シリーズにまで膨れ上がるのに時間は掛かりませんでした。
 
 4話目か5話目を書いた頃、200話到達まで10話を切る段階に達しまし
た。そこで、200話発行記念特別号の核の部分を、この長編シリーズで構成
してみようと考え始めました。特別号への採用はおろか、シリーズ化の想定さ
えない状態で、原稿をポツリポツリと書き始めた頃からなら、一年越しの企画
です。100の話を発行するのに必要な期間は四年余。そのうち約25%を費
やして200話の記念特別号の発行準備をしたことになります。
 
 良い仕事は段取り八分と言います。八分が一年なら実践の二分は三ヶ月と言
うことになりますが、まさに6話連続シリーズは三ヶ月間かけて発行され続け
ることとなりました。4年に一度の特別企画ですので、やはりこの程度のスパ
ンの時間を必要としたのだなと、6話に渡る長編シリーズの折り返し地点に立
ってみて、独り納得しています。
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発行:「企業から人へのコミュニケーションを企画する」
 合資会社MSIグループ(代表 市川正人)
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そしてとうとう200話突破!

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6 次号予告
 今号に引き続き、コラム『斜陽の樹影』シリーズ第4話『動物の覚悟』をお
送りします。この号で題材として扱われているのは、元弟子である私です。私
の修行に照らし合わせ、下流志向の人々と、それを収奪する人々の間でビジネ
スを展開していくことの覚悟を問うたコラムです。
 また、私、市場の下流志向の考察では、今号で取り上げました“師弟関係に
ついて考える”の続編としまして、私自身の師弟関係、つまり、市川の下での
修行を振り返り、泣き言を体験風に書き連ねてみました。独立すると勇んで飛
び込んだ無謀な私に、一体どんな修行が待っていたのか。よく尋ねられる質問
への答えをまとめてみました。
 また、ソリアズ200話までの歩みを振り返る企画では、自ら事業を行うよ
うになり、経営者として物事を見るようになった市川の中小企業観が、さらに
変化していく様子をご紹介致します。どうぞご期待下さい。
(完)