200 伸びる棒 =斜陽の樹影=  200話発行記念特別号 第一弾

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経営コラム SOLID AS FAITH 第200話発行記念特別号 第一弾
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目次
1 ご挨拶
2 200話記念号について
3 200話 『伸びる棒』 =斜陽の樹影(1)=
4 200話までの道のりを振り返る
5 あとがき (市川正人)
6 次号予告
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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの上
お読みになることを、心よりお勧め申し上げます。
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1 ご挨拶

みなさま初めまして。私は、今年1月に独立事業者として会社を飛び出し、
市川の下に弟子入りして修業を行い、現在は提携事業者として仕事を行なって
おります市場と申します。私自身、初めてソリアズを読んだ日は、その、どこ
にでも見られる日常を切り取る“刃の当て所”と、そこから紡ぎだす“鋭い洞
察”にとても刺激を受けました。

今回、そんな私がなんと、弟子入り後4ヶ月目にして、特集号を担当する事
になりました。
記念すべき200号発行に際し、市川とは異なる私なりの切り口で、皆さま
に全6回シリーズで特集をお届けしたいと思います。最後までどうぞお付き合
いください。
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2 200話記念号について

今回の200話発行記念特別号は、市川が感銘を受けたという、内田樹著
『下流志向』をモチーフに、6回シリーズの構成になっています。そこで私は、
『下流志向』の中でもとりわけ自分にとって身近な題材として、下流志向のア
ンチテーゼの1つと提示されている、師弟関係について皆さまと考察していき
たいと思います。

本書『下流志向』で著者は、最近の学ばない子供や働かない若者の現状を紹
介し、その原因は環境や動機付けの問題よりも、「下流志向」にあると指摘し
ています。子供たちは幼いころから小遣いを手にする事ができ、消費主体とし
て貨幣経済に触れているため、物事を「商品」ととらえ、自分にその用途や有
用性があるかという経済観念で測ってしまう。そのため、学校で学ぶことを、
教育サービスを「購入する」にあたり、授業を黙って聞くという苦痛や不快と
等価交換することと認識している。これが下流志向であり、「学ばない子供」
や「働かない若者」を世の中に送り出す結果につながっているのだという。

実は、私自身、今でこそコンサルタントの仕事をして、下流志向を考察する
などと書いていますが、大学時代はこの等価交換意識の塊のような人間でした。
そこに、人間関係を築いたり、人と時間を共有するという概念はなく、バイト
に明け暮れ、友人を集めて人材紹介まがいの仕事をしていました。そんな日々
の中では、大学で学ぶ(というより学校の席についている)価値が見出せずに
学校には行かず、仕事を紹介する見返りなどで友人に代返を頼み、交友関係も
「必要な人間」としか交友しませんでした。家族の中でもあまり会話をするこ
とがありません。休日は家で何をしてよいか分からず、時間をもて余して漫画
を読んだり、テレビを見て過ごしました。さらに長期の休みになると、多分に
もれず、自分探しと称して、誰も自分の事を知らない環境を求めてバックパッ
クを背負って旅行に飛び出していました。

この「等価交換人間」の私がそのまま働かない若者にならなかったのは、ア
ルバイト先のデパートで、フロアの統括が私の生意気さに興味を持ち、連れま
わして礼儀や仕事の基本を教えてくれた事が大きいと思うのです。「アルバイ
トだから、売れればいいじゃないですか!」と平気で主張する私に、お客様が
つい手に取りたくなる商品の陳列法や、お客様が購買した後にどんな気持ちで
商品の包みを開けるか、どんな生活があってここまで足を運ぶのかを時間を割
いて説明してくださいました。また、夜は部署の飲み会にも連れ回され、料理
の取り分け方や、料理に手をつける順番などを細かく教えられました。後から
振り返ると、このとき嫌々ながらも、バイト先の上司だからと仕方なく言う事
を聞いていた事柄が、社会人になって仕事の上で大きな糧となります。

そしてこれが、まさに師弟関係の入口ではないかと思うのです。『下流志向』
にも記載されていますが、物事を学ぶ前に「なぜ学ぶのか?」「なぜ働くの
か?」と、自分の短いモノサシで得られるものを換算しようとする。このよう
な現代の若者や子供たちは、守破離の「守」の段階、つまり、師匠が弟子に物
事の道理を叩き込む「理由は後にして、とにかくやってみろ!」と、いう経験
なしに育ってきていることが大きな分かれ道となっているのではないかと思え
てなりません。

もし私が大学時代にデパートでアルバイトをせずにいたら・・・こう考える
と、改めてデパートの師匠に感謝せずにはいられません。
それでは、市川による下流志向考察『斜陽の樹影』シリーズ第1回をお楽し
みください。

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3 その200:伸びる棒 =斜陽の樹影(1)=

渋谷にシュール・レアリズムの絵画展を見に行った。超現実主義の表現が好
きになったのは、絵画からではない。演劇が好きだった中学生の頃、戯曲で読
んだ安部公房原作の『棒になった男』がきっかけである。屋上から落ちた筈の
男が棒になる。それを神様らしき男達が議論すると言う展開が当時の私には衝
撃的だった。原作の『棒』を読んだ。文庫で買うと短編集なので、他の話も読
んでしまう。一気に好きになった。『R62号の発明』、『鉛の卵』、『デンド
ロカカリヤ』、『変形の記録』。貪るように読んで、さらに読み返した。

高校に入り長編にも挑戦したが、やはり短編の凝縮された物語のスピード感
が堪らない。そんな時、風変わりな夏休みの国語の宿題が出た。詩なら4編、
短歌なら…と、選択肢が片手に余るほどに提示されたのだ。その中の「作家研
究」と言う項目に挑戦したのは私だけ。安部公房、それも短編のみにした。電
車を乗り継いで都市部の大きな書店に行き、安部公房論を展開する何冊かの書
籍を買って読んだ。難解すぎたが、繰り返し読むうちに自己流解釈は十分にで
きるようになった。原稿用紙で30枚。ワープロもない時代に手が痛くなるほ
ど書き直して、課題を仕上げた。

夏休み明け一週間後。私の課題だけが返却されていなかった。職員室に行く
と、現国の先生が厳しい顔で口を開いた。
「こんなにのめり込む生徒が出るとは想定していなかった。参考書籍が未消化
な部分も多いが、いい出来なことには間違いない。ただ、安部公房のことは当
分忘れてみろ。いろんなものが吸収できる歳なんだから、もっと色々見てから、
もう一度、安部公房に戻って来れば良い。お前の歳で、安部公房ばかり読み耽
っていることが良いことには思えない。どうしても嫌なら、安部公房をもっと
知るためだと思って、せめて、超現実主義の絵画などを勉強してみろ。多分、
安部公房も違って感じられるようになるだろう」。

感銘を受けた名著『下流志向』には、功利的な若者達の考え方が描かれてい
る。大学で、履修もしないうちから「現代思想を学ぶことの意味は何ですか?」
と問う学生の例が紹介されている。著者はそれを「愛用の三十センチの『もの
さし』で世の中すべてのものを図ろうとしている」ことに例え、「捨て値で未
来を売り払う子どもたち」と評す。大学の私の就労観教育を受講し、アンケー
トに「公務員志望なので、企業組織を舞台にした働き方の講義を受講するなど、
全くムダだった」と書く学生もいる。著者の指摘は共感できる。

初めて見たダリの画集は心に突き刺さった。エルンストもマグリットも画集
を穴の開くほど見た。難解な解説本も読み漁った。中身は殆ど覚えていない。
ただ画集を見る愉しみができ、上京後は絵画展を楽しめるようになった。絵画
史を少しは理解し、大学では審美学を一度取ってみた。芸術の見方が何となく
分かった。読み返す安部公房は痛快になった。

或る物にのめり込む。離れて別の物にのめり込む。前の物が違って感じられ
る。専門家になる必要はないと思っている。ただ、自分が変わり得ることの認
識は手放しに楽しめる。
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4 200話までの道のりを振り返る?ソリアズができるまで?

200話発行に際し、私が最も興味を持った点。それは、これまで足掛け8
年強、月に2回休まずソリアズを発行し、世の中を観察し続け、市川自身の環
境も会社員から独立事業者へと変化してきた中で、物事の見方や考え方に変化
はあったのだろうかという事でした。私はソリアズを昨年から読み始め、時代
をさかのぼる形で一気に読み返した経験があり、言葉にはできませんが、第1
話のころと、現在では物の見方に何らかの違いがあると考えていました。そこ
で、直接市川本人にインタビューし、そこに私の考察を入れて200話までの
道のりを振り返り、市川自身の考え方の変化を探ってみたいと思います。

今回は、ソリアズ第1話が発行されるまでに焦点を当ててみましょう。今ま
でのソリアズでも何度か話題に上っていますが、第1話が発行された頃、市川
は会社員として、中小企業経営者を取材したり、中小企業向けセミナーを企画
し、企画したセミナーでは高名な講師にも中小企業的発想をアドバイスするな
ど、独自の中小企業論ともいうべき考えを持ち、浸透させる立場にありました。
その頃の考え方を、今振り返って一言で言うと、「俺すげー正しかったよ。だ
って、その通りになったもん」とのこと。つまり、その後ソリアズを発行し、
人材紹介会社勤務を経て、自身が零細事業者となり、今まで他人事で話してい
た中身が、そのまま自らの中小企業論の実体験となって迫ってきたわけです。

例えば、独立3年半で売上ががくんと落ちる、経営者の孤独・不安・猜疑心
という気持ちなど、ある意味中小企業経営者オタクで、セミナーでしたり顔で
言っていた事柄が現実となって自分に返ってきたそうです。

こうして見ると、ソリアズ創刊時点と、その後の中小企業観は同じであるも
のの、ソリアズ発行当初は第三者的に論じていた中小企業経営者の“あるべき
姿”がその後発行を重ねていくに従って自身の体験も投影させ切実に語られる
ように変化してきた事が分かります。また同時に、会社員という立場でありな
がら、すでにぶれない中小企業論を持ち得た事が、最初から決まったフォーマ
ットで、一貫してソリアズ的物の見方、書き方を続けてくることができた要因
ではないでしょうか。
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5 あとがき  (市川正人)

今から4年ほど前の春。私はやっと到達したソリアズの100を発行して、
「さて、今後どうしようか」と考え込んでいました。私にとって当時のソリア
ズ発行は、それなりに気合の要る作業でした。登録読者数の上下をグラフにつ
けてみたり、読者からの数少ない感想を何度も読み返したりしていました。も
ともと経営誌の編集部署にいて、そのコラム用に書き溜めたネタの流用と言う
ことから始まったソリアズです。小なりと言えども一つの媒体を世に提示する
責任のようなものを、編集者の如く強く意識していたと思います。

私の元弟子にして、現在は提携事業者(本人は文中でコンサルタントと名乗
っているようですが)となった市場真理子(イチバマリコ)と出会ったのは昨
年晩夏。今年一月の退職と共に独立する予定とは聞いたものの、そのやる気と
は裏腹に、独立計画のあまりの杜撰さに驚かされました。その彼女が今回20
0話記念特別号の企画を練ってくれることになり、ソリアズ発行当初からを振
り返ってみるという記事を作成するといいます。彼女のネタ集めのインタビュ
ーに付き合ううちに、今の自分のソリアズとの付き合い方の「緩さ」に気付か
されました。

ブログ化によって、登録読者数もあまり意識しなくなり、クライアントと対
峙する経験を積むごとに、少なくとも自分の眼前にその事例が存在するという
意味で、書いている内容にも多少の確信が生まれてきました。そのような中で
の200話発行は、100話発行に比べて、心境の変化もさしたる感慨も無く、
ただ自然に私に訪れたように感じられてなりません。ほぼ時を同じくして、巡
りあえた名著をモチーフに書き溜めた6話を皆様にお届けする機会としてみま
した。私の気付きをお楽しみ戴くと共に、市場による第三者目線のソリアズの
経緯の振り返りなどを、お楽しみ戴けましたら幸いです。
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発行:「企業から人へのコミュニケーションを考える」
合資会社MSIグループ(代表 市川正人)
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そしてとうとう200話到達!

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6 次号予告
今号に引き続き、コラム『斜陽の樹影』シリーズ第2話『不愉快な穴』をお
送りします。下流志向の若者は、「自分の知らないこと」を「存在しないこと」
にできるといいます。ある種身勝手ともいえるこの志向に対する処方箋を考え
ました。
また、200話記念号特集記事として、私、市場による、下流志向の行き場
を考察するコラム『手持ちのカード』、そしてソリアズ200話までの歩みを
振り返る企画では、創刊号から70話まで、ソリアズ発行当初の価値観や文章
特性を読み解きます。どうぞご期待下さい。