『SCOOP!』

 雨の水曜日の夜、新宿ピカデリーの夜9時40分の回を観てきました。夜の外気温は11度と急激に冷え込んだ夜でも、水曜日は露骨な性差別全開の「レディースデイ」だと言うことで、ロビーは過半数は女性の入場待ち客で溢れかえっていました。まだまだ、上映回数が二桁(ぱっと見では数えられないので)らしい『君の名は。』は、8月下旬の公開で未だにこの状態ですが、『SCOOP!』の方は10月の上旬に始まって、上映回数が1日2回になっていました。ネットでは、福山雅治を主演据えても、大コケの映画と言う風評ですが、封切から1ヶ月を経てもまだこの回数上映しているのですから、かなりがんばっている方だとは思います。

 上映終了は終電時間少々前。大コケなら随分と観客は少ないのだろうと思いながらシアターに入ると、30人以上は観客がいました。比較的若いカップルが予想以上に多く、性別の構成比は概ね半々ぐらいでした。平均年齢なら女性の方が高かったように思います。女性は一人客で中年ぐらいの感じの数人が平均値を引き上げていました。福山ロスにも感染しなかったファンなのではないかと思えました。

 この作品を観に行くことにしたのは、トレーラーを見て、福山雅治のやさぐれた中年パパラッチ振りが面白そうに思えたこと、そして、まあまあまともな役柄の二階堂ふみをたまには見てみようと思ったことが理由です。

 福山雅治が結婚して女性ファンに見限られたのが大きな理由なのか、大コケの噂はあちこちで見ますが、私はこの映画が楽しめました。何が楽しめたかと言えば、要素としてはたくさんあります。

 まずはパンフの中でも、『FLASH』編集長や『FRIDAY』編集長がコメントで絶賛しているように、週刊誌の編集部のライブ感が非常によく描かれているのです。この業界の人々がしばしば自分達を“文化人”的な特殊な立場にあるように言うことには全く賛同できませんが、私自身も出版社の編集部に身をおいたことがあって、編集部と言う組織には独特の連帯感や熱情が存在するように感じます。邦画なら『クライマーズ・ハイ』や洋画なら『ファッションが教えてくれること』などにも、この独特の空気感は描かれているように思います。

 さらに、福山雅治演じる中年パパラッチの人生観や仕事観にも、私は非常に共感できるものがあります。過去には多少の栄光があり、事件が起こりその名声が消え、その後はダラダラとパパラッチの仕事をこなすカメラマン。キャパに憧れてカメラマンになり、彼が出入し始める古巣の出版社にも彼の腕を知る者はたくさん存在する。それでも、リリー・フランキー演じるヤク中の情報屋との義理と友情の中に生きて、死んでいく職人。そして死の間際のほんの限られた時間の中で、彼の仕事を受け継ぐ人間を偶然にも作り上げることに成功する。

 栄光に近い場所にいながら、それに浴する訳でもない。かと言って、完全な敗者と言う訳でもない。賞賛されるような言動もしない。しかし、確実に仕事をこなし、結果を出す。そして、その死を皆が惜しむ。そんな人物像を旨く屹立させている上質な作品だと思います。その人物像を演じた福山雅治は、パンフに拠れば、無精ヒゲに、パーマ頭、アロハシャツに革ジャンと言う、劇中全く着替えることがなかったように思えるこの格好を、クランクインの1ヶ月も前からずっとしていて、完全に役になりきろうと努力していたと言います。吹石一恵もかなり閉口したものと思います。それぐらい、福山雅治の演技は板についたものでした。

 魅力的なキャラで言うなら、先述のヤク中の情報屋のリリー・フランキーも、殆ど主役級の大活躍で、ボクシングの目の覚めるようなフットワークでチンピラを叩きのめすシーンもあれば、ピンサロで女をまさぐる場面もあれば、酒とヤクに溺れて日常を見失い、娘に会いに元妻の所に行って、激昂して錯乱し殺人に至る。パンフレットに彼も書いている通り、東京になら居そうだと思える、独特のキャラを存在感・リアル感たっぷりに演じきっています。最後のトチ狂って拳銃を振り回し娘を引きずりまわすシーンは妙に長く、その間、止めに入っている福山雅治には死亡フラッグがずっと立ったままなのに、飽きが来ずにハラハラ感が継続するのは、主にリリー・フランキーのなりきり演技の成果に思えます。

『女が眠る時』と『二重生活』あたりがぱっと思い出され、そしてそれらを塗り消して思い至るのが『凶悪』の「先生」でしたが、それをさらに塗り替えるぐらいの印象に残る役柄だったと思います。

 そして、もう一つの魅力は、この二人のキャラが駆け回り這い回る舞台としての東京の街並みが如何にも乾いていて良い感じなのです。この映画には、所謂家族愛的な幸福な人々が見当たりません。パパラッチされる側(芸能人・スポーツ選手・政治家・連続殺人犯など)もパパラッチする側も、孤独に刹那的にこの東京と言う街の中のどこかに棲息場所を見つけて蠢いています。その各々の棲息場所が的確に描かれているのがこの映画の大きな魅力です。

 最初のこの映画を観る動機になった、二階堂ふみの存在は、特に目立った部分がありませんでした。福山雅治との濡れ場もあるものの、『私の男』のように血の雨が降る訳でもなく、少々ねっとりはしていますが、特段のインパクトはありません。福山雅治とリリー・フランキーの名演技で霞んでしまっているようにも思えますが、考えてみると、一応、異常なテンションの業界人が溢れる中のまともな人間の役で、彼女の目を通してストーリーは進んでいくので、存在感があまりないこと自体が名演技なのかもしれません。

 最近、DVDで観た『ヒーロー』・『脳内ポイズンベリー』にも登場していて、私にとっては、『映画 ビリギャル』のお母さん役が印象に残っている吉田羊が、またここでもかなり目立つ役をこなしています。福山雅治の元事実婚相手、そして今は彼に再度のチャンスを投げる有力副編集長です。編集室の場の雰囲気は、殆ど彼女によって成立していると見て間違いありません。これまた安定感のある演技です。この作品の上映前のトレーラーでは、『ボクの妻と結婚してください。』でも、事実上主役級で、テレビ番組も主役級を同時並行で二本やっているらしく、体調を壊し降板騒ぎになるのも無理はないという風に感じました。嫌いでは全くありませんが、なぜここまで彼女に人気が集中しているのかが私には分かりません。

 一つ、意外だった私にとっての魅力は、動く石川恋です。石川恋は自分の役で登場しているのです。『映画 ビリギャル』の原作本のカバーや幾つかのグラビアで見たことはありましたが、チラリと見たことのあるネット動画か何か以外で、動く石川恋(と言っても、その場に立ってポーズをとるだけの、グラビア撮影シーンだけなのですが)は初めてでした。短いシーンですが、やはり目ヂカラがありました。

 福山雅治を擁した割に、大コケムードとあちこちで耳にする作品でしたし、実際の客入りも芳しいものではありませんでしたが、私には、目立つ嫌な部分がなく、「おおーっ」と感激する部分はなくても、東京の業界人の生態が妙にリアルに描写された快作でした。DVDは買いです。