598 燃えつきた地図

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経営コラム SOLID AS FAITH 第598号
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 ご愛読ありがとうございます。第598話をお届けします。

 とうとう本年最後の号になりました。本年もご愛読を賜ったあなたに心よ
り御礼申し上げます。年の瀬はいつもの如く倒産や廃業が多発する時期です。
最近は「あきらめ型休廃業」も増加して、年の瀬を待たずに傾向は顕著でし
た。

 当たり前にビジネスを継続すれば、同業他社が諦め手放した市場が向こう
から転がり込んできます。当たり前に継続するために当たり前のことをする。
そんなことがモノを言う世の中になりました。そのテーマは来年第一号の第
599話『試運転不足』に譲り、本年最後の今号では『燃えつきた地図』と題
して、中小零細企業の後継者不足の実情を描いてみたいと思います。
 
 第590話『稼業と家業』では夫婦二人の経営者の人間関係を描きましたが、
その夫婦の子供による事業承継に着目したのが今回です。FIREという言葉が
世の中に出回ってから既に数年を経ています。大きな蓄財をしてその運用利
益などの不労所得で生計を立てる状況を目指すことを指しています。将来に
対する不安や単純に働く意義を見いだせないなど理由はさまざまだと思われ
ますが、若者の間でFIREに走るケースが多いようです。
 
 起業をするのなら、中小零細企業を数百万で買収した方が良いとの言説が
話題になったことがあります。今や話題のブームではなく現実にそれなりの
頻度で起きることになったように思えます。それであれば、買収などせず、
家業である事業を継承して、さらに「オーナー経営者」の立場から「経営者」
の割合を減らして行けば、結果的にFIREはかなり容易に達成できることでし
ょう。
 
 そんな人生の選択肢を我が子に教えることもなく、今時「いい大学」に行
かせるために「いい高校」・「いい塾」に行かせる中小零細企業のオーナー
経営者を散見します。もしあなたがそういったオーナー経営者であったり、
そういうオーナー経営者の下で働いていたりするのなら、是非本文をお読み
になってご一考になってみてください。タイトルの『燃えつきた地図』は特
に内容的に関連がある訳ではありませんが安部公房の名作から取ったタイト
ルです。ご意見・ご感想をお待ちしております。頂戴したご感想などへのお
返事の目標納期は5営業日!!

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その598:燃えつきた地図

「え。『そんな心配は取り敢えず要らない。お前にはまずじっくり検討すべ
き選択肢がある』と断言してしまえばいいんじゃないですか」。
 私が真顔で言うと、その経営者夫婦は私の意図を汲みかねて唖然としてい
た。彼らの二人の息子は高校三年生と中学校三年生。両者が遅ればせながら
進路を考える時期になったと、打ち合わせの後の雑談の中で夫婦が話し出す。
大学進学は大前提として、その後何になるかを大雑把にでも決めてから大学
進学について考えるべきだろうと、彼らは考えている。札幌近郊の私大で職
業について私が教えていたと知っていて、この話題を持ち出した。
 
 若者は何やら不安なのだそうだ。年金は当てにならず、会社に勤めてもブ
ラックな職場でハラスメントに耐えつつ搾取される。結婚どころか恋愛でさ
えタイパが悪い上に、交際は常に諍いのリスクを孕んでいる。せめて成り行
きでセックスぐらいと思っていたら、同意をきちんと取らねば訴えられると
脅される。だから、一人で何もしないでいても食っていける立場にまずなる
ことが大事だとFIREに走る者も多いという。
 
 FIREの方法論はネットでも雑誌でもよく紹介されている。まずは「億り人」
にならねば、運用の収益で最低ラインの年収を実現できない。あり得ないよ
うな貧乏長屋やシェアハウスに暮らして、掛け持ちバイトに精を出し、全て
を擲っても資金を早々に貯めるのは至難の業だ。そこで或る程度働き続ける
ことにしなくては無理だと悟り、「コーストFIRE」だの「サイドFIRE」だの
で妥協する者も続出する。借金をしてアパートを買う者も居る。
 
 事業には資産が居る。その資産の額はB/Sにしっかり書き込まれている。
だから事業を進めれば利益が生まれ、収入が生まれる。独立起業するなら、
300万円でプチ会社買収をしたら良いと説く書籍もある。社員を育てオー
ナー経営者から限りなくオーナー専従に寄って行けば、それは資産家であり、
FIREなど意識しないうちに達成できるのではないか。
 
 件の経営者夫婦は50代前半。彼らが引退するのにあと20年掛からないだろ
う。成り行きに任せておけば、彼らの会社の株は息子達に相続される。その
時、30歳ぐらいの社会人の息子達はいきなり「FIRE達成。やったラッキー」
と狂喜するだろうか。かなり怪しい。
 
 中小零細企業の後継者不足問題の背景にはVUCAの経営環境の時代に自分自
身がついていけなくなって、「子供達にはこの苦労をさせたくない」と廃業
を決める経営者が増えたことも多く、通称武漢ウイルス禍後の「諦め倒産」
はその典型とも聞く。諦めたのなら致し方ないが、世の若者が望んでもなか
なか手に入れられないFIREらしき状態を、承継を通して実現する眼前にある
キャリアの選択肢として子供に示すのも悪くない。

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次号予告:
 第599話 『試運転不足』 (1月10日発行)
 中小零細企業の経営破綻は全く予測不能な外的要因でいきなり起こること
は少なく、元々経営上の定石を実践していないためという説があります。な
ぜ定石が実践されない中小零細企業が多いのか考えてみました。

(完)