『亜人 -衝動-』

 封切から丸々二週間がすでに過ぎた日曜日の晩、夜9時30分からの回を、歌舞伎町のコマ劇跡で観て来ました。コミックではとても気に入っていて、新巻が出るのを心待ちにしている状態ですが、映画を観に来るべきかどうかは、かなり迷っていました。逡巡の最大の理由は、私が大嫌いな“限定●週間公開 複数部作”の設定にあります。

 特に嫌な思いをしたのは、『空の境界』です。5作も6作も連続するのに、都内でもほんの数館でしか公開せず、おまけに、1、2週間の公開でした。混雑状況がツイッターで流れていたらしいのですが、ツイッターをやっていない人間は、数少ない上映館に通っては満席で入場をはねつけられることの連続になります。無駄な時間を何度も積み重ねさせて、終いには短い期間の終了と言うことになる、全くユーザー目線を無視した許せないやり口だと思っています。たまさか、第一作目の段階から見られなかったからよかったようなものの、これで、数作見た後に一作見られないなどの状況になったら目も当てられません。この『空の境界』体験以降、この手のアニメ作品の公開パターンは、苛立たしい思いをさせられるリスクを回避し、端っからDVDで観ることも検討しなくてはと思っています。

 同様の状態になったのは、『攻殻機動隊』のARISEシリーズですが、これは第一作の『攻殻機動隊 ARISE border:1 Ghost Pain』を観て、余りの草薙素子のイメージの改悪に吐き気がするほどだった上に、たった一時間もないような作品にして、徒にシリーズを長くする意図が見え見えで、げんなり来たので、二作目以降を観る必要が全くなく、逆に被害が拡大することはありませんでした。

『亜人 -衝動-』は、「限定二週間公開 三部作」で、以前このマルチプレックスのロビーでトレーラーを観た時に、その完成度の高さを理解していた作品です。そうであればあるほど、三部作をコンプリートできなかった時の苛立ちは想像に余りあるものがあります。かなり迷っていました。それでも観に行くことにしたのは、トレーラーで観た完成度と、一本が105分と充実さが感じられること。さらに、二週間限定と言っていたのに、(ネット上では、「二週間で止めるのはおかしい!」という声がチラホラ見受けられましたが)三週間目までなぜか延長されたこと、そして、例のゴジラ・トップの映画館が(通常の金土日のような深夜枠がないにもかかわらず)日曜にも比較的遅い終電ギリギリの時間まで上映するのを知ったことなどなどの理由です。

 取り敢えず、観てみて全く後悔のない作品でした。来年5月に公開されるという第二作も見逃さずに行けるか、ハラハラしそうではありますが、シリーズを確実に全部見たいと思わせるに十分な秀作だと思います。

 驚かされたのは、設定も展開も、全くコミックから逸脱していないことです。きちんと確認していませんが、セリフまで違いがないように思えます。ここまで、完全にオリジナルの世界を再現した映画は、(アニメではありませんが、)同じく優れたコミックの原作を持つ『眠り姫』ぐらいではないかと思えます。きっちりコミックの人間ドラマ的世界観を踏襲しているので、コミックを全く読んでいない人間が観ても、かなり入り込める内容に見えました。

 コミックの表紙の暗いイメージを取り込んだかのような、昼間のシーンでさえ影が目立つ暗い雰囲気もとてもスタイリッシュに仕上がっていますし、全く知らなかったflumpoolと言うバンドのエンディングの曲も、作品イメージに非常にマッチしているように感じました。アニメーションの技法に詳しくないので、具体的に何と言うのか分かりませんが、『009 RE:CYBORG』の際に感じた登場キャラの無造作な動きが微妙に機械的で不自然に見えるのと同じ感じが、この作品でもします。それは全編を通して感じるのですが、それさえも良しとできるぐらいの、他に嬉しくない要素が見当たらない映画でした。

 事前のトレーラーで少々気になっていた、強烈なキャラである佐藤の少々キーの高い声も、観始めてすぐ違和感が消えました。さらに、私がコミック『亜人』で最高に好きな登場人物である下村泉も、原作以上に抑制のあるエロスを感じるキャラに作り上げられていて、「動き、喋る下村泉」にやたらに感激しました。

 また、原作では何となくするっと流していた、主人公「永井圭」が言う「普通の人間は命を懸けて何かを為すことができるが、死なない人間は命を懸ける価値を行動で示すことができない。だから、命以外の総てを懸けなくては、(自分のために命を懸けてくれた親友の友情に)見合わない」とする気づきは、鮮烈な感動の場面に仕上がっていました。「ああ、そうだよな」と改めてこの場面の重さを認識させられました。これ以外にも、死なない人間としての自覚を急激に強めて行く主人公の(或る種の)成長の過程は、コミックよりもより鮮明に描かれているように感じます。

 この映画を観て、もう一つ驚かされたことがあります。それは観客に女性が非常に多かったことです。終電前に終わる時間枠の上映ですが、シアター内には30人少々がいて、多分私が最年長の客層でした。そして、全体の過半数が女性だったと思います。若い男女カップルもいましたが、女性の一人客、二人連れ、三人連れなどが目立ちました。若い客が多いのは、或る程度想定内ですし、立地上、平均年齢が低いということも分かってはいましたが、女性の構成比の高さは、オリジナルの『亜人』ファンの構成比の反映ではないかと思えます。コミックをただ買って読んでいるだけでは全然知りえない事実でした。

 DVDは疑いなく買いなのですが、この作品が「凄い」か否かの意見を問われたら、原作にあまりに忠実であるが故に、どこまでがこの映画の優れているポイントなのかうまく語れないことが難点です。