封切から三週間余り。月末の月曜日の夜、終了時間が真夜中の12時に近い回を新宿ピカデリーで観て来ました。新宿ではバルト9でもやっているなど、上映館が非常に多く、新宿ピカデリーでも一日に四回ほど上映されていたと思います。大人気です。
生田斗真と戸田恵梨香が主演を張り、原作が(私は全く知りませんでしたが、まあまあ)人気のコミックらしいので、それらの要素のどれかでネタを逃したくない人々が集結すると言うことなのでしょう。週の始めの月曜日に終電近くの終わり時間にも関わらず、40人ぐらいは観客が居たように思います。先述の要素からも想像はできますが、かなり若い客層で、カップルのみならず、同性の二人連れも非常に多かったように思います。
私がこの映画を観に行った最大の理由は、やはり戸田恵梨香です。『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』のシリーズをテレビシリーズから始まり映画に至るまで全作品を見て、戸田恵梨香のキャラがかなり気に入りました。設定も演出も久々に楽しめる作品でした。
戸田恵梨香は、『デスノート』シリーズ三作品の弥海砂役であった女優ぐらいの知識しかなく、自分が大好きな『ユメ十夜』のプロローグなどに出演していることもかなり最近まで知りませんでしたし、まして、テレビ・映画にまたがるヒット作と聞く『LIAR GAME』も全く見たことがなくて、当然主演が彼女であることさえ知りませんでした。結局、彼女をまともに認識したのは『SPEC~』でしかありません。顔・スタイルその他、特に気に入るポイントも少なく、単純に『SPEC~』を面白くしてくれたやり手の女優さんと言う印象です。戸田恵梨香が出演していて、その演技がかなり評判と知っても、(現時点で情報が出ている限り)今年四本も封切りになる『駆込み女と駆出し男』などの映画群を観に行きたいとは特段思わないままになっていました。
その四本の中、『予告犯』を観ることにしたのは、単にその役柄が『SPEC~』のそれと一応同じ刑事だからです。実際に観てみると、『SPEC~』のそれはヒラのエキセントリックな天才刑事でしたし、コメディ要素がかなりある物語でしたが、今回のものは警部で、冷静で凄腕な感じが際立っていて、“刑事”と一括りにするのは少々苦しい感じではありました。
ダイアン・レインが気になって観た『ブラック・サイト』、トレイラーで関心を持ったものの映画館では見逃して、DVDで観た『ブラック・ハッカー』など海外のネット系の犯罪を題材にした作品は、(本当にハイ・スペックなハッカーはそうであるのかもしれませんが)犯人らがやたらに非現実的な能力を有していて、なかなか物語に没頭できません。そのような背景から、何かネット系の犯罪を扱った作品で、「おお、なるほど!」と膝を叩けるような作品がないものかとは、常々思っていました。
所謂SNSなどによる個人に対する中傷誹謗が起きる構図を描く映画は、『白ゆき姫殺人事件』や『ディス/コネクト』など、和洋幾つか作品を観たことがありますが、基本的に自分があまりSNSによる情報発信やその情報のトレースに関心がないので、のれない感じが濃厚で、あまり楽しめた感じがしていません。やはり、そう言った意味でも、良質で本質的なネット犯罪を描くドラマがあるなら観てみたいと思っていたのが、戸田恵梨香を観たいことに次ぐ第二の理由です。
警察のサイバー対応がそれなりに充実し、現実の世界でも「埼京線の上野駅で殺人をします」などと宣言し、「実際に埼京線は上野を通っていないので、これは有効な殺人予告となり得ない」と考えていたとか言う男が逮捕されるなど、組織的な大掛かりな事件は別として、個人や個人の集団レベルの犯罪は事実上逃げ果せられない状況になっているように感じます。「おお、なるほど!」と言わせてくれる設定が成立する余地はかなり狭まってしまいました。そのような現実の中で、『予告犯』はとてもよくできています。複数のメンバーからなる予告犯達は、逃げ切ることができず、どんどん追い詰められつつ、予告した犯罪を実行していきます。そして、最後の予告は自分達の処刑予告で、自分達の集団自殺を動画で投稿するのでした。
ですから、何らかの優れたトリックで警察を(長期的に)手玉に取るなどのことはできていません。その点で、海外の『ブラック・ナンチャラ』二作に期待していたことは、この映画でも実現していません。その点は少々残念なのですが、この『予告犯』は、どんどん追い詰められつつ、警察が捜査を進めることによって、自分達が行ないたいことを警察の調査能力を使ってさせると言う設定で、上手くドラマの体裁を構成しています。予告犯達の真の目的は、彼らが知り合った日雇いの産廃処理労働の現場で、フィリピンから来て不遇の死を迎えた日比混血の青年の父である日本人男性を探し出すことでした。
労働者を人と思っても居ない扱いの過酷な労働が不法投棄現場で毎日続く中、社会で行き場をなくした彼らは知り合い、結びついていきます。そこに居たフィリピン人青年は、母から「父さんが居る国」と聞かされた日本に、片方の腎臓を売って作った金で辛うじて渡ってきて、ネット・カフェでバイトをしていますが、その閉店により、職を失い、結果的に産廃処理の過酷な労働現場に流れ着いてしまったのでした。父を探す手掛かりは、名前しかなく、彼の拙い日本語だけが父探索の障害ではありませんでした。その日の生活にも事欠く収入しかない状態で、父探しは日本人であってさえ絶望的だったのです。
命がけで辿り着いた父と暮らせるはずの夢の国であった筈の日本は、彼にとって、ただ辛い毎日が続き、死に至るだけの場所でしかありませんでした。仲間達が為す術もなく見守る中、腎不全で彼は息を引き取りました。彼の遺体にスコップを投げ置き、「適当に埋めておけ、死体はすぐ腐るぞ。補充の奴はすぐ入れる」と言った現場長を生き残った仲間達は撲殺します。
普通に考えれば、この状況からの社会への復讐を図るのが、読める展開です。現実に予告犯の予告は、そのような怨嗟に満ちています。ルサンチマン全開の予告内容にネット民の間にも共感・支持が高まっていきます。戸田恵梨香率いる捜査陣もその動機を想定して捜査を進めています。戸田恵梨香の役どころそのものが、給食費も払えず貧乏でイジメにあい、自殺まで思いつめた小学生時代を持つキャリア組警官です。貧乏や自分の不遇を社会のせいにする発想自体に激しく憤ります。この構図をこれでもかと言うぐらいに精緻に描いておいて、予告犯達が追い詰められていくと、映画の中盤、「ああ、弱者は努力が足りないんだよと言う苦いオチで上手くまとめるのかな」と思えてきます。
ところが、予告犯達はネット・カフェからの投稿で警察に対して足が付くことを想定して、死んだ日比混血青年の名前でネット・カフェを利用して、否応なく彼の父に捜査の手が回るように仕向けるのでした。戸田恵梨香が最後に見つけた予告犯の主犯格である生田斗真の遺体の手には戸田恵梨香への動画メッセージが入ったスマホが握られています。そこで総ての意図の説明と、見つけた日比混血青年の父に彼の遺骨を渡すことの依頼がなされるのです。
人間扱いされない社会で、命を賭して人間としての尊厳を守り、外国の一人の青年の願いを日本人として叶えるためだけの行動であったことが、観ていてカタルシスを伴って理解されます。もちろん予告犯のネタとなって被害を受けた人々の立場が忘れ去られて良い訳ではありません。しかし、少なくとも、ネット的感覚で見る限り、予告犯たちの行動は高い評価を得る内容として描かれています。
命は重いと誰もが言います。しかし、命を賭して守らなくてはならないものもあります。人間にとって大切にしたいものが、その維持・実現の困難さ故に、命を代償として要求することもあることでしょう。必ずしも賛同する訳でも支持する訳でもありませんが、自爆による攻撃や焼身自殺による抗議などの背景にある、このような思考や価値観自体を、私は理解できるつもりでいます。
総てを知った戸田恵梨香は生田斗真の遺体を抱きしめ慟哭します。感傷的過ぎる気もしますが、私は好感を持ってみることができました。『かけひき』や『常識』に並んで私の好きな小泉八雲の『守られた約束』を思い出しました。早速、読み返してみたいと思います。何度も観たくなるかどうかは疑問ですが、DVDは買いの秀作だと思います。