『風邪(ふうじゃ)』

 全国でたった11館でしか上映していず、関東ではたった6館だけです。月曜日の午後7時からの回を、韓流映画がやたらに多くて辟易させられる六本木の映画館で観て来ました。観客はぽつぽつと10人少々。男女共に若い人はあまり見当りません。封切後たった三日目で、終業後にも来られる時間なのに、こんな客足であることにかなり驚きました。

 この映画を観に行くことにした理由は、200種類以上ある風邪のウィルスに万能のワクチンを巡る利権争いを描いたと言うテーマそのものももちろんありますが、やはり、小西真奈美です。彼女が主演する映画は非常に珍しいので、見逃す訳には行きません。

 私は小西真奈美が好きです。私の好きなタイプのタヌキ顔ではありませんが、今年35歳になっているのに、その童顔もあって、全く老けて行くことがなく、おまけにつかこうへい劇団で鍛えただけあって演技がやたらに上手く、とても好きです。

 ほぼ全く老けない童顔と演技上手の組み合わせでは、永作博美も好きですが、永作博美は映画でも主演作が多数あるのに対して、小西真奈美の主演作はかなりレアです。福山雅治との恋愛報道で、芸能界から干されただの、事務所の力が弱いために、良い役が得られないなど、ネット上では色々書かれていますが、それらの内容に私も或る程度信憑性を感じるぐらいに、もっともっと出演作が多くて然るべきな女優だと思います。

 私が小西真奈美を好きになったのは、ほとんどテレビを見ないにも関わらず、なぜかまあまあ真面目にストーリーを追っていたNHKの連ドラの『ちゅらさん』です。主人公の恋敵の立場でしたが、良い役でした。その後は、『Sweet Rain 死神の精度』も彼女観たさにDVDを観ました。歌手デビューの方は今一に感じられましたが、良かったです。そして、何と言っても『東京公園』です。血のつながらない弟への恋心をひた隠しにしている姉の役ですが、これが小西真奈美でなかったら、この映画の魅力が乏しくなっていたこと間違いなしと思っています。

 よく、年を取らない女優と言う話になると、吉永さゆりがその代表格として挙げられますが、私は年代がずれていて、どうも吉永さゆりにそれほど関心がありません。やはり、永作博美と小西真奈美です。

 しかし、折角の超レアな小西真奈美の主演作なのに、何か今一のストーリー展開で、どう楽しめば良いのかよく分からない映画でした。結末までを見たら、世紀の大発明である「風邪全般に効くワクチン」を開発したとされる若手天才科学者の末路を描く映画であるのは間違いありません。

 けれども、主人公は その若手科学者の確保と懐柔をタスクとして任された母です。この若い母の境遇が妙に変です。息子は心臓病か何か、かなり重篤な遺伝病的な病気です。手術か何かの予後が芳しくなく、風邪一つで合併症を起こして命を落とす可能性があるといわれています。彼女は元一部上場クラスらしい広告代理店に勤めていました。ところが、そこを何かかなりきな臭い経緯で退職しています。

 彼女は夫と離婚していますが、この夫が医療系のNPO法人の代表だか何だかをやっています。短い会話内容から推測するに、広告代理店の職を捨てる理由になったのが、仕事上で得た医療系の極秘情報を夫に渡してしまったことである様子です。

 彼女は、実家のある東京にも程近い地方都市で、今は飲み屋を始め、そのママをやっています。しかし、何かもとの広告代理店から先述の極秘ミッションを託されており、それが成就すれば、カネも手に入るし、広告代理店の正社員に復帰できる。復帰すれば生活に余裕ができ、息子の親権を獲得できる…。と言う話になっていることが唐突に判明して、一気に全体の構造が分かるのは、映画の中盤です。

 それまでは、田舎飲み屋のママとして、咳き込み、熱が続く状態で、建築物の解体現場で肉体労働のバイトをする若手科学者の窪塚洋介を家に囲い込んでしまい、看病を兼ねた変な同棲生活がダラダラと展開します。つまり、前半戦は、熱に浮かされふらふらするおかしな日雇いバイトの窪塚洋介とそれを住まわせておく小西真奈美の同棲状態を、延々盛り上りもなく描くということなのです。

 唐突にお台場の遊歩道のベンチに、主要な登場人物が集合する場面が挿入され、実は田舎飲み屋のママの若い労務者を囲った行動は、憐憫故でもなければ恋愛故でもなく、陰謀の結果であったことが判明します。そこで初めて小西真奈美は自分が何のために指定された男の確保をしているのかを知り、息子の予後を万全にするために、そのワクチンを獲得しようと決心し、ワクチンの利権を狙う独立したプレーヤーに変わって行きます。

 そのうち、その極秘ミッションを別れた夫が再び嗅ぎ付け、若手科学者の身柄を渡すように迫ってきます。それを拒み揉み合ううちに、元夫を偶然死に至らしめます。自分が息子のために有機野菜栽培に挑戦している畑に夫の遺体を隠蔽のために埋めます。すべては、病気の息子のためと頑張り、元夫まで死に至らしめ、死体遺棄にまで手を染めるのです。随分と複雑な役柄です。この複雑な設定と展開を、中盤からあっと言う間にやってしまい、それまでは薄暗い日本的古家屋の中での、小西真奈美のダラダラ看病劇、中盤を過ぎると、今度はあまり盛り上がらない窪塚洋介との攻防やら揉み合いやら、にわか雨の中での抱き合いやら、再び別の意味でダラダラとした展開が再開します。

 母は強しと言うことなのかもしれませんが、他の勢力(と言っても、軍や警察や諜報機関が出て来る訳でもなく、実質的には何人かの人物が、バラバラに牽制しあいながら、若手科学者の行方を追う展開になるだけですが)が結果的に殺しあったり、偶発的に死に至ったりした結果、若手科学者を自分のものとします。それまでに強要されて作られていたワクチンを手渡すのを拒んだ若手科学者をメスで刺し、ワクチンを息子に与えることに成功します。

 コニタンよかったねぇと思っていたら、若手科学者は、ワクチンに強烈な副作用があることを知っていて、渡すのを拒んでいたことが後から分かるのです。ワクチンは約四年間効力を継続させるのに対して、投与された人間を事実上廃人にしてしまう強烈な副作用は一生もののようです。

 結果的に最後まで明確には分からないのですが、この科学者に英才教育を施した母が、秋吉久美子が演じる非常に気合の入った人物です。

「マウスばかりに投与していても効果は分からない。いつかやらねばならないあなたの自信作の臨床試験は私で行ないなさい。母を殺すぐらいのことを平然とできなくては、立派な科学者になれないわ!」と言い放ちます。そして、自分の母を廃人としてしまって、マザコン科学者はすべてを捨て逃避し、ワクチンを扱う中で感染した風邪に悩まされながら、解体現場のバイトをしていたということのようでした。

 中盤のタネ明かしの前後にきっちり配置されたダラダラ劇でかなり疲れてしまうのに、何か強い印象に残ることがないのは、この辺の描写が甘いからだと思われます。この華岡青洲の母のような秋吉久美子をもう少々きっちりと描いて欲しかったように思います。愛する母を廃人にしてすべてを失った息子と、愛する息子を助けようとして廃人にしてしまった母。この対比をきっちりやってくれたら、とても面白い人間ドラマになったように思いますが、如何せん、この二人にまともな台詞がほとんどありません。

 小西真奈美の名演技も、あまりに複雑な設定の母の役で、台詞も少ない中で、空転しているように感じます。窪塚洋介も柄本明も熱演を披露してくれますが、やはり設定の複雑さと台本のできの悪さで、まともな台詞がなく、ただ、叫んだり、喚いたり、呻いたり、おかしな人間大集合の様相となっています。残念な作品です。

 おまけに、前半の飲み屋や古家の薄暗い映像の中では、演技さえよく見ることができません。かなり辛い二時間弱でした。コニタンの映像が欲しいがゆえに、DVDは入手しなくてはいけないのは仕方がありません。

追記
 六本木の早い夜の時間の帰途。路上は日本人より黒人の方が多い状態でした。