『名前のない女たち』

新宿南口の映画館としては結構好きなのに、ここ最近見たい映画がなくて全然行っていなかった映画館で、久々に見てきました。

AV女優の映画です。一人は元レディースの総長だったというキレやすいことこの上ない、突っ張っているものの、その分、自分なりの主義主張を通した生き方をしようと思っている女性。もう一人は、典型的な地味OLで、スナックらしきところのママをやっている典型的毒婦的役どころの母と同居。

元レディース総長の方は、周囲の皆が自分から離れて行ったときに、ただただ一緒にいてくれて話を聞いてくれた優しさを持つ、AVプロダクションのスカウトマンを好きになってしまって、AVの道に入り、さらにそのスカウトマンと同棲を始めます。優しさは計算づくであるのは十分分かり、彼が車を買いたいからソープでも働いてくれないかと言われても、結果的に受け容れます。また、彼の子を妊娠し、一度彼を捨てる決心をし、人生のリセットに臨みますが、そのタイミングでやくざから脅されている旨の電話を彼から受けて、やはり彼のもとに走るのです。

地味OLの方は、まさにそのスカウトマンに渋谷でスカウトされ、「人生楽しい?自分でない誰かになれたら面白いって思わない?」の言葉に心動かされて、気づいたらAVの現場に足を踏み入れていました。この地味OLは、桜沢ルルと言うおかしな芸名でデビューして、その暗さゆえにオタク少女と言うキャラ設定を、最初の現場で監督から言い渡されます。綾波レイっぽいカツラを被ってセーラー服姿になって、教室でレイプされるシチュエーションになった瞬間に、なりきり演技が炸裂して、「いや~。コミケに行けなくなっちゃう~」、「ダメ~、お仕置きしちゃうんだからぁ」などと言いだします。

そのAV女優としては異色の雰囲気と、多分AV女優には珍しい寸胴骨太体型と、途中からアナルOKにしたことで、人気が出始め、単体女優へと駆け上がり始めます。熱烈なファンができたとファンレターに喜んでいたら、送り主は、これまた典型的なデブでネットに「ルルちゃんは女神だ」と書きこんでばかりいるようなオタクファンなのです。予想通りストーカー化し、地味OLの方の職場にまで現れ、これをきっかけに地味OLの自分を押し殺すばかりの人格も、横暴な母のいる家も捨て去り、ルルの方のオタクぶりっ子の人格一本になります。ルルが事務所から女優としての価値を見切られ凌辱ものに出演した際に、そのデブオタクファンがナイフを持って撮影現場に暴れ込み、AV男優(半分以上は汁男優かもしれませんが)を5人も斬殺して逮捕されます。

映画はここで、突如幻想の世界のような描写になり、上から見ると女性器の象徴ように見えるゴム製カヌーのようなもので渋谷駅の南側の細い川をルルが流れていく様などが描かれます。最後に、元気にやる気満々というポーズを防波堤の突端でとるルルと、大きくなったおなかを抱え化粧っ気もなくなった元レディース総長のほほ笑む姿、そして、街角で新たな女性を探して声をかけるスカウトマンと、「自分でない誰かになりたい」女性が新たに見つかる様子をするりと流して終わります。

この映画は、終盤以外、典型的なキャラ付けやストーリー展開の「記号」で溢れかえっています。在り得ないような牛乳瓶の底的レンズのメガネをかけた地味なOL、職場には職場の花のような可愛い後輩OL。男に店に誘う電話を掛けまくり、金づるを家に引きずり込んでセックスに至る水商売のママ。今尚金属バットを部屋に常備する元レディース総長。地味でもそもそ喋るスカウトマン。アロハシャツを着て女優達を声色一つで転がそうとする下心見え見えのプロダクション社長。そして、暗い部屋でPCの画面を食い入るように見つめ、太い指でキーを叩いて掲示板に書き込むデブのオタク。ルルとなっていきなり被るのは綾波レイっぽいカツラ。「アニメおたくのつもりで演技して」と監督に言われて、ルルがとっさに思いつくのは、コミケとお仕置きの二点だけ。

まるで、「オタクってどんな人?」、「AV女優になるのはどんな人?」、「不幸な家庭環境って、どんな母親のいる家庭?」などとアンケートを取った結果のような登場人物の総集編の映画です。ストーリーも、概ね悪い方向に想定した通りに展開します。掘り込みも捻りも、ほぼ完全にない、全くに薄っぺらい物語に見えます。最後はなぜそういう終わり方なのかよく分かりませんが、昔のポルノ映画などによくあるパターンのようにも見えると思っていたら、パンフレットにはポルノ映画の巨匠のような存在の監督であると書かれています。拍子抜けのエンディング以外は基本的に全く想像通りの展開過ぎて驚かされました。当然ながらDVDを買う価値は全く感じません。

ただ二点、収穫はありました。

一つ目は、この典型的パターンの応酬の映画が或る程度、世の中のスライスとして成立するのであれば、女性の職業に対しての動機付けもパターン的に或る程度参考になるものと思います。劇中で観察されるそれは、「自分の話を聞いてくれて受け容れてくれる」と「退屈な日常と違う自分になれる」です。仕事柄、女性社員の離職率抑制策の検討を依頼されることもありますが、それ風のテーマを扱ったビジネス書を読むよりも、非常に端的で分かり易い事例提示でした。

二つ目は、出演者です。もともとこの映画を見に行くことにした動機は、右傾化演説芸人として関心を持っている鳥肌実を動画で見てみたいと言うことでした。知人は、鳥肌実のサイトでDVDを注文したら、VHSのビデオが届いたと言い、私の予定も合わないライブは、もともと満席だと言いますし、テレビには殆ど登場しないので、動く鳥肌実を見るのは私には至難の業です。

ところが、見てみると、劇中、色々と見慣れた人がいました。ルルの母親は何と『トルソ』で見事な演技を見せた主演女優です。スカウトマンのとっぽい男は、何か目つきに見覚えがあると思ったら、怪作『ゲルマニウムの夜』の主演男優でした。この人々の情報を確認しようと思って仕方なくパンフレットを買いましたが、驚いたのは、この男優は『告白』にも出演していて、少年Aの父親でした。さらにその父親が再婚した平凡な女(前妻は物語のカギになる学者の女性です)の役は、大好きな『女殺油地獄』の主演女優で、『トルソ』にもちらりと出演していた山田キヌヲだと、今になって分かりました。『告白』恐るべしです。まだ出ていませんが、DVDは絶対に買いです。