24周年記念特別号

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経営コラム SOLID AS FAITH 24周年記念特別号
= 零細企業組織版 離職抑制策概括 =
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ご挨拶

第1章:離職抑制は零細企業組織の生き残りのカギ
第2章:離職抑制の四大禁忌
第3章:離職抑制の大誤解(制度編)
第4章:離職抑制の大誤解(指導編)
第5章:本気の離職抑制の下準備
第6章:本気の離職抑制の具体策
第7章:本気の離職抑制の事後策

あとがき

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☆注意:お読みになる際には、枚数がかさみ恐縮ながら、プリントアウトの
上お読みになることを、心よりお奨め申し上げます。
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☆注意:本メルマガは企画・原稿作成などのどの段階においても、生成AIを
利用しておりません。現実に即したナマの着想・文章表現などお楽しみくだ
さい。
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ご挨拶

中小零細企業の経営者などから離職が止まらないとよく伺います。実際には
中小零細企業のみならず、大手企業でも離職率は上昇しているのかもしれま
せんが、採用力も大きく、全体のパイも大きいため、中小零細企業の場合ほ
ど経営課題として逼迫しないのかもしれません。

離職の抑制が利かなくなってきた背景には色々な理由が考えられます。よく
言われるのは教育の変質です。無意味な体罰は論外として、基本的に「強い
る」場面が家庭でも学校でも減っています。ダックワースの言う「やり抜く
力(GRIT)」を鍛えたり、自分の価値観では受容できないことでも一旦やっ
てみる体験をしたり、そういったことが家庭でも学校でも減少しているのは
事実であろうと考えられます。

離職の抑制が利かなくなった別の主要因としてスマホの普及も挙げられるこ
とでしょう。まず転職活動がスマホによって非常に敷居の低いものになりま
した。スマホ上で求人案件にエントリーし、メールやLINEで面接の日程調整
も簡単で、スマホでリモート面接もできます。会社の休憩時間や通勤時間に
でも転職活動が簡単にできるのです。

一昔前に比べて、残業時間も上限ができ、ワークとライフを分離するという
おかしな価値観が普及しました。キリスト教文化圏、特にカソリック文化圏
では、労働は神が人間に与えた罰です。職場は奴隷労働を致し方なくする空
間といった価値観が幅を利かせるようになりました。「働いたら負け」だの
「FIREで早々に働かない人生を実現」だの、「暗号通貨(/株/アパート経
営)で一攫千金。億り人」だの、働かなくても食べて行ける、または働かな
くても食べて行けそう…といった考えの人々も増えています。

戦後広く蔓延った自虐史観が多少は落ち着いてきたら、今度は日本の労働慣
行が悪く、日本は生産性が低く、日本は給料が安くてお話にならないと、自
虐の対象は就労そのものに変わりました。どうしても自虐しなくて気が済ま
ない国民性のようです。

そんな自虐的就労観もスマホと共に一気に普及したように感じられます。こ
れでは、離職が急増し、採用が困難になるのが当たり前のように感じられま
す。

だからといって、手を拱いて佇んでいる訳にもいきません。他責や他力本願
は基本的に何らの結果も生まず、その時間を過ごすこと自体が経営状況の悪
化といえます。

「他責にしない」、
「運次第にしない」、
「離職抑制を自社の差別化の武器にする(※)」、
「大手企業の島耕作的人材モデルをベースにした人事管理常識を捨てる」、
これらを肝に銘じて、徹底的な離職抑制に挑みましょう。

※現実的な離職抑制策は、中小零細企業にとって「使える武器」であり「採
り得る選択肢」です。離職を抑制できる会社になることで、離職に苛まれる
他社との差別化を目指すと言っても、不要な人まで組織に留めおくという意
味ではありません。

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○第1章:離職抑制は零細企業組織の生き残りのカギ

離職抑制は中小零細企業にとって良いこと尽くめです。主要なメリットを見
てみましょう。

■まず、コストが大幅に削減できる。

離職抑制ができるようになると、まず経費が大幅に削減できます。普通に考
えて、従業員が辞めなくなるので採用の必要性がガクンと減ります。「ああ。
求人サイトの出稿コストが浮く」と思った方は、まだほんの入口にしか気づ
いていません。

多くの零細企業では人事部門がありません。20人ぐらいの組織でも「総務」
と括られた業務群をこなす従業員が1、2人いる程度で、それさえも専業では
ないことがよくあります。つまり、採用活動をしている人々は、本来その業
務に使わなくて良い人件費を使って採用活動をしているのです。そして、多
くの場合、その人々は採用活動以外の業務をすることで利益を発生させるこ
とができたはずです。

この利益を粗利で計算するなら、単位時間当たりの人件費の3倍から5倍の額
になることでしょう。つまり、時給1500円となる従業員が1時間採用活動を
すると、人件費1500円を投じて、本来稼げた粗利(、仮に3倍だとすると)
4500円を捨てているので、合計6000円をかけていることになります。

さらに、不採用にした候補者にかけた採用活動の時間にも同様の計算が成り
立ちます。それは最終的に採用した人員の採用コストとして載せることにな
ります。このようにして試算してみたら、あるパチンコ店で採用したアルバ
イト・スタッフ一人の採用コストは60万円以上となったこともあります。雇
ったアルバイト・スタッフが採用後いきなり辞退してきたら、60万円の粗利
を失ったのと同じなのです。離職が抑制できるとこういったコストが激減し
ます。

■オペレーションの速度が高まる。

従業員が辞めないと、平均在職期間が伸びるので、研修などを行なって育成
を充実させることができます。仮に研修制度が不備だったとしても、同じ業
務を長く繰り返すことで習熟度が上がります。その結果、日常のオペレーシ
ョンのスピードが上がります。単に慣れで作業スピードが上がるだけではな
く、自律的に動ける従業員も増えてきますので、いちいち指示したり、指示
結果を確認したりする手間がじわじわと減少してきます。そうすると、ホウ
レンソウなどのコミュニケーション・コストが減ります。

■オペレーション品質も上がる。

オペレーションのスピードが上がるだけではなく、オペレーションの質も上
がります。同作業の反復をすることで習熟が進み、作業エラーが激減します
から製品・サービスの品質が劇的に向上して行きます。手直し時間も減りま
す。クレームも減少します。

これは従業員の立場で考えると失敗が減るということです。その結果、無用
なストレスを感じなくなります。失敗の取返しによる残業も発生しにくくな
るでしょう。従業員は業務を通して承認されやすくなり、自信が持てるよう
になるため、結果的に離職抑制の効果が上乗せされます。

■収益性まで上がる。

よく「自転車に当たり前に乗れるようにならないと、出前持ちはさせられな
い」などと表現しますが、通常のオペレーションが円滑にできるようになる
と、何か付加価値を作る附帯的な作業を組合せでできる余裕ができます。

ここまで来ると、全ての指標が上向いてきます。例えば営業担当者全体の毎
日の訪問件数も受注確率も上がって来ます。競争力が上がれば、シェアも上
がり、価格の引上げも容易になります。結果的に粗利率まで引き上げられて
いきます。

話が旨過ぎるように響きますが本当の話です。こんな魔法のような本質的経
営改善策があるのに、多くの中小零細企業は真面目に離職抑制に取り組まず、
おかしな若者論を論ったり、運が悪いと呪ったりするだけなのです。その背
景には多種多様な誤解や妄想に基づく、誤った離職抑制策を延々と重ねた経
緯が散見されます。

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○第2章:離職抑制の四大禁忌

中小零細企業の経営者に対して離職抑制策について説明する際に、4つのよ
くある離職対策の誤解から始めることがあります。

▲軌道修正方針#1
「ハーズバーグの衛生要因を動機づけの優先策にしない」

従業員の動機付けを考える上でハーズバーグの二要因論は古典的です。ハー
ズバーグは従業員の動機付けには二種類の要因があるとして、それらを「動
機づけ要因」と「衛生要因」と名付けました。前者はあればどんどんやる気
が湧いてくる要因ですが、後者はあれば不満が減るだけです。

まずいことに衛生要因の効果は摩耗しやすく、与えてもその有難味がすぐに
薄れていきます。賃金や休日などの待遇条件も衛生要因です。例えばスタッ
フの時給を1000円から1250円に上げたら、本人は取り敢えずとても喜ぶこと
でしょうが、25%増しの生産性で働くようにはなりません。3ヶ月もしないう
ちに、1250円が当たり前に感じられるようになり、特に有難味も感じなくな
ります。そのタイミングで何かの事情で時給を1150円に下げたら、不満の抑
制要因を減らすことになるので、非常に不満に感じるようになります。1150
円は元々の1000円よりずっと高いにも関わらずです。

デキる従業員、成果を上げ続けている従業員の待遇を後から引き上げるのは
当然です。しかし、待遇を上げたからと言ってやる気が湧いたりしません。
他社では到底あり得ないぐらいの破格の衛生要因を与えない限り、離職抑制
にも殆ど効果が出ません。

▲軌道修正方針#2
「読解力不足から目を逸らさない」

ここでいう「読解力」は単に文字を読む能力のことだけではなく、その場の
空気を読んだり相手の表情や心情を読み取ったりする能力のことです。残念
ながら、多くの場合、無名企業や3K職場などで知られたりしている不人気業
界企業であるのが中小零細企業です。その結果、求人力は非常に低く大手が
食指を伸ばさなかった人材を「こんなものだろう」とばかりに採用すること
を続けます。

そのような人材は通常読解力が非常に低い状態です。マニュアルやメールを
読んで理解することができない。指示や注意を正しく理解できない。そんな
ことは日常茶飯事です。少なくとも従業員の多数派はそうであるのが多くの
中小零細企業の現実でしょう。

「経営理念・経営方針を聞かせ」ても、その意義など全く分かりません。元
々自分が期待されている業務や役割もきちんと理解していないのなら、コー
チングをしてもカウンセリングをしてもムダです。仮にやる気を湧かせても
目標を理解していず、目標に到達するスキルも欠落していれば、何の結果も
生まないだけでなく、誤った方向に進み始めることさえあるでしょう。

▲軌道修正方針#3
「個人主義に毒されて、過度に自由を与えない」

自分で考えさせ納得の上で業務に当たらせると満足度が高くなるという見解
がありますが、それは島耕作のような人材だけの話です。多くの中小零細企
業の従業員は読解力が低い故に、元々のインプットが全く不足していて、考
えさせるとメイズに入るか誤った結論に行きつきます。

それでも自尊心故にメイズ状態を熟考と言い張ったり、自分の考えに拘泥し
たりすることがあります。ですから自分で考えさせたり下手に裁量を与えた
りすると、結果的に本人を否定することになり、余計やる気を損ないがちで
す。

自分のことは自分が一番よく知っていると主張して「自分に合ったやり方で
この作業をしたいです」とか「この営業トーク・スクリプトは自分にはしっ
くりこないです」とか言い出すケースも同じ結果になります。一旦こういう
発言が出ると軌道修正が大変です。自分がどのような人間かは自分自身より
も周囲の人間の方がよく分かっていると心理学の実験でも繰り返し証明され
ているのです。

▲軌道修正方針#4
「個人主義に毒されて、組織の目的を蔑ろにしない」

大手企業は株主が外部にいて、会社は利害関係者全体に貢献する公器として
の性格が強くなります。株主の中には「物言う株主」がいて自分に利益誘導
をしようとしますし、地域住民も条例だのを盾に要求をしてきますし、全く
関係のない人々までSNSで批判や中傷をしてきたりします。

中小零細企業は顧客ニーズを充足するために存在していると考えなければ、
すぐにも資金がショートしかねません。まずは顧客満足があって、その顧客
満足に責任を以て資するために達成・成長するから従業員満足も実現するの
であって、顧客満足と従業員満足は並列ではありません。

しかし、聞き齧った大手企業のコンプライアンスやガバナンスの原理を持ち
込んで、過剰で非合理的な環境改善や待遇改善を要求してくる従業員がいま
す。「今時事務所がバリアフリーになっていない」、「休みはいつでも簡単
に取れなければ変だ」、「採用の時に聞かされた仕事の内容と違う」などと
言われると、顧客満足を蔑ろにしてすぐ迎合する経営者が散見されます。最
低限の遵法は必要ですが、会社はオーナー経営者の持ち物です。会社がその
存在意義を間違いなく果たせるよう、遵法の範囲内でオーナー経営者が好き
勝手に経営判断するのが中小零細企業です。

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〇第3章:離職抑制の大誤解(制度・方針編)

第2章で離職抑制の方針についての根本的な誤りを列記しました。第3章・第
4章では具体的に誤った離職抑制策を見ていきましょう。

▲待遇面の改善

スキルが十分に備わっているのなら見合う報酬を始めとする待遇を与えるの
は当然ですが、前述の通り、動機づけ目的で処遇をよくすることは問題です。
待遇面の改善はハーズバーグの定義した「衛生要因」の一つだからです。

また仕事に対する認知不協和の現象を明らかにした研究があります。米国の
心理学者フェスティンガーは、学生達に単調で面白くない仕事をさせて報酬
を支払いました。そして次に同じ作業をする学生にその作業の楽しさを伝え
させたのです。20ドル渡すと、学生達は次の学生達に単調な仕事のほぼあり
のままの評価を伝えました。ところが1ドルしか渡されなかった学生達は、
良い仕事だったと次の学生に伝えたのでした。

1ドルしか貰えなかった学生達も本来同じ感想を抱くはずです。けれども面
白くない仕事をさせられて、安いカネしか貰えないのでは割に合いません。
すると無意識的に学生達は「あの仕事は面白かった。だから安いカネでもや
る価値がある」と自分自身を偽った認識に従わせようとします。本人達は負
け惜しみとさえ思っていません。すべては無意識の中で自動的に決定されて
いるのです。つまり待遇を敢えて低めにすることで、従業員は仕事を楽しい
ものと認識するようになるということなのです。

▲方針・ビジョンの提示

これも前項同様、従業員に十分知見やスキルが備わっているのなら、方針や
ビジョンが提示されるだけで自律的に行動でき、その自由裁量そのものが動
機づけになります。しかし、そうではなかった場合、経営方針の類もハーズ
バーグの衛生要因なので、逆効果になりかねません。

仮に従業員の読解力が低かった場合、分かったつもりで行動して失敗し、そ
れを不満に感じたり、他人のせいにしたりということもあり得ます。どうし
ても方針やビジョンを提示したいのなら、非常に分かりやすい日常的なエピ
ソードなどで教え、その理解をきちんと確認するぐらいはしなくてはならな
いでしょう。少なくとも中小零細企業で「お客様満足を追求し…」などの社
是を従業員に唱和させて業績が大きく伸びたという例をあまり聞きません。

▲成果主義の採用

成果主義は一見優れていて公平な評価制度に思えます。しかし成果をどのよ
うに測るかは明確ではありません。営業成績のような数字なら簡単に比較で
きそうですが、元々好意的な取引先や大口取引先ばかりの担当とそうではな
い担当とはフェアに比較することができません。

読解力が低いと、見聞きすることは低い読解力の範囲で理解できることばか
りになります。つまり、本人には分からないことが全くないように感じられ
ます。その結果、努力するという概念が生まれません。すると他人が努力す
るということも想像できなくなります。他人が成功しているのを見ると、単
に「運がいい」とスピ系に走り、「親に恵まれている」と遺伝に走り、「何
か裏があるに違いない」と陰謀論に走って、ことを片付けることになります。
そういう思考がベースにあれば、成果主義は全く理不尽な仕組みに変貌して
しまうことでしょう。

▲好きを仕事にする

「好きなこと」は「得意なこと」とも「組織がその人物に求めること」とも
大抵合致しません。「好きなことをして成功することができた」と言ってい
る、所謂「成功者」は大きな勘違いをしています。

まず、「やってみる」があり、「できるようになる」が続き、できるのを繰
り返すと「上手くできるようになり、自他ともにそれを承認できる」ように
なります。するとその仕事が「俄然面白くなる」ので、当然「好きになる」
のです。好きだから上手く行ったのではなく、上手く行ったから好きになっ
たのです。多くの人々は脳の辻褄合わせの機能によって勘違いをしているの
です。

会社において本人がやりたがっている仕事をさせて、仮にそれが良い結果に
ならなかった場合、残りの仕事は本人がやりたくないと感じていた仕事とい
うことになりますから、他の仕事をさせることができなくなってしまいます。
組織運用の面からも悪手と言わざるを得ません。

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○第4章:離職抑制の大誤解(指導編)

第3章では人事制度などの面でよくある誤った離職抑制策の実際を紹介しま
した。第4章では、日常の指導や育成の場面での誤った離職抑制策について
見てみましょう。

▲仕事の自由度をあげる

自由裁量があると仕事の満足度が上がるとの研究結果があるにはありますが、
その仕事が十分上手くできるという前提があってのことです。自由裁量にし
て出来栄えが基準を満たさなくなったり、納期が守れなくなったりするので
は本末転倒です。

東アジアでは社会的な調和から幸福感を得る一方、欧米では個人的な達成感
から幸福感を得る傾向があることは色々な調査で確認されています。ですか
ら、欧米の学説をベースにした自由裁量が日本人に与える離職抑制の動機付
けは元々かなり限定的であるように思えます。

社会学の祖であるデュルケームは、世界中からデータを集めて自殺率に影響
を与える要因を調べました。その結果、自殺を抑制する主要な要因の一つに
束縛があると分かっています。組織の束縛は仕事のやり方の束縛とはやや異
なるかもしれませんが、自由を与えることには様々なリスクがあることが分
かります。仕事の自由度を上げるのが有効なのは、それに十分見合う従業員
だけだと考えられます。

▲褒める

正しく褒めれば一応効果はあるとされています。正しい褒め方はプロセスを
評価し褒めることです。上手く行った結果を褒めると、より努力しない方向
に行動が改悪されて行くと各種の実験が明らかにしつつあるようです。

褒め方にも諸説があり、混乱を来しているように思えます。人前で褒めるの
が良いとか悪いとか、男女によって違うとか、いや年齢や経験によっても異
なるとか、定番がありません。(こういった実験をしても、その実験が行わ
れた国の慣習や文化背景によって結果は大きく異なることでしょう。)仕事
に対して工夫を凝らしたとか、打ち込んだとか、そういった点に着目して先
述の作業プロセスの良い部分を具体的に褒めることは、一応定番です。

褒めることについて、行動経済学のピグマリオン効果が説明されることがあ
りますが、広く再実験が為されても再現が危うく、有効性が疑問視されつつ
あります。

それ以前に、スキルや知見が十分でなければ、褒めた所で能力的に元々でき
なかった仕事ができるようにはなりません。良い結果に結びついた作業プロ
セスの褒め以外は、濫用しない方が良いでしょう。

▲コーチング/カウンセリング

よく「コーチングの前にティーチング」などと言いますが、コーチングによ
って幾らやる気を引き出しても、目標が分からなかったりやる方法が分から
なかったりするのではお話になりません。中小零細企業でコーチが従業員に
自分が最も活き活きと過ごせるように努力しなさいと動機づけしたら、全員
が退職願いを持って来たという笑えない話もあります。ここでもまた、スキ
ルや知見が十分でなく、自己効力感も低いような従業員に対しては、コーチ
ングはややもするとマイナス効果を生むだけでしょう。

世の中では「寄り添うこと」が大流行りですが、寄り添うことでは問題は何
も解決しません。「やり抜く力(GRIT)」や「忍耐力」が乏しいと、中長期
的な望ましい結果を想定したりすることができません。カウンセリングをし
ても将来のあるべき姿に向けて頑張ろうなどとは考え至らないことが多いの
で、取り敢えずのストレス低減以上の効果を生むものではないでしょう。問
題・課題から目を逸らさせず、具体的な作業の仕方や具体的なあるべき言動
を明確に教えなくては、状況は何も変わりません。

▲マインドフルネス

米国の多数の大手企業でマインドフルネスが社員研修として採用されていま
す。マインドフルネスはご存じの通り、数千年の歴史を持つ仏教などの瞑想
が基になっていて、ストレスの軽減や集中力の強化につながるとされていま
す。

サンフランシスコ州立大学の経営学者にして禅僧でもあるロナルド・パーサ
ーは、大手企業が社内研修としてマインドフルネスを採用することに警鐘を
鳴らしています。マインドフルネスの考え方に拠れば「不満と苦痛の根本的
な原因が私たちの頭の中にある」ことになるので、会社の組織運営や経営方
針に問題があっても、仕事で強いストレスを感じるのは従業員のストレス耐
性が低いことが原因であると解釈して、従業員に「個人レベル」で対応させ
ることになるのです。

経営側からすると組織の問題を個人に転嫁する都合の良い手法ではあります
が、至らない点だらけの中小零細企業現場では、従業員への責任転嫁も早晩
限界が来ることでしょう。

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○第5章:本気の離職抑制の下準備

これまでの章の内容を読んでいただくと、中小零細企業の社員には読解力や
やり抜く力(GRIT)などが不足しており、大手企業で有効と言われる離職抑
制策の適用には無理があるケースが多いことが分かります。中小零細企業で
の離職抑制の最強の手法は、実は育成なのです。

ならば直ぐにも育成を始めたい所ですが、その前にやっておかねばならない
ことが幾つかあります。

■最低限のコンプライアンス体制

後述するような育成を従業員に対して行なえば、従業員は戦力化する一方で、
現実的な社会常識をも身につけ、自社やそこでの自分の立場を俯瞰できるよ
うになります。そうなった際に、自社の経営があからさまな脱法行為や違法
行為を含んでいるのでは、それらの重大性が分かるようになるが故に、従業
員は寧ろ離職の道を選ぶでしょう。それどころか内部告発なども発生するか
もしれません。

ですので、業界慣習などで喩え同業他社も同様のことをしていたとしても、
最低限のコンプライアンス体制は確立しておく必要があります。

■就業規則・給与制度の整備

前項同様に、就業規則や給与制度も整備しておく必要があるでしょう。給与
も社長の主観的な判断で適当に決められているような中小零細企業も多いこ
とでしょう。それらを何か見栄えの良い制度に置換する必要はありません。

今までやっていることに特に違法性がないなら、それをそのまま明文化し、
説明を求められたら、説明ができるような体制にするだけで最低限はクリア
できるでしょう。「オーナー経営者の好き嫌い人事」は、中堅企業サイズで
もそれなりに罷り通っています。好き嫌いだとしても、一つの物差しで一貫
性を以て公平に評価・処遇していることが重要なのです。

■育成体制の確立

後述するような育成体制を今後徹底して従業員に対して行なっていくにあた
り、どのような育成をどのように抜けや漏れがないように行なっていくかを
精緻に計画して、確実に実行できるようにしましょう。

育成の計画をするには、採用するのが新卒者であろうと転職者であろうと、
ターゲットとなるモデルを決め、どの程度の知識や常識レベルの人間が入っ
てくるのかを想定する必要があります。喩えて言うなら小学生が入ってくる
のと中学生が入ってくるのではカリキュラムが変わって当然です。どれぐら
いの人材を自社は雇おうとしているかによって育成の内容は全く様変わりす
るのです。

育成を日常業務の一環として位置付けて、やると決めたことは必ずやること
も非常に重要です。繁忙期になると止めてしまったり、日常業務が主であっ
て育成作業は「空き時間があったらやる作業」のように位置付けたりしない
ことです。繁忙期でも給与の支払もすれば、請求書の発行もします。同様に
育成の業務もすべきです。

■風土変革

前項で育成体制を確立しても、オーナー経営者が「笛吹けど踊らず」ではお
話になりません。育成によって「分かる従業員」・「デキる従業員」を創り
上げることが離職抑制には最善策で、離職抑制を行なわなければ自社は存亡
の危機に立たされるという認識を、最低でも育成の最前線に立つ幹部・管理
職クラスまでは徹底させましょう。ついでにこれらの人々には、言い訳をせ
ず自責の感覚を持つようにこの機会に改めてもらいましょう。

前項で述べたように、取り分け、育成を日常業務として認識させるには、か
なりの徹底が必要です。オーナー経営者は、その点について決して妥協しな
い姿勢が必要になります。

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○第6章:本気の離職抑制の具体策

第2章から第4章を振り返ると、中小零細企業には育成が重要であることが分
かります。どのような内容を教えるべきか考えてみましょう。

■日常業務スキルの習熟

育成のテーマは幾つかありますが、一番大事なのは、日常の仕事が確実にで
きるようにさせることです。そういう風に言うと、「日常の業務はOJTで教
えている」などといった反論をするオーナー経営者や管理者が居ますが、大
抵の中小零細企業での「OJT」は「聞かれたら答える以外は放置」のことを
指しています。

マニュアルや手順書などを整備して、座学や現場説明を充実させ、じっくり
理解させ、教えたことはすべて復唱させ、その従業員が習ったことを第三者
に教えられるぐらいに一気に習熟させましょう。教える側の自己満足的に
「教えたこと」にするのではなく、教えられる側の「望ましい変化」が起き
たことを以て、「教えたこと」と定義しましょう。つまり、相手が間違いな
く実践できるようになるなどしないうちは、継続して教え続けるということ
です。

日常業務が確実にできるようになると、様々な離職抑制効果が生まれます。
中小零細企業で働く人材の多くは褒められた経験が少なく、自己肯定感や自
己効力感が概して低くなっていて、所謂「承認欲求」が強いニーズとして生
まれています。

日常の仕事ができるようになると、失敗してしまって周囲の人々に迷惑をか
けることがなくなります。それだけでも本人が感じるストレスが減ります。
仕事が分かるようになると、当日だけではなく、週単位や月単位での予定も
分かるようになりますから、仕事に振り回されることも減って行きます。つ
まり、自分で仕事をコントロールしやすくなるのです。

その上、作業人数としてカウントされるようになり、頼りにされたりアテに
されたりするようになります。人生の他の場面では満たされにくかったマズ
ローの言う所の「集団帰属欲求」(第三段階)が満たされるようになります。
さらに仕事が上手く手早くできるようになると、褒められるようになり、他
の従業員に教える機会なども生まれ、再びマズローの言う所の「自尊の欲求」
(第四段階)まで満たされるようになります。

コミュ障の若者が増えていると言われますが、日常業務の作業スキルや関連
知識をきちんと教えるだけで、分からないことを尋ねる機会は激減しますし、
失敗することもなくなるので叱責されて不満を抱いたり、言い訳したりする
ようなこともなくなります。つまり、仮にコミュ障の若者が実際に入社して
きても、仕事が当たり前にできるようにしてしまえば、コミュ障そのものが
大きな問題になるようなことはないのです。

■基礎的スキルの習得

日常業務を教える上で、基礎的スキルが不足していて、日常業務を教えるこ
と自体に支障が発生するかもしれません。例えば、作業を教えるために手順
書を与えて説明したけれども、漢字が悉く読めないとか、社用車に積む荷物
量を見積もらせたら、自然数の四則演算が間違いだらけとか、指示をしたら
その意味が分からず全く復唱できないなど、色々なことが起こり得ます。

多くの会社では、このような場面が発生すると、本来の教育カリキュラムが
維持できなくなるので、「まあ、取り敢えず、感じは分かったと思う」とか
「原理は分かっただろうから、あとは自分で練習して行けば何とかなるから」
などと結果を誤魔化して、教えたことにしがちです。しかし、それでは先述
のような「承認されるほどのスキル状態」には全くなっていません。このよ
うな場合は、敢えて、そうした基礎的なスキルの教育にも挑む必要が出ます。

もしそれをしないのなら、それをしなくて済むような人間しか雇わないこと
が肝要です。どのような知識やスキルのレベルの人材を雇うべきか、事前に
計画していない結果としてこのような現象が発生します。一般に採用力が弱
い中小零細企業では、大卒でも掛け算の九九を間違うような人材しか雇えな
いこともよくあります。それでもその程度のスキルや知識・教養が業務に必
要なら教えるしかありません。

現実に小学生の算数ドリルや漢字書き取り問題集を大学新卒の新入社員に課
している零細企業もありますし、商品説明の文章を素読する時間をミーティ
ングの一部に設けている零細企業もあります。それをやらず、なあなあの手
続き的な研修のみで教えたことにしてしまうから、人材は離れて行きます。

こうしたスキルや知識と同様に、最近はICTスキルも育成の対象になること
でしょう。若者の方がICTスキルが高いというのは多くの場合全くの幻想で
す。スマホを使い慣れていることやSNSを常用していることはICTの理解度と
殆ど関係がありません。

PCでエクセルを開いたこともない大学新卒者はたくさんいます。メールさえ
就活までは打ったことがなかった学生もいます。LINEやSNSのメッセージで
ことが足りてしまうからです。自社の日常業務に最低限必要なICTスキルは、
自社で教えることにする方が抜け漏れがないと考えられます。

■就労に関わる知見の習得

日常業務がスムーズにできるようになると離職抑制はかなり前進しますが、
その次に教育しなくてはならないのが就労観です。つまり、働くことに関す
る考え方です。

ネットの記事群を見ると一目瞭然ですが、中小零細企業で働くことの現実か
らかけ離れた言説が溢れ返っています。例えば「アルバイトでも食べていけ
る」、「ワーク・ライフ・バランスを大切にする」、「好きなことを仕事に
すると成功する」、「拘束された時間、言われたことをしてやり過ごすのが
仕事」などなどです。

実際に働き始めて、日常業務が十分にこなせず、「自尊の欲求」どころか
「集団帰属の欲求」でさえ充足していない状態が少々続くと、仕事そのもの
の価値や働くことの価値を見下し、それが取るに足らないこととして、面白
くない職場の日常を「無価値」にしようとします。分からないことはなかっ
たことにするのが、読解力の低い人々の特徴です。分からない仕事は当然不
快ですから、自分の人生の中に極力なかったことにしようと脳が機能するの
です。

こうした状況が起きてしまうと、世の中に溢れる馬鹿げた情報がどんどん脳
に浸透して来て、非現実的な理由による退職に至ります。就労の常識をきち
んと教えておくことは、言わば離職予防のワクチン接種なのです。

■社会常識の習得

本来企業で、それも中小零細企業で、教えるなどとは想像ができないような
テーマですが、例えば、源泉徴収とは何であるのかとか、クレジット・カー
ドは打ち出の小槌ではないとか、そういった日々の金銭管理・生活管理に関
わるような事柄。さらに健康管理・自己管理の最低限の知識なども、不摂生
が祟ったり、病気になったりするのを予防する上で、非常に重要です。

こうした事柄は本来学校で習っているはずですが、それを記憶していないか、
朧気に知っていても、自分の生活に活かせるものとは思っていないとか、そ
ういった状態に若手従業員はなっていることが殆どです。これらも分かって
いれば、社内外で無用なトラブルや問題を回避することができ、離職抑制に
役立ちます。

或る上場企業では大量採用している地方高校新卒者にこの分野の徹底した教
育をすることで、以前は非常に問題だった離職要因を潰すことに成功してい
ます。その要因とは、「キャッチ・セールスにハマって自己破産する」、
「クレジット・カードを濫用して自己破産する」、「新興宗教に勧誘されて
失踪する」、「風俗店に入り浸って失踪する」などです。

■「本気の離職抑制策」のまとめ

(1)まず教えてできるようにする。

 鉄則1:できる(実践できる/説明できる)まで教える
 鉄則2:できないのは自社組織の責任と位置づける

 教える内容は…
 a)日常業務に必要なスキル・知識
 b)(a)の教育に必要となる基礎的スキル・知識
 (読解力や計算力、ICTスキル・知識など)
 c)就労観
 d)社会常識(金銭管理・健康管理・生活管理などに関わる知識)
 
(2)上の内容をマスターしたら、それを承認し、称賛する。
 業務に関しては承認と称賛の後、責任と自由を与えフォローする。

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○第7章:本気の離職抑制の事後策

第6章を振り返って見ると、極めて当たり前のことばかりです。知っていて
当然、デキて当然の知識やスキルばかりです。しかし、それが「普通に揃っ
ている」従業員は現実にはあまりいません。

分からないことをそのままにさせて、意味も意義も分からない仕事を、まぐ
れの当たり外れのリスクの中で行ない続ける日常。外れれば意味不明のうち
に叱責され、世の中は自己責任だと思い込んでいるので、何とか責任回避し
ようとすれば、仕事から精神的にも物理的にも逃避したくなるのは当然です。

外部では「同族の経営者がオーナーとして独善的な経営をしている中小企業」
だの「中小企業は日本の生産性を押し下げる存在」などと言われ続け、ネッ
トをみれば「好きを仕事にしなくてはダメ」だの「FIREでさっさと嫌な職場
とオサラバする」などと喧伝されている中で、働き続けられる方が不思議と
言えます。

それをスッキリ全部解決できるのが、第6章の育成体制です。中小零細企業
にそんな余裕がある訳がないと感じる人々も多いかもしれません。しかし、
ここまで読んでいただいてお分かりの通り、採用力も極端に低く、一般論で
労働者として質の低い人材を雇うことになりやすい中小零細企業だからこそ、
こうした育成体制を備えなければ、生き残っていけません。

では、こうした育成体制を備え、相応に「デキる人材」が自社に溢れるよう
になったら、何をすべきでしょうか。勿論、既に見てきたように、社内で多
数派の「デキる人材」の御蔭で、自社のマーケティング力は既に上がり、収
益性も徐々に改善しつつある前提です。

■経営環境の悪化と事業維持コストの増大

一つ考えられるのは、経営環境の複雑化と悪化への対策の実現です。ここ最
近でも、残業時間の上限設定などは雇用環境を揺るがしました。最低賃金も
逓増しており、増大する人件費の負担をどうするかは中小零細企業の喫緊の
課題です。

急激に最低賃金を引き上げた韓国では、まず人の値段が高くなり過ぎて、中
小零細企業が雇い控えをするようになり、その後リストラに進み、その上、
廃業する企業が続出しました。日本の最低賃金上昇率はそれほどではありま
せんが、それでもその対応は容易ではありません。

電子帳簿保存法による処理やインボイス制対応もかなり面倒ですが、それ以
前に各種のICT化の対応は中小零細企業では五里霧中になっているケースも
多いでしょう。

それ以外にもネットで炎上したり、ハラスメントや差別などの問題で法的係
争になったりと、コンプライアンスをきちんと維持しようとすれば、ありと
あらゆる問題が中小零細企業に降りかかってきます。

■事業維持コストの抑制方針

中小零細企業のこうした状況への抜本的な対応方針は、まずは収益力を上げ
ることです。収益力が上がれば、資金を使って取り得る対応・対策の選択肢
が大きく広がります。まずは他社にはない差別化された強みの実現が理想で
はあります。しかし、離職抑制ができて来ても、徐々にしかこうしたメリッ
トは実現しません。理想論はさておき、やや現実的且つ抜本的な対応方針は
それ以外に三つあります。

(1)マーケティング上の必然性がない限り、情報発信を制限する

大手企業は株主が外部にいるため、IR情報の発信は必須ですが、中小零細企
業はそのような必然性がありません。外部に情報が漏れないようにすれば、
全く無関係の外部の人間からネット上で糾弾されたり、電凸されたりするリ
スクも減少します。固定した取引先だけで事業が安定している中小零細企業
の場合、ウェブさえ存在しないことはよくあります。

仮に新規取引先を恒常的に探し出すビジネス・モデルであっても、最低限の
ウェブページに十分なSEOを施し、ターゲットを絞り込んで、「デキる人材」
による人的販売の比重を上げれば、情報の流出は最低限に抑え込めるでしょ
う。

特殊な技術も特許を取得するとコストがかかる上に、公開情報になって逆に
迂回されやすくなります。中小零細企業なら企業秘密として維持した方が、
メリットが大きいケースが多いでしょう。

求人も求人サイトなどを用いず、極力ダイレクト・リクルーティングを軸に
すると、確率的なマッチングの非効率を回避できますし、採用プロセスにお
ける行き違いなどの問題も起きにくくなります。「デキる人材」の周囲には
「類友(ルイトモ)」の原理で「デキる人材」やその原石が存在する可能性
が高いでしょう。

(2)企業の組織サイズや事業サイズを小さく保つ

事業運営に関わる法制度は多くの場合、中小零細企業には緩くできています。
厳しい規制を避けるなら、サイズを小さく保つことが有利です。

また組織サイズが小さい方が、個々の従業員や個々の顧客の状況を把握しや
すく、経営層の人々の自然な認知能力の範囲で、状況を把握できます。従業
員数2000人の大手企業ならいちいちシステムの示す数字を読み取ったり、監
視カメラの画像を抽出して確認したりする必要がある所を、30人の中小零細
企業ならその場に直ぐ行ったり当該人物と直ぐ面談したりするだけで、状況
が簡単にしかも仔細に把握できるということです。中小零細企業の機動性の
高さを実現するには、こうした「デキる人材」の認知能力を活かした方法論
が有効です。

また、中小零細企業が身の丈に合ったICT活用を行なっていくには、社内に
ICTの知識やスキルを常識的に持ち合わせている必要がありますが、「デキ
る人材」ならそのような任にも当たれることでしょう。事務部門は勿論、営
業や製造の現場でも中小零細企業が活用できるICTツールは多種多様に存在
します。それらのうち自社に合うものを選定・導入できれば、省人化と共に
企業組織を小さく抑え込むことが可能になるでしょう。

(3)雇用関係を徐々に減らす

業種横断的に見て法的なリスクが高い領域は人事です。それは労働法の規制
が厳しく、多くの場合、労働者に有利な設定になっているからです。派遣社
員を含む雇用の対象者は、喩え本人がもっと働きたくても、残業は一定時間
以上できませんし、有給休暇も確実に取らねばなりません。「デキる人材」
なら、好きを仕事にするのではなく、デキる仕事が好きになって行きますか
ら、こうした制限は余計なお世話以外の何ものでもありません。

会社側も雇用者の労務管理は大変です。源泉徴収だって本来の経営に必須で
はありません。雇用者として怠ると大変な義務がやたらに存在します。健康
診断の実施を始め、従業員個々人の健康管理までしてやらねばなりません。
やたらにコストがかかります。

つまり、雇用関係はデキない人材と会社の関係を前提としているのであって、
デキる人材と会社組織の間では、いちいち休み時間まで計測して面倒を見て
やらねばならないような関係は不要という見方もできます。

或る関係が雇用かどうかを判断することを「雇用裁定」と言いますが、その
条件は9つあります。そのうち、一般的に重視されるのが「日常業務におい
て指揮命令をしているか否か」です。「デキる人材」が経験を積めば、日々
の指揮命令は殆ど不要になってきます。本人が活かしたいスキルを用いる仕
事が、自社内には不足しているようなケースが出たら、他社でも同様の仕事
をしたいと考えることもあるでしょう。

指揮命令が必要なく、他の8条件も満たすような関係が作れるのなら、どん
どんそういった人材を零細事業者にして雇用の枠組みから外してしまう方が
良いでしょう。そうすれば、最早離職を心配する必要もありません。離職を
してもらって零細事業者として自社の仕事をし続けてもらえればよいのです。

クラウド上のアウトソーサーの活用を喧伝するネット広告などをよく見ます
が、わざわざ未知のアウトソーサーをネットでマッチングするよりも、デキ
る元社員をアウトソーサーにした方が間違いなく効率的であることでしょう。

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あとがき

かなり現実感あふれる本音の中小零細企業経営論を少々書きまとめてみまし
た。中小零細企業に対して、まるで愚鈍でバカで無能な人ばかりいるような
筆致なので憤慨なさった方もいらっしゃるかもしれません。お感じになった
不愉快についてはこの場でお詫び申し上げます。

ただ現実から目を逸らして問題・課題を緩和・解消することはできません。
橘玲はその著作のあちこちで、OECDが行なう「国際成人力調査」で「先進国
の成人の半分が簡単な文章を読めない」という衝撃の事実が明らかになった
と書いています。そのような中で日本はかなりマシな方で…

●日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない。
●日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない。
●パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない。

という状態です。一般に大手企業に比して中小零細企業は求人力が弱いので、
こうした状況の中で劣位にある人材しか採用できないとすると、ネイティブ
の日本人なのに日本語が読めず、小学校の算数が覚束なく、PCも満足に使え
ない人材が集中的に組織内に蓄積されることになるでしょう。

これが現実です。自分自身を振り返って見ると、北海道の田舎町にある、全
国でも偏差値が低めの北海道のさらにその中でも偏差値がかなり低い高校を
卒業して、18歳で就職した時、私は新聞を読む習慣も全くなく、テレビのニ
ュース番組で言及される経済用語なども全くイミフの状態でした。ネットど
ころかパソコンもなく、DVDもCDもない1980年頃のことです。

全国35万人組織で、組合も実質的日本最大で、まだ有給休暇が一日もない新
入社員を全道から集めて温泉街のホテルに2泊3日滞在させて、労働者の権利
を徹底的に教え込むといったことをしていました。この3日間は欠勤扱いに
なりますが、組合がその分の給料を補填してくれる大盤振る舞いでした。

赴任した技術職の職場では、勤務前にラジオ体操をすることになっていまし
たが、賃金支払いの対象時間になっていないので組合研修の知識を基に拒否
すると、大問題になりました。

会社が費用を負担して、勤務時間中に研修として自動車学校に私を通わせ、
運転免許を取らせてくれました。全く素養がないのか、自動車学校のコース
内で二度も人身事故を起こし、路上に出ても北海道の真冬の猛吹雪の中ばか
りで、時速20kmも出さない運転で視界20mのような中を運転し、所定のコー
スの3分の1地点で引き返してばかりで、全然練習になりませんでした。田舎
町の学校は同情的だったのか、問題児を早く卒業させて縁を切りたかったの
か、あっさり免許が取れた私はその後業務用車両で何度も軽微な事故を起こ
しました。

典型的低血圧の夜型人間なので、夜更かしの翌日にボケたミスを連発して、
叱責を超えて諦められていたようなこともありました。元々子供の頃から病
弱でしたが、毎日働きながら健康管理をすることが上手くなく、どうにもな
らなくなって入院したことが6年間の在職期間中に二度もあります。自分の
準備不足や努力不足でも、他責上等とばかりにいつも適当に言い訳していた
ように思います。振り返って見ると、バカで迷惑な社員でした。自分が当時
の私の上司だったら、自分の上司に相談の上、何とか合法の範囲で退職勧奨
を試みたのではないかと思えます。

そんなバカ丸出しだった私は、中小零細企業の多くの従業員がとても優秀に
思えます。4大新卒者の若手社員などは、文中で述べた通りメールの文章さ
え誤変換だらけですが、同じ年の頃の私に比べて直向きで真面目に仕事に臨
んでいるように見えます。そして仕事の分からなさや、訳の分からない世の
中の面白く無さに失望し、青い鳥を探してか単に逃避したいだけか分かりま
せんが、職場を去って行きます。もっとグータラに開き直って、会社に迷惑
をかけ続けて居座ってもいいんじゃないかと思えるほどです。

しかし、基本が真面目な彼ら彼女らは、スマホのゲームのように生き急いで、
離職という選択肢を掴み取ります。今回の周年記念特別号は、そんな若い人
々に中小零細企業ができることを真剣に考えてみた結果です。最後までお読
みいただき感謝いたします。

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