今年最初の映画を、ピカデリーで日曜の夜に見てきました。
高卒で就職して最初の二年間、田舎町の寮にいた頃、よく食堂のテレビで見たサンライズのアニメは、ボトムズ、ザブングル、ダンバインだったように思います。これらはそれより以前に朝の早い時間にやっていた伝説巨人イデオンと違って、入れ込むほどに好きにはなりませんでした。それでも、ボトムズ、ダンバイン、ザブングルの順に好きだったので、その映画化作を見てみたくなって、劇場に足を運びました。公開直後でも、夜の回は全然混んでいませんでした。
結論から言うと、私にとっては好きになれない映画です。パンフレットも製作されていないと言うことで仔細が分らないままという気はしますが、残る違和感だけでも、十分な「不作」の実感を構成します。
違和感の第一は、やはり、微妙に組み合わされたCGだと思います。ATと呼ばれるスコープドッグ(逆ですね)はCGでリアルに描かれているのですが、それ以外の殆どの絵は手書きアニメのままです。例えばATが被弾して木っ端微塵になると、飛び散る部品は突如CGからアニメになるなど、何か変に見えるのです。どうせなら、ずっと全部どちらかにして欲しく思いました。
続く違和感の第二は、故障と言うか破壊されるATは山ほどで登場するのですが、殆ど修理されることがないということです。昔私がテレビで見たボトムズでも、機器がやたら故障します。考えてみたら当り前で、戦闘機器な訳ですから、基本は破壊されるのが宿命です。ところがテレビでは、人々はやたら修理したがるのです。私の記憶に残っている主人公キリコのシーンは殆ど、機械の修理をしているように思えるほどです。当時私は、電話局内部の装置を保守する技術職に成り立てで、MTBF(Mean Time Between Failure)と言う当時の私には驚きの概念を習ったばかりでした。一つの機械が次に故障するまでの時間を表すのがMTBFですが、例えば、100時間のMTBFを持つ機械を1000個組み合わせた装置があったとしたら、確率的には0.1時間に一回壊れることになります。つまり、6分しかまともに動かない機械になるということです。こう言うことを習いたての私には、テレビのボトムズのやたら記憶に残る修理シーンは非常にリアリスティックでした。
さらに第三の違和感は、キリコがそうであるという設定の「異能生命体」と言うものですが、これが、ほぼ全く死ぬことがないというのが、遺伝子レベルでそうであるような生命形態そのものによるものなのか、単純に確率的に偶然を重ねて生き残っているものなのかが、どうも、よく分りません。単純に私の理解力が低いだけなのかもしれませんが。
そして、第四の違和感は、なんとなくの話ですが、とてもセリフがぎこちないことです。目をつぶって聞いていると、どうもかみ合っていない会話と言うか、間がもたない会話に感じられるものが、随分あるように思いました。オリジナルのテレビ版もそうであったかどうか記憶が定かではありません。映画のこの違和感も脚本によるものなのか声優の技術レベルによるものなのかよく分りませんが、何となくしっくりきません。
と言うことで、年初第一弾の映画鑑賞は不発感たっぷりでした。DVDは買いません。ただ、特に第三・第四の違和感が実際にはどの程度のものだったのかをテレビ版で確認してみたくはなりました。レンタルビデオ店などにあるのを見つけたら、つい借りてしまうかもしれません。