『グッドバイ、バッドマガジンズ』

 1月20日の封切からまだたった2日の日曜日の夜。仕事が想定よりかなり早く終わり、急遽、映画館に駆け込むことにしました。新宿の靖国通り沿いの地下にあるシアターが一つの老舗映画館の夜6時40分からの回です。この映画館では1日3回上映されていますが、この回が最終回で、終了後にトークイベントがあることと合わせて、上映開始時に予告がないことが、チケット購入時に案内されました。

 実は、トークイベントで分かったことですが、この作品は厳密には1月20日の封切ではなかったようです。オフィシャル・サイトには以下の文章が見つかります。

「2022年10月28日(金)にテアトル新宿で公開された本作は自主映画という小規模な映画作品でありながら連日多くのお客様にご来場いただき、おかげさまで2023年1月20日(金)より拡大公開が決定となりました。」

 サイトでは、今年に入ってから協賛金募集までしていますので、かなりの手作り感ではあります。今時流行のクラウド・ファンディングには行かず、自サイトで協賛企業募集というのが、業界臭いように感じられます。この業界臭さは結構引っかかる部分があるので、後述します。

 この一応の「封切」は都内では新宿と池袋の2館で行なわれていて、他にも数館全国単位で存在しますが、それほど多くありません。

 ネットで見ると、この映画館の座席数は200席少々ですが、予告がないという開始時間ぎりぎりにシアターに入ると、半分弱ぐらいの席が埋まっていて、大雑把に見て70ぐらいの観客がいたように思えます。もう少々いたかもしれません。いずれにせよ、ここ最近私が劇場で見た中ではそこそこ多い観客数です。かなりアバウトな把握ですが、全体の6割ぐらいが男性でかなり高い方に年齢層は偏っています。私でも平均より若いのではないかと思えました。残った女性もそれなりに高齢層に偏っていますが、平均を取れば、40代後半~50代前半ぐらいに落ち着きそうに見えました。最前列の片隅にこの映画館の高い背凭れからでも頭の派手な被り物が大きく食み出る状態で、新宿の有名人タ●●ーマスクが座っていました。大きく食み出ることを分かっていて、後方の人々の視野に食い込まないようにとの配慮でそこに座っているのだろうと思えました。

 私はこの作品を観てみたいと思っていました。それほど強烈な動機ではないのですが、少なくとも、前日に観た『映画 イチケイのカラス』よりは明確な動機です。パンフが入荷未定とか言う状態のこの作品のオフィシャル・サイトには以下の文章があります。

「誰もが一度は見たことがあるコンビニの成人雑誌の棚。成人誌という性質柄、雑誌の制作過程はあまり知られていない。その知られざる性的メディアの裏側で従事する者の苦悩や問題点を多数の関係者から取材。実話を元にした本作は脚本執筆に3年以上をかけ、また完全自主制作という制作スタイルを生かし、大手映画会社が作ることのできない忖度ナシ、配慮ナシの作品を完成させた。
電子出版の台頭による出版不況、東京五輪開催決定によるコンビニからの成人雑誌撤退、さらに追い打ちをかけるように起きた新型コロナウイルスなど、激動の時代に生きた彼らにスポットを当てた業界内幕エンターテイメント。」

 私は中小零細企業の経営支援の商売をオモテ稼業にしていますが、過去のクライアントには、アダルト・グッズ総合メーカーもありましたし、その御紹介で某有名レーベルのAVメーカーの案件も1年以上続けていました。アダルト・グッズ会社の方では、新規商品開発のプロジェクトでそこそこヒットした商品の開発から市場への送り出しの企画にも関わりましたし、その商品倉庫の脇の一角には、まさにエロ雑誌も(外部から仕入れられて)在庫されていて出荷を待っていました。AVメーカーでは販売促進をより「経営的」に行なうことを中心として関与して、その後、新規事業でAV女優を使った18禁ではない作品を作りだすレーベルの立上げに関わった際には、作品企画と脚本書き(+演出助手、小道具、衣装)まで成り行きで手掛けることになりました。

(この経験は、その後、『もしドラ』風に専門知識を物語で平易に教える作品のゴーストライティングをするスキルとして結実して、世の中にその成果が数冊単位で未だに存在しています。私の就活にかかわる電子書籍2冊も、この時の脚本書きの経験がなければ無理だったと思います。)

 さらに、単にアダルト系の商売をそれなりには知っているということだけではなく、雑誌の出版社にも在籍していましたから、雑誌の出版の現場がどのようなものであるのかも、それなりには分かっているつもりです。そう言った、業界をまあまあ想像できる人間として、観てみる価値がある作品かと思った結果です。ただ、上映回数が限られており、偶然、仕事の空き時間ができたので観ることができましたが、予定ではなかなか観ることができなさそうに感じていました。(朧気な記憶ですが、この作品の同映画館での昨年の自主上映の段階でも、私はこの作品を認識はしていたように思えます。)

 観てみて分かったのは、流石トーク・イベントで、劇中のキャラにもモデルがいるぐらいに、『実話ナックルズ』を中心に現場の取材やリサーチを重ねたと言っているだけあって、或る面でその通り過ぎて、だから何が面白いのか全く分からない作品になってしまっていることです。

 或る意味、中小零細企業全般に広く言えることかもしれませんが、ほんの一部の例外を除いて、普通に考えれば分かるような、当たり前の打つべき手を当たり前に打っていない中小零細企業は非常に多く、特に零細出版社のような、固定した業界内部で実際の読み手のニーズ把握も満足にできないどころか、読み手のモデル像さえ真面目に考えたこともないようなモノづくりをしているような業界は、マーケティング的な観点が事業推進の上で完全に欠如しています。

 零細出版社の方は、文字をバンバン書いたり紙面をデザインしたりという行為をしている訳ですから、思考も満足にできないほどに読解力が低いのでは、勤まりません。しかし、専門バカになり、自分たちなりの勝手な妄想の世界の「面白いモノ」を追求する傾向があります。そこには多くの場合、お客様目線は存在しません。(だからと言って、お客様アンケートなどの結果に従ったものづくりが理想なのでもありません。)

 アダルト関係業界でも、この傾向はあまり変わりませんが、さらに、質の高い人材(多少なりとも偏差値の高い大学出身者とか、相応に長い期間転職せずに正社員として働いた経験がある人材とかという、中堅企業以上で人事担当者ウケする論点のことを言っています)が殆ど集まらないという現実がさらに覆い被さってきます。私が知っているアダルト関係の或る会社では、既存の営業マンに毎月前月のヒット商品上位10作を暗記するように求めただけで、営業担当者が半数退職したことがあります。別に商品のベネフィットを熱く語れるように厳しいロープレを課した訳ではありません。単に名称を10個覚えるだけのことです。

 沢山取材したという『実話ナックルズ』は、扱い記事の種類が多く、厳密にはアダルト雑誌とは言えないように思えますが、劇中の零細出版社は非常に質の低い働き手が組織にやたらと存在します。出入の業者と組んで、金銭を横領する管理者。ぬるい考えを振り回して独立して編プロだか出版社だかを立ち上げて、結果的に(劇中で明確に語られていませんが)自死を遂げたらしい人物。付録DVDのモザイクかけを一部怠ってしまい、会社の経営を致命的なリスクに曝しても、事の重大さを分からずニタニタ笑ってしまう人物。自分が担当しているAV作品評論のライターの元AV女優とガンガン寝てしまう一見真面目系編集者は、その後、元モデルの美人妻に包丁で首を切られます。

 経営者と思われる人間も、ギンギンにパワハラ系です。その結果、締切前は或る程度こうなるのは業界の常ではありますが、恒常的に(どう見ても特別の賃金加算が行なわれているようには見えない)超過勤務が社員を襲い続けて、常態化しています。或る雑誌の売上が不振になると、すぐに新たな雑誌を作ることで挽回しようとしますが、そのコンセプト・メイキングのプロセスも場当たり感満載の上に、やっつけ感も満載です。特定の人物の裁量に任せて、相談で作らない点だけは評価できますが、あまりにも杜撰です。

 さらに収益が合わなくなって来てやることは、幾つかのタイトルの編プロへの外部制作委託で、只々目の前の支出を削ることしかしません。売れないと営業担当者を呼んで、窓から飛び降りるかと迫ったりもしています。先述のモザイク掛け漏れの事件の落とし前として、AVメーカーが“出版社のオフィスで疲弊した社員をAV女優が癒しに来る”という企画の撮影をさせろと迫って来て、それを受け容れた出版社は、いきなり素人の男性社員に自社事務所でAV女優とセックスさせたりもします。

 確かにSODでも女子社員をAVデビューさせたりしていますし、遥か昔の代々木忠監督の名シリーズ『ザ・面接』も初期は完全に普通の業務を行なう事務所の傍らで撮影されていました。だからシチュエーション的にはおかしくないとも言えますが、すくなくとも、ペナルティで会社業務として受け容れて、いきなり一般社員をその渦中に投げ込むというのは、かなり行き過ぎ感があります。また、主人公の若い女性編集者は、先輩社員が庇わなければ、完全にAVに出演させられる状況になっていました。その場合、男優は呼ばれていなかった以上、自社の男性の同僚や先輩とセックスをすることが求められたことになります。

 劇中で起きているこれらの出来事が、リアルの業界でもあるかと言われれば、かなりあるのではないかと私も思っています。実際に劇中でも、月一回の営業部門との打ち合わせで、営業管理者が編集局長に向かって、「パンツを付録に付けろ」と要求している場面があります。パンツの原価もそうですが、大量に同じパンツを買い付け揃えることの困難さ、それの封入作業など、やたらめったらコストがかかるのに対して、本当に販売数をそのコストを埋めて余りあるほどに引き上げる効果があるかはかなり怪しい素人アイディアと言わざるを得ません。実は、このパンツを付けるというアイディアは、私もアダルト関係の案件期間中に数度(実現したことはなかったように思いますが)耳にしたクリシェのアイディアです。それぐらい、この作品は現実を反映しているということだとは一応思います。

 本田翼主演のドラマ化された『午前3時の無法地帯』は、アダルト雑誌の出版社ではなく(劇中の出版社もアダルト雑誌を出しているのは出版部門の一部だけで、BLコミックを出しているような部署もあります。)、パチンコ業界の雑誌(業界誌だったかパチンコ・ユーザー向け雑誌だったか記憶が明確ではありません。)を作る出版社の話でしたが、AV撮影を内部で行なうことこそないでしょうが、労働環境や組織運営、事業運営の実態はあまり違いません。

 他業界なら中小零細企業でももう少々多い割合の企業がもうちょっとまともにマーケティングを理解しているだろうと思いますが、この辺の業界の人々は不思議なぐらいに全くマーケティングと言う概念を持ち合わせていないような行動ばかりをとって、どんどん経営を危うくしていきます。

 例えば、私の実体験で、アダルト・グッズの商品開発プロジェクトで、オナホールのアナル版を作りたいという話が持ち上がったことがあります。そこで、そのコンセプトを私が問うと、担当者は「他社にもあるようなアナル・ホールです」とだけしか、(このプロジェクトに半年以上は参加しているのに)答えられませんでした。私は「アナル・セックスのイメージを打ち出す訳だけど、それはユーザーはどんな理由でアナルでするのかを詰めてきてください。男性の同性愛者のイメージなのか。男性が女性との普通の性交では飽きてきて、自分の彼女にはなかなか求められないし言いだしにくいアナル・セックスをしたくなったということなのか。それとも、たとえば、デリヘルでよくAFのオプションを付けている人間に、それをイメージさせるように売る商品と言うことなのか。若しくは、たとえば、膣の方は初めてを取っておきたいというツンデレ系のカワイイ女子が、『アナルならいいよ』と仕方なくするような物語があるとか…。あと、大体にして構造的には、通常のホールとどんなふうに差別化をするのか。アナルの場合は入口がキツく固くて、奥は急激に広がる構造を実現しないと、実感に近くならない」などと私が掘り下げて、問い詰めてやっとコンセプト作りの意味が通じるようなこともありました。この辺を固めないと、商品のウリもパッケージデザインも流通ルートも販促方法も決まりません。

 こういうことを考えてモノづくりをしている、この辺の業界の会社はほとんど皆無と言っていいと私は想像します。ですから、アダルト雑誌について「電子出版の台頭による出版不況、東京五輪開催決定によるコンビニからの成人雑誌撤退、さらに追い打ちをかけるように起きた新型コロナウイルスなど…」と、外部環境変化をしたり顔で列挙しては、自分達の努力不足や経営観の根本的な欠如を棚上げして、業界不振を語る態度には私は全く共感できません。現実に作中でも、海外市場の可能性や遠洋漁業の漁業関係者向けの販売、さらに高齢者向けの販売などの可能性が言及されていますし、大手コンビニが撤退したとはいっても、すべてのコンビニや小売流通が撤退した訳ではないことも、劇中で示されています。では、そのようなターゲット顧客や流通に特化した製品作りが行われたかと言えば、ほぼそんなことはないでしょう。(勿論、それで往年の売上が全部回復されるようなことはないと思いますが、少なくとも下降を緩め、プレゼンスを高める効果ぐらいは間違いなくあるでしょう。コンテンツを他に活かすような新ビジネスの創出だって、難易度は高いですが、できないことではないものと思います。)

 劇中で女性向けエロ雑誌の創刊の場面が出てきますが、それも絞り込みが非常に甘い状態に私には見えます。男性向けのAVだけでも嗜好別ターゲット層は大きく3~4つのセグメントに分かれています。女性の方が性欲の扱い方に幅が広いのですから、ターゲットのセグメントが男性より多くなると考えるのが普通です。ならば、男性の場合以上に、その性行動のパターンまでガッツリとシミュレーションしなくてはモノづくりなどできるはずがありません。多くの女性向けAVレーベルが不振状態ですが、女性はかなりAV(ないしはアダルト動画)を見ています。それは、作り手の考える女性向けAVのコンセプトが的外れであることの証左です。

 非常に面白いことに、このお客様無視の業界感覚は、劇場でも発揮されていて大問題となっていました。劇中ではありません。リアルな劇場です。私が観た上映回の前の回の観客の男性一人が、エンドロールぐらいの時間にシアターから飛び出てきて、ロビーで激昂してクレームを言い始めたのです。私もロビーに居ましたが、ロビーの奥のパーティションで区切ったスペースが、トーク・イベントに出演したり関係したりしている人々の待機用に設けられていたのです。待機している間、ずっと彼らはニタニタと内輪話を続けていました。少なくとも自分達の作品を観る予定の人々が目の前のロビーに集結しつつあるのに、取るべき態度ではありません。おまけに後から分かったことですが、上映3日目にして、トークイベント目当ての業界内部の人々はかなり多かったようで、このニタニタして話すを止めないトークイベント関係者に「よぉ」などと挨拶している人間もいました。

 激昂したその観客は、扉に近い席にいたようで、ずっと上映中も扉の外のこの内輪話に興じている人々の声が気になって映画を観ているどころではなかったということで、監督やらプロデューサーも交えてクレームを言い、さらに映画館スタッフにも厳しいクレームを入れ、最終的に映画館側が何かの謝罪をしたようでした。映画制作関係者は自分達が誰のお金をどういう理由で貰えているのかを全く自覚していない態度のように思えました。

 トーク・イベントはナギサワカリンという主題歌の歌手まで来ていて、2曲も持ち歌を披露するものでしたが、トークの場面では、プロデューサーがずっと司会役をしていました。役者だの監督だのが話している間、なぜかプロデューサーは、病院のカウンターに置いてある製薬会社のノベルティの人形のように、ずっとカラダを左右に揺らしていました。落ち着きなく見苦しいこと甚だしかったです。トークの段取りや、大まかな答えの内容なども決まっているようには見えず、杜撰極まりない進行でした。トーク・イベントの終わりには、「今壇上にいた関係者が、ロビーに…、あ。一階でしたね…にいますから、是非お話などをして…」などと語っていましたが、トイレにも行き、必ずしも早く出た訳でもない私が見た限り、ロビーにも一階にも彼らの姿はありませんでした。

 オフィシャル・サイトによると、リピーター券もあるようですし、劇中で「ウチはナックルズじゃないんだ」というセリフが出ると、観客は大ウケでしたので、内輪の人々や仲間内が何度も観に来る想定があるのだと思います。繰り返し見る人がいる想定で、私が当事者なら、くだらない喋りがクレームにつながったことをトーク・イベントの最初にきちんと謝罪するだろうと思います。しかし、そう言うことは一切ありませんでした。「面倒な客に当たった災難」ぐらいの感覚で受け止めている可能性もあるかもしれません。

 自分達が何を求められているか考えたこともないような人々が、内輪ウケの映像を見ては、「俺たちは良いモノを作ろうとしているのに、社会がそれを許さないんだ」と相互に傷を舐めあうために作られたような作品に感じられました。その物語の中の人々にも、その物語を作ってロビーに待機している人々にも、自分達に欠落しているものが何か全く考えられていず、私にはそれを、(そういうパーツもほとんどありませんでしたが)とても笑える内容と見做すこともできなければ、リアルなドキュメンタリーのように感じ入ったりすることもできませんでした。

 只々、劇中の業界の人々が、お客を真面目に考えれば良いだけの当たり前のことから目を逸らし、「つらい」、「つらい」と愚行の言い訳をする作品に見えてなりません。作品タイトルは、本来『グッドバイ、バッドパブリッシャーズ』とかになるべきでした。DVDは不要です。

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