『ホリック xxxHOLiC』

 先月29日の封切から約一週間が経過した木曜日に、ピカデリーで13時45分の回を観て来ました。1日に6回も上映されています。私が観たのは1日の中で3番目の回で午前中に既に2回上映されている人気ぶりです。GWの最終日となるその日、新宿での各種用事を足す都合から、チケットを買いに行ったのは13時少々前でした。その時点ではそれほどの混雑も見せていなかったロビーを見て、「GWは皆遠出かな」などと思っていましたが、上映開始20分前に戻ったら、ロビーは見通しが利かない程の人で溢れていました。

 現在も物語が進行中の原作コミックを元にした実写化作品です。コミックの方はタイトルが映画タイトルの後半部分だけです。映画の方は一般の人向けに読みを頭につけてくれたということなのだろうと思われます。私は全くこの原作を知りません。ウィキで見ると2003年に連載がスタートしてオリジナル作品は2011年に一旦完結しているようですが、その間にも後半で『xxxHOLiC・籠』(ホリック・ロウ)と改題したと書かれていて、その後、2012年から『xxxHOLiC・戻』(ホリック・レイ)が開始。2017年に休載したものの、2023年から連載再開と告知されている状態のようです。アニメ化の話や『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』なる内容がリンクしている別作品の存在を見るまでもなく、オリジナルコミックの流れを見るだけでも、コアな人気が間違いなく存在しているように感じられます。パンフレットには累計1400万部のヒット作と書かれています。(しかし、東京都内で30館ほどの上映館ですから、メジャー級の大作と言うほどでもないかもしれません。)

 コアな人気を支えるファンの人々には今回の実写化は、非常によくある話ですが、全く不評と言うことのようで、この作品名を入れると「実写 ひどい」などの検索候補がPCの画面に現れます。それでも、『亜人』のようにコミックでもアニメでも楽しめる数少ない例外を除いて、各種の物語をコミックか、アニメか、実写映画かなどのいずれかの形態でしか鑑賞することが無いのが常の私には、そのようなネット上の不評は何らの意味も持ちません。

 私がこの作品を観に行くことにしたのは、トレーラーで観た原色の世界観です。一目で誰が制作に関わっているかが分かります。蜷川実花です。DVDでチラリと見て『さくらん』は耐えられず、劇場で観た『ヘルタースケルター』は物語が余りに杜撰で辟易させられ、劇場だけではなく映画DVDの他作品紹介でもトレーラーで何度も見せられた『ダイナー』もどうも観る気が湧かず、今に至っている蜷川実花の作品です。彼女の一連のこれらの作品は原色のスタイリッシュな映像美だけを鑑賞するのなら全く問題ないのですが、物語が大抵破綻寸前ぐらいになっていて、その上、演出が不必要に回りくどいというシロモノです。ただ、今回は物語が原作にそれなりに忠実であるように見え、その物語が日常にある人外の世界という或る意味語り尽された安定した質のものであるように感じられたので、観に行くことにしたのです。

 多くの妖怪モノもそうですし、私は観ていませんが比較的最近では元欅坂の平手友梨奈が出演していることで話題になった実写映画『さんかく窓の外側は夜』や最近では『週刊モーニング』の私も愛読している『出禁のモグラ』など、物語の基本設定が類似している作品は多数あります。そして、それらには、とんでもないドハズレ作品が少ないように私は感じています。(最近DVDで観たB級作品『妖怪川姫 みずさ 捕まらない殺人鬼編』でさえそれなりに楽しめました。)それが蜷川実花の映像美で描かれるなら、(残るハズレ要素の「演出面」の問題の可能性は存在するものの)一応観る価値があるのではないかと思われたのです。

 結論から言うと、そのよう観点で予想通り、相応に楽しめる作品でした。ピカデリーの中でも中規模のシアターでネットに拠れば232席があるはずですが、その8割は埋まっているぐらいの大人気でした。私は通路に接した列の端の席を取るのがマストなので、前から三列目の中央群の端の席を取りましたが、振り返ってざっと見た感じでは、観客は若年層に大きく偏っていて、女性客が全体の6割以上を占めていたように感じます。コミック原作のネット上の酷評がそれなりに妥当であることならば、これらの女性観客は(一応異性愛者だと仮定して)主演の神木ナンチャラか、私が読み方に今なお違和感を覚えるSixTONESの松村ナンチャラとか言う男か、仮面ライダー俳優で、私が封切を楽しみにしている山本直樹原作『ビリーバーズ』に主演するという磯村ナンチャラとか言う男か、その何れかか複数かのファンであるということなのかもしれません。特に松村ナンチャラは魔除けの神事で弓を放つ場面が何度も登場しますが、その際、上半身半分が露出しているので、撮影の際の距離測定もメジャーの端が彼の乳首を目指していたなどの逸話があります。もしかすると、ファンには垂涎の映像集となっているのかもしれません。

 いずれにせよ、原作ファンとは異なる女性陣がそれぞれの理由でこの作品を観に集まっていたということである可能性は大です。かれらの思惑とは別に、前述の通り、私はこの作品の映像美が結構楽しめました。特に藤棚をモチーフとした人外空間や、異世界感の漂う雑多な古物が置かれた屋敷内の部屋々々。さらに、主人公を演じる柴咲コウのシーンごとに変わるファッションなど、観るべきものはたくさん存在します。

 懸念された演出面の回りくどさは、私が初めて「ワタヌキ」と読めるようになった苗字の持ち主の主人公が、毎度同じ(彼の苗字のままの)4月1日をまさにエイプリル・フールという感じで延々とループする場面で、まるで『ヘルタースケルター』以来のワンパターン反復でうんざりさせられましたが、取り敢えず、そこ以外は何とか耐えられました。

 パンフレットに拠ると、蜷川実花はこの作品を映画化しようと動き出してから10年を費やして、漸く撮影に漕ぎ着けたような話のようです。かなりビビッと来て、主要キャラの役者はかなり早い段階で決めたというような話も書かれています。もしかすると、その年数の間に、本来キャラに合っていたはずの役者陣が老成してしまったのかもしれません。パンフレットで観る原作に比べて、柴咲コウと神木ナンチャラは妙に老けています。ずっしりと重厚感のある人間になってしまっているように感じられるのです。とても神木ナンチャラが高校生には見えませんし、(次元の魔女とかいうことですから、実年齢がどのようなものかは不明ですが)外見設定上、神木ナンチャラ演じる四月一日よりも少々年上ぐらいのはずの主人公が今年40歳の柴咲コウではかなり辛いものがあります。私は原作ファンではありませんから、そのような点で原作の世界観が蹂躙されているとは感じませんでしたが、単純に高校生の登場人物が多く登場する物語の構成に対して無理が有り過ぎるとは間違いなく感じました。

 柴咲コウは『県庁の星』が少々記憶に残ってはいて、『どろろ』もやや覚えている感じですが、何と言っても『黄泉がえり』での快演です。そのイメージが強く、今回も謎めいたアーティスティックな女性の役と考えていましたが、どうも(別に肥満になっているという意味ではないのですが)ずっしり感が否めず、原作を知らなくても配役ミスに見えます。

 その意味で、舞台設定の部分、物語設定の部分の映像美を堪能するための映画という意味では、間違いなく私には意味があった作品です。上述のような不満点は色々とあるものの、それを相殺するに十分な貴重性高い要素がこの作品に存在することが分かりました。それは妖艶な悪女を演じる吉岡里帆です。彼女は女郎蜘蛛という次元の魔女に並ぶ存在のように言われています。そのコスは黒ベースで露出度が高く、パンフに拠れば、初めての衣装合わせのさいか何かに、「わぁ!なんかイヤらしい~!エロ~い!」、「うわぁ~(衣装が)透けてるぅ!」(以上二台詞原文ママ)と本人がかなり驚愕していたようです。さらに、彼女には「セクシー所作指導」なるあまり聞いたことのない担当係がつけられており、彼女に敵を舐め回すように見る視線や仕草全般をセクシーに加工するよう指導していたという話も書かれています。ちなみにこの「セクシー所作指導担当者」はポールダンスの先生であると神木ナンチャラが出演者の対談で明かしています。

 私は彼女の存在が全く劇中で分からず、あの女郎蜘蛛は誰なのだろうとパンフを見て愕然としました。テレビを殆ど観ない私にはどん兵衛のCMぐらいしか思い浮かばず、映画では比較的好きな『天地明察』のエキストラ役は無論のこと、DVDで観た『幕が上がる』でもほぼ全く記憶に残っていませんでした。ギリギリ記憶しているのは彼女が主演した『音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!』ぐらいで、これも到底彼女の魅力が打ち出された作品には感じられませんでした。最近ではこれから公開される『ハケンアニメ』をトレーラーで数度観て、かなり期待をしていたものの、私にとっての彼女はこの作品を観るまで、可愛いし観ていて難を感じないものの、あまり観ることのない女優だったのです。そこにいきなり妖艶で実質的にかなりのエロ感全開の悪女です。テレビでの彼女の役柄の遍歴を知らないので分かりませんが、かなりレアな彼女なのではないかと思われます。彼女と認識する前から、元々この作品の中で一番好きなキャラはこの女郎蜘蛛でしたので、一気に吉岡里帆の好感度が上がりました。

 物語の最後に悪霊の類が蠢く異世界が美しい(まるで『まどマギ』の世界観の実写化のようにさえ感じられる)CG的抽象映像で描かれるのは、少々私の好きなシリーズの『SPEC』を思い出させました。そう言えば、あちらの作品でも神木ナンチャラが主要なキャラを演じていて、その氏名は「一十一」と書いて「にのまえ・じゅういち」でした。何か作品の色々な場面や色々な演出に既視感が湧く作品です。それぐらい、蜷川実花の演出イメージがクリシェのコラージュであるということなのかもしれません。それでも、一応鑑賞に十分耐える映像美とエロ悪女吉岡里帆の組み合わせには保存の価値があるので、DVDは間違いなく買いです。

追記:
 チョイ役の妖怪座敷童の役で和服姿の橋本愛が登場します。『リング』の貞子ほどではありませんが、例の如くなかなかエッジの立った出演作品選択です。

追記2:
 四月一日はなぜ「ワタヌキ」と読むのか調べてみると、「一説に…」という話で、冬の間に防寒として着物に詰めた綿を旧暦の4月1日に抜いていたからということのようです。学びは色々な所で待ち受けているものです。

追記3
 柴咲コウは、2016年アパレル事業などを展開する会社『レトロワグラース』を設立し、2020年4月に所属していた芸能事務所を独立してからは、自らのマネジメントもこの会社が担当しているけれども、この会社が毎年、赤字を出しており、その額が累積で4億円強になっていると『女性自身』が報じていると、ネットの記事で見ました。設立6年で4億円とはかなりのハイペースです。私にはミスキャストに見えるこの作品のギャラも損失補填に充てられるのかもしれません。