『大怪獣のあとしまつ』

 1日4回の上映のうち2回目の13時25分からの回を新宿ピカデリーで観て来ました。

 2月4日の封切から3週間弱経った祝日の水曜日。ピカデリーのロビーは久々に見る混雑状態でした。水曜日は長らく性差別的な対応で女性のみが割引を得られる日だったように記憶していたのですが、祝日のせいでもあるのか、水曜日はずっとこうなっているのか分かりませんが、(それ以上に安い別の高齢者枠などのオプションがない限り)誰でも一律1200円という価格設定でした。

 157人入るとネットで書かれている最上階のシアターでしたが、上映開始25分前のチケット購入の段階で既に9割近く座席は埋まっている混雑状態で、列の端の通路側の席に座りたい私が選べたのは、最前列の席しかありませんでした。

 シアターに入り、上映開始直前の暗がりで劇場内を振り返って見回すと、通称武漢ウイルス対策の隔席対応も全くない中で、座席は間違いなく9割以上の稼働状態でした。最前列の席さえ、半分以上が埋まっています。観客は概ね男女半々ぐらいで、老若もまあまあ混じり込んでいるように思えました。日本の(中学生以上の…ぐらいの限定をした後と言うことですが…)総体的な年齢構成よりもやや若者よりに重心が偏っているように見えましたが、それでも老若男女と言っていい構成に見えました。

 一応、人気の映画です。人気の秘密はよく分かりません。若い方の年齢層の女性は、主人公を演じる山田涼介とかいう男優が目当てであろうことは、パンフレットの表紙がまるで彼の写真集であるかのような彼しか写っていないデザインであることからも推量されます。Hey! Say! Jump! のメンバーだかOBだかというこの男優を私はよく知りません。パンフの中の彼のプロフィールを読んでみると、辛うじてDVDで観た『暗殺教室』の彼は記憶から引き出せるような気がするものの、比較的好きだったはずの『グラスホッパー』でさえ、劇中の彼の存在を思い出すことができません。

 若め女性以外の人々は何が嬉しくてこの作品を観に来ているのかは謎です。広告露出はかなり大きい久しぶりのオリジナルストーリー・オリジナル設定の怪獣映画というフックや、怪獣の来襲にアタフタするのではなく、怪獣の死体の後始末のみを話題にしているというフック、そう言った珍しい立ち位置の怪獣映画としての魅力が、どの程度、観客を呼べているのかも私にはよく分かりません。1200円の価格設定は間違いなく映画鑑賞者増加には貢献したと思いますが、いざ1200円で映画を観ようとした際に、なぜ人々がこの映画を選ぶのかが私には分かりません。

 この映画にはさらに不思議なことがあります。この映画を観に行こうか検討している際に、鑑賞日の数日前の時点でも、どういう計測方法か分かりませんが、映画サイトには6位と書かれていて、多分、相応に高い動員数を誇っているということを言っているのだと思います。それなのに、映画のレビューを読んでも、非常に評価は低く、とんでもない駄作というぐらいのコメントが延々と続いています。5段階評価の星付けでも、平均値が2.3などとなっており、5段階評価の真ん中の3を下回っている状態でした。既に封切から3週間近く経って、SNS的な風評は十分出回っていることと思います。ならば、なぜ評価があからさまに低いこの映画は相応に高い観客動員数を維持できるのかが謎なのです。

 私がこの映画を観に行くことにしたのは、まさにこの謎に関心が湧いたからです。元々、観たい映画の候補が少なく困りかけている中でも、いくつかのマイナー作品の中から、ギリギリ観るべき候補作を選び、その中からこの作品を(あまりのレビューのひどさ故に)外した経緯があるのですが、「人気作」という評価を聞いて、疑問が膨らみ、観に行くことにしました。

 ネタバレ的なレビューも読んでいて、まあまあストーリーが想像できる中で、この映画は例えば今となっては世界的映画監督の北野武が巨大化して怪獣と戦う『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』や全く意味不明の変身不能劇が展開する『長髪大怪獣ゲハラ』、さらに壇蜜が怪獣を誘惑する『地球防衛未亡人』などなど、そう言った馬鹿げた設定や展開をウリにする低予算B級怪獣映画なのであろうと私は理解していました。それなのに、有名女優・俳優を多数配して、かなり大規模な広告露出活動も行なってしまって、B級怪獣映画に慣れていないどころか、そんなジャンルの映画作品の存在も知らないような大作映画慣れしてしまっている人々を動員してしまったのが、間違いの始まりという気がしていました。その私の謎解き仮説の何となくの検証ができればと思ったのが、この映画を鑑賞することに決めた最大にして、事実上、唯一の理由です。

 映画を観てみて、私の仮説がほぼ合っているように思えました。染谷ナンチャラの男性器を頻りとキノコと見間違う人が発生したり、よく分からない下半身系メタファーを語り続ける防衛大臣など、下ネタの存在は映画評のまま…というよりも、映画評がその点に偏り過ぎているため、寧ろ、映画評からの推測よりもマイルドに感じるぐらいです。同様に何が具体的にどう問題なのかがよく分からない物語構成は、B級映画のお決まりのレベルよりは、一応、マシな位置にあるような気がします。さらに、怪獣を倒したのも、怪獣の後始末を最終的にこなしてくれるのも、謎の光の戦士であるという物語設定も、唐突ですが、B級映画なら全然問題ない範囲です。(それに主人公の空白の二年とか、失踪のきっかけが謎の光に包まれてしまったことであるなど、かなりヒントがあり、辻褄は一応合わせてくれています。)

 映画評では『シン・ゴジラ』を中途半端にまねた政治劇という話が出て来ていて、『シン・ゴジラ』に比べて出来が悪いと散々に言われています。私は必ずしも同意しません。『シン・ゴジラ』では多くの閣僚が殆ど死に絶えてしまい、ウダウダ政治劇を展開する余地がありませんでした。寧ろ、スラップスティックな群像劇を目指したものであろうと思います。たとえば、質のいいものでは私が名作だと感じる『サマータイムマシン・ブルース』とか、反対にDVDで観ていて飽きが来てしまった『ギャラクシー街道』などを、怪獣の死骸を前にした内閣組織で描こうとしたのだろうと思います。それに成功しているかと言われれば、B級映画として見たら、よく頑張った方だろうと思います。

 そのように考えると、この映画を何だと捉えるかによって、評価は分かれます。山田涼介のイメージ・ビデオだと思えば、なかなか手が込んでいる名作かもしれません。B級映画だと思えば、中途半端に予算を投じ過ぎて、元が取れないままにB級のままに留まった及第点作品ぐらいでしょう。そして、日本が誇る怪獣映画の中で屹立した立ち位置の異色作と想定すると、大ハズレのシロモノであろうと思います。私は一応B級映画を想定して観たので、一応楽しめましたが、特に見返したりしたい作品でもないので、DVDは不要です。