1月21日の公開から1週間弱。バルト9で観て来ました。新宿では一館しかやっていません。特に大々的な宣伝がされている訳ではありませんが、バルト9ではロビー階端にある、多分、バルト9の中では最も目立たない場所にあるエスカレータ脇のモニタがこの作品専属になってトレーラーを流し続けていました。それなりには販促に力が入っているように感じます。上映の方も相応の力の入れようで、1日6回もやっています。私の行ったのは午後一12時45分からの回ですが、これは6回のうちの2回目です。
ロビー階の比較的小さなシアターに入ると20人ぐらいの観客がいました。真昼間の時間枠で水曜日の割引日であるので1200円で誰もが見られる状態で、この数は少なめという気がしなくはありません。観客は単独客ばかりで男性が7割以上で、両性共に高齢側に年齢層が偏っています。若くても30代後半ぐらいで、60代ぐらいが中心値のように感じられました。
面白い映画だと思いました。バルト9で何かの映画を観た際にトレーラーを観たのとバルト9のチラシ欄からチラシをゲットした時点で、私の頭の中の観るべき映画のリストに加わったように思います。その背景には、ここ最近読んだ猫組長の書籍の存在があります。まさにダーク・ウェブの存在をかなり細かく描写していて、この映画で登場するTorを通してアクセスするダーク・ウェブや暗号通貨の活用を組み合わせた、武器でもクスリでも何でも調達可能という状況を文字知識では知っていたので、それをリアルな世界で観られるならと思ったのが、この映画を観るべきリストに入れた最大の背景理由です。
観てみて(、敢えて言うと、併せてパンフも読んでみて…ですが)驚いたのは、この物語がかなり現実に即した内容であることです。サイト名も、この作品の主人公の一人であるサイト創設者ロス・ウルブリヒトの名前もそのまま現実から持ち込まれています。作品中に時々画面いっぱいに「2011」のように登場する年も現実通りのようです。ロス・ウルブリヒトが図書館で逮捕されるのも、その逮捕劇の際にログインした状態のPCを取り上げて確保する必要が描かれていることなども、現実通りのようです。
一方でもう一人の主人公である、PCのキーボードも指一本で打つのが精一杯で、「YouTubeでヤクを買う方法を教えろ」と長年付き合いのある情報屋に迫って失笑されるロートル刑事が、捜査陣よりも早くロス・ウルブリヒトに接触をすることに成功し、捜査陣の捜査情報を漏らしたり、捜査活動を妨害したりしながら、ロス・ウルブリヒトに殺人を教唆させ、恐喝し、日本円にして数千万円のカネを騙し取る流れなどは、或る程度本当という程度のフィクションの範囲に収められています。ウィキで現実の事件について読むと、違法行為を行なった警察官は二人から三人いるようですし、その関与の仕方も様々であったようです。
この映画で一番学びが大きく感じられたのは、このシルクロードと名づけられたサイトが、本来、犯罪組織のインフラストラクチャーとして構築されたのではなく、リバタリアニズムに裏打ちされた活動の一つであったことです。殺人請負などのビジネスも現在ではダークウェブ内で繁盛しているようですが、「第三者に損害を与えない限り、人間は誰からも干渉も制限もされない自由を持っている」とする考え方を実現させるために創り上げられたシルクロードは、殺人請負は勿論、銃器販売なども当初は扱っておらず、政府によって規制されている違法薬物販売などに特化したサイトでした。
違法薬物を本人が分かっていて本人が摂取するのであれば、それは本人の責任範疇のことであり、国家から規制される何物もないということです。ロス・ウルブリヒトはサイト内でも、このような考え方を頻繁に打ち出していたようで、単なる物販サイトと思われることも、単なる犯罪マーケットと思われることも、好としていなかったようです。その観点から見て、この映画は、リバタリアンと国家の戦いのドキュメンタリーとして観ることもでき、私は寧ろその観点で面白く鑑賞できたように感じています。
ただ、そんな哲学を振りかざすことで神と崇められるような存在になったロス・ウルブリヒトも、サイトが拡大し、どんどん本人の意図する所とは異なるサイトの使い方が現れてきても、それを積極的に規制したり排除したりする動きに出ていなかったように、劇中では(少なくとも私には)見えます。神のように崇められるようになったことの満足感や、国家の追求を躱すことに汲々とし始めたことや、ビジネスが全世界17ヶ国に至るようになり、会ったこともない自分の崇拝者を配下にして肥大して行く組織をまとめ上げるマネジメントに没頭するようになったことなど、すべてが個人の思いつきで始めた趣味の延長のようなサイズから急激に膨張し続けて、認識が追い付かなくなったということであろうと思います。この辺は少々ザッカーバーグの起業を描いた『ソーシャル・ネットワーク』に似ているように思えます。
他には、「追うのは犯人と言う人間ではなく、犯人のIPアドレスだ」というサイバー捜査陣を如何に三現主義の塊のようなロートル刑事が出し抜くかも話の軸になっていることは、愉しい点です。この点は、作中の話より、寧ろ、この作品のウリの部分として、トレーラーやチラシでも強調されているポイントで、「PCも満足に使えないロートル刑事が史上最大の闇サイトを叩き潰した物語」的なアピールが為されています。結果的にこのロートル刑事もかなり高いITリテラシーを身に付けていますので、IT音痴が溜飲を下げる作品にはなっていません。寧ろ、「事件は会議室で起きているんじゃない。現場で起きているんだ」的な捜査の鉄則であり現実を見せつける面白さというべきではないかと思えます。私はかなりIT音痴の域に入っていますが、その私から見てもこのポイントで十分楽しめます。
映画は冒頭でロス・ウルブリヒトの図書館での逮捕劇の逮捕直前のシーンから始まります。そして、彼の起業に至るプロセスと、ロートル刑事のサイバー捜査部門への左遷からの物語が並行して描かれつつ、図書館での逮捕劇に至ります。結果的にロス・ウルブリヒトは終身刑に処せられ、ロートル刑事は恐喝や捜査妨害などの罪で6年ほどの禁固刑を言い渡されます。その結論が最初から見えている訳ではありませんが、悲劇の瓦解の様が分かった状態で、物語の流れを辿る緊張の展開は、私が大好きな洋画の一つである『スター80』とも似ています。ロス・ウルブリヒトの恋人との出会いや別れ、ロートル刑事のぎこちない家族愛の表現、それらも彼らを等身大の一人間として描くのに過不足なく混ぜ合わせられているように感じました。
繰り返しになりますが、学びも多く、飽きが来ず、面白い作品です。サイバー捜査陣が当初非常に困難とされていたロス・ウルブリヒトのIPアドレス入手にどうやって成功したのかとか、なぜロートル刑事はかなり早い学習でネット知識を自分のものにしたのかなど、少なくとも私にはよく分からない点が存在しましたが、全体の面白さを削ぐ要素ではありません。そのようなことを入れた方が寧ろ全体の面白さが削がれたかもしれません。DVDは買いです。