『嘘を愛する女』

 1日1回の上映で、多くの館で上映最終日。23区ではその日を境に上映館が半減する様子でした。客入りに敏いバルト9で1日1回、それも終電時間枠の金曜夜10時10分のスタートです。封切は1月20日なので、もうすぐ2ヶ月の段階で、未だにこれだけ上映されていることから、寧ろヒット作と考えた方が良いのかと思います。シアターに入って見ると、カップル客2組を含む8人ぐらいの観客が居ました。平均年齢は30代中盤と言う風に見えます。明らかに私は一番年上っぽい感じでした。

 この映画を観に行くことにした理由は、当然、長澤まさみ鑑賞です。私はこの女優さんを殆ど認識していない状態で、以前、『散歩する侵略者』を観に行きました。不仲だった夫が宇宙人に乗り移られて、自分に助けを求め、自分を真正面から受け止めてくれる。その別人の夫に恋い焦がれる結果、地球侵略のプロセスにも手を貸してしまう若い妻の役です。その滲み出る愛情もエロスもやたらに印象的で、この手の長澤まさみを観られる作品はみんな観ようとその時から心に決めていました。

『散歩する侵略者』を観る以前は、長澤まさみを何度も観ていたのですが、私は認識していませんでした。『散歩する侵略者』の感想にも…

「『黄泉がえり』や『海街diary』のように、観ても他に注目する女優が存在したため、ほとんど印象に残らないままに終わっていました。『銀魂』も『ジョジョの…』を観るのに忙しくて、手が回っていませんでした。

 ウィキを読んで、「そう言えば、『東京難民』を観て大塚ちひろが気に入って、もっと観るためにミレニアム・ゴジラ・シリーズの作品のモスラの小びと役を観たら、二人セットだったけど、もう一人は長澤まさみだったっけ。ん。長澤まさみは大塚ちひろの中学時代のルームメイトか…」とか、「あ、大好きな『黄泉がえり』に出てるって、げっ、いじめに遭ってた同級生が好きで、生き返らせてしまう、あの女子学生か!」とか、「『クロスファイア』好きだけど、出てたっけ? はあ?あのもう一人のパイロキネシスの少女か。何歳だよ、げっ。今30なのに、あの時は12歳かよ」とか、驚きの連続でした。際立っていなくて、気づかないままとも言えますし、それだけ自然でレベルの高い演技だから、馴染んでいて分からなかったとも言えます。

 観ようとしてレンタルしていた『グッドモーニングショー』もどちらかとエロ系の魅力が炸裂していることを知っていましたが、今回も抑制された愛情表現が強烈にセクシーさを醸し出しています。ウィキに拠ると、セクシー系の演技が要求されたのは私が観ていない『モテキ』が初めてとあるので、それまでは、確実に落ち着いた役をこなすと言った感じだったのかもしれません。『海街diary』で共演して綾瀬はるかと親友になったとウィキにありますが、コメディ系の作品を激減させた綾瀬はるかを想像すると、『モテキ』までの長澤まさみの役柄群のテイストに近づくように思えます。

 私は今回の作品で長澤まさみに目が釘付けでした。特に、松田龍平をじっと見つめる丸く大きな瞳の奥深くにある輝きには、引き込まれるものがあります。似たような表情と丸い瞳の組み合わせの魅力が炸裂していたのは、パッと思い出せる所では、最近観た名作『だれかの木琴』の常盤貴子とだいぶ前に観てDVDを買った『ゼロの焦点』の広末涼子ぐらいです。『グッドモーニングショー』も速攻観なくてはなりません」

…と書いている通りです。その後、『グッドモーニングショー』は観てみましたが、想像していたほど出番がなく、寧ろ糟糠の妻の吉田羊の方が存在感があったり、『勇者ヨシヒコ』シリーズのムラサキを演じた女優の方がチャキチャキしたキャラで、おいしい所を持って行っているような気がしました。

 その話を私から聞いた娘が教えてくれた「アンダーアーマー」のCMでフラッシュダンスの代表的なダンスシーンをより獰猛にしたような振りで銭湯で踊り狂う長澤まさみの方が、余程強く印象に残ります。ただ、その姿はスポーツ系のビキニショーツと言った出で立ちで、明らかに体のラインがばっちり出ていますし、足を大きく広げたり、所謂悩殺ポーズも取るのですが、どうも今一つエロさがないのが、本当に不思議な女優さんです。

 この作品のポスターは長澤まさみを含む主人公二人が各々ベッドに顔を押し付けているようなアングルで、既にエロスが醸し出されています。パンフレットも、鑑賞後行った行きつけのバーのママが見て、「これ、長澤まさみの写真集なのかと思った」と言うほどに、長澤まさみが眩しい光の中でアップになっている構図の写真が何点も鏤められています。実際に、作品そのものも、長澤まさみのPVかと思うほどに、照度の高いドアップが連発していて、長澤まさみファンならDVDを買って画像をクリッピングしたくなるものと思います。

 エロスの方もかなりのレベルで、セックス・シーンこそ露骨にはないものの、事後のベッドの中での会話が殆ど官能小説並みになっている場面があります。相手の男の方が、「本当に元気だよね。たくさん残業して帰って来たのにこんなに…」と言ったことを言うと、長澤まさみが「仕事の嫌なことやいろんなことが消えて、頭が空っぽになって、自分に戻れる感じがいい」のようなことを言います。心底好きになれた男性とのセックスで深いオーガズムに達した感想と言った感じでしょう。これをさらっと長澤まさみに言わせる展開が素敵です。

 バリバリのキャリアウーマン役は、『散歩する侵略者』や『グッドモーニングショー』とやや共通している部分がありますが、同棲相手がいても合コンに参加して、男とセックスしてしまったと吐露している場面もありますし、(後で結果的に干されますが)自社社長を伴う取材アポを自分の都合でリスケしてしまうなど、かなり傍若無人です。これが一時期多くの作品に登場したバリキャリ女性キャラのシガニー・ウィーバーやメラニー・グリフィスが演じていたなら、かなり鼻に付いたことでしょう。

 私は『女子ーズ』で桐谷美玲が怪人を倒すことを仕事のアポより優先させるのを観るだけでも腹が立ってくる人間なので、本来、傍若無人な仕事ぶりのバリキャリキャラにも反感が湧くはずなのですが、長澤まさみだと許せてしまうのがとても不思議です。

 そんな横暴仕事人の長澤まさみが3.11の震災時に自分を助けてくれた男を部屋に入れ、熱が出ていると看病して、「しばらく、ここに泊まっても…、いや、いっそ、ずっと一緒にここで暮らすっていうのは…」と本音をオドオドと語り、微妙な瞬きを重ねながら、躊躇いがちのファーストキスをするシーンは、バリキャリ長澤まさみを先に延々見せられているが故に、深く恋に落ちている様が見事に描写されているように思えました。

 この前提があるので、蜘蛛膜下出血で意識不明になった同棲相手の氏素性が全部でっち上げと分かった時に、自分の5年間が何だったのかを理解するために瀬戸内での自力の聞き込みに踏み出すことが自然に感じられます。深く愛していたからこその反動の不安や憎しみ、その揺れ動く心模様をまた長澤まさみは丁寧に演じて見せるのです。

 瀬戸内の灯台巡りのプチ・ロードムービーの展開は、私が好きになることが多い「人間評価尋ね歩きムービー」のパターンです。本来分かって居た筈の特定の人間の過去を暴いていく物語構成です。比較的最近観て、このブログにも感想を書いたこのパターンの秀作は『蛇のひと』です。他にも古くは、小樽の街で「売女」と呼ばれた女性が自分が好きになった男に自分の過去を暴かせるように仕向ける『恋人たちの時刻』や、もう少々新しく、悪魔が自分との契約を破った男に自分が何者かを思い出させようとする『エンゼル・ハート』など、色々と好きな作品を並べられます。敢えて言うと先述の『ゼロの焦点』も一応ギリギリこの構造が見て取れます。

 この作品でも長澤まさみは自分が愛してしまった男のかなり異常な過去を知ってしまいます。それが徐々に姿を現して来る中で、自分がそれを知って大きな後悔をすることを恐れ戦く彼女の姿が印象的です。

 愛する人の過去を知っても尚愛し続けられるかというのは、或る意味、比較的よくある恋愛物語のモチーフで、ここ最近では『ユリゴコロ』がまさにそうでしたが、そこでは殺人鬼の妻の過去を夫は(少なくとも短中期的には)許すことができませんでした。この作品では、夫は有意な犯罪者ではないものの、当時の妻と子供のかなり凄惨な死を導いてしまっています。単純な比較ができるものではありませんが、過去のインパクトはやや小さくても、結果的にそれを受け容れる決断をし、意識不明の植物状態が続く男を自分の夫として寄り添う道を選ぶ、長澤まさみの心情の遷移が、たとえば、「あなたは、彼のなんなの」と夫が元住んだ家の大家に尋ねられて、かなりの逡巡を経て「妻です!」と言い切る場面などできめ細かく表現されています。

 エロさ、可愛らしさ、そして、バリキャリウーマンの溌剌さ、そんなこんながこんなに綺麗に組み合わされて、照度高く照らされた長澤まさみの中に凝縮されている見所多い作品です。

 さらに、脇を固めている俳優陣がまた安定感に溢れています。意識不明になる謎の男の役は、私には「そう言えば、『シン・ゴジラ』の対策チームにいた男だったけな」ぐらいしか認識できない役者ですが、かなり有名で『NHK連続テレビ小説』か何かで主役をやったぐらいに有名なのだそうです。台詞が少なく棒読み感がある人でしたが、特に瀬戸内での優秀な外科医のキャラと、長澤まさみとの同棲中のキャラ、そして長澤まさみの回想シーンに出てくる東京で知り合った頃の呆然自失状態に近いキャラ。この三つの同一人物の心情の大きな変化を演じ分ける巧みさは秀逸です。

『亜人』で安っちいコスプレ状態だった元AKBの川栄ナンチャラは、『亜人』鑑賞以降認識できるようになったので、その後にDVDで観直した『デスノート Light up the NEW world』でも発見できましたし、山手線の車内モニタで執拗に流れるエステのCMでも「また居た」と認識できるようになりました。バルト9館内では公開されたばかりの『プリンシパル-恋する私はヒロインですか?-』のタペストリーにデカデカと顔が載っています。ただ、今回の作品では、あまりストーリーの流れに影響力のない、なぜ存在するのかがよく分からない立ち位置で、ゴスロリ風の日常服装をしている、喫茶店バイトメイドと言う変わった役でした。わざとらしい話し方なども、正直、『亜人』の時とはまた別の角度からやり過ぎ感があり、回し蹴り炸裂の見せ場もありましたが、好ましく思えませんでした。

 長澤まさみ以外で、特に私がこの映画で好感が持てた役者は、吉田鋼太郎です。最近、トレーラーで『新宿スワン』(とその続編)、『帝一の國』、『三度目の殺人』などの役者として登場しているのを見ますが、気合の入った人やら、会社の悪役などを演じさせると凄くハマる人だと私は思っています。その印象は間違いなく、DVDで見てここ最近では非常に好きな部類に入っているTVシリーズ『リスクの神様』の社長役です。かなり重要な役どころで、横暴さもあれば、会社への忠誠心溢れる一面もあり、冷徹な判断も下せば、激昂して机の上のものを全部押し投げ捨てることもある。家庭に問題も抱えていれば、内紛で更迭されもする、波乱に富んだ社長役です。これがかなり上手くて、流石は元劇団四季と思ってしまいます。その吉田鋼太郎が如何わし気な私立探偵役を怪演(/快演)しています。想定外の楽しみでした。

 アップだとエロスも愛らしさもガッツリミックスした長澤まさみが十分堪能できるだけで、間違いなくDVDは買いです。一方でカメラが引いて長澤まさみの全身が映ると、「アンダーアーマー」のCMでもエロさが際立たない理由が彼女のがっちりとした骨太体型にあることが明確になる難点もある映画でした。

追記:
 エンドロールでも決して帰ることがない私は、しっかりエンディング・テーマ曲も聞いて帰るのですが、やたらに透明感のある声(しかし、その手の声で有名な薬師丸ひろ子のものではない声)がずっと響いていたので、誰が歌っているのかと、注意してスクリーンを見ていたら、何と松たか子でした。

追記2:
 瀬戸内の謎解きロードムービーに何となく既視感があると思ったら、『探偵ミタライの事件簿 星籠の海』でした。瀬戸内の地域のどこかでは映画のロケ誘致が盛んなのかもしれません。

追記3:
 観に行く前に、知り合いから「ああ、ダイゴの出てるヤツ」と言われて、私はメンタリストがどこかに俳優として出演しているのかと思っていましたが、違う「ダイゴ」でした。