封切から1週間弱。水曜日の終電時間過ぎの12時20分の回をバルト9で観て来ました。11時20分に着いてしまい、ほとんど人気のないロビーでPC仕事をしつつ上映を待つことになりました。11時20分にチケットを買うと、2番目でした。このテーマ性がやはり今一不人気なのかと思っていましたが、シアター内が暗くなって、トレーラーが色々流れる頃になると、薄暗い中、ぞろぞろと観客が入ってきて、明るいうちには一ケタだった観客数が、一気に30人近くにまで膨れ上がりました。
暗い中では認識が容易ではありませんでしたが、男性が7割近くの構成比で、女性はほぼ全員、男性とのカップル客だったように思います。男女共に年齢構成は30代後半に中心値があるように私には見えました。
スティーブン・セガールの『沈黙のナンチャラ』シリーズや、ナンチャラ・ディーゼルの幾つかの映画など、以前活躍したエージェントか何かが奮起して組織と孤独に戦うような話が、なんでか分かりませんが、単細胞のアメリカン・テイストにはぴったり合うようで、「単純アクションやっちゃうぜモノ」は後を絶たず量産されています。
DVDなら、キアヌ・リーブス主演だったから一応アリかと思った『ジョン・ウィック』も最近観ましたし、他にも何作かはポツポツと観てみることにしています。『96時間』だか言う“TAKEN”と言う英語タイトルとは似ても似つかぬネーミングの映画、それも3作シリーズや、時々主人公役が変わるのにうんざり来るようになったので、ちょっと縁遠く感じてきた『ボーン・ナンチャラ』シリーズも初期作品は観てはいます。デンゼル・ワシントンがアホな映画に出ることはないだろうから、一応観ておくかと思った『イコライザー』でさえ、一応このカテゴリーに入っています。
DVDレベルで観ても良いと思える僅かな作品群とお金を積まれても(一応金額にはよりますが)勘弁願いたいと言う多くのこの手の低IQ仕様直球勧善懲悪アクション劇の間隙はあまり広くありません。比較的好きな俳優が出演しているとか、特撮や物語設定に見るべきものがあるとか、主人公のキャラ設定に何か魅力的なものが多少なりとも見つかるとか、そう言う特徴がトレーラーか何かで確認できたから観ておいた、と言った感じでしかありません。
本作も、その程度の動機です。その程度の動機の主な部分は、やはり、コンサルタントだか、会計士だかが暗殺者でもあると言ったことでしょう。キャラ設定の妙と、ここでもまた、トレーラーで見た、ジョン・リスゴーとベン・アフレックが揃いも揃ってヌケサク映画に出ることはないだろうと期待した結果です。
期待は裏切られずに済みました。かなり楽しめます。アクション復讐劇的な要素は色濃くありますが、時間長で見るとアクション・シーンはそれほど長くありません。主人公の特異な高機能自閉症と言う知能発達障害(パンフのページによってはサバン症候群とも書かれてもいます。健常者に比べてメリハリが極端な発達をしていて優れた認知能力や思考能力を持っています。)の齎す人間離れした能力や、プンチャック・シラットと言う私が初めて耳にしたインドネシアの武道の能力や、遠距離スナイパーとしての超人的能力の背景などが、その苦難多い生い立ちから徐々にフラッシュ・バックで描かれて行きます。現在の彼の行動原理が日本人好みの義理的な要素と、高機能自閉症のせいであろう物事の完結を強く求める性格によるものであることが、緻密に描かれていきます。
そうした伏線が徐々に、そして各々の切り口から浮かび上がってきて、最後に全部つながりあって、まるで、主人公本人が子供の頃にその能力発揮のツールとしていた複雑なジグソーパズルのようにカチリと組み合わさるのです。
(実際、四捨五入すると1000のオーダーであろうピース数のジグソーパズルを裏返しで高速ではめ込んでいるシーンなどは、圧巻です。)
よくできている構成だと思いますし、主人公のキャラ設定も非常に魅力的です。ベン・アフレックも最近DCコミックのシリーズで何度も観ましたが、その馬面がマスクに収まりきらずおかしな感じになっているバットマンよりも、圧倒的にしっくりきているように思えます。あちらは早々に誰かに交替してもらい、こちらの続編に集中してはどうかと思えてなりません。
見ようによっては、知的障害者と括られる人々の可能性を再認識させるために創られた作品と捉えることもできるほどに、そのような人々が頻出します。さらに、そのような息子が社会で独り立ちできるように、軍人として教えられるスキルをすべて叩き込もうとする父親の姿も、最初は余りに独善的過ぎるように映りますが、段々とその行為の中に愛情が滲み出て来ます。彼に監獄の中で裏社会の会計稼業を叩き込む人物も、彼を愛情込めて育成しています。その人物の「本当に信頼できる人間を一人だけ作れ」というアドバイスに従って、常に彼を遠隔からサポートする女性が登場します。『イーグル・アイ』の無機質な電話の声の主に酷似していて、見ていて、当初、今流行りのAIの疑いも湧くのですが、深く頷ける彼女の正体をきちんと用意してくれています。単なるアクションものとは到底括れない秀作だと思います。
ただ、少々臭く感じるのは、主人公の会計士の仕事関係の話です。最近読んだ橘玲の『マネーロンダリング入門…』でさえ、話の組み立てを理解するのに苦労するような私が、理解力も及ばないほどに複雑な、多分、グーグルの免税策として有名な「ダブルアイリッシュ」だの「ダッチサンドイッチ」のような、クアンタム系の人々が編み出したマネロン(橘玲が用いる略称で、当然ですが「マネー・ロンダリング」のことです)の数々の手法を裏社会の人々に提供している主人公と言う話でした。その能力の高さ故に裏社会の人々から重宝され、命を奪われずに済んでいると言う設定です。
ところが、農場を経営しているらしい夫婦に彼がアドバイスしている節税策も、ちょっと勉強すればすぐ分かるようなものですし、彼自身の巨額の報酬の裏金化の方策も妙にチョロく、普通はこれぐらいすぐ気付けるレベルです。それなのに、米国政府直轄の財務省犯罪捜査部でさえ、それを暴くことができずに長い時間を経ていたと言うことになっています。
さらに、主人公が暴いたロボティクス企業の資金不正流出も、結構単純なしくみです。過去15年間分のP/LとB/Sだけを一晩で分析して、どこからどれだけ漏れているかを見つけ出したのは天才的だということになっています。(分析した資料としてキャッシュフロー計算書は(少なくとも、)台詞の中に登場していません。)会議室のガラスの壁面と言う壁面に、黒赤各々十本ぐらい用意したマーカーペンを使って、ありとあらゆる数字を書き出して、仰々しく作業を進めます。確かに天才と呼ぶべき、おかしな作業手法による分析です。これだけ落書きして回れば、確かに徹夜で作業する必要があるでしょう。
それで見つけた資金流出は外部の特定の組織に対する単なる支払がどんどん増えて行っていることでした。収益の軸となる事業が三つに分かれており、このような分析をするのは、非常に大変なことだと、パンフには、国際弁護士と言う肩書きの日本人コンサルタントが訳知り顔で書いていますが、どうも、私にはそうは見えません。この程度の脱税策なら、『マルサの女』シリーズで描かれている各種のテクニックの方が、余程発見困難だと思います。
これが、本当なら、CPAぐらい日本人ならバンバン取得してしまうことでしょう。幼稚です。
最近、締め付けが極端に厳しくなっているヤクザの世界には、超が付くようなインテリが集まり、多種多様な資金増加策を講じると同時に法律対策を行なっているとよく聞きます。私も独立してから数年経った頃に、その手の組織の知り合いがいるという社長から、そういう商売に転向した方が、性格的にも合っていて、儲けもでかいのではないかと、スカウトされそうになったことがあります。その道に私がもし進んでいたら、この映画の主人公の披露するテクニックを身につけるぐらいのことには、それほど苦労なく成れていたような気がしてなりません。カネとシステムの話は苦手なので、人と組織の話ばかりを扱う中小零細企業向けの経営企画屋の私でさえ、その程度なのですから、この映画を観たら、その稚拙な脱税方法の数々にぷっと吹き出すような人は、国内においてでさえ、最低でも、数万単位ぐらいで存在するのではないかと思います。
原題は『THE ACCOUNTANT』(会計士)であって『ザ・コンサルタント』ではありません。アカウンタントと言う言葉ぐらい、多くの日本人は分かることと思いますし、仮に分からなくても、映画初盤の内に字幕か何かで、「会計士(アカウンタント)」などと意味を一度表示すればよいだけのことだと思われます。劇中で、何度も悪役が「なぜ、会計士一人片付けられない(=殺せない)んだ」と苛立っていますので、タイトルの結び付けは簡単であろうと思われます。
なぜ、こんな変な邦題を付けるのかと訝っていましたが、もしかすると、余りにも主人公のテクニックが稚拙すぎるので、心ある日本の会計士の人々が、会計士とはこの程度の専門知識しか備えていないとの社会的誤認識を避けるために、このような馬鹿げた邦題をつけたのかもしれません。
確かに、「コンサルタント」と言う職業は、如何にも虚業っぽく、誰でも名乗るだけならすぐ名乗れる、玉石混交と言っても「石」の方が99%のような職業です。これなら、この作品の主人公の会計士も問題なく括れそうです。私も中小企業診断士の資格を一応持っていますが、一度も実際に診断などしたこともなく、先生だのコンサルタントだの呼ばれると、その恥ずかしい印象を与えることが多い呼称に甘んじることだけに対する特別報酬を要求することにしています。
盲目の弁護士が超感覚を得てヒーローとして活躍する『デアデビル』の際も、結構はまり役だと思いましたが、ベン・アフレックにもっと続けて欲しいと思えるヒーロー物語のDVDには入手の価値があります。