『ポッピンQ』

 先月の20日過ぎの封切から約二週間。テレビは勿論、ネット上やOOH系でも殆ど告知を観ない作品で、少なくともバルト9での館内告知でもシリーズものの完結編『傷物語』の方が注力されているように見えます。(バルト9では館内告知の対象に常にアニメ作品が入り込んでいる気がします。つい最近までは新作009シリーズ三部作がギンギンでした。)そんな中の限られた告知であるトレーラーで見て、関心が湧いていた作品です。木曜日の夜9時40分からの回を観て来ました。

 1日に6回上映されていましたが、その中の後ろから二番目の終電前の回です。平日の深夜12時過ぎの回もある訳ですので、それなりに人気が維持されているのだろうと推測しました。夜9時40分の回も、尺が95分しかないので、余程遠い所に住んでいない限り、終電前と言えるぐらいの時間枠です。さらに、天気も良いのにもかかわらず、上映35分前の段階で、チケット・カウンタで表示された座席表の先約は10人に満たない状態でした。

 シアターに入ると、観客は増えていましたが、それでも、最後列の私の席から見渡して数えると、16人しかいませんでした。あまり過去にない経験ですが、私も含め観客は全員男性です。年齢層にばらつきは少なく中心値は30代前半に見えました。明らかに私は年齢でトップ3入りだったと思います。所謂オタクの人々と括れるのだと思いますが、腐女子系の女子の二人連れ一組さえいないというのは凄い偏りです。

 嘗て、全く何の前知識もなく『そらおと』を偶然観てみて大ファンになったことがありますが、今回もトレーラーで見て、何が受ける要素なのか観ておきたいと思ったのが、稀薄ながら一応の動機です。チラシを見せたら、娘が「面白そう」と言ったのも同一線上の動機の一端です。(受験が迫っている娘は多分DVDで後日観ることになると思います。)

 今回は『そらおと』と異なり、原作が既存ではありませんから、余計気が楽ですし、この作品以上にバルト9がかなり館内告知に力を入れていたサイバー・スペースを舞台としていたらしい『ガラスの花と壊す世界』を見逃してしまっていたことも、このような自分に馴染みないアニメ系の作品を見てみようと思った要因です。

 昼間の時間帯にはどのような客層なのか分かりませんが、観てみると、この作品のターゲットは寧ろプリキュア卒業生や、さらに高齢になっていて、数年前にリバイバル・ブームを起こしていた「セーラームーン」ファンと言った女性客なのではないかと思えてなりませんでした。

 良作だと思いますし、私も面白いと思える点がたくさんあります。端的に言うと『プリキュア』シリーズの奮起・友情・達成のコンセプトと妖精のいるパラレル・ワールドの世界観をベースにして、『まどマギ』の時空間観をちょっとだけ混ぜ込んで、ストーリーをもっとシンプルに仕上げて、そこにジブリ系の何かの作品の言葉少ななぬいぐるみ的可愛らしさを塗し込んだ作品に感じられます。尺が短く、世界観の紹介もキャラ設定の描写も、正直言って、全然足りないように感じられますが、それでも、先述のような先行作品の良い所はそのままに、この作品のパーツとして料理されて配置されているように思えます。

 無口な妖精キャラがワラワラコロコロ出てくると、やはり『プリキュア』シリーズを思い出さずにはいられませんし、時を司る大きな歯車のモチーフが何度か出てくると、どうしても『まどマギ』のほむほむや『そらおと』の風音日和の姿を思い出すと共に、ジブリ作品にも頻出するスチームパンク系のメカも思い出します。しかし、前者は同じ妖精のような存在でも、本作品では見かけと異なりほとんど全員がかなり大人びた性格です。後者も、他作品ほどに時空間感やメカ感がガッツリとモチーフに入り込んでいません。他作品に共通する要素は多々見つかるのですが、それが相応に料理されているが故にこの作品の独自感がぎりぎり保たれているという風に見えるのです。

 妖精のいる世界や主人公達の挫折と成長の物語以上に『プリキュア』の世界観を連想させるのは、ダンスが主題におかれていることかもしれません。私が幼稚園時代の娘と共に見てた『ふたりはプリキュア マックスハート』のTV番組は、プリキュアが躍るという発想がありませんでした。しかし、その後、年に一回映画館で娘と観る『オールスターズ』などは完全にダンスがあちこちに配されています。『オールスターズ』のエンディングが恒例の集合ダンスであり、悪を倒す攻撃や荒ぶる神を鎮める主要な手段がダンス・パフォーマンスであることからも明らかです。

 本作品でも、日常世界から「時間の谷」に引き込まれた女子中学生5人が「時間の谷」の世界のみならず、それ以外の世界の「時間」そのもののも救うために、マスターしなくてはならなくなったのが、「奇跡のダンス」で、その前に悪を倒すためにマスターしなくてはならなかったのが「勇気のダンス」です。何かと言えば、ダンスの練習シーンが展開します。短い尺の中で、印象だけで見たら、4分の一ぐらいはダンスなのではないかと思えるほどです。その練習もピシッとしたものではなく、すぐ何かの理由で中断したり、誰かが欠けたり、気になることがあって集中できなくなったりと言った状態になり、それ自体が各種の危機を招いています。この辺は最近DVDで見た『ガールズ・ステップ』の挫折と再起の物語にも近い気がします。

 逆に見ると、たとえば、セーラー・ムーンには明らかに“狙ったエロス”があるとサブカル系の議論は多々ありましたし、所謂妹系やツンデレ系のオタク男を惹き付けて止まない萌えエロは、これらの若いヒロイン系のアニメに存在することがよく見受けられます。しかし、この作品には、それがあまり見当たりません。5人のキャラ設定は、短距離陸上熱血的な子、成績優秀ですけど何か的な子、ゆるフワ系の逃避な子、両親の影響で武道に打ち込んで来てしまったのに、ヤワラちゃんにはなり切れなかった子、そして、ダンスをグループでやっていたのにハブにされて自閉症気味になった子と言う構成で、オタク男ウケするポイントを掠る程度に微妙に外している感じがします。おまけに短距離熱血の子以外はキャラの掘り下げが不足気味なのですし、恋愛対象になり得るような男子(ギリギリ気の利かない男子系キャラの妖精が居ますが)も登場しませんので、萌えエロも何も元々表現し切る余裕がありません。

 特に、私が連想する類似作品において、少なくとも私が知る限り過去になかった物凄い場面があります。それは、敵の能力の一つに相手の老化をギンギンに進めるというものがあり、あろうことか、最も累積登場時間が長い例の短距離走自慢の子が変身後にこの攻撃を受け、急激に大人になり、そして(コスチュームもそのままに)老婆と化していくのです。成長することの無為と不幸を敵からいきなり思い知らされる展開です。おまけに、この敵の価値観を完全に否定することができないままに物語は進んでしまっています。

 声もほとんど出せないようなやせ衰えた朽ち果てる寸前の老婆になってしまっては、ツンデレも何もあったものではありません。『そらおと』でニンフが自らの意思で成長を繰り返して老化に至るギャグ的な展開が記憶にありますが、攻撃を受けて、キャラ設定を急激な老化により強制的に放棄させられるという展開はあまり記憶がありません。

 似た設定で、『ジョジョの…』全シリーズを通して私の好きな悪役トップ5には入っているプロシュート兄貴のスタンド攻撃がありますが、老いることの哲学的解釈が打ち出されていた訳ではありません。少なくとも所謂子供向け設定のファンタジー系作品で、主人公の設定に影響を及ぼすような本質的な攻撃場面を観たのは初めてです。この一場面をとっても、この作品がエロ萌系の魅力をほとんど意識していないように感じられるのです。観る前に観客層を見て抱いた違和感が、さらに強く印象付けられました。

 小品ですが、独自の世界観を定番のオタク的記号を鏤めてぎりぎりまとめ上げたということでは十分評価できる作品だなと思っていたら、地域もバラバラの中学校生活を送っていた彼女達が偶然入学した高校は同じで、いきなり高校生になってからの展開がすごいことになるぞと言うやたらに長いティーザー部分がドーンとエンディングロール後に挿入されていました。「おお。この世界観を押し広げる気でいるのかい!」と一気に期待が盛り上がりました。

 娘に見せなくてはならないのでDVDは買いです。そして、今回の評判を見てから決まるのかもしれませんが、続編ができるのならそれも観てしまうものと思います。(『ヤッターマン』のようにバリバリの次回予告をエンディングでやっておいて、全く制作の話が湧かない作品もありますので、要注意と言う感じですが…)