『変態だ』

 封切からまだ1週間経っていない水曜日の夜9時50分の回を新宿のピカデリーで観て来ました。1日3回の上映です。尺がたった75分しかない映画ですが、それでも終映時間は11時半近くになり、人によっては十分終電時間になっている時間帯です。9時10分に映画館に着き、チケットを買ってから夜の空いたロビーでPC仕事をしていましたが、チケット購入時点で、観客は私が2番目でした。シアターに入ってみると、観客は私も含めて全部で11人しかいませんでした。

 今月は、『サイボーグ009』の新作映画シリーズ3作があるものの、各々の作品のあまりに短い上映期間からすぐに観に行くのを諦めてしまってから、全く見たい映画が思い当たらなくなってしまいました。そこで、映画紹介のポータル的なサイトからではなく、よく行く映画館単位で上映作品のチェックをして行って見つけたのがこの作品です。勿論、最初に目を引いたのが、タイトルです。このタイトルのインパクトは強烈で、『愛を語れば変態ですか』の際同様に、『脱兎見!…』のタイトル一覧にどうしても加えてみたいと思えました。

 映画の内容を読んでみると、私には「何屋であるのかよく分からないサブカル系の人」であるみうらじゅんが企画・脚本にも参画して、さらに『タモリ倶楽部』の空耳ストとしてしか私はその活躍を全く知らない安齋肇が監督を務めた、変態を真正面から描く映画です。この構造だけで一見の価値があると感じられます。

 一浪して入った大学でロック研究会に入ってしまった主人公「その男」が、先輩らが就活を経て会社員に変わっていく中、結果的にただ一人ミュージシャンの道を歩んでしまいます。AV女優白石茉莉奈が演じる妻を得て、一児まで設けますが、大学時代からのファンの女と付き合い続けていて、不倫状態が続いています。

 さらに、この宝塚の男役で有名だったと言う女優が演じる愛人は、「その男」が自分を選ばなかったことへの怒りが、彼との交際が続く中で密かに堆積し、それが二人の関係を歪め、S嬢とM男の関わりに変質していきます。「その男」はモノローグで、「隠れていたM性を引き出された」と言っていますが、(私は別に何かその道のプロでも何でもありませんが)二人の関係を見る限り、二人揃って変質してそうなったと言う風に見えます。

 雪山の中の国道沿い(?)のロッジのステージへの巡業が決まった時、愛人と共に来た雪深いステージで歌う「その男」は、閑散とした客席の中に(「実家が近いので、久々にあなたのステージを観に行きたい」と言っていたのを諌めたはずの)妻が座っているのを見つけるのです。

 慌てた男は、自分の出番が終わると、楽屋にいた愛人を連れて、裏の雪山に逃げ惑いつつ、徒歩で迷い込んでいくのです。ここまでは、映画評にも載っている物語の展開で、実際に映画で観ていても、正直言って、かなりまったりとした、どこに行きつくのかがよく分からないような展開です。

 この作品の魅力は、みうらじゅんと安齋肇の二人が飲みながら電話をかけて誘ううちに、映画の制作陣が殆ど決まったと言う話からも分かる通り、所謂音楽業界の仲間が総動員されていることです。大学時代のロック研究会の背景にある音楽観は、ジミ・ヘンドリックスなどのドロドロしたエレキギターの音そのものです。さらに、この映画の音楽担当は、業界では有名なドラマーらしく、ドラム・ソロがダラララと続く印象的な場面も続いたりします。のったりまったりとした、ハードロックが背景に続く作品なので、映画評にある物語展開のうちは、何となくこのようなダラダラしたとりとめのないロック音楽映画なのかなと思わされます。

 ここまでの間にも、白石茉莉奈と「その男」のそれなりに露骨なセックス・シーンは登場しますし、愛人と「その男」のSMシーンも登場します。これはこれで、山本直樹の、髪も切って別人のようになったのにロックを止められない就活生を描いた短編名作『Sho Nuff I Do』と、M性に目覚めた男が自分を捨てて日常に戻ってしまったS嬢を探し暴いてプレイを迫る中編名作『夕方のおともだち』シリーズ3話の二作を掛け合わせて映像化した感じで、私は嫌いではありません。タイトルにある変態性も相応には満たされていると思います。

 ところが、この映画は後ろの約3分の1から4分の1の時間長で、想像を絶するクライマックスに至ります。まず、雪山の逃避行に逃げ込んだ二人は、お決まりの展開ですが、木立の中で道に迷い、吹雪一歩手前と言った感じの激しい降雪の中で、なんと、SMを始めるのです。パンフを読んで確認するまでもなく、本当の雪山で半裸になってS嬢は着替え、ボンデージの格好に着替えます。ピンヒールが雪面にズブズブ刺さってぐらぐらに歩き回る姿がやたらにリアルです。「その男」の方も、レザーパンツに荒縄縛りの格好で、パンツと丈の短いブーツ以外に、極寒から身を庇うものがない状態です。おまけに、ボールギャグまで自分でせっせと用意して、女王とのプレイに備えます。

「その男」を木に縛り付け、女王が後輩位でセックスを敢行し、前代未聞の雪の山中のSMプレイのクライマックスは終わったかに見えました。ところが、さらに、もう一捻り、この映画はクライマックス第二弾を用意しています。縛られたままの「その男」が目を覚ますと目の前に野生の熊が居るのです。熊の爪の一撃で、偶然縄が切れ、難を刹那的に逃れた「その男」は、周りに女王が居なくなっていることを知る中で、半裸の状態で雪の山中で、熊と戦うこととを決意するのです。

 最初はギターで熊に一撃を加えますが、『キカイダー』とはかなりギターの強度が異なるようで、あっさりギターは破壊されます。ギターのネックを日本刀のように扱う「その男」の切先に落雷らしきものが炸裂して、彼を覚醒させます。彼は、バイブを手裏剣のように熊に当て、さらに熊の口中奥深くバイブを入れることに成功して熊を苦悶させます。

 さらに、ローターの束を手に握り、鎖鎌のように振り回しつつ、熊の隙をついて肛門に深く挿入し、最大出力の振動で熊を倒すことに成功するのでした。腹部から下を完全に喰われて失った女王が映し出されますが、彼はそれに気づくことがなかったようです。

 山の麓に集まった宮藤官九郎を始めとする警官群の前に、「その男」はM男の半裸の格好で、よたよたと姿を現すのでした。コミックでギリギリ見ることができるかと言うぐらいの、非現実的な特撮(ほぼ)なしの超リアルでシュールな映像がラストにかけて延々と続きます。この映画の殆どの場面はモノクロなのですが、特に雪山のシーンは、白銀の世界で、「その男」のアフロの髪と髭、サングラス、レザーパンツ、短ブーツ、そして木立、熊の総ての漆黒が、染み出るように見えて、やたらにスタイリッシュです。

 本来、パンフにある評論のように、「その男」の精神世界の分析からさらに深い意味を読み解けるのかもしれませんが、そんな労が厭われるぐらいに、この映像群が衝撃的なのです。

 先程の山本直樹の二作品以外に、色々なものを思い出させる映画です。テイストだけで見たら、60年代のサイケがかった味わいのあるクエンティン・タランティーノの幾つかの作品のようでもありますし、馬鹿馬鹿しい設定だけ見たら、『長髪大怪獣ゲハラ』のようでも思えてしまいます。スピード感は全く違いますが、モノクロの世界観は『鉄男』のようでもあります。面白いです。音楽の時代性は、私がそれよりもう10年弱ぐらい後の世代なので今一つに感じられ、ファン垂涎であろうCDは買わないと思いますが、DVDが出るなら買いです。