『ヤクザと憲法』

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 晴れた土曜日の午後、東中野のミニシアターに観に行きました。この映画館に来たのは、2012年の年末以来だと思います。午後2時40分からの回です。封切は1月2日だったとのことですが、それから約一か月半。それほどの時間を経ても、1日に4回も上映しており、2月の上旬までは1日に2回の上映であったらしいことから、人気のほどが窺われます。上映開始15分前に小さな映画館内に降りて行くと、目を疑うような混雑で、チケットを購入してみたら、整理番号62番でした。シアター内では前2、3列が空いていた以外は、ほぼ満席に近い状態でした。

 客層は性別で見ると男性が明らかに過半数でしたが、女性もいない訳ではありませんでした。年齢は老若取り混ぜた感じで、これと言った傾向は感じられません。この映画のファンと言うことよりも、この映画館のファンの層の広さによるものであろうと思います。いずれにせよ、強烈な集客結果です。(私が観た回の終了後の次の回も信じられないような混雑ぶりでした。)

 この映画を観に行った背景には、今月の映画劇場鑑賞ノルマ達成に危機感を抱き、主な映画館の上映状況をチェックしてみた結果と言うことがあります。幸いにしてマイナーな映画館を中心に幾つか観たい作品が見つかりましたが、相応に危機的状況ではありました。

 この映画を観たいと思った最大のきっかけは、やはり、劇場のサイトにある作品紹介文です。

「会長は「ヤクザとその家族に人権侵害が起きている」と語りはじめた。ヤクザと人権…。一体、何が、起きているのか?(中略)
 銀行口座がつくれず子どもの給食費が引き落とせないと悩むヤクザ。金を手持ちすると親がヤクザだとバレるのだ。自動車保険の交渉がこじれたら詐欺や恐喝で逮捕される。しかし、弁護士はほとんどが「ヤクザお断り」…。日本最大の暴力団、山口組の顧問弁護士が、自ら被告になった裁判やバッシングに疲れ果て引退を考えている」

 私は中小零細企業の経営を見る商売をしているので、所謂「暴力団」だの所謂「反社会的勢力」と呼ばれる人々や団体との関わりが透かし見える企業も多数世の中にあることを知っています。そのような現実の中で、暴力団に商売上の取引をした者さえ問答無用で罰する法律の存在には強く疑問を抱いてきました。

 ニュースでは、発砲事件に始まり、各種の殺傷事件が暴力団の所業として報じられていますし、麻薬の流通に深く関わっている者が多いのも事実でしょう。しかし、この映画に描かれる人々の中で、組織内の叱責の場面以外で、暴力を振るっている場面など全く登場しません。現実に私が見聞きするその手の人々も、極めて冷静で、一般人に対して少なくとも表面上は、礼儀を弁えた態度をとることが多く、いたずらに金品を要求してきたり、威圧してくることもありません。

 たとえば、借金をして、取り立てようとしても、相手に財産がなければ、差押えも意味を成しません。まして、差押えには手続きだけで、数万円では済まない費用が掛かります。貸した人間の権利が全く保護されていないと言ってよく、弁護士に相談しても、「そんな相手に貸すのが悪いよね」などと、気が狂っているとしか思えないような発言をします。『闇金ウシジマくん』でも描かれるような、取り立て行為は違法とされていますが、あのような機能は間違いなく世の中に存在すべきサービスだと私は思っています。そして、その手の人々のシノギの一つに取り立て行為があると聞いたことがあります。その他にも法律上どうしようもできない、揉め事や諍いは山程存在します。

 零細店舗などの日常にも、極端なクレーマーを始め、数々の面倒が発生することが多々ありますが、警察など全くアテにならないのは常識です。埼玉県の市では交番の真ん前で派手な騒ぎが起き中国人が殺害されたにも拘らず、交番の中から警官は出てこなかったと、つい先日聞いたことがあります。交番の真ん前でさえこうならば、小さな飲食店の揉め事など、警察がどう対応するかは推して知るべしです。

 阪神大震災の際には、暴力団と呼ばれる組織が組織を挙げて炊き出しをしていたというのは、有名な話ですし、戦争直後の日本で米兵や在日朝鮮人の横暴から、人々を守ったのも、所謂暴力団組織であることもよく知られています。

 人間は誰しも過ちを犯す可能性が人生の上で待ち受けています。一旦道を誤ると、ずっとそれがついて回り、再チャレンジどころか、まともな生活を営むことさえ困難になります。歌舞伎町に事務所がある公益社団法人日本駆け込み寺と言う社会のドロップアウト者の救済目的の活動をしている団体の歌舞伎町パトロールをボランティアで手伝ったことがあります。パトロールの打ち上げは、町内の餃子店でしたが、ここは、店舗が刑務所からの出所者を多数受け入れているので、打ち上げもここで行なうことで、彼らを間接的に支えているのだと聞かされました。

 出所者に誰かが仕事を与え、生計が立つまで面倒を見る仕組みは行政にも一応あることと思います。DVの被害者にも、精神や身体に障害がある者などにも、孤児にも零細事業者にも、行政は何らかの支援策があると言います。しかし、それが行き届かず、行政であるが故の公平性を期せば、サービスを待つ間に状況がどんどん悪化して行く者は、結果的に捨て置かれてしまうことでしょう。

 社会に身の置き場がなくなってきた人々の主要な行き場の一つとして、現在「暴力団」と呼称される組織に、歴史的に見ても必然性があるのは明らかです。それを代替するものがないうちから、ただいたずらに、彼らの行なうことどころか、彼らと誰かが行なうことまで、ほぼ一方的に悪と決めつけ、どんどん通常の社会生活にさえ困窮させて行くことに何の正当性があるのか私は全く理解できません。彼らは「反社会的」なのではなく、「外社会的」程度のことであったのを、わざわざ「反社会的」なものとして再定義して、「反社会的」なものに仕立て上げているのが、今の社会である面も、一部にあるものと思っています。

 そのように思っている私ですので、この映画の趣旨には非常に好感が持てました。まして、この映画が、私が賞賛して止まない『平成ジレンマ』を作り、小さな町工場の現実を鋭く描いた『劇場版 笑ってさよなら 四畳半下請け工場の日々』を生み出した東海テレビがかかわった作品だと知ればなおさら見なくてはならないものと感じました。

 観てみると、96分のほとんどは、組織の人々の日常を淡々と描いただけで、彼らが全く理不尽な人権侵害を蒙って苦悩している姿はほとんど登場しませんでした。淡々と「部屋住み」と呼ばれる丁稚のような立場の二人の活動を中心に、日々の活動が描かれます。これらの人々が蒙る人権侵害の数々は、組長が「集めたんや」と見せる書類の束を読み上げる場面ぐらいしかありません。銀行口座を銀行から一方的に抹消された、子供が幼稚園から受け入れを拒否された、保険に入れない…などを、(非常にシステマティックな動きですが)アンケートで集めて集計した結果です。

 パンフレットによると、取材開始直後に、古手の組員がこの手の話に対する思いの丈を、延々と語ったと書かれています。なぜそれが映像で出ていないのかがよく分かりません。

 おまけに、脈絡なく(まるで尺を持たせるためとしか思えないぐらいの関係のなさですが)登場する山口組顧問弁護士は、「自ら被告になった裁判やバッシングに疲れ果て引退を考えている」と紹介文に書かれていますが、どこにもそのような場面はありませんでした。「社会から外れてしまった彼らの、逆境を跳ね返そうとする姿勢に惹かれるものがある」などと言っていて、結果的にほとんどでっち上げともいえる裁判を何度も大阪府警から仕掛けられ、最終的に禁固刑を喰らい、弁護士の資格を剥奪されるに至っています。しかし、「引退したい」とは記憶する限り一度も言っていません。

 紹介文を基準にすると、何か肩透かし感が拭えない作品です。もっと彼らの市民として国民として当たり前のことさえ阻害されてしまう日常生活を描けなかったものかと思えてなりません。

 私には、指を複数回詰めた後に山口系の幹部稼業から足を洗った知り合いの男性がいます。背中から腕や腿にかけて派手な絵が描いてあり、その顔料の毒素や、若い頃の覚せい剤使用などの影響で、体のあちこちに障害が出て、入退院を繰り返しつつ、衰弱しつつ生活しています。50代前半で足を洗ってから5年ほど。今でも組関係の人々との付き合いはあるようですが、決してそのような関係性に堅気の人間を巻き込むことのないように配慮しています。夏でも長袖の服を着て、体の柄が出ることのないようにしています。

 不動産関係の仕事を細々しつつ、一人暮らしをしていますが、健康状態が悪くなってからはその維持さえ大変になってきました。それでも、愚痴を言いまくる訳でもなく、昔のそれ系の仕事に手を出す訳でもなく、淡々と暮らしています。

 会えば、「指が二本も短いから、スマホ落とさないように」などと冗談に言っても、「なに、いってますのん!」と返してきます。「不動産の仕事をもっと勉強せなあかん。市川さん。中小企業の何とか士やから、何勉強するか知ってますのん?」と尋ねて来るので、行政書士の分かりやすい受験テキストを買って、不動産関係の手続きの所にポストイットをつけて渡したら、目を潤ませて喜んでいました。

「資格取ることなんか、ようできんけど、読むだけで、勉強なるわ」と言っていた彼の顔は記憶にこびりつきました。この映画の趣旨を読んで、私はこういう物語を期待していたのだと思います。少々残念なので、DVDは要りません。しかし、「ヤクザ」=「暴力団」=「反社会的」の単純構図で語る多くの人々に観てみて欲しい映画であることに間違いはありません。

追記:
 劇中に登場する小さな居酒屋の女将が「ヤクザが怖かったら、新世界で生きてられへんで。この人は守ってくれる。警察なんて誰も守ってくれへん」と組長を前に語ってくれる場面があります。優れた場面です。なぜこう言った場面がもっと収録されなかったのかと、残念に思います。
 私も遵法は最低限必要と感じていますし、暴力団と付き合いをしたい訳では決してありません。特にそのニーズもありません。ただ、世の中一般で上滑りする、悪の構図は単純過ぎ、現実から乖離していることを突き付けることこそ、この映画の本来あるべき姿だったのではないかと思えるのです。