『罪の余白』

「罪」という言葉が、どうも、観たい映画作品の脳内タグの一つになっていることに、気づきました。好きな漢字熟語を挙げろと言われたら、「背徳」とか「耽溺」である私は、もしかすると、潜在意識に書き込まれた、その類に対する嗜好があるのだろうと思えてきました。それが最初のきっかけで、かなり前からネット上の映画紹介を関心を持って見ていました。

土曜日の夜、11時半からの回を、歌舞伎町のど真ん中、周囲に多数あった映画館がどんどん廃業した中でポツンと残ったシネコンで観て来ました。以前に『シグナル』と言う映画を観て以来、初のゴジラが上に載ったコマ劇跡のビルの映画館です。前回来たときは、こんな立地なのに、終電前で上映が終わることに驚きましたが、今回分かったのは、このシネコンは週末にはオールナイトっぽい上映スケジュールになっていることです。

前回、このゴジラビルには地下にとても広い駐輪場があることを学んでいたので、今回は自転車で行って、地上からエレベータで秘密基地に行くような気分で、駐輪場に赴きました。自転車で行けることを前提に、かなり時間ぎりぎりに行ったのですが、行ってみると一つ誤算がありました。それは、今回が深夜時間帯だったので、一階にある大手パチンコ店がこのエレベータを荷物の移動に使っていて、エレベータ移動に時間がかかることです。

開閉扉が二方向にあるエレベータで、開くドアがどちらかを乗る人間が指定しなくてはならないことも、今回学びました。自転車を停めて来て、地上階に上がったら、何気なく押していたボタンは、閉店後のパチンコ店の側のものだったらしく、開いたドアから一歩出ると、そこは“祭りの後”の片づけの喧騒が続く閉店後のパチンコ店内だったのはなかなか新鮮でした。「えっ」と思っているうちに、ドアが閉まり、後戻りできなくなってしまい、店舗スタッフの方に、外に連れ出してもらいました。

封切からまる二週間。新宿ではこのシネコンでしか上映していず、平日は日中の時間帯で上映していますが、この日は、早朝に一回、夜に一回、深夜枠で一回の、合計三回しか上映していません。シアターはそこそこ広かったですが、観客は比較的若い層で30人程度しかいませんでした。広いロビーにも相当たくさんの客がいた割には少ない気がします。(前回、平日の夜に来た時より、明らかに人が多いように感じます。さすがこの立地です。)

ロビーには幾つか大型モニターが設置されていますが、その一つは『亜人』のPVに独占されていました。コミックは好きなので、観てみたい作品ですが、三段の映画作品の連続公開になっていて、おまけに、一本ごとに二週間限定上映と聞くと、以前、何度行っても満席で観ることができなかった二週間限定の『空の境界』のシリーズが思い出されます。私は、マーケティング屋がキャリアの基本軸ですが、需要と供給をマッチさせるのがマーケティングの基本機能だと思っていますので、満席が続くうちに、観られない人々を置き去りにして上映を打ち切る態度には、とても腹が立ちます。『亜人』は非常に観てみたいのですが、腹立たしい思いをするリスクを回避するために、DVD待ちかなと思っています。

『罪の余白』をいざ観に行こうと最終的に決断できたきっかけは、二つあって、一つは、スクール・カーストの頂点的な狡猾な女子の物語を幾つか観てみたいと思っていたことです。『渇き。』を観て何か不発感があったのが、この欲求の源泉です。

役所広司演じるブチ切れオヤジキャラは非常に共感できてよかったと思っていますが、如何せん、ブチ切れキャラが多過ぎて、何かと言えば皆ブチ切れる展開に飽き飽き来たということもあって、怠い作品でした。そして、その中の悪魔キャラJKは、結局、金持ちオヤジ相手の売春をするだけで、下手を打って学校教師に殺害されていました。

DVDで似たネタはないかと思っていて、映画館で見逃した『太陽の坐る場所』も、大人社会になってからの振り返りの構図なので、微妙に参考になりませんでした。その点を観ると、女子高の悪魔的JKを描くこの映画は、まあまあ面白く見られます。ただ、結局悪魔JKも、自分から「悪魔と呼ぶしかないんじゃないかしら」と臆面もなく自分に言及する暁美ほむらのような気品も覚悟も全能感もありません。(まあ、あちらはアニメですので比較するのには無理があるのかもしれません。)

結局、芸能人になろうとして、狙いの芸能プロにスカウトされて、芸能プロの社長に現実をガッツリ指摘され、「おまえぐらいのかわいい子なんてゴロゴロいる」と言われて涙するような程度でしかありません。『ワンダフル・ワールドエンド』の橋本愛のキャラにも言えますが、本当に女王様なら、今どきのネットの世界ででも君臨して見せて、閲覧者にも社会にも消費されることなく、芸能プロからも乞われて応じるぐらいのことはできないのかと思います。

さらに言うと、タヌキ顔好きの私から見ると、とても美少女には見えない顔付なので、余計のこと、中途半端な女王ぶりを見せられると、空回り感を禁じ得ません。クリスチャン系の女子高の中で、クラスで唯一の敬虔なクリスチャンで、聡明でありながら映画のプロットの中心となるいじめ自殺事件の客観的目撃者の位置付けの子がいます。この子は、葵わかなと言う子が演じています。DVDで観た『くちびるに歌を』にも出ていたらしいのですが、特に記憶に残っていません。この作品では、(モロにタヌキ顔ではないものの)やや垂れ目の丸顔で「きっ」と見つめる表情ばかりで、私の好みの範疇に入っています。

と言うことで、スクール・カーストの中の中途半端悪魔的JKへの期待は、あまり実現していませんでした。対峙する父親の方も、『渇き。』の役所広司に比べると、全然魅力がありません。大体にして、行動心理学の教授らしいのに、(劇中で本人もそのように言っていますが)自殺したJK娘のことを理解できていないのは勿論、中途半端悪魔的JKへの対応のアマアマの後手後手に終始します。

学年主任や担任を含む学校側も、警察も、(私にはまったくそのように見えませんが)聡明で美人の中途半端悪魔的JKの言い分を鵜呑みにする構図は、かなり想定できます。最終的切り札にする、マスメディアへの露出(、その前に教育委員会でも良いようには思いますが…)の対策は、もっと早くから検討されるべきでした。酒浸りになって、冷静さを失い、中途半端悪魔的JKの罠に嵌り、二度、三度と警察のお世話になってから、酒を捨て、冷静に中途半端悪魔的JKを追跡し観察することで、突破口を見出そうとします。最初からこの行動に出ていれば、事態はかなり簡単に収束していたはずです。それほどに、中途半端悪魔的JKの手口は稚拙で予測可能なものばかりなのです。

私も最終的に法的な決着が必要になるような諍いを、プライベートでも仕事上でも、さらに仕事上のクライアントの立場でも、経験したことがあります。激昂することも、自分の価値観に拘泥することも多々ありましたが、それでも、相手の調査や相手の動きの予想を怠ったことはないように思います。行動心理学者であたまを使う前提のキャラならもっと知的ゲームを展開してほしかったですし、そうではないなら、学者であっても、身内のことになっては半狂乱になるぐらいの爆発を見せてほしかったと思います。つまり、対峙する二人は、どちらも中途半端なので、盛り上がり感を欠くのです。

もう一点の、この作品を観に行くことにした最終的な理由は、谷村美月の出演です。『幻肢』の名演を映画館で観て以来気になっていて、DVD作品を幾つか見返してみていました。しかし、この映画を観に行こうと考えてから少々時間が経ち、おかしな端役が多いが故に、見返したDVDの記憶も薄れ、うっかり、上映開始時点で谷村美月への期待を忘れていました。

映画が始まり、谷村美月はかなり早い段階でスクリーン上に登場しましたが、「ん。どこかで見覚えがある顔」としか認識できませんでした。主人公の大学教授の娘が虐めで死に至る、観客にとっては設定理解のために注意力を要する場面が続いていたのもあり、「これ、誰だっけ」の浅い思考が空回りすること約30分。「げっ。これが谷村美月か!」と気づきました。それほどに、谷村美月が“化けていた”のです。

今回の彼女の役どころは、主人公の大学教授に思いを寄せる同僚で心理学部の助教授とか准教授と言ったところのようですが、完全に勉強オタクか腐女子系の風体になっていて、以前の『幻肢』の彼女との共通点が見いだせないのです。髪型も常に手のかかっていないショートカット。ほんの少しの例外を除いて、ほぼ常にパンツスーツ姿で、それも、ベージュか薄いグレーの全く飾り気のないものです。おどおどした言動。主人公への誰の目にも分かるほどにあからさまなぎくしゃくした愛情表現。料理はド下手で、車の運転も不器用そのもの。

パンツスーツだけはかなりタイトで、谷村美月のスレンダーなボディラインの魅力が辛うじて表現できているものの、勉学の成果だけの評価で仕事を得て、社会で生きて行く上での拠り所となっていることがあからさまな女性像に完全になり切っています。春秋には、薄手の飾り気のない薄いベージュのコートを着て、新宿の大手書店のBL書籍売場で立ち読みしながら佇んでいる、30代過ぎの腐女子を見ることが時々ありますが、今回の谷村美月は、典型的なそれそのもので、驚愕させられました。

私は女性っぽく女性らしさを全面的に身に纏った女性が、基本的に好きではなく、寧ろ、女性性を感じさせなかったり、オタクっぽかったりする女性の方に、とても、好意を感じます。チンピラに因縁をつけられて財布を取られ、セックスを強要される工事現場警備員や、オタク男を罵倒するピザ配達員など、おかしな谷村美月は多々見てきましたが、今回の谷村美月は、私にとって過去最高の好感度です。

そんな彼女の強烈勉強オタク女子ぶりを堪能するだけでも、彼女の発見からこの作品をずっと楽しめるのですが、「お~っ」と唸らせられる場面が終盤に登場します。警察に通報されたりして、行動が不自由になった主人公に代わって、中途半端悪魔的JKに直接話をつけに彼女が一人で挑む場面です。変に色気づいた中途半端悪魔的JKと対峙した谷村美月の無力感はあまりにも鮮明で、スクリーンから目が離せなくなります。

「あなたのような、勉強だけして仕事をもらえて社会人づらしているような人は、本当だったら、私と話をすることも許されない。今度からはアポを取ってから会いに来るようにしてほしい。そうすれば、断るので、こんな時間も持つ必要がない」。
「あなたの服。髪型。男性経験のないあなたなんか、本来社会に出てきていいような人間ではない」。
と、一方的に中途半端悪魔JKから言い放たれるのを、ただ、どうして良いか分からず、反応することもできず、呆然と相手を見つめる谷村美月の姿は、彼女の過去の出演作品のすべてのシーンの中でもトップクラスの名場面ではないかと思えてなりません。

この映画に他の多くの観客が求める何かの部分で、この映画が楽しめたかと言えば、答えは間違いなくノーです。しかし、谷村美月の健気でヌケまくりの強烈オタク女子の姿は間違いなく永久保存級の価値があります。DVDは間違いなく買いです。

追記:
この映画の主人公の大学教授は、内野聖陽と言う、私が全く知らなかった男優が演じています。先述のようにキャラ設定には、色々な意味で好感が持てませんが、俳優の演技力自体はとても高いように思えました。この男優の表情も話し方も、私の元クライアントで、以前、ヘアカット練習用の生首マネキンを作っている会社の役員だった男性に、非常に似ているように感じられ、それも(特に前半、谷村美月を認識できるまでは)話になかなか集中できなかった要因でした。