『フォーカス』

 コマ劇跡地のゴジラヘッドの映画館で『シグナル』を観た後、そのままバルト9に移動して、約一時間後の夜中12時20分からの回を観てきました。5月1日の封切で、もう既に四週間に近くなっていますが、まだバルト9では一日四回も上映しています。都内でもいまだに13館で上映しており、かなりの人気が窺われますが、実際に何が売りであるのかがよく分からない映画です。

 主演のウィル・スミスは私も嫌いではありませんが、特段に好きと言う訳でもありません。私の認識でも彼の人気が特にすごいという風に感じられませんが、彼以外に目立ったセールス・ポイントも特に見つかりません。奇妙なロングランです。ただ、そんな人気作品も、流石に終電後の時間のスタートで、観客は私も含めてたったの5人でした。若いカップル一組と若い男の二人連れ一組、そして私です。

 私がこの作品を観に行った理由は、最近“趣味と実益”を兼ねて始めた催眠技術の研究に役に立つかと思ったことです。そして、その目的はかなり果たされました。

 劇中に塗されている、掏りのテクニックや大掛かりな詐欺のテクニックの数々には色々な学びがあります。その中の代表的な一つとして、映画の冒頭で説明される「人の注意(映画のタイトルになっている“フォーカス”)を逸らす」テクニックは『黒子のバスケ』で有名になった“ミスディレクション”のテクニックそのものです。そう言えば『黒子のバスケ』の主人公も手品などの手引書からこの手法をマスターしたとか言うような伏線的エピソードがあったと記憶します。

この映画の制作にあたっては、本物の「伝説の掏り」を顧問に迎えて、一カ月に渡り技術指導を受けたとパンフレットに書かれています。人間の脳の働きや認識の仕組みまでレクチャーされたという話ですので、掏りのテクニックも催眠技術の研究には有益なのかと気づかされました。YouTubeにも、この映画の宣伝画像として、カーニバルの混雑の中で掏り集団が次々と鮮やかに掏りを行なっていく場面がアップされています。確かに、この技術を本当にマスターしようとすれば、それなりの修練が必要に思えますが、一方でその応用範囲の広さが、簡単に想像されます。

 手品にも掏りにもバスケットボールにも、そして催眠にも応用ができる“ミスディレクション”は、本業の中小零細企業の現場における社員勉強会の運営などにも、原理的に応用できそうです。黒子ほどではありませんが、まとまった思考のスイッチを切ると、「気配がなく、近くにいてもなかなか気づけない」と言われる状態に既になれる私ですので、その延長線上の技術として、ちょっと学んでおいた方が良いかもしれません。

 さらに、ギャンブル好きの中国人富豪から大金を巻き上げる場面は圧巻です。ウィル・スミスは、フットボールを観戦するVIP席で、中国人富豪に細かな賭けを積み上げ、相手に勝たせておいて、一々掛金を上げては、再挑戦してさらに自分の負けを込ませて行きます。そして、最後に、破れかぶれを装って、「スタジアムの中の選手一人を選べ、その番号をこちらが当てる」と言うとんでもない条件の賭けを、莫大な金額で申し込むのです。
 そこまでの細かな賭けは、後で明かされる通り、一部の選手や審判を買収しておけば何とか可能になる範囲と見て取れます。しかし、待機選手まで入れて数十人いる選手の中から一人を選ばせ、それを当てるというのは、現場工作レベルではできないように思って観ていました。

 ウィル・スミスはこの最後の賭けに勝ちます。数字を当てたのは彼ではなく、彼と恋仲になった新米詐欺師の女性です。新米詐欺師の女性は、中国人富豪がスタジアムを見回して番号を決めた後に、その双眼鏡を手にしてスタジアムを見渡します。すると、自分の掏り仲間がスタジアム上にユニフォームを着て立っているのを見つけます。その番号は55番でした。

 結果的に、これが中国人富豪が選んだ番号でした。なぜこの番号を選ばせることができたのかが問題です。結論から言うと、催眠と同等のテクニックで、彼の無意識に55と言う番号を浸み込ませておいたという種明かしでした。当日の二日前から、この中国人富豪が目にする至る所に55と言う番号が配置されていました。彼の乗った車が通り過ぎる路上のデモ隊が掲げるプラカードにも55。彼がセックスする娼婦の背中にまで55と読める模様を含むデザインの刺青があります。さらに、この55番の掏り仲間の男も、中国人富豪の周囲に色々な人間に扮して登場しています。こうして、55番と掏り仲間の顔を彼の無意識に刷り込んで行ったというのです。

 手が込んでいるのは、最後のやり取りが行われるVIPルームの別室では、BGMが流れていますが、(比較的有名な筈ですが、私はタイトルを忘れてしまった…)その曲のコーラスが「ウ?、ウ?」となっているのです。そして、「(北京語だと思われますが)中国語では数字の5が「ウー」なのだ」とウィル・スミスが後でご丁寧に説明をしてくれます。

 こんなトリックは本当に有効なのか。10年前の私なら疑ったことと思います。しかし、受動意識仮説などを知り、「人間は実際には判断や決断を意識的に行なってはいない」ことを知ってしまっているので、結構頷けます。ウィル・スミスは「成功の確率は59%だ。低いようだが、カジノで奴に勝つのに比べてらかなり手堅い…」などとどうやって計算したのか、パンフレットにも説明のない理屈を言います。確かに、これぐらいの成功確率の保証ならできそうに私も感じます。

(ちなみに、新米掏りのおねえちゃんが、「それで失敗していたらどうするの?」と尋ねると、「また掛金を上げてあたるまで賭けを仕掛けるだけだ」とウィル・スミスは冷静に答えるのでした。確かに、一発で出るのは無理であったとしても、遅かれ早かれ、仕込んだ数字は無意識から浮上してくるようには思われます。)

 受動意識仮説が既に仮説ではなく事実になったことも知っている私は、催眠技術の可能性も知っているので、これならいっそ中国人富豪の無意識に催眠技術で確実に「55は負けることはないラッキーナンバーだ」と書き込む手法をウィル・スミスに提案したく思えます。(もっと簡単に「何かを覗き込むと、55と言う数字が気になって仕方なくなりますよ」と言う暗示でも良いかもしれません。)そうすれば、成功確率は59%よりもっと上がったことでしょうし、書き込みの手間も二日も要することがなかったものと思います。いずれにせよ、非常に興味深いエピソードです。

 詐欺の映画と言えば、『スティング』が有名作品なのだろうと思います。私が最近観た中では『グランド・イリュージョン』が印象に残っています。この作品の詐欺団の中には、ウディ・ハレルソン演じる催眠術師が含まれていて、(ちょっと「本当かよ」と疑ってしまうような)催眠術の大技の数々を見せてくれます。これらの映画では、主人公に大ピンチが訪れ、最後に秀逸などんでん返しが閃き、大団円に至る展開が定番です。この映画もそれを踏襲していて、エンタテインメント性はたっぷりです。

 新米掏りのおねえちゃんとのラブ・ストーリー要素もある娯楽性が高い映画だとは思います。しかし、ウィル・スミスも特段に好きではなく、おまけにおねえちゃんが私の好きなタヌキ顔でもなく、単に映画作品としてみたなら、私には凡庸な及第点ギリギリの作品です。しかし、催眠技術の研究に役立つ情報が多く含まれているが故に、DVDは必ず入手しなくてはなりません。