『娚の一生』

 封切から約一ヶ月。新宿ピカデリーの午後2時過ぎの回で観てきました。平日の真昼間で、既に封切から一ヶ月を過ぎているのに、シアター内には、どう見ても50人以上は観客が居ました。女性客が半数ぐらいで、カップルや女性同士の二人連れが多かったように思います。新宿ピカデリーでは、まだ一日に二回の上映がされています。メジャーな宣伝がほとんど記憶にない映画ですが、高い人気が窺い知れます。

 この映画を観に行くことにしたのは、以前この映画館に来た時に観たトレーラーがきっかけです。話題騒然のトヨエツの足キス(と言っても、キスどころではなく、ねぶっていると言うべき動作です。)は、「まあ、そうですか」という感じでしたが、トヨエツが真顔で榮倉奈々に、「練習やと思うて僕と恋愛してみなさい」という台詞が強烈な印象として残ったからです。

 中年過ぎの男と若い女性の恋愛の構図は、数少ない複数のパターン程度に分類できそうな気がしますが、こうも臆面もなく、こうも上から目線の迫り方があるというのは、なかなかのインパクトでした。50をだいぶ過ぎましたので、こう言うことも見ておいた方がよいのかと思い立ったのが、この映画を観に行ったきっかけです。

 映画を観た後にパンフを観て初めて、この映画はコミックが原作で、高い人気であることが分かりました。パンフにコミックの名場面が映画でも再現されていることが紹介されていますが、それを見る限り、かなりこだわって世界観を再現しているように感じられます。ただ、原作者は“コミックはコミックとして、映画は映画として、別モノの作品を楽しんでほしい”とパンフの読者に向かって言っていますので、分かっている人間からすると、かなり別モノであるのかもしれません。

 中年過ぎの男の魅力とは何であるのかと、この映画を観てまとめると、偏に、「人生の厚みから来る分別と精神構造の若さの組み合わせ」ということかと思います。その意味では、期待したほど、中高年男性の魅力で学ぶべきものはありませんでした。むしろ、「ああ、そうね」と僅かな気付きと、「ああ、なるほどね、ここで、こう言う風にモノを言うのね」と少々の再確認が、だらだらと続く感じでした。

 ただ、トヨエツのどのような点が、女性客に受けているのかは、周囲の反応からよく分かり、それはそれで、非常に勉強になりました。

 物語自体は、コミックだと多分気にならずにすんなり読める展開が、現実の画になると、結構無理が感じられる所があります。発端の設定である…、

「広い古民家に住む若い孫娘と祖母がいて、その祖母が亡くなったら、葬儀の時から離れに見知らぬ大学教授が棲みついていることが判明するところから、二人の事実上の共同生活が始まる」というのも、トヨエツだからギリギリ成立していますが、これが浮浪者のような男でも、汚れ作業着の近所の農夫でも、ダサくてヨレた中年サラリーマンでも、多分間違いなく警察の厄介になる結果になっていたものと思います。

 おまけに、この中年大学教授は、「出て行け」と孫娘が迫ると、「おばあさんから、離れはいつ使ってもよいとカギを預かっている。まだ、あんたはこの家を相続した訳でもないんやから、カギを持っているというだけなら、僕と同列や」などと言い張るのです。正直、この辺の展開で、かなり「あり得ないよなぁ」感が湧き起こります。

 さらに、二人が体を重ねる間柄になる前後で、唐突に、捨て子を家で預かることになったり、孫娘の東京時代の不倫相手の男が現れて、大学教授がいきなり蹴りを入れて病院送りにしたり、猛烈な台風がその地域(三重県の田舎です)を襲ったりと、やたらめったら、脈絡なくイベントが続きます。これは、コミックなら、巻を分けたりした展開で十分楽しめると思うのですが、一本の映画としてはかなり苦しい感じに思えました。それほどに人気があるのなら、『テルマエ・ロマエ』や『寄生獣』のような分割パターンでも良かったのではないかと思えます。

 さらに、もう一つ、物足りない所があります。それは、トヨエツが大学生時代に講師だった、この祖母との恋愛の話が、この物語の設定に存在していますが、それが非常に弱く、祖母の一生や孫娘の関り方などが描きこまれていないことです。まさにその古民家で、染め物に打ち込む祖母、それを慕うトヨエツ(ではない若い青年が演じています)の話はもっと描きこまれて、孫娘の恋愛模様と対比されるべきだったのではないかと思えるのです。それがあれば、『FLOWERS フラワーズ』が目指したような深い味わいが出たように思えてなりません。

 考えてみると、どうやって変換で出すのだろうと、かなり困った漢字を含む『娚の一生』のタイトルの割には、トヨエツの今に至るまでの話も、ほんのサラッとしか描かれていません。そして、「一生」と言う割には、この後トヨエツは十分に生きていそうです。そんな所も引っかかるのです。

 面白映画ですし、パンフでも本人が書いている通り、同じモテる男でもトヨエツの中では、新境地の配役だと思います。モテる渋い中高年はこういうもんだということがよく分かるのは、よいのですが、どうもイマイチ、コミックからの映画化のプロセスのどこかで、失敗があり、物足りない作品になってしまっているようなので、DVDは要らないものと思います。

追記:
 中盤、トヨエツが法事に集まった親族達に対して、孫娘と「結婚したいと考えている」と正座して話す場面は、たぶん、この映画最大の見せ場です。そして、パンフレットにも明言中の名言と書かれている「“恋”なので仕方ありませんでした」は、確かにその通りと頷かされます。しかし、役柄で大学教授であり、配役がトヨエツだから、明言の響きを持ち得ているようにも思えます。このレベルのセリフがあと幾つかあれば、DVDは買いになったかもしれません。