『さよなら歌舞伎町』

 日曜日の夕方、18時25分からの回を、新宿靖国通り沿いのテアトル新宿で観て来ました。一日に四回の上映。封切から三週間経っていて、もともと全国でも20館に満たない映画館での上映でしたが、意外に観客は多く、50人ぐらいはいたように思います。驚きました。客層は若い男女が多く、30代以上は半数もいない感じに思えます。女性は二人連れがかなりいましたが、男性は一人客が多かったように思います。カップル客も僅かに見られました。

 ロビーには観客が大きな付箋に感想を書いて貼り付けられるボードが用意されていましたが、主演の二人である、前田敦子と、ここでもまた主演を務めていて観るごとにウンザリ感が否めない染谷ナンチャラへのメッセージが多数貼り付けられていました。この二人の人気が、この観客動員の主因と否応なく思い知らされます。

(『寄生獣』のコメントでも書いた通り、染谷ナンチャラは安心して観ていられる男優だとは思うのですが、各種映画の似た役柄は、やたらめったら彼が配役されるという、インフレ状態がウンザリ来るのです。)

 歌舞伎町のラブホテル(と言っても、厳密には「ブティック・ホテル」などと呼ばれる形態に見えます。)を舞台にした所謂「グランド・ホテル形式」と呼ばれる群像劇です。染谷ナンチャラの主人公は、お台場の一流ホテルのホテルマンになるはずだったのに、なにか家庭の事情か何かで、ラブホテルの店長に納まっていると言う設定で、彼が憧れる「グランド・ホテル」に映画の形式名だけはなっているというのが、きつい皮肉に感じられます。

 前田敦子は『もらとりあむタマ子』で観てなかなか良かったとは思いますが、だからと言って、特に彼女狙いで観に行くほどの魅力は感じません。やはり、どうしても観たいと感じたのは、「歌舞伎町」と言うキーワードです。私も、椎名林檎が「新宿系」と自称するのを聞いたときに、「ああ、自分も新宿系だ」と思えるほどに、新宿系です。そして、椎名林檎が「こぉこは、わぁたしぃのにわ、大遊戯場、歌舞伎町ぉ?♪」と歌えば、確かにと頷けます。

 その歌舞伎町を私は長いこと、遥か昔の「内藤新宿」時代以来の歓楽街の名残だと思っていました。そう言うことを色々知ってみたくて最近読んだ紀伊国屋出版の『新宿学』には、歌舞伎町が以前の妖しい魅力が溢れる世界規模で有名な街になったのは、ほんの数十年前のことで、それさえも、都の浄化政策によって、急激に衰退してしまったとありました。学びはあちこちにあるものだと感嘆させられます。

 そんな歌舞伎町の今が舞台の映像であるならばぜひ観ようと思ったというのが最大の動機です。同様の理由で、『東京公園』や『東京難民』も取り敢えず観に行こうかという気が湧いたと記憶しています。私のこのニーズは十分満たされたと思っています。何せ、ホテル内の場面以外、(一部、登場人物の自宅内の場面もありますが)ほとんどが新宿の東側の街並みです。韓国人のデリヘル嬢が、私もよく前を通るドン・キホーテでパンティを買っていたりしますし、劇中終盤、染谷ナンチャラは不貞腐れて花園神社の境内で黄昏ていたりします。これだけでも、今の新宿の画像記録として十分DVDを買っておく価値があります。DVDで持つ『ブレイクタウン物語』が今から30年前の歌舞伎町、DVDでも持っていませんが、『十年愛』が7年前の歌舞伎町、そしてこの作品と、見比べたらかなり面白いように感じます。

 ストーリー的には、グランド・ホテル形式なので、人々が頻繁にこのホテルに来ては何かをする訳ですが、一日の間にあまりにもさまざまな事柄が集中して起きて、ちょっと違和感が湧きます。それを言ったら物語が成立しなくなるのですが、少々詰め込み過ぎ感があるのです。染谷ナンチャラの店長キャラから観ると、甚だしく目まぐるしいです。

 ワンフロア貸切ったAV撮影の出演女優は塩釜から撮影時だけ上京する実の妹でした。ミュージシャンとしてメジャーデビューが決まりそうな同棲相手の前田敦子は、音楽プロデューサーと事実上枕営業に来て、結果的に別れることになります。彼が頼りにする唯一の日本人社員の中年女性は南果歩ですが、実は強盗傷害犯で、あと40時間程度で来る時効直前に、不倫で訪れた警官二人に発見されて逃亡してしまいます。おまけに、染谷ナンチャラが「店の前に立つなよ」と注意していた立ちんぼの中年女は、ほんの数時間後、隣のホテルで殺害されてしまいます。つまり、彼が何なりかの人間関係を保っている人々が、まさに彼が店長を務めるホテルで、彼の想定や期待を裏切る言動を重ねていくことになります。

 ここに、ネットなどでもこの映画の染谷・前田カップルに次ぐ話題となっている韓国人デリヘル嬢の名演技が、彼女が客を取るたびにこのホテルで展開することになります。詰め込み感は甚だしいですが、一応、観ていられる展開ですし、泣かせる場面もあります。

 パンフレットの最後に歌舞伎町在住15年の作家岩井志麻子がコメントを書いていて、「歌舞伎町に、さよならは言わない」と言うタイトルになっています。彼女の立場は、歌舞伎町と言ってもそこに住んでいる人も実はたくさんいて、人間模様は普通にある…ということでした。

 私もこれに似た感覚をこの映画を観て思いました。この映画の終わりに、登場人物の多くは、街を去って行くのです。各々の他人に言えない記憶や黒歴史の部分がこの街で発生しているが故に、それを無かったことにするためには、街を去らねばいけないと言うことなのでしょう。住人である岩井志麻子とは、多少スタンスが異なりますが、私は歌舞伎町は多くの黒歴史がまとわりついている街であるものと認識せざるを得ないものと思っています。ただ、私には、それを無かったことにするべきでもなければ、少なくとも一部の人に対してはあからさまに語れる人間の部分として昇華すべきことと思えるのです。