封切から二週間少々の月曜日の深夜、12時5分からの回を観て来ました。バルト9では、一日にまだ四回上映をしていますから、かなりの人気です。終電過ぎの時間帯のシアター内に、20人近くの観客が居ました。
この映画は封切前から観るのをかなり楽しみにしていた映画です。他の上映終了が近い映画を優先していて、このタイミングになってしまいました。私はこの映画の原作になっている書籍が新宿駅の地下歩道に面した書店で面出しで陳列されているのを見つけ、立ち読みしてみて気になったのですが、その時には積読状態の書籍がやたら溜まっていたので、購入を控えていたのでした。そのうちに、この書籍は店頭のワゴンからも、私の記憶からも消えて行きました。ですので、この映画のトレーラーを観た時には、「おおっ」と興奮しました。
特にトレーラーで観た堤真一は妙に役に嵌っていて、微かに記憶に残る書籍の登場人物「アニキ」のイメージに非常に近いように見えました。書籍のジャンルは、言わば、自己啓発ものだと思いますし、所謂「お金持ちになる哲学」だの「お金持ちになる生き方」だの言う書籍の内容に私はあまり関心が湧きません。「そんな生き方をしなくては金持ちになれないなら、それで結構!一昨日来やがれ!」的に立ち読みして思う場合もたまにあります。そんな中で、バリのアニキの話は、その手の臭みが少なく、「はあ、なるほどね」と読めるように思えたのです。映画も、まさにそんな話になっています。
金持論、成功論ではありますが、西欧の相互扶助組織のお上品だけれども強欲な金持ち付き合いを想定しなくては成り立たないような成功論とは一線を画し、東洋的な縁だの、助け合いだの、神様や大いなるものへの畏敬だの、色々なものが塗されています。それを語る堤真一の関西弁がまたしっくりきます。
堤真一を最近観たのはDVDで『地獄でなぜ悪い』と『俺はまだ本気出してないだけ』です。他にも数々の作品に出ていますし、私の母と娘が観ていたのに付き合って、軽く見たことのある『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズのどれかの作品でも、印象に残るキャラクターでした。(冒頭でゴジラが出てきた作品だったような気がします。)
古くはDVDで観て、すごく気に入った『姑獲鳥の夏』と『魍魎の匣』の二本の主役も、彼の高い演技力があって、成立していたように思います。劇場で観たのに、キムタクと黒木メイサばかりに目が行っていた『SPACE BATTLESHIP ヤマト』での彼はほとんど覚えていませんが、主役、準主役級の彼が記憶に残る映画は幾つもあります。逆に、直前に偶然見ていた『俺はまだ本気出してないだけ』の主人公のイメージが強すぎて、その真逆の位置づけにあるキャラクターの人生のありかたのギャップで、この映画をスクリーンで見始めて、かなり長い時間、違和感が続きました。
原作の『出稼げば大富豪』と言うタイトルをパンフレットを見て思い出しました。買って読みたいと思います。
この映画の楽しさは、成功哲学にがっちり染まることもなく、ただのドタバタ・コメディに成り切ることもなく、パンフに書いてあるように『寅さん』テイストの教訓たっぷりの人情物語に仕上がっていることです。
ただ、ちょっと気になることもあります。それは、アニキが大切にしている“縁”です。劇中に多数出てくるアニキの名言の内のかなりの割合が人の縁に関するものです。曰く「信頼は金では買えん」、「一度できた縁は絶対に大切にするんや」、「世界は縁で回ってんねん」、「一番大切なのは人、仲間や」、「幸せを循環させるんや」、「相手を自分のことのように大切にする」、「感謝の達人になれ」などなど、多数あります。共感できることが多々あります。
一方で、アニキがバリにいる理由は、バリには日本で失われつつある、人間同士の絆が息衝いていると言うことでした。アニキの言う縁は、実は洋の東西を問わず、事業家の成功の基本鉄則です。アメリカ発の或るネットワーキング団体(つまり、異業種交流のような形をベースに、事業を拡大させていくプラットフォームを提供する団体)のキャッチフレーズは、“Givers Gain”です。「与える者は得る」と言う意味で、原理原則は、アニキの哲学と何も変わる所がありません。けれども、米国でも日本でも、今一つ、このメカニズムがきちんと動かないのです。それは、「人間同士の絆を大切にする社会心理構造」と言うアニキがバリを選んだまさにその理由です。
“Givers Gain”と言われて、交流会の中の他のメンバーに我先に仕事を出したり、お客さんを紹介しても、相手が一所懸命仕事をしないとか、仕事のモラルが低いとかすれば、“縁”は循環しないことでしょう。格差の広がっている欧米では、それが選ばれた人々のみのものとなり、それ以上拡大しないソサイエティになるでしょう。一方、とんでもなく優れていたり裕福だったりする人もあまりいず、とんでもなく貧しくとんでもなく分っていない人も少ない日本では、誰が“縁”を回してくれる人であるのか判然としません。
アニキの言う「お金持ちになるコツ」は、アニキ自身が体現しているように、それは多くの先進国で、かなり機能不全になっているものであることが、映画を観ていると非常によく分ります。
敢えて苦言を呈するなら、この映画は、アニキの壮絶な仕事ぶりをほとんど描いていないことが残念ではあります。30もの会社を経営しているアニキは多忙を極めるはずです。「睡眠は死んでいるのと同じ」で、できるだけ、寝ないようにして、最も短時間に睡眠を収めるためには、“白目をむいて倒れ込むこと、それを失神とも言う”などの激しい働き方を伺わせる場面があるだけです。劇中でも、バリの人々が皆アニキに好意的である訳ではありません。しかし、激務をこなしつつ、周囲の人々に貢献するアニキの姿が、それほど時間を経ることなく、もともと互いに感謝し互いに施すことを生活の基本としているバリの人々を動かすことになっているのです。
現実の激務の様子が描かれている場面は存在しません。ここが欠けているが故に、アニキがただの人生哲学を吐く成金おじさんに見えてしまう場面が多くなってしまっているのが、残念なポイントです。しかし、所謂成功哲学のメカニズムとその限界にまで気づかせてくれるコメディ・タッチのドラマはそうありません。この作品のDVDは勿論買いです。