『余命90分の男』

 封切から二週間弱。以前ピカソ・ナンチャラと言う名前だったビルに入った、渋谷エリアの北端の映画館に観に行きました。上映回数は一日たった一回。おまけに今日金曜日で上映終了と言う話です。第一週も一日一回だったとしたら、たった14回あるかないかの上映回数です。滑り込みでその最終上映を観ることになりました。

 この映画館は、以前、宗教プロパガンダ映像『神は死んだのか』を観た映画館と同系列なので、あのプロパガンダ映像を観た際に貰った無料券を使うチャンスがとうとう来たのは、取り急ぎ、嬉しい限り…。と思って、会場に着いてカウンタで無料券を提示して、「使えますか」と尋ねたら、一旦は「使えます」と受け取ったくせに、後から何かの特別興行とか言うものの上映なので「この無料券は使えません」と言い出して、通常会員価格の1000円を請求されました。

 入会時点でも、「この無料券は特別興行の場合には使えませんが…」などと言う案内は一切ありませんでしたし、私が観ている映画情報サイトでも、今回の上映が特別興行であるとは全く書かれていません。また、この渋谷の映画館のサイトを見てさえ、その『未体験ゾーンの映画たち2015』とか言う名称は書かれていますが、それが特別興行なるものであるのかはどこにも明記されていません。このような告知状況で、来場した客に、通常とは異なる不利な扱いを強いると言うのは、私には非常に理不尽に感じられました。

 その時点では、時間もないので不承不承支払いをしましたが、「今回、一本ご覧になりますと、1800円ですが、会員カードの活用で、三カ月以内にグループ映画館全部のいずれかでもう一本見られる二本分のチケットにすると、2000円になります」と言われたから、入会したのに、結果的に「二本で3000円支払っている」状況になったのは、非常に不愉快だったので、帰り際に、「このような使えない券は要らない」と言って、カウンタに突き返してきました。店員は「他の映画館でも観ることができるんですよ」などと頻りに言っていましたが、このブログに書いた記録を見ても分かる通り、この会員カードの制度に加入している映画館で、観たいと思える映画が上映される頻度は非常に低く、この店員のいうようなメリットは私には生じません。

 おまけに、チケットカウンタに並んでいると、割り込んできた女性を先に処理するなど、全くオペレーションができていない状態で、客に対して不愉快を重ねて提供することに恐ろしいほどに長けている映画館だと思わざるを得ません。

 夜9時20分の回でもかなりの混雑でした。老若男女ごちゃ混ぜで、パッと見、30人以上は観客がいたように思います。流石渋谷と言う場所です。

 私が観に行った理由は勿論、主演ロビン・ウィリアムズです。私は特に彼が大好きな俳優と言うほどのファンではありません。けれども、彼の多数の主演作の中に、数多くの私の記憶にも残る作品があるのは本当です。古くは『ガープの世界』、『グッドモーニング・ベトナム』、『レナードの朝』や『フィッシャー・キング』などから、『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』、『アンドリューNDR114』など、本当に多数です。そのような立場の俳優が、鬱によって自殺すると言うのは、多分、私なりの昨年の芸能関係最大の衝撃でした。その最後の主演作を観に行きたいと思いたちました。

※ウィキに拠れば、この作品の後に『ナイト ミュージアム/エジプト王の秘密』に出演しているようで、この作品は最後の出演作ではなく、最後の主演作になったと言うことのようです。

 たった84分しかない小品を、全国でたった一館の上映館でその最終回に観るのは、それなりに感慨がありますが、今回は先述のようなロビン・ウィリアムズのその後の話が重なって、考えさせるものが多く存在します。

 映画の展開はタイトルから容易に想像がつく通りです。多少私の想像と異なっていたところもあります。何らかの手違いや会話の勢いで、全く死期が迫っている訳でもない人間が、誤解のもとにドタバタ騒ぎを起こすのかと思っていましたが、そうではありませんでした。主人公の男は脳に動脈瘤があること自体は本当で、激昂したりすると、脳内の出血で一気に死に至る可能性を抱えていて、ドタバタが起きます。

 実際に、迫りくると思い込んでいる死に向き合っている90分が過ぎて、納得して入院した後、6日後に主人公は死んでしまいます。90分の中で、今まで法律事務所の経営者として忙殺されて過ごした人生を振り返り、自分が大切にしなくてはならない家族との時間や不和となっていた息子との和解など、すべてに急激に対応しようとする中で、日常の価値の転倒が発生します。それが、90分内で得られない結果が突き付けられた後に、さらに本当の死までの間に6日間がある訳ですので、妻や息子、共同経営者の弟などとの親密で幸せな時間を過ごすことができる、非常によくできたハッピー・エンディングです。

 また、物語自体も、今までのロビン・ウィリアムズのコメディアンの本領発揮と言う感じで、良い意味で全く予想を裏切る所がありません。よくできています。笑わせ、共感させ、泣かせ、一流のコメディアンが可能にする感情を揺さぶり続ける展開がきちんと用意されています。

 色々な作品の印象的な部分をギュッと詰め込んだ感じになっています。『イキガミ』、『生きる』、『マイ・ライフ』、『象の背中』、『余命』、『その日のまえに』、『最高の人生の見つけ方』、『死ぬ前にしたい10のこと』などなど、たくさん挙げられますが、どれにも、泣かせるポイントがたくさんあります。家庭の父が迫る死期の中で取る行動と言う切り口で、『エンディングノート』、『象の背中』、『マイ・ライフ』に印象が近いように思えます。

 DVDは間違いなく入手したくなる秀作です。ただ、ちょっと残念なのは、タイトルです。邦題は設定そのまんまですが、英題は『THE ANGRIEST MAN IN BROOKLYN』です。主人公は周囲に対して、日々怒りを湧かせている人物で、残された時間が数分というような思い込み状況になっても、結局、90分の中では怒りを捨てることができませんでした。駆け足で描かれる6日間の中で、漸く怒りの湧く自分に向き合えるようになりました。これは実は『マイ・ライフ』と同じ構図です。そのような全体のカギとなっているコンセプトがタイトルから抜けてしまっているのは、少々残念な気もします。

 そして、観終わって人生の価値を笑いの中で振り返る体験ができた後に、ふと、その主演男優が、この作品を創り上げた数か月後には自殺したと言う事実を思い起こし、とてもやるせない気分になりました。

(追記)
 帰宅後、「貴店のグループで観たい映画のレパートリーは限られていることは分かっていて、三カ月以内にもう一本見られると言われても、ぎりぎり、観たくなるような映画が数本見つかるかどうかというぐらいだった。それでも、二本で3000円になると言うことで入会した。まともに告知もされていない特別興行とかいうもので、券が使えないようなことがあると分かっていたら、絶対にこんな券欲しさに入会することはなかった。入会を取消して、多く支払っている分を返還してほしい」と、入会処理をした『神は死んだのか』を観た映画館にその日の晩のうちに連絡しました。
 かなり紆余曲折を経て、こちらの言い分が後日通りました。そして、渋谷の店には、「会員ではなかったということに遡って修正されることになるので、正規の価格で観なくてはならなかった所、会員価格になっているのだから、不足分を請求して欲しい」と言ったのですが、「不愉快のお詫びとして、請求はしない…」とのことでした。