『日々ロック』

 新宿ピカデリーの夜10時直前の開場の回で観て来ました。月曜日。終了は終電間際の時間帯。男女、若い層を中心に、カップル、三人連れなど、30人ぐらいの観客がいました。私の誕生日の封切から約三週間。それなりにはプロモーションが激しかったように感じていたのですが、私の想像よりは、かなり観客数が下回っていました。

 観客の数の単位として比較的珍しい三人連れ以上が何組かいた背景には、バンド系の集まりが連れだって見に来ていたのかもしれません。会話内容からして、半数以上は、原作を知っている様子でした。

 パンフを買って読むとよく分るのですが、この映画には、かなり実際のアーティストとして名の知れた人が楽曲提供などの形で関わっているようです。それらのアーティストが映画封切の前後で、この映画の楽曲ばかりを演奏するようなライブをやっているなどの話もあり、アマチュア、セミアマチュアのような層には、もしかすると大人気の映画なのかも知れません。私はこれらのアーティストの誰一人として聞いたことさえありませんでした。

 監督が『SR サイタマノラッパー』やその続編二作、さらに二階堂ふみ主演の『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』などの、作品群の監督を務めて評価されている人物です。おまけに今回はコミックが原作です。そういう路線の延長線上で、この映画に期待して観に来る人々が多くても全く不思議ではありません。

 私がこの映画を観に行った理由は、たった一つです。今や“キワモノ系”に分類しても良いかと思えるような二階堂ふみの、奇妙な女の新しいバージョンを観に行きたかっただけです。

 二階堂ふみが扮するのは、オモテ向きは、パフュームやきゃりーぱみゅぱみゅのような電子音系アイドルの頂点。その裏には、ガールズ・ロックバンドをやっていて、ロックンロールへの熱い想いが秘められていると言う感じの役どころです。この両面が見られます。

 実際に1000人規模のエキストラを前にして光り輝く大ステージでパフューム張りの熱演を披露する場面があります。PVもそれなりにできているものが、プロモーション画像として、劇中で披露されています。この大ステージ体験をパンフの中で二階堂ふみは、「あんな中で素晴らしい世界を作り出せるアーティストってすごいと思った。自分にはとてもできないと思う。けれども、そんなアーティストを演じる役者ならできる」のような主旨の発言をしています。

 けれども、現実にはあまりそうは見えません。パフュームのライブのDVDもCDとセットだったので一枚持っていて観たことがありますが、練りが異なります。せいぜい、私にはお正月の特別音楽番組で、メタリックな衣装に身を包んだ、『GOOD BYE 夏男』を歌う松浦亜弥や『原色GAL 派手に行くべ!』を歌う後藤真希ぐらいにしか見えませんでした。

 ロックンロールに狂った様子の方もまた、かなり中途半端です。ライブハウスで飛び入りで、本来のバンドのメンバーを足蹴にして大暴れしながら、忌野清志郎の名曲を一曲ギターを弾きつつ歌いまくりますが、どうも、おねえちゃんが力んで歌っていると言うレベルを超えていません。ライブハウスの様子は構成上、観客が湧きに湧いていますが、どうも、そんな“熱”が二階堂ふみから放射されているようには見えないのです。

 作品全体で言うと、原作を読んでいない私は、どこまで原作に忠実なのか判断できないのですが、かなりおかしなロックバカの青年が主人公です。そのバカさ加減が、ロックにのめり込んでいると言うだけで納まっていないのが、非常に不自然に感じられて、私には楽しめませんでした。この主人公の青年は、単にロックにのめり込んだ、社会的非常識とか、アナーキーな価値観と言うような感じではありません。どちらかと言うと、言語障害に近い状態ですし、姿勢も常に腰をかがめて、老人のような身の動きです。明らかにロックとは関係のない、社会的不適合者のように描かれています。

 このようなキャラクターをどこかで見たことがあるような気がして、考えてみると、『風俗行ったら人生変わったwww』でした。その主人公よりもさらに非社会適合率が上がっているように感じます。もっともっと、当たり前に面白くできたのではないかと思えるのです。同じ原作がコミックでロックものの映画でも『デトロイト・メタル・シティ』があります。これは、とても楽しめました。この違いは何なんだろうと考えさせられます。

 このロックバカの連中は最後に死の床にある二階堂ふみの病室の外で、彼女からの依頼で作られた一曲を、対面のビルの屋上で嵐が吹き荒ぶ中、演奏して捧げます。その約束を何が何でも果たす姿勢や行動は、例えば太宰治の『走れメロス』や小泉八雲の『守られた約束』など同様に、命がかかわるその重み故に、心を揺さぶるものがあります。

 家では家族がよく「死ぬ前に最後に一食好きなものを食べられるなら、何が良い?」と話すことがあります。私は、その時の状況や、その前数日何を食べたかによって異なると思うので、「答えられない」と言うのが、定番の答えです。しかし、この映画を観て、死ぬ前に聴きたい音楽や、もしくは、葬式で掛けて欲しい音楽は、間違いなくあるかもと思い至りました。ホワイトスネイクのアルバム『Ready An Willing』かクイーンの『Hot Space』です。食べ物に人生の価値観を左右するぐらいのインパクトがあったものは思い当たらないのですが、ロック・アルバムになら間違いなく存在することを自覚できたのは、この映画を観た最大の収穫かもしれません。

『私の男』の血まみれのセックスをする二階堂ふみ。『地獄でなぜ悪い』の血飛沫の殺陣を演じる二階堂ふみ。『渇き。』の耳を切り落とされても悪態をつく二階堂ふみ。『ヒミズ』の好きな男の発言を紙に書いて壁を埋め尽くす二階堂ふみ。『脳男』の眉毛のない不気味な爆弾魔の二階堂ふみ。この“おかしな二階堂ふみ”を収集してみたいとは思っているので、この映画のDVDは間違いなく買いです。ただ、映画として、作品の魅力は見返すに至らないレベルだと思っています。