『万能鑑定士Q モナ・リザの瞳』

 封切から約二週間。日曜日の午後一の回をバルト9で観て来ました。最近はバルト9で観る映画が続いています。比較的大作で観たいものが続いているのも一つの理由ですが、先日観た現時点で今年最高傑作の『ロボットガールズZ』の説明がつきませんし、『キカイダー REBOOT』も大作と言えるかといえば、結構微妙です。観たい映画が目白押しな割には、皆、かなり短期間で上映が終わってしまうので、畢竟、急いで観ることになる。急いで観るとなると、混んでいる可能性があるので、深夜の回で混雑を避けられるときは避けようとする。それで、深夜にやっているバルト9の選択肢が浮上する。このメカニズムが最大の理由かもしれません。

 やたらに天気の良い、日曜日の午後。新宿の街もかなりの人出でした。この作品は封切二週間過ぎにして、既にバルト9の上映が一日三回になってしまっていて、真昼間の今回も、広いロビーの脇にある小さなシアターでした。上映開始10分前にチケットを買って中に入ると、半分程度は席が埋まっていました。混雑率はまあまあですが、観客の絶対数が多いとは言えません。バルト9では、この作品が二タイトル扱いになっていて、一つは私が観た『万能鑑定士Q-モナ・リザの瞳-』で、こちらが一日二回。そして、『【日本語字幕】万能鑑定士Q-モナ・リザの瞳-』が一日一回です。その違いを全く意識せず、都合に合った回を観て来ただけですが、映画の中盤からフランス語会話が頻出するようになり、字幕の意義は確かに分かりました。私が観たのは字幕がない方ですが、それでもストーリー理解に全く支障はありません。

 パンフレットを読むまでもなく、大規模なフランスロケが行われたことが分かります。ロケをしたんだぞと言いたげな、少々長すぎるように感じられるフランスの名所映像が、主人公が初めて赴いたパリのシーンで展開します。しかし、この映画の冗長感を感じるのはこの部分だけで、あとは軽快・軽妙に話が進みます。面白い映画です。まるで、非常にクオリティの高く作られた、テレビ番組のサスペンスもののような印象を受けます。

 この映画を観に行こうと思った理由は二点で、一つは、トレーラーを観て、綾瀬はるかにしっくりくる役どころの映画という印象があったことです。何がその理由なのか分析するほどにサンプルが多くありませんが、私は、綾瀬はるかの観たい作品と観たくない作品がかなり明確に分かれています。実は後者が圧倒的に多いのですが、綾瀬はるかが嫌なのではなく、前者のグループは極端に気に入ってしまう作品が多いです。

 世間的にはそれなり話題になり、映画館で多少関心を持ったのに、観たくないと明確に感じて、結果的にDVDでも観ていない映画はかなりあります。『ザ・マジックアワー』、『ICHI』、『ハッピーフライト』、『おっぱいバレー』、『ひみつのアッコちゃん』などです。テレビの『八重の桜』にも関心が湧きませんし、紅白歌合戦の司会を務めた彼女にも別に見るべきものを見出せませんでした。

 逆にこれはやはり綾瀬はるかで良かった、自分がかなり好きな映画として挙げられると感じられるものがあります。『僕の彼女はサイボーグ』、『リアル〜完全なる首長竜の日〜』、そして本作です。これらの三作は邦画で好きな日本映画を100本上げたら、間違いなくランキング入りです。

 この映画を観たいと思ったもう一つの理由は原作です。ベストセラーシリーズと言われる原作を私は一切読んでいません。しかし、私の催眠術の師であった吉田かずお氏が、催眠の技よりも、催眠を説明する文章を書かせたらピカイチと評する、松岡圭祐によるものなので、外れることはないだろうと言う考えです。彼の著書は催眠に関するもので『読むだけでやせる – 驚異の催眠ダイエット』一冊を熟読しましたが、一般に声で誘導する催眠が当たり前に思われている中で、文字を読むことで催眠誘導を行なうと言う画期的な試みと、その中にある非常に分かり易い説明に、感激したことがあります。

 観てみて分かり、パンフにある情報を読んで分かるのは、この原作の奥に広がる重層的な知の広がりです。それは、主人公凛田莉子の強み自体が豊かな感受性による五感の刺激と記憶の結び付けやその知識を背景としたロジカル・シンキングの設定にも感じられます。その凛田莉子を陥れる罠の方もまた、凛田莉子が「シナプス結合!」と気づく、誤った認識を反復して持たせることによる、誤った判断をするシナプス回路の形成であったりするのです。おまけに、凛田莉子が劇中で暴くトリックには、音響の認識にかかわるマスキング効果まで登場しています。

 記憶に関しては、強化法の大抵は何らかの結びつけのテクニックかと思っています。劇中の主人公のものも、エピソード記憶の一種なのかなとか、所謂フラッシュバルブ記憶の汎用版のようなものかとか色々考えながら映画を観ていたら、まったく飽きが来ないと言うか、ストーリーについて行きつつ、そのようなトリヴィア的なことを考えていると、あっという間に時間が経ちます。やはり、認識にかかわる広範なネタを盛り込んで飽きさせないようにできている、著者が緻密に編んだ原作の構造を非常にうまく映像で再現したものと思います。

 もちろん、改めて考えてみると、幾ら優秀とは言え鑑定人一人を陥れるだけなら、誘拐するなり暴行するなりと言う方法が一般的に採られるのではないかとか、画廊に強盗に入るのに音で気づかれることのないように周到なマスキング効果による対策を打つよりも、もっと別の単純な方法論が採られそうなものだと思います。それでも、この作品の数々のトリック群は、少なくとも私の知る限り、映画で観た『相棒』などのものよりも数段優れているように思えてなりませんし、採用における違和感やわざとらしさが少ないようには思えます。それ以上に、先述の映画のテンポが、観る者にそこまで考える余裕を与えないで済んでいるのだと思います。

 観終わってみて、一番印象に残ったのは、映画音楽です。この映画の軽快且つ軽妙な演出を支える大きな部分は実は音楽であろうと思います。たとえば、『R-18文学賞vol.1 自縄自縛の私』の時のラブサイケデリコの名曲のように楽曲として独立して優れているのではなく、まるで、往年の「映画音楽ベストヒット…」などに収録されている、『シェルブールの雨傘』や『小さな恋のメロディ』のインストゥルメンタルのように、作品の本質をうまく表現し、且つ、演出効果を大きく引き上げることに成功している優れた事例のように思えます。音楽的な素養の少ない私ですが、エンドロールで流れていた曲が、かなり長いこと頭の中で反復再生されていました。

 時間的にはバルト9の上映が見事につながって、館内ハシゴが非常に容易な組み合わせで、3時20分からの『ディス/コネクト』を観ようと思っていたのですが、止めました。ネットの濫用で追い詰められ破壊される家庭像の映画が間違いなく、『万能鑑定士Q モナ・リザの瞳』の後味を完全に壊してしまうものと思ったからです。『ディス/コネクト』もバルト9で既に1日2回の上映になっていますので、観るのはDVDになってしまうかと思います。

 DVDは勿論買いです。先行して既に売られている筈のCDも買うべきだろうと思っています。

追記:
 ネットでこの映画について調べていたら、「mini 万能鑑定士Q −お店の名前−」というタイトルのminiムービーが存在することに気づきました。ウェブ系の販促として観た時、非常に抜かりがないことに気づかされます。逆に言うと、ここまで周到な販促とここまで原作の世界観に忠実なすぐれた構成を持っているのにもかかわらず、累計400万部の原作を買った読者をどこまで動員できたのか、結果的に封切二週目でバルト9一日三回の上映状況には驚かされます。これが、所謂市場の細分化による、今の日本市場での当たり前の結果であるなら、マーケティング策全般のありかたの行方には、非常に関心が湧きます。