『謝罪の王様』

 三連休の最終日。祝日の月曜日に観に行きました。新宿ピカデリーの夜の九時過ぎから始まる回です。9月末に封切られて、既に一ヶ月半近く。それでも、シアター内はまあまあ混んでいて、客層は、若い男女、または若い女性だけの二人組が多いように見えました。かなりマナーの悪い客が多く、いつまでも携帯を開く客やら、ぶつぶつ話し続ける客がいて、久々に、「迷惑だから、話すのを止めて下さい」と二列前の席に言いに行く始末でした。

 私は世の中全般でのクドカンの好評に余りついていけていない人間です。娘などは『舞妓Haaaan!!!』が良かったと言いますが、私は予告を見ただけで、何か味わう所がなく、かと言って超絶に笑える訳でもなく、非常に中途半端な映画に感じたので見ていません。『謝罪の王様』は、脚本のクドカンに加え、監督と主演が『舞妓Haaaan!!!』の時と同じ組み合わせです。ほぼ似たテイストを想定はしたのですが、どうも、井上真央のおかしな役をちらりと予告で観たのが気になり、監督・脚本・主演のトリオの復活には全然関心がなかったものの、食わず嫌いはどうかと思い、観に行ってみることにしました。

 結論から言うと、何が悪いのか、何が面白くないのかがよく分からない、かと言って、非常に後味が悪いかというとそうでもない、単なる記憶に残りにくい映画です。全く想定通り、多分、脚本なのかなと思うのですが、無理のある設定や中途半端なギャグのような何かよく分からない演出が連発するのが面白くありません。

 幾つかの謝罪依頼のケースが紹介されているのですが、最初のケースが、その後、助手となって謝罪センターに勤めるようになる、謝ることを知らない帰国子女役の井上真央です。ヤクザ相手に派手な交通事故を起こして、おまけに、風俗で働く契約書まで書かされていると言う状態から、阿部サダヲ演じる謝罪センター所長が救い出す話なのですが、スタートから空回りするギャグ感で全体が占える感じがありありとします。この手のおかしさなら、もっと非現実的にぶっ飛んで欲しかったと考えて思い出した作品は、『罪とか罰とか』です。せめてあの作品ぐらいだったらと思いますし、そうではないなら、もっとストーリーを練り込んで、『テルマエ・ロマエ』などのように大真面目におかしくやって欲しかったですし、『ミロクローゼ』のように観客を置き去りにし続ける想像を絶する展開を続けるなどして欲しかったと思います。

 キャストが、ネット上でもパンフレット内でも、しつこくドキドキしたなどと繰り返す、井上真央のピンクのレオタード姿も見ものであるのは間違いないのですが、ほんの少々だけしか出てきません。あと、ブータンをモデルにしているらしいマンタン王国と言うのが登場しますが、この国の設定も、マンタン語まで草案しての気合いの入り様ですし、異文化コミュニケーションのすれ違いの様子をわざとらしく皆で演じているのですが、どうも中途半端でおかしさが生まれません。

 私も30年前にソビエト旅行に行き、軟禁されたKGBの事務所のホールでは機関銃をもった警備兵に「ニクダンゴ・ハラショーヤ」と聞こえる言葉を言われたり、ただの水の自販機を待つ行列では隣の母娘が「イレルト・イッショニ・デテクル・マーヤ」と聞こえる言葉を言われて耳に残り、30年後も意味が判明しないままに、記憶しています。この類の空耳ものは、名曲バナナボートも「今月ぁ、足りない。借りねばならない。岩井さんちのゴムホース」と謳う人間ですので、嫌いではありません。しかし、マンタン語で「国王の名において、謝罪します」とかいう言葉が「ワキゲ・ボーボー・ジユウノメガミ」で、笑えるかというと、「はあ?」という感じで、それを延々「どうだ、おかしいだろ」とばかりに繰り返されると、うんざり来ます。これで感動のフィナーレに持ち込む無理さを演じきってごり押しできる、役者陣の演技力には目を見張るものがあります。

 さらにこれでは足りないと誰かが感じたのか、本編終了後、エンドロール前に、やたらに長いダンスシーンがあります。出演者でこのダンスシーンに登場するのはラーメン屋の店長をやっていたエグザイルの男と阿部サダヲだけです。あとは、その手の集団アイドル系のお姉ちゃん達とちょっとムサイ男連中が少々です。それで、初期のお金をかけられていない頃のブリットニー・スピアーズのPVのような画像が流れます。これもパンフによれば謝罪の物語仕立てになっているとのことなのですが、全然面白いとは感じませんでした。単なるミュージックPVだと思ってみれば、面白いだけのことです。

 本人の弁によると、知り合いの帰国子女をモデルにしたと言う、なにかふてくされた感じがだらだら続く井上真央も、「もしかしてただ演技が下手なだけなのかこの人?」と思いたくなるほどで、観るモノがありませんでした。帰り道に通ったみずほ銀行のポスターの彼女の方がかなり好感が持てるように感じられます。

 こんな程度の感じなので、正直映画の本編そのものだけならDVDはタダでも要らない感じなのですが、最後の方のPV部分だけはまた見てみたくなって、DVDは入手してしまうかもしれません。これもパンフレットで本人が言っていますが、ピンクのレオタードの井上真央をなぜこのPVに入れなかったのか不思議でなりません。

追記:
 この作品を見てつくづく思うのは、阿部サダヲの演技力です。このおかしな作品を(シアターを出る観客(特に男性)からは、「速攻寝られる映画」との評価が多々聞かれましたが)ギリギリ見続けられるレベルにしたのは、彼の演技力によるところが大きいと思います。しかし、それを味わうなら、ダンスの練習で見慣れた映画『夢十夜』の第六話で十分です。

追記2:
 ダンスと阿部サダヲ以外に好感が持てたすれば、この映画の謝罪センターが、依頼主の謝罪をマル請けで代行するのではなく、依頼主に謝罪の極意を教え、少なくとも表面上だけでも、依頼主が改心したように見える想定になっていることです。これはこれで、中途半端なヒューマン・ドラマ・テイストになっていてよいと言うことは言えます。ただ、たとえば、金持ちの依頼主ばかりがどんどん出てきて、謝罪を代行させて、自分は裏で舌を出しているような謝罪センターでも、妙に現実感があってよかったかもとも思えます。