『図書館戦争』

 仕事が早く終わった月曜日の夕方、新宿ピカデリーで観てきました。何度行っても、短期間で消去されていくポイントがたまることがありません。封切は4月27日。既に一ヶ月半近くの時を経て、さすがに、ピカデリーでもバルト9でも上映は一日一回になっていましたが、劇場内に入ると、50人ぐらいは観客が居ました。5時前から始まる回で20代に見えるカップルを中心にこれほど集客できるとは驚きです。

 この映画を見に行くことにしたのも実はこの人気ぶりが理由です。ベストセラー小説が原作と聞いていましたが、今どき、小説やコミックが原作と言うだけで、映画がロングランになるほど甘くはないものと思いますので、やはり、その単純な事実以外にもヒットの要因があるのだと思い、何となく興味がわきました。『のぼうの城』で、『東京公園』以来に榮倉奈々と言う女優を“発見”し、その後どうなったかを見てみたかったというのもあります。

 ただ、ストーリーに対する期待はほとんどありませんでした。「市街戦を重ねてまで、本を押収したり、焼き払ったりするぐらいなら、そんなことされる前にグーグルさんに、図書館の本を全部スキャンしてクラウドにアップしてもらったらどうだろう」とか、「あんな戦闘やっていて、その間、市民の反応は勿論、警察とか機動隊とか、自衛隊はどういうスタンスをとっているのだろう」とか、余計な疑問ばかり湧いてきて、全く荒唐無稽のストーリーをどんなふうに耐えながら見ようかぐらいに思っていました。当然ですが、原作は読んでいないので、その世界観を知る由もありません。(勿論、最低限、トレーラーや映画サイトの情報は得ていましたが…)

 ところが、映画の冒頭で、何となく1980年代ぐらいからの悪書に対する規制のような話が、その当時の映像風に提示され、ご丁寧に、元号が「正化」に変更になりましたなどの歴史的場面まで微妙に再現して見せてくれたりして、妙に現実感があります。私は、大好きな山本直樹のマンガが一気に悪書指定されて、読みたいときに普通の本屋では全く手に入らなくなって苦々しく思っていた人間です。その手の規制の必要性をまことしやかに説く人々が腹立たしく思っていたので、この作品の設定自体が記憶の琴線に触れ、一気に引き込まれてしまいました。

 大体にして、風俗業などに対する「良識」とか言われるものによる無茶苦茶な制限とか、アダルト業界全体に対する偏見なども、私は非常に苛立たしく思っている人間です。少しは宮台真司の初期の作品でも読んでから議論してはどうかと思えてなりません。さらに、禁煙ファシズムやパチンコ業に対する極端な糾弾。そして、ヘビメタなどの社会的悪影響説など、話の冒頭を聞くだけで不愉快です。そんな人間なので、この設定にはついつい「そうだ、そうだ」と喝采してしまいます。

 さすがに、軍備を持ち出して、検閲を行なう「良化隊」と同じく専守防衛を謳いつつも同じく軍備を持つ「図書隊」の戦いには、僅かな非現実感を最後まで拭うことはできませんでした。しかし、古くは古代中国の秦王朝の焚書坑儒などから、日本においても、江戸時代の一部学問や思想の弾圧など、(さらには、各種の宗教弾圧など)思想や学問そのものに対する流血を伴う弾圧は特段新しいものではありません。現在の日本でここまでの兵力の衝突に至るような思想・学問の弾圧劇はそうそう見当たらないものと思いますが、海外ならまだまだ見つかるというのは本当だと思います。そんな考えが湧いてくるほど、この映画には、その設定に対する一応の説得力が備わっています。

 さらに、榮倉奈々はまるでゴールディー・ホーンの『プライベート・ベンジャミン』を思い出すようなコケティッシュぶりと真摯さを兼ね備えたキャラで、好感が持てますし、特別出演と言うことになっている栗山千明の女友達役もなかなかの好感キャラです。軍隊内部と言うことなので、べたべたな恋愛劇もなく、妙にまじめで浪花節的で暑苦しい言動を軍隊とは思えないぐらいに振り回す人々の姿は、互いに傷つけあうことも許容できる“古き良き”人間交流と言う感じで、ノスタルジックでさえあります。さらに、微妙な間合いの、教官と女性訓練生の、「教官!」と「呼び捨て苗字!」の応酬と共に展開するほのぼの恋愛劇は、往年の『スチュワーデス物語』さえ思い出させるのです。

 この映画を観てみて、何となくこの映画がロングランである理由が、このような所にあるのだろうと、自分なりに納得できました。大学生が棒を振って国家権力に抗すると騒いでいた頃のそのままの延長の歴史を歩んだパラレル・ワールドがあったら、こんな風であったかもとか、つい思い込まされそうになります。同じ近未来モノでも、『イキガミ』や『プラチナ・データ』より荒唐無稽の筈なのに、説得力自体はこちらの方が数段上に感じられるのが、この作品の力なのでしょう。

 しかし、やはりこの浪花節的な軍隊っぽい組織は、戦闘前に避難する図書館の利用者から、「どうせ、戦争ごっこだろ」と言われるほどに、被害が出ない軍隊です。図書館を巡る攻防戦であれほどの数の銃弾を打ち合っているのに、直接死亡している風な隊員はほぼ皆無です。これが『プライベート・ライアン』の上陸戦のヒット率を適用していたらどうなるのかとつい考えてしまいます。また、「専守防衛」を謳う図書隊は威嚇のための銃撃に徹しようとしていますが、対する良化隊は殺害を目的に発砲を繰り返しています。どう考えても、図書隊の被害がこれほどで済むはずがないと思えますし、そんなことが白昼市街で行なわれようものなら、この程度の社会の反応では済まないように、常識的には思えます。いっそ、殺傷を互いに回避するためにゴム弾・ガス弾のみの使用の銃撃戦とかの設定に最初からしていただけた方がよかったのではないかとも思えます。

 とても面白い設定と演出の作品だと思いますが、この点が、やはり拭いきれないままにエンディングを迎えてしまった感があります。あとは、個人的に主人公の名前が私の比較的近しかった知人と同じなので、前述の呼び捨て苗字が連発されると、集中がそがれるというのも、(超個人的)マイナス要因です。(『リアル鬼ごっこ』でもそのようなことがありました。)

 ちょっと、惜しいという感じでDVDは必要ありませんが、表現の自由の維持、思想・信条の自由の維持の大事さに、それなりには思い至らせてくれる、観てよかった作品だと思います。

追記:
 栗山千明はなぜ特別出演なのか、ネットで色々調べてみたら、真偽のほどは分かりませんが、原作者が元々小説中のこのキャラを栗山千明をイメージして創作したからという説が有力でした。特別出演と言うのに、やたらの存在感でした。