『君が愛したラストシーン』

 4月6日の土曜日に公開になって以降、関東圏ではたった一つの上映館で、一日たった一回レイトショーでの公開を、たった一週間だけ行なうと言う、非常に限られた機会の中、ぎりぎりラスト上映の一回手前で観てくることができました。

 当日は、ぎりぎりの到着になり、私にしては珍しく、予告編上映中にシアターに入りました。レイトショーであること、それほど有名である訳でもない単館上映作品であるのに、暗がりに慣れた目に映ったのは、やたらの数の観客でした。勿論、立ち見が出るほどでもなく、席の半分も埋まっていないものと思いますが、それでも合計で確実に50人以上の観客がいて、その大多数は私と同年代ぐらいの男性でした。

 映画は、妻を三年前に亡くしてから、一応、不動産会社で普通に働き続けてはいるものの、落ち込んだままに毎日を過ごし、家に帰ってやることと言えば、妻が好きで二人でよく観た映画をDVDで観ることぐらいと言う主人公の男性の所へ、その映画の主人公が映画を抜け出て同居するようになることから始まる物語です。

 なぜこの映画を観に行くことにしたかと言うと、『セックスの向こう側…』を仕事柄の関心で観には行っているものの、王道作品の鑑賞に偏りがちだったので、バランスを少々マイナー映画に戻そうと思ったのが最大の理由です。上映中のその手の作品の中で、この時期、一応関心が湧き、観に行く都合もあうのはこの作品だけでした。

 特に主人公の吉井怜も好きと言うわけではありませんが、以前、劇場で観に行こうとしていたのに、上映館と上映期間が限られていて観に行くことができなかった、二本のシリーズ映画『寄性獣医・鈴音 GENESIS×EVOLUTION』を先日漸くDVDで観ることができ、その過程で、ウィキなどを調べて、アイドルとしてデビューの後、白血病になり、血液型が変わるほどの劇的状況を経て、奇跡の生還とカムバックを両方果たした女優であることを知りました。それで、『夕闇ダリア』など幾つかの作品を合わせて観ました。しかし、特に強い印象を持ちはしませんでしたし、『寄生獣医…』の役どころから、セクシー系を売りにしている女優の印象が残ったと言うだけと言った方がよいかもしれません。

 今回の映画は、映画紹介欄に「“Love & Eros CINEMA COLLECTION”2ndシーズンSPRINGの1本」のように書かれていて、このシリーズは映画館などでよくその一目で内田春菊のものと分かるイラストのポスターを目にしますが、私はこのシリーズがどのようなものであるのかよく知りません。ただ、愛やらセックスやらが主題におかれた映画のシリーズのようなものと言う認識があるだけです。過去にAV女優の由愛可奈が主演している作品もあったことなどが思い出される程度です。それで、『寄生獣医…』の延長線上で、吉井怜が主演なのかと言うぐらいの認識で、以前『十年愛』を観て呆れ返った池袋の映画館に赴きました。

 おかしな作品です。何がどうおかしいかと言うと、平坦なのです。捻りと言うか意外性が殆どなく、どこにも「おお、そう来るか」と言う驚きはありません。ああ、なるほどと言うような納まりの良い予定調和的なエンディングに向かって、モタツキもない代わりに、特段の疾走感もなく、話が進んだ感じです。感動を呼ぶような部分も一応あります。しかし、その程度と言えばその程度です。

 画面や絵画から人が出てくるのは、非常によくある設定です。古くは小泉八雲の作品中にも美しい物語が幾つか存在します。映画でも名作『カイロの紫のバラ』や『ラスト・アクション・ヒーロー』など枚挙に暇がありません。逆に中に入ってしまう話も多数あり、私は『カラー・オブ・ハート』がかなりの名作だと思っています。色々考えてみると、私の一番のお気に入りのこの手の物語は、やはりダントツで、桂正和原作のコミック『電影少女』です。そのような中で、この作品には特に目新しいものが存在しません。

 正確にはほんの僅かにあります。今どきの映画だからこうなるだろうと言う展開が織り込まれていることです。まず、出てきた劇中劇のヒロインの看護婦は主人公の男性と街にデートに出かけるのですが、それがこの映画か女優のファンに撮影されて、そのファンのフェイスブックにアップされてしまう所から、この事実が演じている女優本人の知る所となると言う展開です。それと、この看護婦が現実世界に抜け出てからは、この劇中劇の世の中にあるDVDというDVDは、その看護婦役が登場する直前で再生不能になり、世の中でそれなりの騒ぎになっていると言う展開です。あとは、当然この映画のシリーズとして、主人公と看護婦のセックス・シーンがそれなりの時間を割いて描写されることぐらいでしょうか。(セックス・シーンは計二回ですが、フルヌードの全身が映る場面はなかったように思いますし、伝統的お約束場面のシャワーシーンが一回と言う程度です。)

 面白いのは、演じた役者の方が主人公のマンションに押しかけてきますが、(当然、吉井怜の二役です)芸能界では落ちぶれてやさぐれている設定です。過去の栄光と言わんばかりのヒット作が、その看護婦役で、何事にも一所懸命に取り組む看護婦と、やさぐれてなげやりな女優本人が対峙するシーンがあります。世間の多大な迷惑を理解し、致し方なく劇中に戻る看護婦とその看護婦の言動から自分の初心を取り戻し仕事に励むようになる女優と言う対照に映画はエンディング付近で至ります。あまりに当たり前すぎる結果です。私は、一所懸命な看護婦が現実世界に残り、やさぐれている女優が劇中に代わりに戻り、流れ上、自分の最大のヒット作を必死に演じ直すと言う展開になるのかと期待していましたが、見事に裏切られました。

 吉井怜のファンであるなら、楽しめる作品であろうと思いますが、私にはDVDを買うほどの魅力はありませんでした。ただ、シアター内にいた数十人単位の男性は、DVD購入も厭わないような人たちである可能性があります。私が上映終了後、立ち上がっても、周囲で誰一人として立ち上がらないので、慌てて座り直して様子を見ていたら、トークショーが始まり、吉井怜と劇中劇で後輩看護婦を演じていた吉井怜と同じ事務所の後輩と言う朝倉えりかが現れました。多分、この観客の数もこのためであったのかと理解しました。マニアックな質問をする男性も数人いるぐらいでしたので、まあ、そういう方々なのだと思います。

 司会の女性が、「あの。大変申し訳ありませんが、撮影はNGです」と言うまでの間に、周囲の人々の前例に倣って、私もバンバン、デジカメで撮影をし、サイン入りと言う限定30部のパンフをつい買ってしまいました。ただ、山本七平の著作を読むまでもなく、「その場の空気」に流されてしまったかなと、今、パンフを観ながら思っています。

追記:
 吉井怜の看護婦が画面にドアップになり、現実世界に出てくる場面があります。トークショーでは、見ものの部分だと言う話でしたが、私には『リング』の貞子が思い出されて、正直、少々恐怖を感じるほどでした。その意味で見ものだったのかもしれません。

追記2:
 主人公の亡妻は宮地真緒が演じていますが、クレジットには「友情出演」とあります。誰に対する友情なのかと訝っていたのですが、今、吉井怜のウィキを読んで、宮地真緒は、吉井怜の闘病記『神様、何するの』がテレビ化された時に吉井怜の役を演じたと言う話と知りました。だいぶイメージが違う二人に私には感じられますが。