『インターミッション』

平日の午後から仕事のある日、遅い午前中の回で見てきました。場所は東銀座。老舗映画館銀座シネパトスの最後の上映作品です。今月一杯で昭和43年「銀座名画座」「銀座地球座」の二館体制で始まったと言う歴史に幕を引く銀座シネパトスに、大方のこの映画館に足を運んでいる人々と異なり、私は殆ど全く思い入れがありません。

この映画館に行くのは、多分、10年振り以上ではないかと思います。私は蚊に好かれる所謂「酸性O型体質」なのですが、この体質は刺されると、アレルギー反応が起きて、異常に腫れて悪化することがよくおきます。その前に行った際に、この映画館でトイレが汚くて非常に不快だったのと、劇場内で蚊が飛んでいて、映画に集中できず、おまけに刺された首と指だったかは病院に行かねばならないほどに腫れて仕事に差し障るまでになったなどの記憶があり、この映画館が大嫌いになりました。

4ヶ月間居た香港では、何かの煮汁に数十年単位で浸けたのではないかと思われるような色合いと肌触りの木のベンチが使われている、薄汚い屋台で到底清潔には見えないドンブリで麺類を食べたりして居ても、取り敢えず大丈夫だった私ですので、そう言う意味での不潔をただそれだけで不快と感じることはあまりありません。しかし、実害が出るとなると話は別です。と言うことで、銀座シネパトスは大嫌いな映画館になりました。最近では、何かと話題の壇密が主演の『私の奴隷になりなさい』も見に行きたいと思っていましたが、この映画館でしかやっていないことを理由に、見に行っていませんでした。

それでも今回の作品を見に行くことにした理由は、勿論、嫌いな映画館の末路を見届けてやろうと言うような動機ではなく(嫌いは嫌いですが、そこまで暇でもないので…)、純粋に映画館のスクリーンでひし美ゆり子を一度見てみたかったと言うだけのことです。ひし美ゆり子は、当時の菱見百合子は、私がウルトラシリーズでダントツに大好きな『ウルトラセブン』の友里アンヌ隊員役で有名になった女優です。これほどまでに一つの役柄にその後のキャリアが縛られているケースも珍しいのではないかと思えるほどに、その後も、「アンヌ」としての著作や関連した役柄が彼女のキャリアの多くを占めています。

『ウルトラマン』に続くウルトラシリーズの作品であることから、『ウルトラマンセブン』などと言う全く無知極まりない間違いなどを聞くと、心の奥底から憎悪が湧くほどに『ウルトラセブン』大ファンの私ですので、当然、アンヌのファンでもあります。今でこそこれ以上自覚的になりえないほどの「タヌキ顔ファン」の私ですが、考えてみると、アンヌも間違いなくタヌキ顔の部類であることに今回気付かされました。

そのひし美ゆり子のアンヌに関係のない役柄を映画で見る機会は今まで一度もなかったので、今回初めてそれが叶いました。しかし、がっかりさせられるのは彼女の劇中での役柄です。この映画は、まさに上映している映画館銀座シネパトスを舞台にして、消えゆく映画館を舞台にした数々の人間ドラマを交錯させて見せると言うものです。ロバート・アルトマン監督の『ザ・プレイヤー』や『ショート・カッツ』などの群像劇になぞらえることもできるでしょうし、一つの場所での悲喜こもごもと言うことで見ると、所謂「グランド・ホテル形式」の群像劇と見ればよいのかもしれません。

映画館に集う人々の心中には様々なドラマが潜んでいて、そこに注目すると、映画館が豊潤なドラマの折り重なる場所と言う想定には、一応賛同できます。しかしながら、この映画館の閉鎖取り壊しに当たって、あまりに作り手や賛同者の思い入れが先行していて、どうも、妙に力の入っていて空回りするストーリーを自己満足的に続けているように見えてならないのです。群像劇としてみても、勿論幾つもあるエピソードの中に連続性のある組み合わせが幾つか見つかりますが、ただそれだけであり、この映画館に思い入れのある俳優陣を取り敢えず全部出すために、何となく数に合うだけのエピソードを作ってみて、後で関連性がある部分を少々付け加えたように見えてしまいます。

竹中直人の久々に吹っ切れているように見える怪演も清々しいですし、見るべき女優男優は沢山います。(面白いことに、出演者は全部役名にそのまま名前が使われています。)ネットで調べた実年齢が58歳の秋吉久美子は、いい所30代後半位にしか見えず、実年齢20歳の、『ヒミズ』の主人公の男との夫婦役でも違和感があまり湧かないことには驚愕させられます。しかし、如何せん、設定の中途半端なハチャメチャ感が色々な部分で炸裂して、どうも、これら多数の演技者の名演技が活かされているように思えないのです。

映画の中に含まれる多数のエピソードには、往年の名画のタイトルがつけられていて、それがエピソード間の合間に「本日の上映作作品」として表示されます。それら映画の製作年は概ね70年代前半ぐらいですが、そのすべてを私は見たことがありませんでした。例えば、名画と言われる『カサブランカ』や、例えばヒッチコックシリーズを私は殆ど見ていません。良い良いと聞いていても、どうも重い腰を上げてみることができていないのが実態です。1963年生まれの私は70年代前半には或る程度映画を見るようにはなっていたと思いますが、私が20歳になる頃まで、ビデオで映画を見ると言う習慣はありませんでした。テレビの映画番組(●曜ロードショーなど)でみるか、まさに映画館で見るかのいずれかしか映画を見る機会がなかった時代故と考えたいと思います。

比較的最近、決心して少しずつレンタルを開始し、黒澤映画の6割型は見ることができましたが、その後、あまり進捗がありません。今回見た『インターミッション』の価値は、クラッシックと言うべき名画を私は未だに全然見ていないことを理解させてくれたことと、そのような映画も含めて映画好きと言える人々の、蚊が飛びまわったり、地下鉄の轟音が響く古い映画館を好きになれる熱意にはついていけないことを実感させてくれたことです。

私が見ていない時代期間の名画のタイトルの収集ということでは、この映画をレンタルぐらいはするかもしれませんが、DVD購入には至らないものと思います。