『アイアン・スカイ』

祝日の月曜日の夕方近く、新宿武蔵野館で観てきました。公開一週目。23区内で8館しか上映されておらず、山手線上の駅ではたった二館しかない上映館だけあって、祝日の席は7割は埋まっていました。当日は午後の早い時間で久々に行った池袋でアポがあり、池袋の上映館で観るのもよいかと思っていましたが、池袋の上映館はありませんでした。この前、『ディクテーター』を観に行ってきた映画館ですが、今尚、『ディクテーター』は好評のようで、『アイアン・スカイ』の観客も重なって、ロビーはごった返していました。

パンフレットを購入するために売店に行くと、子供の頃よく食べた「サッポロポテトBBQ味」が売られていて、懐かしく思い、食べながら見ることにしました。アルミ袋を注意深く音が立たないように持ちつつ食べるのは、なかなか大変でした。

自分の記憶の中で殆ど前例のないフィンランド映画です。第二次大戦後月面に逃げていたナチスが満を持して地球に攻め込んで来ると言う荒唐無稽と言われるストーリー展開が話題になり、数年前から制作に関わる情報が随時発表されて来ていて、資金難に際しては、全世界から1億円相当の寄付だか出資だかが為されたと言う話です。本国も含め、人気が全世界的に凄いので、第二作や前ストーリー作品が既に企画や制作されているということでした。

観てみた感想を一言で言うと、面白いは面白く、間違いなくDVDは買いのレベルではあるのですが、ストーリーの設定や展開において好きになれない部分も幾つか見つかります。

面白い部分は映画館のロビー壁面に所狭しと貼り出された記事事例に書かれている通りです。曰く、

●メカニックが妙に凝っていて、UFOなのに流線型の部分が全然なく、グォングォン轟音を立てて、歯車やカムが動くメカメカしいデザインが多いこと。

●コスチュームなどもかなり拘っていて、映画『イングロリアス・バスターズ』のスタッフから助言やら支援を受けた結果の優れものであること。

●現実の米国政治風土や社会観をかなり皮肉っている部分が多いこと。(例えば月面着陸船が着陸と同時に現大統領の宣伝垂れ幕を出したり、月面ナチが捕えた米国の宇宙飛行士のヘルメットを外して、黒人であることを知り、「下等民族を宇宙飛行士にするとは」と驚くなど、枚挙に暇がありません。)

●米国のみならず、国連の世界首脳の会議の場面などを通じて、世界政治に対する風刺もやたらに盛り込まれていること。(例えば、月面ナチのニューヨーク攻撃が始まり、攻撃者の正体が会議の話題になった時、どこの国も関与を否定する中、北朝鮮だけが「あれは我が国の軍事行動だ!」と宣言して、他の参加者の嘲笑を買う場面などです。)

さらに、記事群にはあまり言及されていませんが、ストーリー自体にかなり捻りが入っていることも挙げられるでしょう。月面ナチは米国の宇宙飛行士を拘束した後に、いきなり地球への攻撃を仕掛けてくるのではありません。そもそも月面ナチの未完の最終兵器「神々の黄昏」をきちんと運用するために、黒人宇宙飛行士が持っていたスマホの高性能超小型コンピュータが必要だということになり、その調達に地球を訪れることになるのです。結果的に、iPadを一枚調達するだけで、神々の黄昏はいきなり地中から浮上します。さらに、月面ナチ内部の権力抗争も背景にかなり描写されていて、その軋轢や内紛が結果的に月面ナチの組織的戦闘能力を大幅にそぐ結果になります。

この神々の黄昏がフルに能力を発揮していれば、戦争は月面ナチの圧倒的優位の中で進められた筈ですが、監督がナウシカを好きなアニメとして挙げていまして、まるでその中の巨神兵や最近ではナルトの十尾復活などのように、諸般の事情から不完全のまま実戦に投入されて、不本意な結果に終わる決戦兵器です。月を球形でなくしてしまうほどの破壊力を見せつけながら、戦況を好転させることにつながらないのです。

この辺りから、私がこの映画で微妙に不満に感じることに筆が進みます。私は欧米で悪役組織と言うとかなり高い確率で「ナチスドイツの…」と言う発想に結構うんざりします。どれほど、他にネタのない人々なのであろうかとか、その創造性のなさにうんざりするのが一点と、そのナチスドイツの描かれ方が、極悪非道・イカレポンチのステレオタイプで凝り固まっていることがもう一点です。

この映画の中でも、ナチスの残党は月に逃げてそこに文明を築くほどの科学力を持ちながら、戦後70年近く経った今でも、コンピュータは遥か昔のメインフレーム型のものを使っています。多種多数な円盤型などの乗り物が宇宙空間を自由に移動できるほどの状態で既に成立しているのに、スマホ程度の科学力がないと言うのはどうも奇異過ぎるように思えます。同様にヒンデンブルグ号のような飛行船型の宇宙母艦のようなものも多数登場して、ガンダムの冒頭のコロニー落としの如く、引きずって来た巨大な岩塊を地球に落としたりしています。どこぞからこのような岩塊を集めて運び、狙った場所に落とすような技術もあるのに、人工衛星に地球の各国がカモフラージュしながら建造していた(日本も含めた各国各々一隻の宇宙戦艦の連合軍に一方的に破壊されて、まさにヒンデンブルクのように大炎上しながら落下していきます。あまりに弱過ぎます。

また、月面都市の道路をフォルクスワーゲンが走っていることなど以外に、月面ナチの文明の生活水準も殆ど語られません。しかし、このブログの『意志の勝利』の感想にも書いた通り…

「『ヒトラーの経済政策』と言う新書を読みました。ナチスの正式名称が、「国家社会主義ドイツ労働者党」で、第一次大戦後の窮状にあったドイツにおいて、労働者への福祉の極端なまでの充実を掲げて、ドイツ国民から熱狂的に支持され、政権を獲ったことを再認識したばかりでした。その経済政策である「欧州新経済秩序」は、ケインズからも賞賛され、失業問題の解消に始まり、当時の先進国では較べるもののない水準の医療厚生の実現など、ホロコーストのイメージなどを常に伴う後期のナチスの評価とは全くかけ離れた事実…」

がある訳で、その延長線上で月面ナチの国家も驚異的な社会福祉国家になっていて全く不思議ない筈です。

同じキリスト教徒同士でも教派の違いによって互いを異端として凄惨に殺戮し合った多くの中世ヨーロッパ人。単にハンティングに相応しい動物が見当たらなかったという理由だけでタスマニア島の原住民族を絶滅させたイギリス人。戦車で自国民を引き殺しても平気で、周辺民族で妊娠している女性を強制的に堕胎させると言う中国。このような数ある蛮行に比べて、私はナチスドイツのユダヤ人虐殺に特段大きな非があるとは思えません。

よって、荒唐無稽と言われるストーリーも、「また悪役にナチスか」という印象を無条件に映画鑑賞の前から感じざるを得ませんでした。その印象を塗り替えるほどの面白さには、僅かに到達していないと言うのが実感です。例えば、掃討作戦から逃げおおせたオサマ・ビン・ラディンが月面でアルカイダと合流し、米国に攻撃を仕掛け、きっちり大勝ちするなどの方が、余程荒唐無稽で笑える作品になったことでしょう。