ハッピー・マンデーの午後、なかなかポイントが溜まらず、いつまで経っても無料で見られない新宿ピカデリーで見てきました。公開から二週間以上過ぎても一日に三回もの上映をしています。封切直後の『ヘルタースケルター』が新宿ではたった一か所ここだけの一日10回もの上映で、さらに、二週間過ぎても大人気の『アメイジング・スパイダーマン』も2D・3D合わせて一日6回の上映となっていて、劇場のラウンジは普通に歩くことができないぐらいにごった返していました。三連休の最終日はこれほど混むことを映画館側が予想していたのかいなかったのか、オペレーションにも結構あたふた感がありました。
数百人単位で収容できる最上階のシアターに入ると、8割近く席は埋まっていて、最後列の私の席は、左は中高年単独女性客、右は中高年女性客二人連れといった状態で、全体を見渡してもかなり女性客比率の高い観客層でした。やはり、ジョニー・デップ効果なのでしょう。
私は酒がほとんど飲めないのに、新宿三丁目の行きつけのバーにボトルがキープしてあり、それはその店でも数本しかないダークラムの定番、マイヤーズです。私はそれを信じられないほどに薄めのラム・コークにして飲んでいます。そんなラムなので、主人公達が浴びるほどに呑み続けている姿をトレーラーで見ると、やはり見ておいた方が良いかなという感じで思い立った結果、見に行きました。
観終わって一言で印象を言うと、トレーラーで見るよりも地味な作品というポイントに落ち着きます。プエルトリコと言う、米国人から見て、或る種治外法権的な場所で南国特有の好い加減さや鷹揚さが充満している中、もっと破天荒で行き当たりばったりで常識外れな展開が待っているのかと思いきや、主人公が恋に落ちる絶世の美女とは結局一度もセックスしないで終わりますし、主人公が暴くと息巻いていた「巨悪の企て」も巨悪の圧倒的勝利に終わっている様子です。
よくある構図ですが、この絶世の美女はトレーラーで見た段階で、悪玉のおじさんの恋人です。アーロン・エッカート演じる悪玉おじさんが、ジョニー・デップ演じる(一応)現地では才能あると評される物書きを自分の企みに加担させようと、敢えて自分の恋人の面倒を物書きに観させるような構図が映画中盤で一時だけ成立します。この部分をトレーラーで見ると、当然、物書きが彼女を寝取ってしまって、大波乱というような予測が立ちますが、全くそうではなく、彼女はまず大金持ち悪玉から見捨てられて、ぼろぼろになった状態で、物書きの部屋に転がり込んでくるのです。これでは、大波乱になりようがありません。
では、この悪玉金持ちが、簡単に且つ冷酷非道に彼女を用済みにしたのかと言うと、それもそうではありません。カーニバルで町中が狂ったようになっている日に生バンドのダンスホールに行って、悪玉の彼が帰ろうと言っても、彼女が黒人やらヒスパニック系の輩と踊り狂っているので、さんざん帰ろうとせがんだ挙句に、トラブルになり、自分が見下す有色人種の人間に叩き出されてしまったが故の別れ話です。どうも悪玉も悪玉っぽくないですし、そんな中途半端な悪玉であるのに、そのそれなりに大規模な企みは(劇中明確ではありませんが)一応成就してしまったように見えます。
主人公の方も、終盤30分ぐらいで、彼女が転がり込んできてからは何やら正義感ぶった発言やら行動を繰り返しますが、映画の冒頭の登場から中盤過ぎまで、酒浸りでプエルトリコ時間とでもいうべきものに従った、自堕落な生活を送っています。大体にして、ダラダラ・グダグダの生活が金銭的に破綻しかかった所で、悪玉から仕事やら金やら車やら、果ては(結果的に)女まで用意してもらって、その尻馬に乗った挙句、トラブルを起こして懲役刑になりそうな所を保釈金まで払って貰っている主人公に正義感ぶる立場が残されているのかという疑問は、映画を見ていて拭い切れないものがあります。
スカーレット・ヨハンソンにちょっと似ているこの美人役の女優はどこかで見たことがあると思って、パンフを見ると、最近DVDで見た『ドライブ・アングリー』の準主役級女優でした。男相手に殴り殴られした上に悪魔儀式に殴りこんだりする体当たりの演技に好感が持てましたが、今作では、シナリオがそうであるから仕方ないのでしょうが、何か今一つ何を考えているのか、何をしたいのかがよく分からない役柄です。なぜ最後に彼女は物書きを捨てて、突如ニューヨークに旅立ったのかさえもよく分かりません。
2005年に68歳で自殺したハンター・S・トンプソンと言うジャーナリストを私は全く知りませんでしたが、この映画は彼をモデルとした自伝的映画であるということを映画に行く前に読んだ映画評で知りました。パンフを見ると、ジョニー・デップは彼と親交があった様子で、既に『ラスベガスをやっつけろ』と言う映画で一度彼の役を演じています。そして、デップが訪れた彼の家で、書かれてから長年忘れ去られていた『ラム・ダイアリー』の原稿を偶然発掘し、出版と映画化に至らせたという話の様子です。映画開始直後に現れる製作会社や配給会社名は大抵見慣れたものが多いのですが、「インフィニタム・ニヒル」と言う会社は明らかに見たことがないものでした。それもその筈、この会社はジョニー・デップの製作会社で、この『ラム・ダイアリー』が最初の作品とパンフに書かれています。
本当に酩酊状態の視界のような画像で1960年代の「白人」と「リゾート」の空気が非常に上手に再現された映画だと思います。俳優達は皆経験豊富で落ち着いてみていられます。ケネディとニクソンの大統領選のテレビ・ニュースも勿論ですが、煙草のパッケージに至るまで、細かく当時が再現されているであろうことも分かります。パンフには主人公の設定などが原作とは大きく異なるとあります。しかし、それ以外の部分では、多分、ジョニー・デップの原作者との親交や思い入れから推察するに、かなり原作に忠実な作品なのであろうと思われます。しかしながら、原作に忠実であるが故に、物語性の少ない酔いどれジャーナリスト達の場当たり的行動の経緯を単に描いた映画になってしまっている気がしてなりません。
笑いのポイントもあれば、先述のような秀逸な描写も多々見つかるのですが、何か印象に残るものの少ない作品なので、DVDはパスです。