『シグナル 月曜日のルカ』

平日の夜、新宿ピカデリーの9時過ぎの回で見てきました。ポイント制度が改悪されて、いつまで経っても以前のように無料で映画を見ることができないピカデリーに久々に足を運びました。公開後約3週間。一日4?5回もの上映が未だに続けられると言うのは、なかなかの人気作です。東京ウォーカーなどのサイト上の映画評を見ても、「海外映画ではなく邦画ならではの素晴らしい味わいのある映画」とか「全くの新人女優や大俳優を擁しなくても、十分良い映画が作れるという優れた見本」などの評価があり、人気の程が伺えます。

しかし、よく見ると、井上順や宇津井健は、私から見るとかなりの知名度の人々と思えます。私は知りませんでしたが、高良ナンチャラという若手男優はかなり演技力が評価されている様子ですし、ほぼ主役ないしは準主役級の男優はAAAのセンターにいる男で、最近、バラ売りであちこちに登場している様子です。その意味で考えると、全くの映画初出演の新人女優を主役に抜擢したということと、特段の特撮もなく田舎町の日々を描いて低予算で済んだ名画という事実が、評価のポイントということなのだと思われます。

この映画を観終わって、何か似た感覚が湧く映画作品が何本かあるように感じました。古びた映画館の祖父と孫の物語ということでは、世界的な名画『ニュー・シネマ・パラダイス』が、かなり近いイメージです。デジタル上映が急激に普及する中、フィルム上映を続ける名画座の佇まいへの郷愁が映像の中に埋め込まれています。

主人公のルカは、後にルカへのストーカー化する、田舎町の女子のあこがれの金持ち美男子と、曜日ごとに分けられて付き合う7人の女性の一人になります。しかし、日曜日の子が妊娠したことを知り、7人のうちの一人である立場を離れようと別れ話を最後に切り出しに行きます。金持ち美男子は持ち前の独占欲を大爆発させて、別れるなら死ぬと騒ぎ、俺を傷つけるならお前も傷つくべきだと刃物でルカの胸に傷をつけます。その異様さに呑まれ、別れることができないままに、祖父の待つ映写室に戻ると、唯一の家族でルカに愛情を注いできた祖父は急逝していました。ルカはその死を防ぐことのできなかった自分を責め、その日以降三年間映画館から一歩も出ないままに、祖父の映写技師の仕事を引き継ぐという女性です。

映画はルカが何かの理由で足を痛めてしまい、アルバイトの助手を募集することとなり、初の応募者であるAAAのセンターが映画館を訪れるところから始まります。その後、AAAの男の立場から、徐々にルカの過去と背負うものが判明し、ルカが様々な頸木から解放されていく様を描いていく形で展開していきます。ルカの過去の全貌が現れていく様を指して、サスペンス・タッチという宣伝文句もある様子ですが、それほど緊張感はありません。むしろ、いつもの私の好きな『蛇のひと』や『ゼロの焦点』、最近では味付け程度の入り方ではあるものの『メン・イン・ブラック3』などに共通する身近な人の過去を探すパターンの物語と考えた方が相応しく、この点で私はまあまあ好きになれる展開です。

しかし、先述の似た感覚の湧く作品は、そのような部分の共通点を持つのではありません。具体的にこのブログにも入っている映画で見ると、『東京公園』と『観察』がその中に含まれているものと思います。それは、秘められた想いの緩慢な顕現だと思います。『東京公園』での小西真奈美が血のつながらない弟を愛していることを自覚し、姉としての役割との矛盾に身を焦がすような想いを募らせる名場面が私は好きです。

この映画のルカ役の女優は、小西真奈美の研ぎ澄まされた演技で、一気にその想いを発露させ、弟とのキスに至るシーンのような、圧倒的な力のある場面を設けられてはいません。アルバイトに来たAAA男に徐々に感情を表現するようになり、その支えを得てストーカー男と自ら対峙し、弱かった自分を克服し、さらに、祖父の死に対する強烈な自責の呪縛からもAAA男の(「おじいさんが大切にしていたこの映写室を、自分に罰を与える場所にしておじいさんが喜ぶ訳がない」というような)一言で一気に解放されます。そして、アルバイト期間を終え、都会に戻るAAA男に最後の最後、土壇場で自分の想いを告白するところまで辿り着き、キスを交わす所で物語は基本的に集結します。エンディングでは、AAA男はルカによる野外上映会を企画して、その上映を見ずして電車に乗り込むことになり、車窓から河原の上映会を見やります。その時、枷が全て外れたかの如く、両手を大きく振って見送る映写機脇のルカを見るのです。『東京公園』では小西真奈美の堰を切ったように一気に溢れ広がる想いが、この映画では多段階に抑制から解放されて、観客に向けて放たれていきます。

その多段階の表情変化・言動変化を表現するには、正直言って、ルカを演じる映画初主演の三根梓という女優にはやや力不足であるようには感じます。けれども、この女優には、パンフレットによれば、「ダイヤモンドの瞳を持つ奇跡の新人女優」と呼ばれるだけある途方もない目ぢからがあります。特にAAA男に心を開き始める映画の中盤までの自責だけに生きるルカがアップで射通すような視線を投げる時、この女優の可能性を感じざるを得ません。ここでもまた、私が『ヒミズ』で気づいた私の好きなポイント「思いつめた女性の目線」が発見されます。(映画中盤以降は急激にこの魅力がなくなっていくのは、仕方ないことですが、残念です。)

小品ですし、主人公の新人女優は、「ダイヤモンドの瞳」があっても尚、台詞のぎこちなさなどを克服しきれていないように感じもします。また、私がiPODにPVを入れている『DRAGON FIRE』や『BLOOD on FIRE』などのAAAの時代、まだおねえちゃんが三人在籍していたAAAの時代に比べ、妙に頬がこけてタラコ唇が気になるようになったAAA男の役柄は、人格者で物分かりが良すぎて、これならルカに会う前に付き合う女がいない方が不自然に感じられるほどです。逆に高良ナンチャラ演じる美男子ナル・ストーカーの方は不必要に仰々しく感じられます。ポスターにある通り、謎解きも大きな魅力の一つなら、もう一捻りぐらいは欲しかったようにも思います。

けれども、前述のような私の好きなポイントを網羅的に抑えているが故に、DVDは勿論買いです。

派手な演出はほぼ皆無ですが、今流行りの携帯小説系のレイプだの中絶だのの無理矢理の盛り上がりや、余命が突如限られてしまう主人公による定番のお涙頂戴もなく、ルカとAAA男の田舎町での日々を軸に家族愛や寛容、心の成長などをきちんと盛り込んだ好感の持てる作品です。

追記:
 このブログには登場しない作品で、後味が似ている映画があるように思い、ずっと考えていました。それは洋画『恋しくて』でした。ここでも秘めた想いが抑制を超えて徐々に現れ、ラスト数分で一気にそれが表出するのです。ビデオもない当時、あまりに好きになり、4回ぐらい映画館で見た作品です。それも留学時代のアメリカ、帰国の飛行機内、東京のどこかの名画座、札幌のミニシアターなど、見るごとに異なる映画館で上映予定を発見しては足を運んだ記憶があります。ドラムを叩きまくるのが趣味というトムボーイ役のメアリー・スチュワート・マスターソンは、その後ヒット作に恵まれているとは到底言えませんが、逆にこの作品での輝き方が物凄いが故と感じられて仕方ないほどです。

追記2:
 パンフレットを読み返していたら、AAA男は『ヒミズ』にも出ていたことが分かりました。しかし、『ヒミズ』での役名を見ても、私には誰なのか思い出せない程度の脇役です。