635 安心と幸福

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経営コラム SOLID AS FAITH 第635号
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 ご愛読ありがとうございます。第635話をお届けします。

 7月が始まりました。米国は建国250年に湧いていましたが、政治状況は渾沌
としていて、人種・経済力・宗教など、ありとあらゆる軸で分断は広がる一方
です。宇露戦争もロシアが息切れを起こし始めているようです。中国も一帯一
路のつながりがあちこちで綻びてきていて、国内も国民の不満を抑え込むのが
やっとというように見えます。

 大国の影響力が翳ることは、よく言えば多様な価値観の世界になるというこ
とですが、その実、世界中が好き勝手な主張をし始めることです。文明・文化
・価値観の衝突が世界中で、国家間でも国家内のグループ単位でも発生しやす
くなるということでしょう。対立や抗争を煽りたい訳ではありませんが、一般
に敵意や不安に根差すニーズの方がそうではないものもよりも短期的には顕在
化しやすく、明確なビジネスチャンスも生まれやすいことでしょう。機動性が
経営の鉄則である中小零細企業にとって、好都合であることも多くなるのでは
ないかと思えます。
 
 今回は『安心と幸福』と題して、最近、猫も杓子も吹聴したがっているかの
ような「心理的安全性」について考えてみます。ネット上には誰かが意図的に
拡散したのではないかと思えるほど、溢れ返っている経営用語ですが、その元
となっているのはグーグルという全世界規模で見ても文句なく優秀な人材を大
量に獲得できる組織であることは、忘れ去られています。そんな組織の人々が、
組織運営上で重要だと気づいたという「心理的安全性」を中小零細企業の現場
に持ち込んで議論することの愚昧を認識している人は余りいません。

 中小零細企業の現場でなぜ心理的安全性を議論することが意味を為さないこ
とが多いのか。そんなことを考えてみました。お愉しみください。ご意見・ご
感想をお待ちしております。頂戴したご感想などへのお返事の目標納期は5営
業日!!

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その635:安心と幸福

最近「心理的安全性を知っていますか」や「心理的安全性が組織には重要です」
などとしたり顔で言う経営者に遭遇することが増えた。社員が安心して働ける
ように中小零細企業でも意識されるべしというこの概念の解釈は、多くの場合
ただの「温い組織」を指している。この概念がグーグルに端を発することを知
っている人は多い。しかし、そこには全世界でもトップクラスの優秀なプロ人
材が集められていることなど全く意識していない。

試しに検索してみる。心理的安全性の高い組織の特徴は、「意見の対立を恐れ
ず発言できる」、「お互いの間違いを指摘し合う」、「目標への達成意識が高
い」、「学習意欲が高い」とある。大手企業が食指を伸ばさなかった、中小零
細企業の人材群の読解力は総じて低い。

自分の知らないことはなかったことにできるのがそうした人々の特徴。知らな
いことがなかったことになるのなら、世の中全部は知っていることだらけ。だ
から学習意欲など湧かないし、自分が気付いていないことを指摘されると全否
定する。中小零細企業関係者が宣う心理的安全性が組織の「温さ」を指すのは
必然かもしれない。

人生に幸福の元となる快をもたらすのは、「快楽」か「充足」しかないことを、
米国の心理学者のチクセントミハイらが解き明かした。快楽は摂取を重ねると
得られる快は薄まり依存が始まる。充足は得るのに苦労が必要だが、一度得ら
れると効果が持続する。チクセントミハイは、充足は没頭・没入が一番と言い、
それをフローと呼んだ。フローが発生する要素は、「注意を完全に注ぐ挑戦が
あること」、「その挑戦に見合う能力を有していること」、「行動の各ステッ
プにおいて、結果のフィードバックがすぐに得られること」という。

嘗て『上司が鬼とならねば部下は動かず』などの著書で知られる染谷和巳は、
会社組織は戦闘集団であらねばならぬと繰り返していた。戦闘するか否かは別
としても、社員が健全な快を持続的に得らえる組織には挑戦が必要で、それを
支える緊張感には言及するまでもないとチクセントミハイは思っていたのかも
しれない。社員の顔色を窺い機嫌を取り阿ることに腐心する中小零細企業経営
者の言う「心理的安全性」など噴飯ものでしかない。

数々の名言で知られるジョン・スチュワート・ミルの幸福観は秀逸だ。
「Those only are happy (I thought) who have their minds fixed on some
object other than their own happiness.(自分の幸せ以外の何かに心を決め
ている人だけが幸せである。)」、さらに「Ask yourself whether you are
happy, and you cease to be so.(幸せかどうかと自問すれば、幸せでなくな
る。)」と念を押す。どうも職場で得られる安心だの安全性だのもそんなもの
と、世界のトップのコンマ数%の賢者は知っているのだろう。

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次号予告:
 第636話 『積と累』 (7月25日発行)
 デキる社員が一人いれば組織は大きく伸びるという意見があります。一見、
納得でき易い、この考えの安易性を考えてみます。

(完)