またドキュメンタリー映画を見に行きました。場所は、最近ポイントカード制度がお客にとっては改悪されて、気付いてみたら一回見られる筈のポイントが半分以上なくなっていた、新宿ピカデリーです。公開二週目。平日の夕方から夜にかけての回は、やたらに空いていました。ロビーの混雑は、殆どが『パイレーツ・オブ・カリビアン』の新作目当てでした。
パンフレットも発売されていず、映画の最後のクレジットによると、もっと内容を知りたい方は、この映画のサイトを見てくれと言うことでした。それを見る必要が感じられないほどに、この映画はNHKのドキュメンタリー番組の如く、真面目に無駄なく構成されています。
名前ぐらいは私でも聞いたことがあり、そう言えば、マイケル・ムーアの映画や広瀬隆の著作にも出てきたような、ボルカ―、グリーンスパン、サマーズ、バーナンキなど、およそこの類のテーマには必ず必要とされる人物達がずらり登場します。
このブログを書き始める遥か前に映画館で観た『エンロン 巨大企業はいかにして崩壊したのか?』は、ドキュメンタリーと言うよりは、物語として成立していて、会計上の不正がどのような構造で、どのように法律上許容されたのかが今一つ分かりません。その前にやはり映画館で観た『ザ・コーポレーション』も、ドキュメンタリーと言うよりもエンタテインメントで、法人の人格を分析するという切り口です。
マイケル・ムーアの『キャピタリズム?マネーは踊る?』は、映画館で見逃し、DVDで見ましたが、マイケル・ムーアがこれが最後のドキュメンタリー作品になるかもしれないと言っているだけあって、いつものマイケル・ムーア節全開の、笑えて呆れられる構成でした。
これらの類似テーマを扱っている作品群に比べ、この『インサイド・ジョブ』には幾つかの大きな特徴があります。
一つ目の大きな特徴は前述の真面目で無駄のない構成です。この映画には冗談一つなく、サブプライム問題など幾つかの複雑なテーマでは、まるでパワポで作ったように分かりやすい図まで何度も登場して、金融業界のプロである登場人物達が、非常で複雑で色々な要素が関っているから単純に判断できないと何度も強調する金融危機の構造を、簡潔極まりなく明示します。また、映画の進行も全くの時系列で、歴史絵巻のようでさえあるぐらいに、登場人物が多数存在します。そのうち、この映画が金融危機の首謀者として糾弾する人々の殆どは、この映画に対して取材拒否をしたと個別に表示されていきます。
もう一つの特徴は、この映画が金融危機の首謀者を誰と考えるかを明確に示していることです。勿論、リストで提示するような単純な表現ではありませんが、インタビューの内容を追っていくと、誰がこの責任を負うべきと映画サイドが考えているかが十分に分かります。そして、映画は、これらの人物が今も権力の座に居続けていて、責任をとることも罰を受けることなく、まして、人々の犠牲の上に得た莫大な金額を弁済する気もないことをはっきりと宣言するのです。おまけに、その宣言も含めたナレーションはマット・デイモンです。著名俳優の起用ももう一つの特徴に挙げてもよいかもしれません。
さらに、この映画の面白さにつながっている特徴は、(他の作品と異なり、)金融関係の会社と政府上層部の人間だけを悪役として捉えず、屑のような証券をAAAにランクした格付会社や、金融危機の元凶となっている規制緩和を支持する論文を書き続けたハーバードを始めとする有名大学とその教授陣にも、責任追及の矛先を向ける徹底ぶりです。
AIGはなぜ破綻しなければならなかったのか。サブプライムローンが数百万件の差押え物件を生むまでなぜ止められなかったのか。幾つかの疑問の答えが、私もこの映画を見てよく理解できました。
この日映画に行く直前の午後、新しい債権商品について説明したいとの連絡があったので、野村證券に短い時間行ってきましたが、担当者は「この債券は、AAAの最高格付けを取っているヨーロッパの政府機関発行の債券ですから、信用できると思います」と言っていました。冒頭、アイスランドの経済崩壊に至る経緯が描かれ、破綻直前のAIGにも格付け会社は高いレベルの格付けを行なっていたことが描かれている映画を見るには、非常に不向きなタイミングでした。
けれども、アメリカ合衆国の、今や全人口の90%が貧困に喘ぐと言う経済と、政治の実態が素人にもよく分かる記録映画としての価値は十分にあると思います。DVDは買いです。