3月28日の封切から約2週間経った木曜日の夕方6時20分の回を銀座の路地裏映画館で観て来ました。古くは『モリのいる場所』、最近では『運命屋』・『山逢いのホテルで』と新宿外のエリアの中ではここ最近赴くことが増えている映画館です。この作品は23区内では、池袋・銀座・菊川(菊川に映画館があることを私は初めて明確に認識しました。)の3館しか上映館がなく、都内に拡大しても吉祥寺が加わるだけです。銀座の映画館では1日3回の上映がされていますが、池袋では1日1回しかなく、かなりマイナーな映画といって良いと思います。
私がこの作品を観に行くことにしたのは、単純にモンテッソーリ・メソッドなる教育法にちょっと関心が湧いていたからです。仕事の移動で山手線などに載ると、社内広告や車窓から見える保育園や幼児向けの塾の看板などで、「モンテッソーリ教育の実践」などと書かれているのが目に入ることがあります。幼児教育などの分野にそれほど詳しい訳ではないので、「なんだ、なんだ」と検索しても、流石スマホ画面からの知識で頭に溜まらず、また数ヶ月後に似たようなシチュエーションが発生すると、また調べ直すと言うサイクルを重ね、しかし、流石スマホ画面の表層的情報だけあって、書かれている主旨や教育方法のオシが微妙に異なり、毎度理解内容が異なっている…という感じになっていました。
そこで、この作品のタイトルを観て、この際、モンテッソーリ教育なるものをその始まりの物語からエピソード的に理解するのも悪くなかろうと思い立ったのでした。フランスとイタリアの合作映画ですが、監督も知らなければ、役者も一切知らず、単に99分の尺の作品という以外は全く予備知識がない状態で映画館に向かいました。
映画.comで作品検索を「モンテッソーリ」のキーワードでしてみると、本作以外に、『モンテッソーリ 子どもの家』(2021年)、『モンテッソーリ できた!から始まる世界』(2024年製作、封切日不明・DVDは発売済)が出て来ます。この2024年の作品はこれから日本での公開が決まるということなのかもしれません。製作が日本で、サムネイルにアップで映る子供の顔も日本人のようで、製作スタッフは載っていても、キャストが空欄なので、日本の子供がモンテッソーリ教育で学んでいる様子を描くドキュメンタリーの可能性が結構ありそうです。
シアターに入ると、観客は私を除いて9人で男性が4人と女性が5人の構成でした。女性の2人連れが1組で男女の2人連れが1組でした。残る単独客も含め、男女総じて年齢が高く、50代ぐらいに見える男性が一番若い感じで、61になった私でさえ、全10人の観客の中でトップ3に入っている感じがします。封切から2週間弱にしてはかなり不調に見えます。上映館数も非常に限られていて、上映回数もこの館は多いですが、他館は1日1回と言ったレベルですので、興業全体で見てかなり不調と言えるでしょう。
映画本編が始まってすぐに原題がバーンとスクリーンに登場します。勿論、映画.comでも小さく記載されているのですが、特に認識していませんでした。その原題は「La nouvelle femme」です。私はこれがフランス語なのかイタリア語なのかさえ分からないような知識しか持ち合わせていませんが、有名な映画界の言葉の「ヌーヴェル・バーグ」が「新しい波」ですし、フェミは当然フェミニズムなどのフェミでしょうから、現代は「新しい女性」とでも訳せることが想像できます。
この時点で、「これはハズレかも」と強い疑念が湧きました。映画.comの紹介文にこの作品は以下のように書かれています。
「世界的に広がる教育法「モンテッソーリ教育」の生みの親マリア・モンテッソーリの劇的な人生を映画化。彼女がメソッドを獲得し、1907年に「子どもの家」を開設するまでの苦悩に満ちた7年間を描く。
20世紀初頭のイタリア、ローマ。マリア・モンテッソーリはフランスの有名な高級娼婦リリ・ダレンジと出会う。リリは娘に学習障がいがあることを世間に知られそうになり、自分の名声を守るためパリから逃げてきたのだった。この時マリアはすでに画期的な教育法の基礎を築いており、リリはマリアを通して、障がいを抱える子どもではなく強い意志と才能を持つ1人の人間として、ありのままの娘を知っていく。マリアに共鳴したリリは、男性中心社会の中で悪戦苦闘する彼女の野望の実現に手を貸すが……。」
この文章から、この作品にはモンテッソーリ教育確立譚の面以外に、当時の女性の社会的立場の革新と言うよう切り口が存在することが読み取れます。ところが、原題では寧ろそれらの要素バランスが逆転しているであろうことが読み取れるのです。
観てみると、その危惧は的中し、モンテッソーリ教育そのものについては、特段、まとめて語られることもなければ、モンテッソーリ教育の内容について何らかの議論が重ねられている場面もほぼ存在せず、女性研究者として抑圧されていると感じた主人公が、それに立ち向かい、社会的評価を獲得していくプロセスを軸に描かれているのでした。観客動員のための悪意ある邦題設定のように思われます。
猫も杓子も「使わないのは時代遅れのバカ」ぐらいに騒ぎ立てる生成AIを用いると…
【モンテッソーリ教育の概要】
モンテッソーリメソッドの特徴として「子どもの中の自発性を重んじる」があります。 どの子どもにもある知的好奇心が自発的に現われるよう、 子どもに「自由な環境」を提供することを重要視します。
【モンテッソーリ教育の特徴】
子どもが自ら考え、行動できるような環境を整える教具と呼ばれる専用のおもちゃを使ってやりたいことを自由にする時間を作るそれぞれの子どもの発達段階や興味に応じて、教育プログラムを計画する縦割りクラスで、異年齢の子どもがお互いから学び合う
【モンテッソーリ教育の目的】
自立していて、有能で、責任感と他人への思いやりがあり、生涯学び続ける姿勢を持った人間を育てる
【モンテッソーリ教育のメリット】
●集中力や自主性が伸びやすい
●手先も器用に使えるようになり日常生活動作の習得もスムーズに進む
●知的好奇心を満たすため、情緒が安定しやすくなる
●創造力や独立性が養われる
●視覚的、触覚的に物事を理解する力が身につく
【モンテッソーリ教育のデメリット】
モンテッソーリ教育は、子どもの自主性や個性を尊重する教育法です。子どもが自分で考え、行動し、自ら伸びていくようになる自立力をつけることを目的としています。
ただし、モンテッソーリ教育は、標準的な教育カリキュラムに従うことが少なく、子どもが興味を持ったことだけを追求することがあります。そのため、一般的な学校システムへの移行が難しくなる可能性があります。
などの話が簡単にモニタに浮かびます。これらの情報を映画に当て嵌めてみると、なるほど、まあそうであるかとは感じますが、劇中でこういった事柄が明示的に説明される場面が殆どないのです。
劇中でそう言ったことが殆ど起きない主な理由の一つは、劇中で主人公が最初にやっているのは知的障害を抱えた(主に)児童の研究であることです。知的障害を何かの形で医師として治療する病院施設でもありませんし、対象も(子供が多数派ではあるように見えましたが)、必ずしも現在国内などでモンテッソーリ教育が対象としているような幼児や児童ではありません。研究施設であって、教育専門機関でさえないのです。子供達が受けているのは、勿論「教育」の行為ではありますが、それは研究上の「実験」として行なわれているということです。
研究である以上、公的な研究資金を調達し続ける必要が常に発生し、資金の出し元の官僚のような人物達が研究結果をチェックしに来る場面もかなり早い段階で登場します。また舞台のイタリア・ローマの富裕層的な人々が集まって、半ば公然の成果発表会のようなものさえ開催され、資金の拠出を請う場面さえ登場するのです。そこでは、実験対象の児童や若者が一人ひとり人々の前に(黒板を背景に)立たされて、問題を口頭で与えられます。
その問題はかなり低レベルです。1ケタ数字(自然数)の四則演算と言われた至極単純な文章を黒板に文字で書くなどと言ったレベルです。四則演算の方は 3+3×3のような複合算も登場しますので、やや難易度が高いとも言えますが、あくまでも1ケタの自然数の範囲なのです。負の数も、無理数も、虚数も登場しません。おまけに質問から1問の答えが出るまでに1分近くを要するようなケースも登場しますが、劇中では、それらも相応に高い評価を受けています。
現代日本の教育レベルと単純比較しても仕方がないのは勿論分かっていますし、その時点でのローマの一般の児童らの教育レベルはどの程度であるのかが、劇中からは全く分かりませんので、何とも言えませんが、例えば、『ケーキの切れない非行少年たち』と『僕に方程式を教えてください 少年院の数学教室』の二冊の書籍の内容を組み合わせて考えると、人間の表情さえ「イラつかせる顔」と「イラつかせない顔」にしか分別できず、喜怒哀楽が読み取れず、文字は最低限読めても、意味が全く不明…と言った状況の少年院の少年達に、一次方程式を扱えるように数学をじっくり教えて行くと、そのプロセスで広範な論理思考能力が育ち、作文さえバリバリできるようになり、書籍もどんどん読みたくなる…といった変化が起きると言うことが分かります。
勿論、前者の方の書籍では数学教育を集中的にやったのではなく、後に著者が開発することになるコグトレの原形となる、非認知能力を伸ばすような各種の訓練・研修が施されていますが、原理は同じでしょう。一方で、Fラン大学に入試も経ずに入った学生は、分数の計算も満足にできないなどとも言われて、社会問題化さえしつつあります。誰がどの程度何ができればまともで、誰がどの程度何ができなければまともではないのかの判断基準が明確ではないので、劇中の様子を見ていても、知的障害のある児童や若者がどの程度できない状態から始まって、四則演算や短文の書き取りができるようになったことがどれほど凄いことで、一般の児童や若者はどの程度これらができるレベルなのかちっともわからないのです。
パンフレットには、先述の生成AIが出してこなかったモンテッソーリ教育の本質的な考え方が紹介されています。
「どんな生命も健全さを保つために必要な環境がある。
例えば、猿には「登る」ことができる空間が不可欠で、それには樹木が必要である。魚にとっては「泳ぐ」環境、つまりきれいな水がそうであり(中略)
どんな生命も相応しい環境がタイムリーに与えられると、その生物らしい本来の特徴が現れ、落ち着きを見せ、生き生きと生命を全うすることができる。
逆に適切な環境が与えられなかった場合、欲求不満になり、その結果、ストレスがマシ、暴力的になったり、または巣に閉じこもるなど、通常見せない逸脱行動が見られるようになる。人間の子供たちも同じだ。」
私は自分の娘が生まれた時に妻と話して、(特にIQが測定不能なほどの天才でも何でもありませんでしたが、)生まれてきた天才児の教育に徒手空拳で挑んだ夫婦の物語である『私はリトル・アインシュタインをこう育てた』という書籍を参考にして、無理のない範囲で、この書籍に書かれている育て方の方針を採用することにしました。初期の子育てに関して後悔のない育て方ができたと思っています。
その意味で、子供の感受性を抑圧せず、子供の好奇心や思考をどんどん伸ばすべく、五感を通した様々な体験をさせることと、それらについて反芻させたり表現させたり思考させたりすることは何よりも大事であろうと考えています。そのプロセスの中で、自主性を重んじると言うのも、或る程度は本当であろうと私は思っています。
例えば、『ドラゴン桜』の中に登場する東大受験生の大沢賢治は『ドラゴン桜』に登場する東大理科III類合格確実の成績を誇る秀才です。母を亡くし幼い弟妹の面倒をよく見る苦学生的存在で、所謂受験勉強はせず、物事を深く探求する性格で勉強を進め、塾にも通わず好成績を誇っています。その探求心や学習心の原点を尋ねられた彼は、彼が幼稚園時代にウルトラマンが好きになった際に亡き母がウルトラマンの図鑑を次々と買い与えてくれて夢中になって読んだことを挙げています。
ウルトラマンの知識をどんどん詰め込んで行ったのは自主性と言えるでしょう。そして、彼の関心がウルトラマンからウルトラマンの出身地である宇宙に移行した時、今度は宇宙の図鑑が提供され、宇宙に行く手段に関心が移ると、宇宙船の説明本、そしてそれが乗り物全般に拡大すると、乗り物図鑑へと次々と取り込んだ知識が組み合わさって行くように亡き母が行動していたことが分かります。
また同作の第Ⅱ部では、テレビでも有名な林修が登場し、自分の幼少期を振り返る件まであります。祖父母に与えられた絵本を気に入って、自分でも読み、読み聞かせもたくさんしてもらい、そのうち、自分が祖父母に読み聞かせをするよう求められ、どんどん、色々な本を表情・感情豊かに多様な表現を考えながら、読み聞かせるようになって行った…と述べています。私はこのようなことが、子供達に与えられた「自由な環境」と言うモノの中で本当に生まれるのかどうか、かなり疑問に思っています。
それを「自由な環境」と呼ぶのなら、実際には箱庭の如く、周囲の大人が緻密な観察と発生する結果についての豊富な知識に基づいて用意した、計画性ある「自由な環境」でしょう。少なくとも私が留学した当時の1980年代後半から1990代前半ぐらいの、米国の幼児教育や小学校教育を観ると、「自由」の意味が穿違えられているとしか思えない状況でした。子供達は自分で自由に学ぶ科目を決めることができるのです。
教科書はどう見ても子供には分厚すぎるもので、「アメリカ以外に行くことがないのに、地理を勉強しても仕方がない」とか「これからの方が大事だから、過去のことを読んで覚える歴史なんて意味がない」などの馬鹿げた理由で科目を選択しますが、それをそのまま許容するのです。日本のゆとり教育の制度の下、多くの学校が(色々な背景はあるでしょうが)基本的に性善説で子供達に自由を与えたら、本来のゆとりの中で学ぶようなことが全然発生しなかった構造に酷似していると思えます。その意味で、少なくとも中学校レベルまで、偏差値が低いのであれば高校でさえも、私は詰め込み教育大賛成です。ただし、詰め込んだ知識が如何に繋がり如何に意味を為すかまで教えるという意味での詰込みです。
少なくとも生成AIが提示する「自由な環境」を与えるモンテッソーリ教育について、私が抱く疑問の答えは、この映画の中に多く存在しませんでした。それでも知的障害児童たちが目を輝かせて、文字の書き取りや、積み木的な玩具の「組み立て作業」に終始する様子は胸を打ちます。しかし、前述の通り、この映画の主たる論点は、女性解放でした。
パンフには端的にこの部分を表現した文章があります。
「1900年、パリで有名なクルチザンヌ(高級娼婦)であったリリ・ダレンジには、恥ずべき秘密がありました。それは、生まれつき障がいを持つ娘のティナの存在です。キャリアを脅かす子ども育てることを嫌った彼女は、パリを離れローマに移住することを決意します。
そこで彼女は、当時「欠陥児」と呼ばれていた子どもたちのために画期的な学習法を開発していた医師マリア・モンテッソーリと出会います。しかし、マリアにも秘密がありました。婚外子がいたのです。この2人の女性は、男社会で自分達の居場所を勝ち取り、歴史に名を残すため互いに助け合うことになります。」
この文章では詳細が描かれていませんが、リリは富裕な階級の妻だったようですが、障碍児を生んだことで、離縁され子供もろとも家を追い出されます。娼婦といっても、高級版のパパ活とか、昔で言う妾(めかけ)のような感じに見えますが、そのようなキャリア選択をすることになります。その際にティナが邪魔になり、自分の母の所に預けっぱなしにします。何年も放置状態だったのですが、母が死んでしまい、実家を兄(/弟)が継ぐとティナの居場所はなくなり、その兄(/弟)がティナをリリに押し付けに来るのです。(父はどうしていないかは劇中で分かりません。)
色々な金持ちから求婚されるに至っているリリは、ティナが早晩スキャンダルのタネになり、自分のキャリアが崩壊すると認識して、慌ててパリから出奔します。行った先はローマで、そこでマリアの研究施設の噂を聞き、(保護施設でもなければ病院でもないとマリアに言われますが)マリアの施設に何とかティナを預けっぱなしにしようと懇願するのでした。その際もリリはティナを姪だと言い張っています。
一方のマリアの方は文章にある通り婚外子の2歳ぐらいの息子マリオがいますが、ローマからかなり離れた農村のような場所の保育施設のような所に預けっぱなしになっています。研究に打ち込むために引き取れないと言うのが一応の理由です。マリオの父親は、研究所の共同研究者の男性です。単純に二人が結婚して子供を引き取ればよいだけのことですが、マリアのおかしな価値観でそれが達成されません。マリアは結婚することがそのまま女性を男性の所有物として縛る契約だと言い募り、言わば、事実婚の形でマリオを引き取り生活する形を主張するのです。
相手の男の方は、金持ち貴族の実家に今も住んでおり、結婚もしていない女との間に生まれた子供を引き取るなど以ての外と考えており、男もその両親の価値観を覆せないままに研究所でずるずるとマリアの身体を求めるのでした。家族に対して因習的な価値観ゆえにマリアの側に立って主張することができない男も男ですが、客観的に見る時、リリもメアリーも子供の幸せがどうあるべきかなど全く考えていず、自分の都合やら価値観のみで主張を重ねるばかりであると言えます。
マリアの医師免許取得の困難については、ウィキの「マリア・モンテッソーリ」の項目には詳細な情報が載っています。
「マリア・モンテッソーリ(伊: Maria Montessori、1870年8月31日 – 1952年5月6日)は、イタリアの医学博士、幼児教育者、科学者、フェミニスト。モンテッソーリ教育法の開発者として知られる。 」
「19世紀に、ローマ・ラ・サピエンツァ大学医学部に女性として初めて入学した。当時は女性差別の残る時代だったため、入学後、男子学生と同室での系統解剖が許されず、別室で一人死体に向かいメスを取らざるを得ないなどの差別的処遇を受けたが、それらの逆境を乗り越え、1896年、イタリア初の女性の医学博士号を取得する。」
「卒業後も女性が医師になることに否定的な医学界で、なかなか職が見つからず、医学とかけ離れた状況にあったローマ大学付属の精神病院にようやく職を得た。当時の精神病院の患者たちは鉄格子に囲まれた暗い部屋に監禁され、治療らしい治療が行われない劣悪な環境下にあった。医師として絶望的と言えるこの職場で、マリアは知的障害があるとされる幼児が床に落ちたパン屑でしきりに遊ぶ姿に目を留めた。それ以降、幼児の様子を注意深く観察するうちに、何ら知的な進歩はないと見放されていた彼らが感覚的な刺激を求めることを認め、指先を動かすような玩具を次々と与え、彼らの治療を試みた。その中で彼女は、感覚を刺激することによって、知的障害児であっても知能の向上が見られるという確信を得て、他の障害児たちにも同様の教育を施した。マリアが彼らに知能テストを受けさせると、彼らの知能が当時の健常児たちの知能を上回るという結果が得られ、イタリア教育界、医学界に衝撃を与えることとなった。 」
「教育者としてのみならず、マリアは一人の女性としても多くの足跡を遺している。20世紀初頭における女性の社会進出の最先鋒として男性と対等な地位を獲得したほか、私生活ではシングルマザーの先駆けともなった。一人息子マリオは幼少時、養父母に預けられたが、10代で彼女に引き取られたのちは、マリアの教育事業を手伝い、モンテッソーリ協会会長として、モンテッソーリ教育の普及に専心した。 」
のような内容が載っています。実は研究も実態は完全な共同研究でしたが、公には交際相手の男一人の名義になっており、収入も彼にしか発生していませんでした。当然、研究成果の発表会でスピーカーとしてマリアは雄弁ですが、名義上、単なるアシスタント扱いでしかなかったということになります。
自分の娘の大きな変化に驚愕したリリはマリアに感謝しマリアと親しくなっていきますが、それに連れて徐々にマリアのプライベートな状況も理解するようになって行きます。そして、寸暇を惜しまぬ研究努力をしても、共同研究者の男から小遣いを恵まれるような立場でしかないマリアに対して、「男から自立するために、女は金を稼げなくてはダメだ」と強く言い募るのでした。
リリはマリアに社交界にデビューさせ、発言力のある夫人に繋ぎ、その伝手で大学での人類学の講師の仕事を得ます。その講義の初回には女子学生ばかりが座っていましたが、彼女らに対して、(人類学の定義もまだ曖昧だったのかと思われますが)教室に持ち込んだ女性遺体を見せながら、人を科学的合理的に理解することを説いたのでした。この講義には賛否両論が巻き起こり、マリアは仕事を維持することには成功しますが、共同研究者の男の逆鱗に触れ、男はあっさり家族の奨めの女性と結婚を決めてマリアを捨てます。
マリアはそのショックに3日間も意識を失うほどの状況でしたが、結果的に社交界のパトロン(リリのように愛人関係を作ったということではなく、純粋に科学的なアプローチによる教育の先進モデルの確立を支援して貰ったということのように見えますが…)からの支援で自分自身の施設「子どもの家」を設けるに至ります。
男に訣別を言い渡された時、マリオについては自分で引き取るか、男が引き取って育てるが二度とマリアには会わせないという二択を迫られています。引き取らない理由が何であるのか、私には分かりませんでしたが、結果的にマリアは別れてから12年間息子に合わずに過ごしたと、物語の終わりにスクリーン上の文章に書かれていました。
結果的にマリアは上述のウィキにあるように、後に伊藤野枝が日本でも主張していたような主張を体現することになります。それは彼女が医師になろうとしたプロセスの段階からずっと続いていた社会との対決であったろうと思われます。どうせ対決するのであれば、なぜ男を捨てる選択をしたのかが私には分かりませんでした。男も自分の家の古い考えに縛られていたのと同様に、マリアも結婚について古い考えに縛られています。
劇中で騒ぎ立てるほどにマリオと暮らしたいのであれば、男が最低ラインとして求める結婚をする代わりに、社会の結婚に対する概念と戦えば良かったのではないかと思えます。その際に結婚という部分は(平たく言えばマリアの妄想ですから)妥協した分、夫になった男に、学術的な自分の正当な評価を公的に承認させたり、研究を継続に対して夫の家族にもそれを承認させるよう要求することで戦い続ければ、少なくとも、共同研究者を捨てる必要はなかったはずです。経済的な自立も、単純に今で言うダブルインカムになることを主張すれば良いことです。結婚そのものがダメなのではなく、結婚についての社会的認識がダメだという事実関係から目を逸らしたままで人生を押し切っているように見えるのです。
少々調べてみると、日本では江戸時代にかなりの数の女医が存在していたようです。日本医史学会の発表している中で、鈴木則子による『江戸時代の医療とジェンダー』がネットにあったので読んでみると…
「井原西鶴『好色一代女』(貞享3年(1686年))の挿絵には、京都の女性眼科医の門口に「女医者」の看板が出ており、江島其磧『世間娘容気』(享保2年(1717年))では、商家の娘の労咳治療に「女医者」が呼ばれている。幕末の嘉永5年(1852年)発行の大坂医師番付「浪花当時発行町請名医集」でも、女性医師4名が「女医師名家」として掲載される。」
などと書かれていますので、1900年段階の上述のウィキにあるようなマリアが受けた女医の仕打ちは強烈な時代遅れと思えますし、そうした事柄は、キリスト教背景の西欧文化によるものと考えるのが妥当でしょう。
私も劇場で観た『メアリーの総て』は1818年に『フランケンシュタイン』(正確には『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』)を発表した著者メアリー・シェリーの物語ですが、彼女が「女性が本を書く」こと自体が社会にも出版社にも受け容れられず、当初匿名で書かれていたことが描かれています。
因みにメアリーの母は女性解放を唱えフェミニズムの創始者と呼ばれるメアリー・ウルストンクラフトですが、メアリー・シェリーの出産時に死亡してしまい、親戚宅で育てられることになりますが、そこでは女性は家事を行なうもの決められていて、それに反発してメアリーは16歳にして略奪婚の上で家を出て、生まれた子供は困窮の中で死に、夫は正式に離婚をしていず、正妻は心痛で自殺しているのに、夫は自由恋愛を唱ってどんどん他の女性とも関係を持って行きます。そんな苦悩に押し潰されそうな中、18歳で書き上げたのが『フランケンシュタイン』でした。
イングルハート 世界価値調査で長年に亘り、世界トップレベルの世俗的で合理的な思考を持つ日本人には理解できない、世界宗教的価値観に束縛され続けた人々の繰り返し重ねられるジェンダー系の苦悩や労苦は、その読解力などの低さも相俟って、社会的に過激な運動や主張を経ても尚、変革ができない宿阿なのであろうと思われます。そこでのフェミニズムの勃興は一応理解できますが、先述のようにマリア・モンテッソーリの判断は、私には「悲劇のヒロイン妄想」色が強いものに見えました。
モンテッソーリ教育の内容を知るという目的では、本作ではなく冒頭に紹介した『モンテッソーリ できた!から始まる世界』を鑑賞すべきだったのであろうと思われます。少なくとも邦題に照らす時、内容が食い違い過ぎていて、おまけに勘違いフェミニズム作品なので騙された気分になります。DVDは不要です。
追記:
昨今のフェミニズムの主張に拠れば、売春はあってはいけないことで、売春婦は男性に搾取されている可哀そうな人々と言う認識があると聞きます。日本のAV新法に対する物議などはマイルドに見えるほどに、海外では仕事を直接要求したり差別撤廃を訴えて、売春婦がデモまで派手にしているようです。経済的自立のために、(自分が直接売春したのではなくても)自ら進んで高級娼婦の支援を受けて自立を果たしたマリア・モンテッソーリの最終的な偉業を、フェミニズム的にはどのように評価するのかと少々考え至りました。