『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』

季節が秋から冬になって、急激に寒くなってきたせいか、常時何かしらの風邪の症状が抜けない、風邪諸症状モグラ叩き状態が続いていて、やたらに見たい映画がずっと無かったことも相俟って、随分と映画館から足が遠のいていました。年末になれば、所謂“お正月映画”の中に、何本かは見逃すまいと奮い立つような作品が出てくるかと思っていましたが、どうもそのような気配はありません。あと1、2本、見られたら見るかなと言うのがある程度です。1月の封切作品を見ると、多少期待しているのが増えますが、どうも、見たくなるような映画が非常に少ない状態が続いています。

『ぴあ』の映画紹介のページを捲ると、やたらにドキュメンタリー映画が目立ちます。6、7本に1本の割合で、ドキュメンタリーが混じっています。ドキュメンタリー映画は嫌いではなく、このブログでもかなりドキュメンタリーが入っています。しかし、関心のない分野では、全く見ようと思えないのがドキュメンタリーなので、当たりが悪いと、単に見に行きたくならない映画の山となってしまっています。

そんな中で、数少ない、以前からたのしみにしていた映画を見に行ってきました。たのしみにしていて、その映画がこのブログ(『脱兎見!東京キネマ』と言うカテゴリーと言うことですが…)の記念すべき100本目になりました。祝日の昼過ぎ、新宿の靖国通り沿いの映画館で見てきました。その週で上映が終わると言う時期なのに、かなり混んでいました。前の朝一番の回もそこそこに混んでいたようですし、その後の夕方からの回もロビーにかなり人が待機していました。

見たいと思っていた最大の動機は、『蛇のひと』、『脇役物語』と最近見る映画が連発している永作博美です。永作博美。本当に外すことのない女優です。ただ、『蛇のひと』、『脇役物語』と同様に、今回もやたらに彼女以外の俳優陣が芸達者な人ばかりなので、全体で、違和感のある所やぎこちない所が全く見つからないままに、すんなりと物語に入り込めてしまい、意外性もなければ、きらびやかさもないような展開なのに、あっと言う間に時間が過ぎてしまったように思います。特に主人公を務める浅野忠信の人間像の作りこみは圧巻です。

ストーリーは、戦場のカメラマンである鴨志田穣がアルコール依存症から抜け出すためにあがきもがき、元妻である漫画家として有名な西原理恵子と彼女との間にできた子供達二人、そして、自分の母の四人に助けられながら、依存症を克服したのもつかの間、末期がんが腎臓に見つかり死に至るまでのものです。主人公本人の手による同名小説の映画化と言うことのようです。鴨志田穣が亡くなったのは2007年3月で、それから映画化に三年余を要したと言うことになりますが、来年2月には、同じ家族を西原理恵子が彼女の視点で描いた物語の映画化作品『毎日かあさん』が封切になるといいます。

アルコール中毒が悪化し、暴れ、家庭を破壊した鴨志田穣が離婚に至った後に、とうとう、依存症を断ち切る決断をするところから話が始まる本作。そして、離婚に至る前の西原理恵子自身が毎晩酒を飲まなくてはいけなかったような問題山積の夫婦生活から話が始まるのが『毎日かあさん』のようです。同じ夫婦生活・元夫婦生活を描いても、楽天的な加害者(とでも言うべき立場の)鴨志田穣の或る意味「お気楽な」ストーリーは、あまりに本人に都合がよいとの批判があると言います。現実に、このストーリーを書くこと自体がなかなか集中して進めることができず、どうにもならなかった様子さえが、『毎日かあさん』の前半に描かれているらしいです。小泉今日子主演のシングルマザーの悪戦苦闘日記。原作に共感する女性読者も多く、前評判は上々との噂です。

しかし、どうも、この映画は、鴨志田穣のお気楽物語には見えません。夫婦生活・元夫婦生活の異なる視点を、まるで二本まとめて『羅生門』のように較べ見るための素材には感じられないのです。監督は東陽一ですが、パンフを見ると、『サード』、『もう頬づえはつかない』、『ラブレター』、『マノン』、『ザ・レイプ』など、私が好きな映画を連発している人と分かりました。淡々と過ぎる時間の流れの中で、大きな起伏も捻りもなく進む話をキッチリと描く監督です。

どうしても止められない酒に溺れてしまい、失禁しても分からずにいる醜態の主人公。回想場面では妻を理不尽に糾弾する主人公。大量の吐血で便器を染めて倒れこみ、母を呼び続ける主人公。幻覚や幻聴に悩まされ、現実を見失った主人公。そして、末期がんの宣告。主人公のみならず、精神病院の入院患者の混乱が交錯する日常までが加わります。まるで不幸と人間の醜態のオンパレードのような状態です。

しかし、その一方で、倒れこんだ主人公に、「大丈夫。まだ死なないよ」といきなり声を掛ける元妻。「僕たちは家族だよ」と断言する小学生の息子。母に対する暴力まで目撃していて尚、「おとしゃん!」抱きつく幼い娘。荷物を持って入院にも付き添う母。突如下半身を顕わにして暴れる患者をも笑い飛ばせる精神科の女医。色々な人が、ぶざまな主人公の人生にタフに向き合っています。人生ってこういうものだという監督の主張がストレートにぶつかってくる、名作だと思います。そして、そこでは、鴨志田穣と西原理恵子の主観の相違など、全く気にならないような、別次元の作品が出来上がっているように感じられるのです。

Life always has an unhappy ending, but you can have a lot of fun along the way, and everything doesn’t have to be dripping in deep significance.

ピューリッツァー賞を受賞した映画評論家で、私がその映画評を留学時代に愛読していたロジャー・イーバートが、『愛と追憶の日々』の映画評の中に書いた文章を思い出しました。『愛と追憶の日々』も、まさに悲喜がぐちゃぐちゃに混ざりこんだ人生を淡々と描いた名作でした。

『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』もDVDは勿論買いです。