『怪人の偽証 冨樫興信所事件簿』

 10月5日の封切から約2週間後の金曜日。雨のそぼ降る中を池袋西口の老舗映画館の午後8時50分の回を観に行ってきました。キャバクラやソープランドが立ち並ぶ界隈に来る日はなぜか雨の日が多いように思います。この映画館に来たのは『世の中にたえて桜のなかりせば』を観た2022年の4月以来かもしれません。まだ封切から2週間なのに最終上映日でした。その上、多分、封切以来ずっと1日1回の上映だったのではないかと思われます。上映館も鑑賞時点でこの館1館だけであることが、オフィシャル・サイトを見ると分かります。

 たった63分の作品です。私のこの作品の鑑賞動機で一番大きかったのは、この短さにあります。8月は中盤に一週間ほど入院し鑑賞ができず、仕事の合間に体調を整えて観に行くのが大変で短い尺の作品ばかり観ていました。『ルックバック』は58分しかありませんし、続いて鑑賞した『ひどくくすんだ赤』に至っては46分しかありません。今月は8月と同様に中盤に一週間余り十数年ぶりの海外旅行に行き、これまた映画鑑賞の時間が限られてしまったのです。そこで、気軽に観られる尺の短い作品で且つ、東京だからこそのマイナーな映画と考えて、この作品を選びました。

 その他の理由を挙げると、一応探偵ものやミステリーものは嫌いではないことや、どこかで見たトレーラーの能面男が飛び交う昭和チックな粗い映像などが少々印象に残っていたことなども理由にはなっています。

 シアターに入って見ていると、観客は全部で20人余りで、(上映前後のロビーの人だかりの会話を耳にしていると、制作側の身内のような感じの人々がそれなりに混じり込んでいるような内容でした。全体のうち女性は7、8人で男性が過半数です。年齢構成は女性が何故か若い方に偏っていて20代から30代が目立ちました。男性の方は総じて女性よりは平均年齢が高く、私よりも上の年齢に見える男性もいましたが、中心層は40代半ばぐらいに見えました。二人連れは3組の男女カップルで、一見パパ活風の関係性に見える1組と一見ヤンキー系に見える20代の1組、そして大分後になって入ってきた40代前半に見える男女です。

 パンフレットにもありますが、無理矢理この作品をジャンル分けすると、ホラーアクション(探偵)バディムービーと言うことのようです。(ポスターにも「脳天直撃のホラーアクションバディムービー爆誕!」と書かれています。)映画.comの紹介文を一部抜粋すると…

「京都の街にうごめく怪異に立ち向かう探偵2人組の奮闘を描いたバディムービー。

 刑務所から出所した元ヤクザの朝倉哲は、保護司である津田のもとに身を寄せることになり、津田の自宅2階を間借りして興信所を営む探偵・冨樫と知り合う。津田は哲に社会復帰のため冨樫の探偵業を手伝うよう勧め、冨樫も渋々ながら哲を受け入れる。そんな中、冨樫のもとにストーカー被害に悩む城沢ゆりからの依頼が舞い込む。当初は簡単な依頼だと思われたが、やがて京都の街で頻発する神隠し行方不明事件との関連が浮かび上がり、事態は冨樫の思わぬ過去にまで波及していく。」

となっています。第一文に「うごめく怪異」と出てきた割りには、その後の紹介文に怪異についての言及らしきものがありません。実際に作中でも怪異が登場するのは(短い尺とは言え)大分後の方で、黒装束に能面をしているだけなので、普通の人間が変装のためにそうしているように見えて、結局これが怪異だと分かるのに時間がかかります。

 この怪異は京都どころか全国にその伝承があるらしい(私は全く知りませんでしたが)「子取り」という妖怪のようなもので、子供を粗末に扱う(例えば、中絶するとか子供を虐待するとか、子供を殺すとかなどです)人間を殺して回るという物騒な存在です。

 短い尺の中で、京都の風景もふんだんに盛り込まれていますし、キャラも元刑事の探偵とそこでバイトする出所したての元ヤクザの若者、そして元弁護士だったらしい保護司とクセのある設定になっていますし、物語展開も尺の都合か少々無理矢理感はありますが、かなり捻りが利いていて充実しています。物語の中心となっている数人以外は、どんどん死んでいってしまいますが、飽きさせない展開だと思いました。

 映画館のロビーには映画界の関係者からの多くのコメントが色紙に書かれて貼られており、その中の一つには「北の街サッポロのBARには探偵がいる。港町ヨコハマにはあぶない探偵が返ってきた。そして今度は京都にコンビの探偵が現れた」という(『あぶない刑事』シリーズの脚本家の柏原寛司という人物による)文章がありました。物語構成やキャラ設定の魅力であれば、言及されている作品群に一応及んでいるようには思えます。優れた小品とは思いますし、実際に横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバルの2023年度の長編部門最優秀賞を受賞とのことですので、実際にそのように評価されているようです。また、幾つかの色紙で言及されているアクションの切れ味も素晴らしく、見たことのない組み合いが見つかります。おまけに続編も制作が決定したと上映後のトークショーで監督が報告しているのですから、インディーズの映画の中では快進撃の部類と考えるべきだと思います。

 パンフには「参考にした作品、引用・オマージュした作品たち」というページがあり、そこにはホラー映画やミステリー映画、テレビドラマなどが(ざっと数えて)50作品ほど並んでいます。『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』によれば、タランティーノは出演者達に演出する場面のイメージを伝えるために、その場面のモチーフとなっている過去の作品群を指定して見せて指示をするようです。50近い作品群のどこの部分がこの作品のどこにどんな風に取り入れられているのか私には全く分かりませんでしたが、明確で絞り込まれたアウトプットを膨大なインプットが作る好例であるのかもしれません。

 ただこの作品には決定的な難点が二つあり、私はこの作品の理解がなかなか進まず、パンフを読んでみて、「ああ、そういうことだったのか」とか「そう言う設定だったのか」とようやく理解できた事柄が幾つもあります。その二つの難点の一つは音声処理です。私が単に耳が悪いのかもしれませんが、アフレコか何かの手続きの関係なのか、特に小さめの声が聞き取りにくいのです。話している言葉も京都弁(なのか明確に分かりませんが、関西弁系の一種)なので馴染みが少なく、理解しにくさに拍車をかけています。日本語字幕をつけるか、録音された音声レベルをもう少々上げるかのいずれかにして欲しい所です。

 二つ目の理由は予算が足りず、「子取り」の特撮が殆ど為されていないことです。「子取り」は、能力が結構特殊な妖怪です。パンフには「本編では詳細に明かされていない裏設定をご紹介」という文章があり、「(「子取り」には)一度殺した他者への擬態能力がある」と書かれています。それを「本来特殊造形等での演出をしたかったが、予算の都合で断念…」とあります。

 作品中でも擬態した結果、既に死んでいるはずの人物が「子取り」が面を取ると現れるシーンがあり、主人公達を恐怖に突き落としています。また、「子取り」の擬態の能力は効果音だけが観客には聞こえているようにして発揮されていて、それを目の当たりにする主人公達の戦慄する様子が描かれますが、(これが予算不足で実現しなかった場面でしょうが)観客側からは何が起きているのかよく分からないままです。死んでいたはずの人間が生きていて犯罪を続けていたりするのはよくあるどんでん返し的な展開なので、「子取り」が擬態しているのではなく、死んだように見せかけていただけかと思ってしまうのです。(つい最近も始まったばかりのドラマ『全領域異常解決室』の第一話でいきなりその展開を観たばかりです。)

 また「子取り」はパンフに書かれた裏設定以外にも幾つか特殊な能力を持っているように見えます。一つは瞬間移動で、森の中で主人公を追い詰める際に、突如あらぬ場所から現れたりしますし、森に警官数人が現れると、主人公達の目の前から一瞬で消え失せたりします。さらに、もう一つの能力は、所謂ポルターガイスト的なものです。狙った人間の家に忍び込んで、水道を開栓したり、テレビにホワイト・ノイズ画面を出したり、電灯を消したり点けたりもできます。

 さらに、何か音波か念波か気功かよく分からない波動を発射して相手を打ち負かすこともできます。この能力が終盤に一度発揮されるのですが、それを見るまで、「子取り」が神出鬼没に登場しても、ポルターガイスト的な現象を起こしても、「器用で勿体ぶった殺人犯だな。電気工事士の免許でも持っているのかな。あと水道工事もできなきゃダメかな」などと思って、単にその手のやたら器用な変質者が能面を被って人を殺しまわっているのかと思っていました。終盤にたった一回だけ登場する波動攻撃を見て初めて、「子取り」は仮に人間であってもバビル二世風の超能力者であろうと気づかされるのです。もう少々予算を頑張って、「子取り」を早くから怪異に見せて欲しかったと思います。特に登場後から少々の間、巧みなナイフで人を襲うので、余計ただの変質者に見えます。

 パンフを読み込んでみて初めて各種の設定が分かり、「ああ、面白い作品じゃないか」と気づかされるのも、作品としてやや問題があると考えられるように思います。けれども、これらの難点を差し引いても、ホラーと謳う割にはゴアなシーンも全くなく、十分及第点以上の娯楽作品に仕上がっていると思われます。DVDは出るなら買いです。

 
追記:
 トークショーは珍しく好感が持てる内容でした。「どうよ、この映画凄えだろ」の我田引水モードでもなく、「俺たちホント頑張ったね」の相互労いモードでもなく、終始来場観客に遜り、感謝の念を顕し続ける姿勢にとても好感が持てました。その後味の良さでトークショーが終わったので、その流れでパンフレットに監督と役者三名のサインを貰って来ました。長テーブル越しに話してもずっと腰の低い態度で驚かされました。こういう姿勢の人々には(本作もこの後横浜と京都で上映されるとのことでしたが)続編も頑張っていただきたいと思えました。

追記2:
「子取り」の裏設定で作中の唯一登場する若い女性も、パンフを読むと不倫結果の中絶経験があるので、「子取り」に殺害されるということになっているようですが、中絶は正式な記録があるものだけで年間10万件以上あります。単純計算で1日に300件以上全国で発生しています。「子取り」はこれらの膨大な数の女性をどうやって血祭りに上げようとしているのか、非常に不思議でなりません。また怪異なのでそういった能力もあるのかもしれませんが、中絶した女性だけを処刑して回るのはジェンダー的に非常に不公平と考えられますので、中絶に至った場合の父親の方も漏れなく処刑していただきたいものだと思われます。