『眠狂四郎 魔性剣』

新宿の明治通り沿いの映画館で開催されている大雷蔵祭の中の一本を見てきました。夜にある打合せまでの空き時間、駆け込んでみてきた感じです。

大雷蔵祭は、市川雷蔵没後40年特別企画と言うことで、この映画館で昨年12月から連日開催され、市川雷蔵主演作品を一挙100本上映するものです。一日に数本のペースで、同じ演目を連続する3?4日の間続ける形で、合計100本が上映されています。

映画館は、何の媒体を見て集まったか(マーケティング系の企画をする人間としては)想像するだけで楽しいような、普段新宿のあの界隈でそれほど見ない高齢の方々が、普段あの界隈で見ないほどの数集まっていました。実際、今週の前の週末に飛び込みで見に行こうとした祭には、午前中に行ったにもかかわらず、当日の4回分の上映は、総て満席になっていました。大人気です。

私が二十歳で上京した頃、ホコテンを自転車で颯爽と走り抜けていたタイガーマスクが、現在はかなりの高齢であろうと想像しますが、まさにこの回に来ていて、被り物で高くなっている頭で他人に迷惑をかけないようにするためか、最前列に陣取っていました。因みに、彼を映画館内で見るのはここ三年ぐらいの間で二回目です。

私が幼稚園から小学校低学年の頃、田舎町にもあった映画館で市川雷蔵の映画はよく上映されていたような朧気な記憶はあり、大スターとしての市川雷蔵の存在自体は勿論知っていました。大雷蔵祭のどれかを見に行こうかと思ったのは、最近、見たい映画が少なく、どれかをみるなら、同姓のよしみかなと言う程度に関心を持った結果です。映画館で入手した100本が紹介された観音開きになったチラシをみて、市川雷蔵は37歳で他界するまでに159本もの映画に出演した大映画スターであることを知りました。俄然、みてみようと思ったら、最初は満席で門前払いになったわけです。そんな状況なので、特にこの作品が是非みたいと思って入ったわけではなく、大雷蔵祭の中で、スケジュール的に偶然都合がよかったものを選択した結果です。

眠狂四郎。映画で見たのは初めてで、剣で円を描き光を反射させて、相手に浴びせる円月殺法の場面だけは、テレビの懐かしの映像特集のような番組で見覚えがありました。いざ、1時間半程度の映画としてみてみると、後にテレビの連続ドラマとなる数々の時代劇の基本パターンのようなものがぎっちりと詰め込まれたエンタテインメントであることが、よく分りました。特に殺陣は、見事だと思います。

桃太郎侍や暴れん坊将軍のように、沢山の相手を一旦走って引き離し、追いついて来る者から一対一の状況を瞬間的に作って切り捨てるという、移動しながらのランチェスターの弱者法則全開の戦い方を見慣れています。しかし、眠狂四郎をみると、自ら集団の中に切り入っても、どんどん敵を倒してしまう、圧倒的な強さです。

また、カメラワークも、テレビの殺陣には出てこないような、面白いものが多々あります。眠狂四郎視点で、敵がカメラに迫ってくると、(まるでカマイタチにでもあっているかの感じで)どんどん血を噴出して倒れていくシーンなど、眠狂四郎がどのような太刀筋だったのか全く分らない戦いのシーンも多々あります。一瞬の切りあいの後、血を吹いて倒れる敵が、空を見上げているところから視線を落としてきて、最後に眠狂四郎を見るところを表現していると思われる、切られた敵視点のカメラワークもあります。非常に新鮮に感じられました。

ストーリーも、やたらにスピード感があります。登場人物があっという間に死んで行き、誰がなんと言う名前だったか覚える暇もないほどです。女性も、「狂四郎ガール」とパンフにある登場人物以外、基本的にどんどん斬り殺されていきます。幸いにして事件の発端を作り、その後全編を通して言及され続ける(しかし、上映開始から10分と経たないうちに自害してしまう)女性は、私の妻と名前が(漢字表記まで)同じだったので記憶は可能でしたが。

さらに、眠狂四郎の敵が藩一つ全部と言う想定なので、ありとあらゆる敵がありとあらゆる方法で目まぐるしく挑んできます。提灯に爆薬を仕掛けて吹っ飛ばそうとする者も入れば、矢を射掛けてくるもの居ます。尼を抱かせて油断させて、襲おうとする者もいれば、自らが同じ部屋に寝たいと言い寄って、隠し持ってきた毒蛇を仕掛けてくる女も居ます。よくも、1時間半程度の映画でここまで色々な人物が仕掛けてきては破綻して、さらに登場しては死んで行くものだと、嘆息せざるを得ません。

そして、キワモノ的に、外人のカルト教団教祖のような男によるミサと称して、全裸の女性を台の上に、鎖で縛りつけ、儀式の名の下に犯そうとする場に、眠狂四郎が突如現れて、「待てい!」と殴りこんでくるシーンなど、異様なシーンがバンバン現れます。大体にして、最初に登場してすぐ自害する女性は、雨の夜、橋の袂で、生活のために初めて身を売る覚悟をして、通りすがりの眠狂四郎に、「私を買ってくれ」と頼みます。その女が眠狂四郎を連れてくる家は、廃屋一歩手前です。そこで女が煎餅布団に横たわり、武家の女として恥を知るが故に、能面をつけた状態で抱かれようとするのです。他にも坊主頭の全裸の尼僧に古い庵の一室で迫られるシーンなど、シュールな映像が目白押しです。

はあ、これが、あの頃のエンタテインメントなのだなと、確かに楽しませて貰いました。音とびどころか映像もとぶような状態の映画で、これがリマスター版のようなものなら、DVDもそのような状態であることが推測されます。しかし、それでも、確かに面白いと思えました。買いたくはなるのですが、他の眠狂四郎の作品も揃えたくなっては、少々厄介かなと入口のポスターを見て考え込んでしまいました。他の客が皆はけた頃合で、タイガーマスクが(マスクは頭にしていて、初めてみる素顔でしたが)一人エレベーターから出て、末広通りに消えていきました。